Act.8-205 ネスト=ラピスラズリ誘拐事件 scene.5
<三人称全知視点>
ダラス=マクシミラン――かつては『剣鬼』と呼ばれ、後に国王から『剣聖』の称号を与えられたアスタリス王国の伝説の剣士にして、王国最強の騎士。
彼はマクシミランという辺境の地を治める子爵家の一人息子として魔法の適性を持たずして生まれた。魔法のある世界で魔法を持たずして貴族の家系に生まれた結果、幼少の頃から大人達には陰口を叩かれ、子供達からは田舎出身の劣等者だと正面切って馬鹿にされた。
しかし、実家の子爵家は魔法の才能を持たずして生まれたダラスを決して非難しなかった。
魔法の才能が無いなら、別の才能を探して育てていけばいいと、そう優しく助言を与えたのだ。
それから、ダラスは一心不乱に剣術に打ち込み、瞬く間に剣術の才能を開花させた。周りは魔法による属性付与や身体強化を駆使する者達ばかり――そのような世界で剣一本で上位まで上り詰めていくというのは簡単なことではない。
――故に、目障りなマクシミラン子爵家を困窮させ、一家離散を引き起こすための裏工作をしたダラスと因縁深い大臣(マクシミラン子爵家とは、マクシミラン子爵と結婚したダラスの母である伯爵令嬢に思いを寄せていたようで、結婚後もマクシミラン子爵夫人に並々ならぬ執着を寄せ、裏工作を行ってなお、互いを愛して信頼している二人の仲を引き裂くためにマクシミラン子爵を暗殺者を使って殺害し、マクシミラン子爵家の家庭を破壊した後はマクシミラン子爵夫人に手を出そうとした。しかし、最後までマクシミラン子爵を一途に愛していた子爵夫人は自死を選んだため、最愛の人物を結局手に入れることはできなかった)との一件から国を見限り、ブライトネス王国に亡命したと知ったラピスラズリ公爵家から真っ先に声を掛けられたということも別段不思議でもないのである。それだけの魔法が使えないという弱点を補って余りある剣の才を、ダラスは有しているのだから。
歳をとって二割ほど弱くなっているが、その剣の冴えは今なお剣の実力だけで至った『剣聖』に相応しいものである。
ダラスが漆黒の武装闘気の上に纏わせたのは、神光闘気――恒星の光と同じ性質のエネルギーを最大まで強化することで治癒の力として使うことはできなくなった代わりに攻撃版の外活闘気として使う場合は治癒闘気以上の威力が見込めるようになった力である。
そして、この力を武装闘気と組み合わせた時、本来なら通過するだけの水が実体に戻り、猛烈なダメージを全身に行き渡らせることが可能になる。
剣のみで戦ってきたダラスにとって、剣から神光闘気を流し込むという戦法は卑怯以外の何物でもないのだが、ダラスは汀を完全に殺さず無力化するために、あえてその禁を破ることを決意したのである。
ダラスは俊身を使って汀の背後に回り込み、裂帛と共に剣を振り下ろす。
圧倒的な剣気を放ちながら放たれた斬撃は瞬時に固体化し、冷気によって剣そのものを凍らせようとした汀の冷気を瞬時に蒸発させ、神光闘気を叩き込む。
「ぐぁぁぁぁぁ!!」
かつてないほどの猛烈なエネルギーの奔流に晒され、汀は痛みに悶絶する。
しかし、その隙をダラスは見逃すほど優しくはない。水蒸気と化して逃げようとする汀の動きを見気で読み取り、水蒸気に向かって剣を突き立てた。
再び猛烈なエネルギーの奔流が汀に襲い掛かる。実体を捉え、斬撃を浴びせられてしまった結果、魔法少女の水への変化を完全に解除させられてしまう。
だが、流石は精神面でも大幅な強化が行われる魔法少女化――低レベルどころか中位レベルであっても吸血鬼を立ち所に灰にし、時には人の命を奪ってしまうほどの神光闘気を二度浴びても命を落とさず、まだダラスと対峙できるほどの力を残している。
とはいえ、とはいえだ。汀と対峙するダラスは無傷なのである。
水蒸気化して攻め込むとしても、水蒸気化した汀の実体を的確に掴んで攻撃を浴びせたダラスなら余裕で躱されてしまうだろう。凍結は既に神光闘気で無効化済み。ならば、水を操って包囲網を築けば……と考えても上手く立ち回れて逃げられる未来しか見えない。ならば、部屋全体を水で覆って内部から……と考えた汀だが、部屋は外から破壊され、密閉空間は崩壊している。
「……全く……勝てる見込みが、ないわ」
「私も汀殿の魔法は厄介だと思っております。噂に聞く旧ルヴェリオス帝国の【凍将】はそれこそ【熔将】のマグマでも倒せたでしょうが、三体への変化を自在に可能な汀殿はマグマで蒸発させられても死なないのでしょう。私の剣技も通用しないところでした……ローザ様には感謝しなければなりませんな」
「氷河世界」
「無意味でございますよ。――空歩」
圧倒的な冷気を発生させて床を凍結させる汀に対し、ダラスは空歩で空中を歩いて攻撃を回避――そのまま流れるように次々と斬撃を叩き込んでいく。
一撃一撃に込められた神光闘気が汀の命を削り、汀は痛みのあまり絶叫を重ねた。
とはいえ、死なない程度に留めるためにダラスは神光闘気の威力を加減しており、汀は永続ダメージを受けているものの、気絶やショック死には至らない。
「しかし、このまま攻撃をし続ければいずれ弱って死んでしまうでしょう……早々に降伏して頂けると助かるのですが」
「……もし、あたしが降伏したとして、殺されるということはないのかしら?」
「恐らく、ローザ様はそのようなことはなさらないかと。あの方は敵意を持って接すれば敵意を持って反撃し、誠意を持って接すればそれに応えてくださるお方ですから。ただ、それを甘いと捉える方もおりましょう。……彼女は、仮に叛旗を翻されても充分対応できるからこそ、そのようなことができるのでしょうけどね。ただし、ダブルスタンダードというものはいくらあの方でも許容なさらないでしょう。勝ち馬を見抜く目というものも養わなくてはなりませぬな」
つまり、『這い寄る混沌の蛇』か百合薗圓一派か、どちらかをここで選択すべきということだ。
ここで百合薗圓を選べば生き残れるが、『這い寄る混沌の蛇』を選べば……それは、完全に敵に回ったと判断され、今度こそダラスに殺されることになるだろう。
ダラスとの戦いで勝てるビジョンが一切ない以上、ここで選択すべきなのは百合薗圓一派であることは明々白々だが……。
「……百合薗圓さんは、魔法の国の女王のQueen of Heart――彼女を倒せるビジョンがあるのかしら?」
「さあ、私は生憎その方がどれほどの強さなのか分かりかねますので。……ただ、ローザ様は全ての『管理者権限』を手に入れ、女神ハーモナイアに返還なされるおつもりだと伺っております」
「あの魔法の国の女王を……そうよね。そうじゃなかったら、『管理者権限』を持つ神々相手に渡り合えないわよね。……待遇はどうなるのかしら?」
「どこに所属するかにもよりますが、きっと待遇は良いものとなるでしょう。これまでの先例を鑑みれば、身一つで寝返っても全く不自由のない生活が送れるかと」
「そう。あたしは今すぐそちら側に寝返るわ。口添えはしてくれるのよね?」
「ええ、勿論。この老骨めができる範囲で口添えさせて頂きます」
「――ッ! 汀! 裏切る気か!?」
ラングドンと対峙するトータスが喚く中、汀はあっさりと両手を上げて降伏の態度を示した。
「随分と余裕そうだな。先程の余所見といい、余程私を侮っていると見える」
召喚された黒悪魔騎士を武装闘気を纏わせた剣で次々と斬り捨て、更に放たれた無数の「黒闇弾丸」を全て躱し、トーマスから距離を取っていたトータスへと迫る。
「精神支配・服従の法」
「くだらん魔法だ」
精神を支配し、服従させる暗黒属性魔法を苦もなく打ち破ったトーマスは、そのままトータスへと迫る。
「武装解除」
搦め手が一切通用しないと理解したトータスは敵の武装を解除する魔法でトーマスの武装解除を狙った。
「――俊身」
しかし、「武装解除」の情報を既にローザから聞いていたトーマスは「武装解除」が正面にしか効果を発揮しないという弱点を突き、トータスの背後に俊身を駆使して回り込む。
「五本白指」
そして、八技の一つ「白指」を武装闘気を纏わせた左の五本の指で放つ。
肋骨を避けるように超高速で突き出した指でトータスの心臓を貫くと同時に、武装闘気を纏わせた右の剣でトータスの首を刎ねて絶命させた。
◆
トータスとトーマスの戦いは早々に決着がついた。
しかし、戦闘のプロであるミズファとジョナサンの戦いは熾烈を極めたまま、トータスの首が落とされた以降も拮抗を続けている。
「振動剣・震碎連続斬り」
ミズファが次々と斬撃を放ち、その度に大気がひび割れ、猛烈な震動がジョナサンに襲い掛かる。
しかし、既にミズファの震動を伴う攻撃を幾度となく見てきたジョナサンは全く苦もなく全ての攻撃を緩和し、耐え切っている。
八技の一つで柔の防御技である「紙躱」と対を成す剛の防御技――身体を鋼鉄を凌駕する硬度に変える「鋼身」に武装闘気と神堅闘気を組み合わせた鉄壁の防御は「紙躱」を使った防御のように吹き飛ばされることもなく、ミズファの攻撃の威力のほとんどを無効化していた。
「この八技って面白いね。音と気配を絶つ『絶音』とか、緩急をつけることで残像を生み出す『幻身』と一瞬にして地面を十回以上蹴って超高速移動する『俊身』なんかと組み合わせたら悪戯に使えそうだ。例えば、ポラリスさんの眼鏡割りとか」
「――なんで、あの目立つヅラじゃなくて眼鏡を割りに行くのか、全く気が知れませんわ」
ジョナサンを咎める訳でもなく、ただ心底理解できないという表情で――音もなく、気配もなく、唐突に戦場に一人の女性が姿を現した。
瑠璃色の髪と金色の瞳を持つ絶世の美女――百合薗圓は、「E.DEVISE」を四次元空間に仕舞い込むと、光を収束させて一振りの剣を作り上げた。
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