Act.8-229 早秋の頃、慌ただしい王女宮と成長した行儀見習いの貴族令嬢達 scene.4
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
「つまり、さぁ。僕以外にもアネモネさんと戦いたい人っていっぱいいるのにさ? 『剣聖』候補だからって優遇されるのが気に食わないんだよ」
鋭く研ぎ澄まされた殺気に当てられ、プリムラや部屋にいた侍女やメイド達は涙目だ。ボクはプリムラを庇うように立ちつつ、傍迷惑なドSにさてどう返したほうが良いものかと考える。
……プリムラとしては婚約者の兄を馬鹿にするような発言に言い返したい気持ちもあるのだろうけど、それに関しては事実だから、ボクも触れるつもりはない。
「……そこで、陛下に相談してきたら快く許可をもらえたんだ。当日、『剣聖』ミリアムとその弟子アルベルト以外にここにリストアップされたメンバーを集めて多対一の勝負をしようという話だ」
ジョナサンから受け取ったリストを確認して溜息を吐きたくなった。
「……流石にアネモネ閣下でもこれだけの猛者を相手にしたら負けると思いますわ」
「いいや、これでも勝てるかどうか怪しい……というか、悔しいことに全く勝てる気がしないんだよね? でも、面白そうじゃない?」
「……不覚にも、面白そうだと思ってしまいましたわ。承知致しました、こちらをアネモネ閣下にお渡ししておきますわね」
「話が早くて助かるよ。……おっと、そろそろ時間だ。姫殿下、準備はできているでしょうか? 馬車は用意しておりますので、神殿までお送り致します」
プリムラはこの恐ろしいジョナサンと一緒に行くことを少しだけ恐れているようだったけど、ボク達を心配させまいと気丈に振る舞って「行ってくるわ」と笑顔を作って言った。
「行ってらっしゃいませ、姫殿下」
……まあ、想定外のことはあったものの、プリムラも神学の授業のために神殿に出発したことだし、ボク達も昼からの仕事、頑張りますか。
◆
午後からは当初の予定通り、園遊会で給仕役として仕事をするシェルロッタ、スカーレット、ソフィス、ジャンヌ、フィネオ、メアリー、メイナの現時点での実力を確認するテストを行う。
教師役は執事長のオルゲルトで、一応ボクも給仕のテストを受けることになるらしい。
当日はワインや料理、お菓子や紅茶、本当に様々振る舞われることになるけど、必要なスキルは同じだ。挨拶や会話スキルも求められるけど、それはもう付け焼き刃でどうにかなるものじゃないし、実践あるのみ。
なので、今回テストするのは給仕の技術の方だ。例え緊張で頭が真っ白になってもとりあえずしっかりと給仕できるレベルまで高めるというのが理想だねぇ。
「流石は筆頭侍女様ですね。所作も美しく、一切の無駄がない……それに、紅茶も大変美味しいです。これでも、国王陛下と王女殿下に仕え、日々精進してきたつもりですが、超えられぬ壁、実力の差というものを感じます」
「オルゲルトさん、流石にそれは言い過ぎではありませんか? 私などまだまだですわ」
好々爺然と笑うオルゲルトの瞳に一瞬、「お前はどこを目指しているんだ?」という呆れの感情が混じったような気がするけど……見なかったことにしよう。
「シェルロッタさん、スカーレットさん、ソフィスさん、ジャンヌさん、フィネオさん、メアリーさんも流石ですね」
「メアリー様は少々緊張しやすいところがありますので、当日は深呼吸をして、自分のペースで給仕をするといいと思いますわ。皆様、とても美味しく紅茶を淹れられることが確認できましたので、園遊会の当日は安心して中間管理職に徹せられそうですね。……当日はシェルロッタさんとオルゲルトさんが姫さまの側で給仕し、他の面々は他の宮の侍女と協力して給仕に当たって頂くことになります。その心算をしておいてください」
「承知致しました」
「分かりましたわ」
「ローザ様と一緒に働けないのは残念ですが、ローザ様の期待を裏切らないために頑張ります!」
「私も精一杯頑張らせてもらうよ」
「……ここで失敗したら王国の恥になってしまいますし、気持ちを引き締めて望まないといけないですね」
「……だ、大丈夫かしら?」
「……しかし、お嬢様が中間管理職って全く想像がつきませんね」
「あら? 筆頭侍女ってそもそも中間管理職よ? 統括侍女様と各宮の侍女を繋ぐ橋渡し役ですからね?」
……ホント、シェルロッタは一体ボクを何だと思っているのか? えっ? 国家元首で貴族で商会長だろうって? まあ、そうなんだけどさ?
給仕のテストが終わったところで、ついでに事務仕事の上達具合を確認することになった。
侍女はメイドも行う掃除やお茶の用意の他に、書類仕事も行う。侍女に昇格したメイナも少しずつ書類仕事をオルゲルト達から学んでいるようだ。
えっ、書類は全部お前が片付けていたんじゃないのかって? ちゃんとスカーレット達にも仕事は振っていたよ? それぞれのレベルに合わせて書類仕事を振っているつもりだし、書類の確認はボクかオルゲルトがすることになっているんだから、まあ、大凡それぞれのレベルは把握しているんだけど、中には説明不足があった結果、勘違いを引き摺ったままここまで来ている人ももしかしたら(まあ、いないと思うけど)いるかもしれないし、この辺りで一度、書類仕事の仕方について正しい認識を擦り合わせておくということも必要なんじゃないかな? と思ってねぇ。
掃除などに使われる用具類の申請書や、別の宮への転属の際に必要な書類……まあ、とにかく様々な書類を手渡して、条件を示して書いてもらう。
といっても、王女宮は元々ボクが筆頭侍女になったその日に大量に想定される各書類をフォーマットにして印刷してあるので、必要なところを埋めていけば半手書きで簡単に書けてしまう。他の宮は内宮と外宮の文官達を除いて全員手書きだねぇ。
そもそも、フォーマットの統一は現王子宮筆頭侍女のアルマがまだ平の侍女だった頃に上司のレインに相談して行われたことだ。その功績からアルマは文官達から一目置かれていたし、その噂を知っていたボクもアルマに興味を持っていたってことだねぇ。
ちなみに、内宮と外宮の文官達は既に八割がパーソナルコンピュータを保有し、文書作成ソフトウェアで書類を作成、データとして保存したりメールに添付してやりとりということも行われている。ただし、やっぱり証拠的な意味合いで紙の書類としても保管されるので、紙至上主義の文化が廃れている訳ではない。内宮や外宮に行くと、結構プリンターの音が聞こえてくるよ?
一方、王女宮は完全にコンピュータでということはほとんどない。ボクがたまに面倒になると「E.DEVISE」で資料を作って印刷するのと、ソフィスが「E.DEVISE」のキーボード入力した小説をプリントアウトするくらいで、ソフィスに至っては書類も手書きだ。
まあ、キーボード入力した上でプリントアウトするよりも、明らかにフォーマットがしっかりとした書類に手書きした方が早いからねぇ。
「しかし、本当に素晴らしい書式だと見る度に惚れ惚れしますな」
「執事長さん、そうなのですか?」
「メイナ殿は改革後に侍女になったのでご存知無かったのでしたね。そもそも、書類内容を細かく書く理由は、例えばそちらの掃除道具の書類であれば、何故必要なのか何がどの程度必要なのか、不用品の処理についてどうするのかを決裁しその経過を保管するため、ということになります。いつ申請があり、いつそれが受諾されたのか書類が残っていれば何らかの問題が発生した時に証拠として利用することができますからな。……例えば洗剤に薬物が混入されていたら、或いは、納品されるべき内容以外が含まれていたら、もしくは納品物が不足している場合は……さまざまな可能性が考えられます。今でこそありませんが、昔は王座を巡っての争いに飲食物に毒は当たり前、洗剤にまで仕込んで大問題になった例がありました。こういったことがないように、こういう書類はしっかりと書くようになっているのです。しかし、そもそも書類にフォーマットのようなものはございませんでした。各々自分のやり方で書いていた結果、文官達の仕事にもいらぬ仕事が増えて負担が大きくなっていました。当時まだ平の侍女だった現王子宮筆頭侍女様のご尽力で随分と文官達の仕事も楽になったと噂になっておりますよ」
スカーレット達もまさか、そんなことになっているとは思わなかったんだろうねぇ。毒物の混入とか、そんな恐ろしいことが行われていたなんて思いもよらないだろう……まあ、現在進行形でそう言ったことが完全にないとは言い切れないのが辛いところなんだけど。
「別に随分昔の話ということもありませんわ。例えば、現在の陛下が王位を継ぐ切っ掛けとなった王族の大量死亡事件――あれは、その後の調査でフグの毒であるテトロドトキシンと、トリカブト毒のジテルペン系アルカロイドのアコニチンの配合を調節することで互いの効力を弱めることができることを利用した時間差毒殺だったようですし」
ブライトネス王国を恐怖のどん底に落とし、後に実行役の王宮侍女のシャローメ=アログサンディマルアとシャローメに指示を出した建国当時からの忠臣であるアログサンディマルア公爵家、更に、アログサンディマルア公爵家と共に王国転覆と乗っ取りを企てたその派閥の貴族と隣国シャムラハ――実に王国の八分の一の貴族と隣国シャムラハの王族や貴族を先代【血塗れ公爵】とその戦闘使用人達が殺戮し、まるで血の雨が降っているようだと言われた血の洪水事件。
あの真相は長いこと判明しなかったんだけど、第二王子のルクシアが当時の資料を丹念に調べた結果、この時間差効果の理由が判明したらしいんだよねぇ(これが、彼の博士論文の研究テーマだったそうだ)。ちなみに、犯人グループはこんな時間差毒を使ったのにあっさりと判明したそう。……それって、時間差毒殺する意味あったのかな?
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