Act.8-230 早秋の頃、慌ただしい王女宮と成長した行儀見習いの貴族令嬢達 scene.5
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
「……もしかして、筆頭侍女様は毒薬学にも精通しているのかしら?」
「毒薬学どころか……お嬢様の知識には、死角はないと思いますわ。しかも、知らないことがあればその分野に関わる書物は一通り読んで覚えてしまいますし。……ただ、この時間差毒殺は第二王子殿下の博士論文で、有名なものですからね。お嬢様が読んでいないというのはまず無いかと。総合すると、お嬢様は元々オーバースペックなのに、ストイックが行き過ぎていて意味不明なことになっている化け物ですね」
スカーレットの疑問に、ジト目を向けながら答えるシェルロッタ……別に完璧超人じゃないんだよ?
「ローザ様って使用人に任せるべき仕事も自分でやらないと気が済まないというところが昔からありますよね?」
「ソフィス様の評価は微妙に違いますわね。私の基本姿勢は私よりも専門的なところで優れた方やよりレベルの高い成果を上げられる方には仕事をお願いし、そうでない場合や私がやった方が成果を上げられて早くて効率が良い場合には私がやるというスタイルですわ。……一々、自分のできるレベルのことでメイドを呼ぶって面倒じゃありませんか?」
そんな些事のために時間を使わせるのは申し訳ないという気持ちもあるしねぇ。
そして、中途半端は許せないある種完璧主義なところがあるから、やるからにはどうしても徹底的に、となってしまう。まあ、それをボクは欠点とは捉えていないんだけど。
「この方は確かに効率主義者ではありますが、同時にしっかりとその人がどれくらいの仕事ができるのかを把握していらっしゃいます。勿論、王女宮でローザ様から仕事を振ってもらえているのは、皆様がこの行儀見習いでレベルアップをしてもらうためにという意味であって、ローザ様より事務仕事のレベルが高いという訳ではありません。ただし、与えられた仕事の内容はその人が必ずこなせるレベルです。認められて、仕事を任せてもらえるレベルまで育っているというのは確かでしょうな」
うん、普通にオルゲルトの話を聞いたら何様って話だけどねぇ。
まあ、ボクもできない人には仕事振らないし、ここにいるメンバーの事務処理速度と精度がボクよりも上回るなんてことはお世辞にも言えないからねぇ。ってか、それ求めたら寧ろダメだと思うよ? 侍女になって一年目、まだまだ勝手が分からないだろうし、同年齢といっても前世の記憶がある分有利だから。
……正直、全員の見込みが早くて驚いているよ。流石はライバルキャラの皆様というべきか。
まあ、あまりここにいるメンバーが気分を害していないみたいだったから良かったということにしよう。
寧ろソフィスは喜んでいたみたいだし……まあ、いいか。
正直、ソフィスは侍女の面々の中でも頭ひとつ抜きん出るレベルだと思うんだよねぇ。ついつい、仕事も多めに振っちゃうし……勿論、しっかりとやってくれるっていう確証と信頼関係があるからだよ? ……まあ、たまに愛に暴走して仕事を放り出すけど。別に避暑地でのあの件のこと根に持っている訳じゃないよ? うんうん。
しかし、初めて出会った時からは随分想像できない感じになったなぁ、ソフィス。行動力があり過ぎる。ある意味、ラインヴェルド達と張り合えるレベルかもしれないねぇ。
その後はいつもの業務に戻り、プリムラが戻ってきたら給仕とお世話をして……とそんな感じで侍女の仕事を行ってから、ビオラの仕事へ……とそんなふうに一日を過ごした。
途中で後宮筆頭侍女のシエルがやってきてアポイントメントが取れたので、アネモネとしての謝罪は明日ということになりそう。ついでに、フレイから頼まれていたゲーム音楽のオーケストラの演奏の目処が立ったし、ラインヴェルドとカルナのデートもそろそろ準備を整えて欲しいと思っているだろうから、そっちもアポイントメントを取っておかないとねぇ。
◆
<三人称全知視点>
カタコトと揺れる神殿行きの馬車は静寂に包まれていた。
聡明な王女にしては珍しく、怯えと、若干の怒りを滲ませたプリムラの姿に、神父のジョナサンは静寂を破って「これは、嫌われてしまったようですね」と呟いた。
「……姫殿下は、とてもルークディーン=ヴァルムト宮中伯令息を気に入っているようですね。そして、婚約者候補筆頭の兄にも良い印象を抱いている。私の言葉はまさにその兄を侮辱するものだったのですから、嫌われるのも当然かもしれません」
プリムラは拗ねた表情を崩さない。普段は決してこのようなことのない素直な少女なのだが、ここまで強情で子供じみた態度を取ってしまうのはアルベルトを侮辱したジョナサンの言葉が許せないものだったからだ。
こんなことをしたところで何の意味もないことはプリムラにも分かっている。……だが、したいと思ってもジョナサンに反論をすることはプリムラにはできなかった。
プリムラはあまりにもアルベルトのことを、近衛騎士のことを知らなさ過ぎる。だから、どんなに言葉を尽くそうとしても、それは空虚なものになってしまう。
「貴女は平和を愛している素晴らしい方だと思います。これだけ汚れた王侯貴族の世界で歪まずに育つということは珍しいですからね。……私も前世は公爵令息でしたから、よく分かります。……姫殿下にとっては一生知らなくても良いことかもしれませんが、この世界は危機に陥っています。従来の騎士のシステムでは対処が難しい……というか不可能なものです。だからこそ、多種族同盟という国際相互協力機構が生まれ、各国も来るべき厄災に備えて従来とは異なる備えを始めています。これまで、対国だった戦争は、最早国と国との、種族と種族との戦争の枠を超え、更なる段階に進もうとしています。しかし、ブライトネス王国の騎士団は旧態依然のまま……これは、各騎士団長が職務放棄をしたことも影響しているようですが、そもそも魔法大国であるこの国に魔法以外の力が不要だという風潮が色濃くあったことがそもそもの根本原因です。大規模な戦争とされる『怠惰』戦で現実を知った騎士は存外少ないと聞いています。彼らは自主的に更なる強さを求めるか、最早自分達では手に負えないレベルだと騎士団退役するかの二択のどちらかを選んだようですが、やはりブライトネス王国の騎士情勢を変えるほどでは無かった。ようやく、アクアさん達にボコボコにされて現実を見るようになってきているようですが、はてさて、どうなることやら。少なくとも、八技と闘気は一定レベルまで使えるようになって頂きたいものです。……言い訳みたいになりますが、アルベルト殿は騎士の中では真面目と聞いています。もし、八技や闘気を扱えるようになれば、更なるレベルに至ることができるでしょう。そうなれば、アネモネ閣下と戦える最低限の立ち位置に立つことができます。つまり、今のアルベルト殿にはステージが早過ぎるというだけです。……ほら、文字も読めないのに、いきなり本を読みたいなんて身の程知らずでしょう?」
プリムラもようやくジョナサンの言わんとしていることの意味が分かり、態度を軟化させた。
「……ジョナサン様、申し訳ございませんでした。酷い態度を取ってしまいましたわね」
「いえいえ、拗ねた顔も可愛らしいと思いながら見ていました。私のよく知っている方々はいじめても反撃されるだけで、このような態度を取られるのはとても新鮮でしたから。……まあ、姫殿下も内心気付いていたのではありませんか? あの時、ローザさんはアルベルト殿が弱いと言った僕の言葉を否定しなかった……それは、つまり肯定に等しい。……つまり、そういうことなのです」
「でも、ローザはアルベルト=ヴァルムト宮中伯のことを、す、好きなのよね?」
プリムラの問いに、ジョナサンはさてどう答えようかと思考を巡らせる。
「これは、僕が言ったことは伏せておいてください。そして、他言無用でお願いします。……ローザさんはアルベルト殿のことを好きでもなんでもありませんよ」
「嘘、でしょう? だ、だって――」
「姫殿下は――プリムラ様は自分が良かれと思って行った相手のためを思うことが、必ずしも相手にとっても良いことなのか、望んでいることなのか……そう言ったことを考えたことはありますか? 案外……というか、意外に多くの場面で、相手を思いやった行為が有難迷惑であったということはあるのですよ。……詳しく事情は話せませんが、ローザさんが姫殿下の侍女になったのは、ある後ろめたさを感じているからです」
「……後ろめたさ」
「聡明な姫殿下は何となく察していたと思いますが……勿論、あの方は姫殿下のことを大切に思っていることも事実です。しかし、一方で、姫殿下の望む母と娘のような関係に、自分は相応しくないと思っているところもあります。それは、ローザさんの抱える原罪によるものです。決して贖えぬ罪……ローザさんは常にその罪に悩まされています。そして、その原罪からローザさんを救うことは恐らく誰にもできない。あのソフィス=アクアマリン伯爵令嬢ですら、その原罪を消し去ることはできなかったのですから。……ローザさんにはいくつかの目的があります。それと同時に、この件を取り巻く者達――ブライトネスの陛下やアルベルト殿にも思惑や求めているゴールがあるのです。陛下にとってのゴールは、姫殿下とルークディーン宮中伯令息が結ばれ、ローザさんとアルベルト宮中伯令息が結ばれ、絶対的な繋がり――家族関係が姫殿下とローザさんの間で結ばれること。……これは私の勝手な考えですが、陛下は恐ろしいのだと思いますよ、自分達がローザさんに見捨てられることが。だから、形ある繋がりを求めているのだと思います。そして、アルベルト宮中伯令息の目的はルークディーン宮中伯令息と姫殿下の婚約が成立し、その上で興味を持ち、少しずつ恋愛に傾きつつある自身がローザさんと結ばれることなのでしょう。そして、問題となるローザさんですが、ルークディーン宮中伯令息と姫殿下の婚約には賛成していますが、アルベルト宮中伯とは結ばれたくないと思っています。では、何故あのような思わせぶりな態度を取っているのか、お分かりですよね?」
「ヴァルムト宮中伯家との関係が拗れて、私の婚約に影響が出ることを懸念して……ということなのね」
「えぇ、その通りです。あのどうにも煮え切らない態度は姫殿下のためのものということになります。……まあ、それもいずれは決着を付けなければならないものです。あの近衛騎士は百パーセント振られるでしょう。そうじゃなければ、今頃スティーリアさんとソフィスさん、後は義弟のネストさん、フォルトナ三王子――まあ、恐らくこの中で一番可能性があるのはソフィスさんでしょうが、彼女達のいずれかがあの本丸を撃ち落としているでしょうから。……陛下とヴァルムト宮中伯令息の狙いは一致しています。そして、今時点ではローザさんとも狙いの一部が一致しているので問題ないのでしょうが、いずれそれぞれの狙いに向かって突き進む時、状況は大きく変わると思われます。そして、その時に姫殿下は大きな選択を迫られることでしょう。……その時に姫殿下は別に誰かの狙いに従う必要はありません。ローザさん、陛下、ヴァルムト宮中伯令息――みんな手前勝手ですからね。それぞれ、自分の望みや勝手な慮りで本人のことなんて全然考えちゃいない。だから、そんなこと気にせず姫殿下だって我儘を貫けばいい。貴女の願いを、こうありたい未来を押し付けてしまえばいい、僕はそう思いますよ。もし、躊躇していたら、良い子ぶって身を引いたりしたら、貴女の幸せは一生やってこない。そう断言します」
馬車が止まり、神殿での講義担当者の修道女がこちら側にやってくるのを確認すると、「エスコートをさせて頂きます、レディ」と一瞬にして纏う気配を変え、ジョナサンは優しく微笑みかけた。
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