Act.8-254 ファンデッド子爵家の波乱の婚約 scene.4
<一人称視点・アルマ=ファンデッド>
「そっ、そんなことはないぞ? どうして、そんな泣きそうな表情なんだね?」
「だって、お父様はお母様に似なかった私を哀れに思ってばかりで」
「それは……それは、否定できない」
お父様がお母様に似なかった私のことを内心哀れんでいることは知っていたけど……こういう時は嘘でも「そんなことはないよ」って私を甘やかしてくれてもいいのにと思ってしまう私は弱いのかしら? カレンさんが折角本音で語るべきだとアドバイスしてくれたというのに。
「だけど、今ではお前の城勤めは悪いことではなかったのだなあと真摯に受け止めているつもりなんだよ。慣例の城勤めをして、そこそこの相手と結婚をしてくれたらそれで安心だと思っていた。後継者のメレクもいるし、ファンデッド家は今まで通り細々とやっていけるだろうと……ところがお前は戻ってこないし、妻はお前が嫁に行き遅れるとそれだけで外聞が、親戚が、と私に愚痴を言ってくるようになった。その愚痴もお前のためを思ってのことだと考えれば、当然だとも思っていた。だが、お前は筆頭侍女という立場にまで上り詰め、メレクに良縁を運んでくれた。王家からも高く評価され、王弟殿下からも覚えめでたい。もし、王弟殿下との婚約にまでことが運べれば、ファンデッド子爵家は安泰――」
「お父様は、本当に、ファンデッド子爵家のことしか考えていないのですね」
「……アルマ?」
「私が所詮はファンデッド子爵家を繁栄させるための駒の一つに過ぎなかったのですね。……それに、メレクの件はメレク自身が有能であり私という存在は関係なくルーセント伯爵様に認めて頂くだけの資質があり、またオルタンス=ルーセント伯爵令嬢がご自身で選んだ結果です。私のことが多少関わっていたとしても、選ばれた理由がある、それだけです。……結婚して、子供を産み、横の繋がりを作り、夫を支え、それが一般的な貴族女性の、生きる道であり、女性としての幸せなのかもしれません。与えられた爵位を保守的に生きることで、一族を守ってきたのですから、お父様にとっても、お義母様にとってもそれが当たり前なのでしょう。でも、働くことが生き甲斐だと思う女性もいるのです」
私はただ、打ち込める仕事を見つけただけなのに。
結婚とか家の柵とか、そういうものに貴族令嬢として縛られていくのだろうなぁと曖昧に思っていた中で見つけた、一つの道。そこで真面目に頑張ったからこそ、それを評価してくださった人と出会えただけで……その結果は、ファンデッド子爵家を繁栄させるためのものでは無かった。いえ、ついでに繁栄するならそれはそれて良いことなのだけど、ファンデッド子爵家を反映させることが主の目的では無かったというか、正直考えていなかったというか。
王子宮筆頭侍女になって仕事も大変になったけど、私はやり甲斐を感じている。……それを、きっとお父様とお義母様は分かってくれないんだろうなぁ。どれだけ言葉を尽くしても、きっと。
「……そういうことでは、ないんだけどな。私は貴族令嬢としての幸せが、お前の幸せだと思っていた。きっとそれが、お前の負担になっていたということなんだよな。……はぁ、私は自分が情けないよ。こんな時、娘にどう声をかけるべきか分からないのだから。……こういう時、父親は娘が幸せになれるように、応援するべきなんだと思う。やりたいことを見つけたなら、それを応援するべきなんだろうね。私も、そうしたいものだけど……はぁ」
この後、更にお義母様とも向き合わなければならないのですよね? ……それってつまり、お義母様にどう説明しようか考えあぐねているというか、そもそも対峙するのが怖いというか、そういうことだと思うのですが……大丈夫なのでしょうか?
「とにかく、アルマの気持ちは分かったよ。ただ、きっとフランの説得は難航しそうだからね……だから、一緒に説得をしてくれないだろうか?」
いえ、勿論、私の話なのだから私も説得に加わるのは当然なのですが……本当にお父様は大丈夫なのでしょうか? カレンさんもディマリアさんも護衛であって、口を挟む権利はありませんし……かなり心配になってきました。
「アルマ、いつの間に帰って来ていたの? 知らなかったわ!」
「昨晩、遅くに。ご挨拶させて頂こうかと思ったのですが、もうお義母様達はお休みだったので……」
「それじゃああの人にはちゃんと挨拶をしたのかしら? 先に起きて行ったのだけれど」
「はい、たった今。昨晩も、起きていらっしゃったので挨拶をさせて頂きましたけれど」
「そう、ならいいわ」
お父様と話をした後(これは、私の気持ちを一応理解してくれたということでいいのかしら?)、そろそろお義母様とメレクが起きてくる頃だから挨拶をしに行こうと思ったのだけど、廊下で偶然お義母様と会った。
にっこりと笑ったお義母様は、とてもとても機嫌が良さそうだ。
私が帰ってきたからではなく、メレクが良縁を得たことがやっぱり嬉しくてたまらないんだろうなあと思う。ただ、その目は私にも、そしてメレクにも向けられていないんだろうなぁ。
「そうそう、メレクとルーセント伯爵家のお嬢様の顔合わせに関して、私の生家であるパーバスディーク侯爵家がご協力くださるっていうのよ! ふふふ、これも貴女のお陰だわ!! 今まで子爵家にしか嫁げなかったと軽んじられていたけれど、これでこの家も躍進していくことになるもの!! きっとこれで私も――」
お義母様が喜べば喜ぶほど、私の心は冷たくなっていく。その喜びは、結局ファンデッド子爵家ではなくて、馬鹿にされてきた自分が遂にパーバスディーク侯爵家を見返すことができる喜びであって……それは、つまり、パーバスディーク侯爵家に認められるためなら、ファンデッド子爵家を生贄に捧げても構わないということではないのかしら?
「貴女のお陰でファンデッド家はこれからきっと子爵で収まらない発展をしていくのよ、もっと喜んで良いと思うわ? メレクももう起きているし、この後は顔合わせの準備について話をしなくちゃね! 私のお父様であるパーバスディーク侯爵様も午後にはお越しになるから、それまでに最低限は整えないと! それだけじゃなくて、兄も来るのよ。うふふ、珍しいわよねえ、兄妹仲はあまり良くなかったのだけれど、息子が名家から花嫁を迎えるというだけでこの扱いの違いだもの!」
お義母様のはしゃぎっぷりが怖い! それほどまでに、今回の件は嬉しいことなんだと思う。そして、それを私達は壊そうとしている。
でも、このままファンデッド子爵家がパーバスディーク侯爵家に掌握されてしまえば、ファンデッド子爵家はパーバスディーク侯爵家の思い通りになってしまう。
そして、それはきっと圓さんにとっても不本意なんだと思う。だからきっと、公爵家のメイドを派遣した。
嫌な予感がする。もし、この場で失敗すれば、証拠隠滅で全てを抹殺されてしまいそうな、そんな気が……戦いの経験がない私達ではカレンさんを斥けることはできないから。
孤立無援だけどやるしかない……お義母様をしっかり説得しなければ……納得させることができなければ、私達はきっと殺される。
◆
「――姉上!」
「メレク、久しぶりね」
「昨晩着いたのだとさきほど母上が……」
「ええ。挨拶が遅れて申し訳なかったわ」
「いえ、姉上もお疲れでしょうから……」
食堂にお父様と一緒に行けば、そこにはメレクがいて笑顔を見せてくれました。
うん、うちの弟は相も変わらず可愛い。この子がもう結婚だなんて、時間が経つのは早いものですね。
小さい頃は私の後ろをついて歩いてきていたのに、もう背丈も抜かれてしまって。
その笑顔を見ると、先ほどまでの怯えが少しだけ和らぎました。
カレンさんが私の気持ちに気づいたのか、バレないように小さくウィンクをしています。あの方は失敗した場合は私達の敵に回るかもしれないけど、少なくとも今は敵ではないのでしょう。……味方として共に戦ってくれる訳でもありませんが(それは、メイドですし部外者なので仕方がないのですが)、家族仲の修復のためには彼女なりのアドバイスをくださいました。
彼女にとっても、私達と敵対することは不本意なのだと思います……そうであると良いなぁ。
「ご挨拶が遅れました。おかえりなさい、姉上」
「ただいま、メレク」
それでも、可愛らしく笑ってくれるのは昔と変わらないなぁと思います。
家族揃っての朝食、私には緊張感のある食卓です。
これから起きることを考えると、少し脇腹が痛くなって……いえ、食事そのものは美味しかったのですよ? でも、その味を楽しめるかと言われたら、無理な状況です。
侍女達に背筋をしゃんとさせて立っているディマリアさんと微笑を崩さず完璧な姿勢で控えているカレンさんが混じっています。明らかにこの家の使用人ではない護衛騎士とメイドがいることに、お義母様はちょっと状況が飲み込めないらしくて眉を顰めただけだったけれど、メレクは意味が解るらしく眉を顰めている。
まあ、そうだよね……筆頭侍女という役職だとしても普通は王国の近衛騎士の下部組織に所属する人間が侍女の護衛に就くってないわよね? それこそ、何かの事件に巻き込まれたんじゃないかって話ですよ……いえ、実はもう巻き込まれているのかもしれませんが。カレンさんが来ている事情が物騒なことでないことを祈りたいです。
正直私もどんだけ好待遇って思うんだけど……まあ、圓さんクラスなら護衛が……って、あの人は逆に護衛の方がお荷物になりそうか。よく分かりませんが、あの人相当強いらしいですからね。本当に貴族令嬢なのでしょうか? 公爵令嬢にバトルスキルは不要だと思うのですが。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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