Act.8-207 ネスト=ラピスラズリ誘拐事件 scene.7
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
「母さんの死の真相を、私もデルフィーナも知らないわ。ただ、貴女が潜伏していたフォルトナ王国に向かい……消息を絶った。デルフィーナは、帝国の侍女からそれだけを聞いたそうよ。……まさか、貴女が母さんを殺していない……なんてことは言わないわよね?」
……意外だった。まさか、クレールもデルフィーナもボクの話に耳を傾ける気になるなんて。
まあ、僥倖と言えば僥倖なんだけど……ボクも被害者であるこの二人を殺したくはなかったから。
「グローシィは死んだ……それは間違いないよ。ただ、ボクは直接手を下した訳ではない。……ボクは当時、アクアとディランに頼まれてフォルトナ王国に潜入していた。漆黒騎士団の謎の壊滅の真相を確かめるために。その依頼者となったのは王国の中枢の人間で、グローシィはその実行役の暗殺者としてフォルトナ王国の王宮に侵入――そして、ボクを『夢の毒』を使って殺害しようとした。ボクはその犯人がグローシィであること、そしてルヴェリオス帝国がフォルトナ王国へと侵攻できるように王族の関係を崩そうと企んでいることを見抜き、グローシィを追い詰めた。……グローシィは最後まで皇帝に、デルフィーナの父親を信仰し、その信仰心に殉じたんだ。彼女は『最後の忠誠』を使って自爆し死体も残っていない。その爆発も誰一人傷つけられなかったんだから、無駄死にとしか言いようがないと思う」
「……何故、母さんは皇帝を信仰したのかしら。……それは、創造主である貴女の差し金なの? 皇帝を信仰して、貴女に殺されたのは――貴女の筋書きなの!?」
「そもそも、ボクの設定したグローシィ=ナイトメアブラックには娘はいない。皇帝の侍医で暗殺者でもあったけど、男女の仲だったという訳では無かった。暗殺者として登場し、暗殺集団シャドウウォーカーと敵対し、殺されるキャラクターではあるのだけど、物語の前半部分に登場する、中心人物でも何でも無かった。恐らく、異世界化したことで生じたものの一つなんだと思う。ここからは想像だけど、グローシィは最愛の夫を喪い、同時にクレールのことも喪ったと思ったんじゃないかな? そして、心の拠り所の無くなった彼女は流れ着き、出会ってしまう。絶対的な皇帝への信仰は、喪ったものの穴埋めでもあった。……トレディチの方は気まぐれに肉体関係をもって生まれたデルフィーナのことを何とも思っていなかったのかもしれないけど。『唯一神』である皇帝は永遠の命を持ち、だからこそ代替わりを必要としない。……寧ろ、自分に並び立てる可能性のあるデルフィーナを疎ましく思っていたのかもしれない。……だけど、グローシィは娘であるデルフィーナを守った。その理由は……神との間にできた授かり者――トレディチと自身を繋ぐ唯一無二の絆の象徴だったから、なんじゃないかな」
こういうことがあるからこそ、この世界は予測ができず……ボクはやっぱり創造主なんてものじゃないと痛感する。いや、元々神なんてそんなご大層なものを名乗るつもりはないんだけどさ。
世界はきっと、最早誰にも予測ができないものなんじゃないかと思う。シナリオは解体され……継ぎ接ぎがなされ、もう別物と成り果てているのだから。
「……それは、母様は私を愛してくれていなかったってことなの!? 私は、皇帝との繋がりだったから、大切にしていたに過ぎないってことなの!?」
「……そんなの、狡い。私は誰に怒りをぶつければいいのよ!? 聞かなければ良かったッ! 貴女さえ恨んでいれば良かったのに……こんなの、こんなのあんまりよ! 貴女のせいじゃないじゃない……あの時、私が母さんと再会できていたら、きっとこんなことにはならなかった! 孤独にしてしまったから、母さんは皇帝に心酔して……命を散らせてしまった」
デルフィーナは母の愛が嘘だったと思い、心の支えを失って絶望に苛まれている。
そして、クレールは激しく後悔して……そして、その怒りの矛先を過去の自分に向けている。
だから、この話しはしたくなかったんだ……ボクを恨んでさえいれば、それで良かったんだから。
例えボクに殺されても、激しい殺意を抱いたまま死んでいけた。それが幸せかは分からないけど……でも、二人のグローシィの幻想は守られた。
……それでも生きて、区切りをつけて、前に進んで欲しかった。そう願わずにはいられないボクはきっと残酷な人間だ。
「……愛されていなかった? それなら、なんでデルフィーナ――君は生きているんだ? 皇帝にとっては興味がない存在、あるいは邪魔な存在だった。見捨てられて殺されても仕方がないのに……それでも、ここまでずっと生きてこられたんでしょう? それに、デルフィーナは母親であるグローシィのことを大切に思っていたんでしょう? じゃなかったら復讐なんて絶対にしようとしない筈だよ。……それは、つまり愛されていた、ってことじゃないのかな?」
皇帝の気持ちに忖度すれば、デルフィーナを殺すべきだった。でも、それをしなかったのは、頑なに守ろうとしたのは……大切な娘を守りたかったからだ。仮定なんかじゃない、それしか考えられない。
「クレール……君は全知全能にでもなったつもりなのかな? 救おうと手を伸ばしても救えないことなんてザラにある。それに、当時、君は子供だった。戦争という大きなものに呑まれ、一家離散……それを、子供だった自分の手でどうこうできるなんて考えているなら、それこそ傲慢なことだと思う。……クレール、貴女は決して悪くない。そこに責任を感じる必要はないんだ。自分を責める必要なんて、ありはしない」
デルフィーナもクレールも悪くない。彼女達は母親想いで、何一つとして非が無かった正真正銘の被害者だったんだから。
そして、きっとグローシィだってそうだった……皇帝を狂信してから変わった。そして、暗殺者として悲しみを振り撒き始める――その悪にも起源が、悪にならざるを得ない理由があった。
……悪になった理由がない連中なんて、瀬島一派だけで充分だ。というか、あいつらは全面的に自身の享楽のために厄災を振り撒いている傍迷惑な連中だからねぇ。悪の種類がそもそも別種だ。
そういう悪を滅ぼすことに、ボクは何も思わないけど……理由があって悪に堕ちた者達に、ボクは少しだけ甘いのかもしれないねぇ。見捨てるなんて……そんなことできる訳がないじゃないか。
「……まあ、いずれにしてもボクはグローシィが皇帝への信仰に殉ずることまでは読んでいたし、だからこそ、自爆から身を守るために手を打った。つまり、ボクはグローシィが死ぬことを分かった上で、それを放置していたということになる。だから、ボクが殺したも同然――それを否定するつもりはないってこと」
あれだけ根差してしまった信仰を消し去るのは不可能だ。それこそ、《縁》を再編した《縁の神》と創世級となった『漆黒魔剣ブラッドリリー』を組み合わせて皇帝との繋がりを抹消する以外には……そして、その力のあの時には無かったものだ。
それに、【濡羽】はメリエーナとアクア達の仇であり……そして、これからフォルトナ王国に大いなる憂いをもたらそうとしていた。
それに、ボクと【濡羽】の進む道は対立するもので……きっとどうやっても彼女を殺す以外に道は無かった。
グローシィを殺したという罪は、絶対に消えるものではないのだから。例えそれが、どんな事情があったにせよ。
「……もう一度言うけど、ボクに【濡羽】の死の責任がないという訳ではないし、実際に死に追いやった元凶はボクということになる。ボクもそれを否定するつもりはないよ。……仇を取るために戦闘を続行するのも、降伏するのも、どちらでも構わない。ただし、次は本気で殺しに行く」
◆
クレールは何故か心底呆れたという表情でネストの方に視線を向けた。
「……ネストだったかしら? 貴方の義姉はいつもこんな感じなの?」
「まあ、そうだね。ボクの時もそうだったし、ソフィスさんの時もこんな感じだったって聞いているよ。器用で何でもできそうに見えて、意外と不器用なところもある可愛い義姉さんだと思うよ。いつも自分の心証なんて二の次にして、悪役のように振る舞って……誰かの幸せのために奔走している。確かに、創造主である義姉さんに責任の一端があるかもしれない……でも、この世界を異世界化させたのは義姉さんじゃないんだし、義姉さんだって異世界に召喚され、殺され、最悪の末路を辿る悪役令嬢に転生した被害者なんだ。……それに、ボクだって、ソフィスさんだって、フォルトナの三王子だって――誰も義姉さんが悪いだなんて誰も思っていないし、そろそろ義姉さんにも前を向いて生きて欲しいと、そう常々思っているよ」
そこにネストとデルフィーナも加わって三人揃って溜息を吐く……いつの間にそんなに仲良くなったの?
「……百合薗圓、貴女の言葉――そのまま返すわ。貴女こそ、全知全能にでもなったつもりなの? 敵対する者も全て救って……そんなこと、できる筈がない。……母様は、最後まで皇帝に忠誠を誓い、信仰に殉じた。……それに、貴女にも守らなければならない人達が居たのでしょう? ……クレール姉様、私はもう百合薗圓さんに復讐心は持っていません。お互いに大切なもののために戦って……そして殉じたのですから。ここで、復讐のために戦うことはきっと望んでいないと思いますし、それに、このまま戦っても絶対に勝てませんから。それこそ、無駄死です」
「私も同意するわ。……戦ったって勝ち目はないんだし、それに、百合薗圓を倒して勝ち取ろうとした母の名誉は……そもそも、勝ち取る必要も無かったのだから。……私もデルフィーナも降伏するわ。勿論、貴女を殺すために刃を向けたのだから、どのような処遇を受けるとしても構わないし、覚悟はしているわ」
クレールとデルフィーナが降伏し、こうしてフンケルン大公家一派との激突の前哨戦となるネスト誘拐事件は幕を閉じたのだった。
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