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Act.8-221 祖父と娘の顔合わせと、死を経て再会した父子 scene.1 下

<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>


「いかがですかな、王女殿下。私などもこういったガラスペンを愛用しておりましてな。モルヴォルの知人に腕の良い硝子職人が居て、このようなものができるのだそうです。ご要望とあればオーダーメイドも勿論可能ですし、色も様々なものから選べましょう」


「素敵だわ……そう思わない、ローザ」


「はい、とても素敵だと思いますわ」


 金箔が混ぜられたもの、意匠が凝っているもの……様々なものが取り揃えられているけど、流石は三大商会の一角の会長が王女のために用意したものということがあってどれも高いレベルだ。水の流れが再現されているもの、とても手に滲みそうなもの、軸に宝石が使われているもの、にペン先から軸まで一体になった硬質ガラス製のもの、どれも大変趣味が良い。


「もっと鮮やかな青色のものが欲しいわ。晴れた夏空のようなとても澄んだとても青い色の。贈り物なの。できるかしら」


「畏まりましてございます。職人にはやく作るよう、申しつけておきます」


「そう。……ありがとう、ジリル商会の会頭、モルヴォル」


「勿体ないお言葉にございます」


 ……今回の邂逅、二人にとっては良いものになったのだろうか? 少なくとも、超共感覚(ミューテスタジア)ではあまり良くない状況になりそうな色はしていなかったけど。


 プリムラの表情は少し固い……きっと、どうして良いか分からないんだろうと思う。正直、ボクだって分からない。何が正解かなんて、人生の終わる間際になって後悔がないかを探る時にしか分からないものだと思う……いや、それでも正解は分からないか。ただ、心残りがあるかないかを考えた時、心残りがあるのなら、悔いを残しているのなら、その人にとっての人生はその人にとって正解ばかりでは無かった、ということになるんだと思うけど。


 手放しで喜ぶとまでは思わなかったものの、喜ぶかと思っていたナジャンダも少し困ったようだ。


 でも、ボクには見気なんて使うまでもなく、プリムラはきっと嬉しいと思っていることが分かっている。

 嬉しいけれども、身分の問題で祖父として認める訳にはいかないし、孫と呼んでもらえない寂しさを感じて色々な感情が混じりあっているのだろう。こういう時に、高貴な身分って面倒だなぁって思うよねぇ。


 感情のままに動いてはいけない、という先々まで考えられる聡い王女としての部分が、この場で取るべき態度を取らせているんだろう。それは大変素晴らしいことなんだけど……やっぱり、ボクはプリムラとモルヴォルに本当の祖父と孫娘として接することができれば、と思わずにはいられない。たとえ、そこに圧倒的な身分差という壁が立ちはだかるとしても。


「それでは、品物は王女宮へとお届けさせて頂きます」


「……ええ、その折は会頭自ら届けて。いいわね、ローザ」


「畏まりましてございます」


 プリムラの言葉の裏には、また会いたいって気持ちが隠されていた。

 前から会いたいって言っていたモルヴォルの方も、無言でただ頭を下げていた。


 部屋から出る会頭を見送る形で「今日はありがとうございました」とこっそり伝えると、「良いってことよ、俺と嬢ちゃんとあの旦那の仲だ。……本当にありがとうなァ」といつもの好々爺の顔で笑って去って行った。


 さて、後はシェルロッタに任せるとしよう。親子水入らずで話さなければならないことがいっぱいあるだろうからねぇ。



<三人称全知視点>


 懇意の商人として招かれ、たった今、孫娘との夢にまで見た邂逅を遂げたモルヴォルは一人の侍女に案内されていくつかある応接室の一つに向かった。


 すらりと伸びる手足が艶かしく、左右対称で均整の取れた肢体は過不足ない完璧なプロポーションを誇っている。

 薄い灰色の長い髪をハーフアップにした空色の瞳を持つ絶世の美少女はとても幸薄い番頭――カルロスとはとても似つかず、彼の最愛の姉であり、ラインヴェルドの心を射止めたメリエーナとも異なり人間離れした美貌を持っている。


 だが、薄い灰色と最愛の姉と同じ空色の瞳は、カルロスの面影を感じさせる。


 侍女の名はシェルロッタ=エメリーナ――最愛の姉の名の並び替えられた文字列(アナグラム)を持つモルヴォルの息子の、ある意味生まれ変わりとも言える人物である。


「……久しぶりだな、カルロス。まさか、そのような姿になっているとは思わなかった」


 部屋には人払いがされている。モルヴォルもそれを承知してあえてシェルロッタに対するのではなく、息子カルロスに対するものとして言葉を発したのだろう。

 シェルロッタも、これが本来死によって引き裂かれる筈だった親不孝な息子と父親のある種の和解の場として用意されているものだと気づいていた。その状況下で惚ける必要はない。


「……勝手なことをして申し訳ありませんでした」


「謝る相手が別にいるだろう。俺もバタフリアも承知している……ただ、残されたジィードは相当悲しんでいたぜ。母親を早々に失って親はお前しかいなかったんだ……俺達は祖父母としてお前の分も愛を注ぐつもりだが、両親にしか注げない愛情ってもンがある。……事情は全て圓様から聞いている。……悪かったと思っているよ。最後まで、お前は反対していたからな。それを俺達が揃って無理矢理引き離したんだ。そんなお前がメリエーナが死んだ時、全く涙を見せなかった時点で気づくべきだった。心が壊れてしまっているって……普通の心境でいられる訳がねぇンだ。いや、気づいたところで俺達にはどちらにしろお前の凶行は止められなかった、いや、止める資格は無かったか」


「もう過ぎた話です。謝られても姉さんは、もう帰ってきません」


 氷のように冷たい、感情の一欠片も篭っていない視線を向けられ、モルヴォルはそれ以上の言葉を継げなくなった。

 それは、シェルロッタの冷たい双眸に恐怖を感じたから……などでは断じてない。


 完全な諦め、仇を取ってなお、決して満たされぬ虚無。復讐は自己満足でしかない……いや、自己満足にすらなり得ないという言葉を体現したような今のシェルロッタにモルヴォルは痛々しいものを感じたのだ。


 カルロスの妻となった商家出身のマーシア=ルーンニアは、そんなカルロスの心にぽっかりと空いた穴を埋めようと流行り病で死ぬまで懸命に努力をしていたが、最後まで最愛の姉の代わりにはなれなかった。

 マーシアは、メリエーナの幼馴染でカルロスとも幼馴染の関係にあった。密かに片想いを寄せていた、そんな彼女にとって最愛の姉を目の前で失ったカルロスの痛々しい姿は見ていられなかったのだろう。


 メリエーナがラインヴェルドに嫁ぐことが決まったその日から、マーシアは必死に外堀を埋めていき、遂にはカルロスの妻となった。

 子供がいれば、家庭があればカルロスの心の傷も少しは癒せるのではないかと……その頃のマーシアはとても切迫していて、狂気すら感じられたが、マーシアのカルロスを想う気持ちは本物で、だからこそカルロスもマーシアを拒絶したりはしなかったのだろう。


 だが、それでも、マーシアや家族の力をもってしてもカルロスの心にぽっかりと空いた穴を埋めることはできなかったのだ。

 そのマーシアも病で命を落とした。唯一、カルロスを繋ぎ止められる可能性を持っていたのがマーシアだったのだから、彼女が死んだ時点で状況は絶望的なほど悪化していたのだ。


 カルロスはマーシアには夫としての愛情を、ジィードには親としての愛情を注いでいた。それは、紛うことなき事実だ。

 しかし、亡きメリエーナへの執着とそういった夫や親としての愛情は両立できるものだった。だから、決してジィードを愛していなかった訳ではない。


 だが、カルロスにとって最愛なのは姉であり、それは最後まで変わらなかった……いや、今も変わっていないのだろう。

 だからこそ、何より優先すべき復讐のために、ジィードを見捨てることができたのだ。いや、見捨てたというのは間違いかもしれない。カルロスには両親が絶対にカルロスの亡き後、ジィードを育ててくれるという確信があった。


 自分が居なくても息子は不自由なく暮らせる――そう確信できたことも彼を復讐の道を走らせた一つの要因となったのかもしれない。


「……圓様によれば、彼女は死者を蘇らせることができるそうです。死者蘇生ではなく、正しくは過去から死ぬ筈だった人間を連れてくるという方法ですが……要するに死ぬという結末を変えるということですが、圓様はそういった歴史を変える手法に消極的です。……圓様は公平であるべきだと考えておられますから、私によく似た境遇の人が他にもいる可能性がある以上、私一人のためにメリエーナ姉さんを蘇らせることはできないと、そう仰られました。……私にとって、復讐は人生の全てでした。全ての元凶であるあの男は、姉さんが愛していたから泣く泣く復讐の対象から外しましたが、姉さんを殺すように仕向けた正妃と後ろ盾の公爵家は何としても滅ぼさなければならなかった。そのためだけに生きて、そしてようやく死ねると思った……それなのに、私はまだ生き恥を晒して生きています。メリエーナ姉さんのところにも結局生かせてはもらえませんでした。……圓様は、私に姫殿下にお仕えし、メリエーナ姉さんの代わりにその成長を見届けることが贖罪であると、そう仰りました。全く、贖罪とはいえない、私のことを慮った優しい提案です。……ですが、私はやはり圓様のお考えには賛同できないところがあります。母を知らない娘と、姉を喪った弟……二人が互いに互いを補う……そうすることが、メリエーナ姉さんの望んでいるものであり、私やプリムラ姫殿下にとっても幸せなのだとお考えなのでしょうが、プリムラ様はそのようなことを絶対に望んでおりませんし、圓様も時々苦しそうな表情をなされています。あの方は自分を犠牲にし過ぎです。私が姉を喪ったその責任が自分にあると思い、プリムラ様のことを大切に思って側に居たいと思いながらもその座を私に明け渡そうとする、この世界はもうあの方の手を離れているというのに、責任はあの方にはないというのに……そんな傷つきながら必死に笑おうとするあの方を、私はとても見ていられない。圓様は私に復讐の機会をくださいました。そして、私に幸せをくださろうと懸命に様々な策謀を巡らせてくださっています。……もう十分幸せにして頂きました。だから、もう私は何も求めたくはありません。……圓様にこそ、王女宮筆頭侍女の座は、母代わりの立場は相応しいものだと私は思っています」


 シェルロッタは、メリエーナの忘れ形見に会うことができた。側で仕えることができた。ただ、それだけで幸せなのだ。

 モルヴォルですら手に入れられない幸福を、シェルロッタは既に与えられているのだから。


 死んだ人は帰ってこない――それは、自然の摂理だ。今もシェルロッタはメリエーナの死を引き摺っているが、彼女が帰ってくると思ったことは一度もない。

 だから、カルロスはメリエーナの仇を取るために復讐に生涯をかけたが、一度として死者を蘇らせるという得体の知れない迷信に縋ることは無かった。


 蘇生できる力がありながら、それを行使しない圓に対してシェルロッタが何も言わないのも、それが自然の摂理から外れた――本来ならば享受できないものであることを知っているからである。


 カルロスは復讐を終えて死ぬ筈だった。だが、その復讐を完遂させた上で、なんとメリエーナの忘れ形見に仕える権利を与えられている。今のシェルロッタは幸せだ――これ以上ないくらいに。


「それが今のお前の願いということなンだな。……本当に変わらないな。お前はとても優しい子だ、昔も今も。……ジィードのことは私とバタフリアで責任を持って育てるから心配することはない。……名前が変わっても、姿が変わっても、お前は俺達の息子だ、それだけは変わらない。――カルロス、お前はお前の生きたいように生きろ。お前の幸せを俺もバタフリアも願っている!」


 長い間、ずっと孤独に戦ってきた、姉思いの息子にモルヴォルは涙を堪えながら、言葉をかけた。


 ――今度こそ、幸せを失わないで欲しいと、あの優しい息子が笑顔になれる日が来るようにと心から願いながら。

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 もし何かお読みになる中でふと感じたことがありましたら遠慮なく感想欄で呟いてください。私はできる限り返信させて頂きます。また、感想欄は覗くだけでも新たな発見があるかもしれない場所ですので、創作の種を探している方も是非一度お立ち寄りくださいませ。……本当は感想投稿者同士の絡みがあると面白いのですが、難しいですよね。


 それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。


※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。

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