Act.8-198 二人の王子と王女が征く薔薇の大公の領地への小旅行withフォルトナの問題児達 scene.8
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
大公へのお目通りというのは、なかなか願っても叶わないことだ。
一般市民が直接目通りができないのは勿論だけど、貴族であっても難しい。
それは勿論、公爵令嬢の立場であってもだ。アポイントメントを取るためにもまずは大公と近しい貴族の紹介は必須で、これがなければ話にならない。
……まあ、これは他の貴族に関しても同じなのだけど。
しかも、今のボクは公爵令嬢ではなく王女宮筆頭侍女としてこの地に来ている。侍女の仕事をしている場合は王女宮筆頭侍女の身分のみが適用され、公爵令嬢の立場を使うことができないので、ますます大公との謁見の機会を得るのは難しい……まあ、普通ならねぇ。
今回、ボクは表向き二つの手札を有している。一つは、アネモネへのナジャンダの依頼で、「ラピスラズリ公爵家の青い薔薇を届けて欲しい」というもの。あの会場で事前約束をしているのは誕生パーティに参加していたほとんどの面々が見ていた訳だし、今回の避暑地への同行の際にこの青薔薇を大公に届けても別段何も不自然なことはない。
これについては、プリムラに事前に説明して承諾を得ているし、問題も生じない。
もう一つは、ジリル商会会頭のモルヴォルの紹介状。こちらは「薔薇を使った名産品になりそうなものを考えているそうだから、知恵を貸してやってほしい」という依頼付きだ。
この二つの切り札があったこともあり、翌日の二時頃、あっさり大公へのお目通りが許可された。
「大公様、本日はお時間を取っていただき誠にありがとうございます」
「いや、こちらこそ時間を作ってもらって申し訳なかった。こんなにも早く青薔薇を用意して頂けるとは思っていなかった上に、まさか、困っていた薔薇の名産品を一緒に考えてもらえるなんて思ってもみなかったからね。……そのように堅苦しくせずに素で話してもらって構わないよ。ローザ嬢……いや、百合薗圓様は私なんかよりも遥かに敬われるべき存在だからね」
「それじゃあ遠慮なく口調を戻させてもらうよ。ただし、ボクは元の世界じゃ明確な地位を有していた訳じゃないし、こっちでもブライトネス王国では辺境伯の地位しか有していない格下だからねぇ、敬われるべきなのは、やっぱり大公であるナジャンダ様だと思うし、ここは対等ということにしておくべきかな、と思うよ」
ビオラ=マラキア商主国の大統領って他国の地位を持ってきても異種格闘技になるだけだし、ブライトネス王国の地位で比較すれば大公と辺境伯――辺境伯は侯爵程度の地位を持つ貴族な訳で、ボクとの立場の差は明々白々。
「改めて、王女殿下に誠心誠意仕えてくれて本当にありがとう。彼女は私の孫のようなものでもあるからね。……そんなつもりで王女殿下に仕えている訳ではないことは承知の上だが、何かしらのお礼をさせて頂きたいと思っている」
「では、失礼を承知で……三点お願いできませんか?」
「……ほう、どのようなことかな?」
「まずは、プリムラ様とジリル商会の会頭のモルヴォルさんに面会の機会を作って頂けたらと。できれば、王子を含めずできるだけ最小限の面々で……本当の意味で祖父と孫娘の再会という訳には参りませんので、不完全燃焼になってしまうでしょうが」
「ローザ様はやはり優しい人だね。……実は陛下から王都のゴタゴタが終わってから王子二人を先に帰国させる予定だと聞いている。フォルトナの三王子も同時期に帰国させるつもりのようだ。そして、王女殿下にはしばらくこの地に留まって頂いて、その間に私の懇意にしている商人を紹介するという形で王女殿下とモルヴォルが会う機会を設けたいと仰っていた。これは元々私も王女殿下がこの地に来ると分かった時から考えていたことではあるが、陛下のご提案はまさに渡りに船だったよ」
「つまり、またあのクソ陛下の掌の上ってことですか。……まあ、そりゃ、選択肢がそれしかないとはいえ、掌の上で踊らされるってあんまりいい気分じゃないよねぇ。まあ、それでも、プリムラ様に喜んで頂けるならそれで十分か」
ボクにとっても、ラインヴェルドにとっても、ナジャンダにとっても、モルヴォルやバタフリアとプリムラの対面は悲願だ。そりゃ、この機会を利用しない手はないんだけど……ただ、アイツの掌の上というのがやっぱり釈然としない。
「二つ目は、ナジャンダ様の開発されたという『食べられる薔薇』だよ。エディブル・フラワーとして使われる予定だと思うんだけど、これを利用してジャムを作ってみたら面白いんじゃないかと思ってねぇ。きっと、ナジャンダ様が欲している新しい名産品の候補になるんじゃないかな? 薔薇のジャムって社交界の話題にもなりそうだし。三つ目は、ジリル商会の会頭殿と相談した上で、薔薇の単花蜜をブランドとして王都で販売してみたらどうかな? という提案。確かに、ジリル商会に頼めば取り寄せてもらえるとは思うけど、それじゃあ、なかなか市場にも出回らずに埋もれてしまうからねぇ。この二つもどうかご検討を」
「……ローザ嬢は聞いていた通り、本当に欲がないようだね。普通、侍女というものは君もご存知のように権力に付き従う人がいるものなのだよ。特に貴族位を持つ人間からすれば、重用されればそれだけで実家や本人がその権力の影響を受けることになるのだから、まあそういう側面があるのは仕方がないのだが……中にはやはり有益な人材が権力者に重用されてその能力に見合った地位を得ることもできたのだから悪いことばかりではないよ。ただ、能力以上に権力を求める人ほど権力者に媚びを売ってくるものだし、幼かったり人の悪意を見抜けない権力者はそういう人を見抜けなかったりするからね……まあ、君の場合は既に爵位を有しているし、陛下とも友人関係にある。権力は既に持っている訳だし、そのような心配は全くないとは思っていたけどね」
「……ボクの場合、権力なんてあっても邪魔なものだと思いますけどねぇ。権力っていうものは責任を伴いますし、国の統治なんて面倒ごとの山です。できるだけ、ボクに負担が集中しないよう、領地経営も会社の仕事に落とし込んでやっていますが、行政なんて前世では絶対にやりたくない仕事だったんですよ。そもそも、行政が絡むと芸術っていうものは一気にチープになりますし、政治から遠いところで商売やら芸術やらをやって生きていけたらいいなぁ、と思っていたのが百合薗圓――つまり、前世のボクですからね。ボクが爵位を得たのも、国の統治を始めたのも、成り行きというか、ほとんど陛下の策略というか……まあ、最初に転生してから今に至るまでボクにあまり明確なビジョンが無かったのもこうして掌で踊らされる原因になっていると言えるかもしれませんねぇ」
「……ほう、当初はどのようにしようと考えていたのですか?」
「まあ、転生先が悪役令嬢ローザですからねぇ。ある程度シナリオの影響受けて第三王子と婚約……からの、婚約破棄と冤罪の波状攻撃を受けてというところまで想像がついていたので、死亡ルートを回避しつつ、ブライトネス王国から距離を置きつつ、アネモネとしては旧ビオラ商会との繋がりを持っておき、財源を確保しつつ『管理者権限』を奪った神々を迎撃……しつつ、シャマシュ教国での勇者召喚のタイミングで確実にこちらに召喚されている月紫さんや化野さんと合流、戦力を整えつつ……と、まあ、こんなことを考えていました。色々と誤算が生じましたが、間違いなく当初の計画よりは遥かに状況が好転していますよ。ただ、やっぱり他人の掌で転がされるのが好かないといいますか、まあ、ボクの気持ちの問題です。陛下の打つ手は一部を除いて共感していますし、結局、ボクが割り切れば済む話なんですけどねぇ」
……ラインヴェルドはボクだってクソ陛下を掌で踊らせているって思っているみたいだけど、九割九部は陛下の掌の上だと思うよ?
◆
「食用薔薇といってもいくつか種類があってね。どういったものをご希望かな?」
「花弁が薄い種類のものを頂けたらと思います。……さて、大公様のご注文の品はラピスラズリ公爵家の青薔薇でしたねぇ。ただ、ボクはあれはあまりおすすめ致しません。一応、持ってきてはいますが」
「それはどういった理由でかな? ラピスラズリ公爵家の青薔薇は鮮やかなことで有名だ。是非とも私も育ててみたいと思っていたのだが……」
「ボクの前世の世界には『桜の樹の下には屍体が埋まっている』という言葉があります。勿論、これは生の美のうちに屍体という醜や死を透視し、惨劇を想像するというデカダンスの心理から生まれたものですが、植物の成長に良いとさせる成分は、窒素・リン酸・カリウムの三つですが、屍体はこの三つを含み、植物育成の肥料としては理に適っています。ラピスラズリ公爵家が保有する薔薇園の土は特別で、掘り返した先の土は特殊な土砂となっており、魔法のように栄養を分解して薔薇を美しく咲かせてくれます。まあ、処理場の一つです……何のとはあえて申し上げませんが。綺麗な薔薇の下には……ということですねぇ。まあ、理に適っている一方、別の肥料を使う手もあります。化学肥料と呼ばれるものですねぇ、こちらを纏まった量、青薔薇と一緒にお渡しすることもできますが」
予想通り、ナジャンダの表情が渋くなる。まあ、そりゃ、あまり聞いていて楽しい話じゃないからねぇ。
知らなければ済まされる話かもしれないけど、死体で育った花を贈るってあんまりしたくないからねぇ、ボクは。
「……花に罪はない。それに、ラピスラズリ公爵家が請け負ってきた業の意味も理解している。……やはり、青薔薇を頂けるかな? できれば、その化学肥料も購入させて頂きたいよ」
「承知致しました。では、ご用意させて頂きますが……その前に話の続きをさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
お読みくださり、ありがとうございます。
よろしければ少しスクロールして頂き、『ブックマーク』をポチッと押して、広告下側にある『ポイント評価』【☆☆☆☆☆】で自由に応援いただけると幸いです! それが執筆の大きな大きな支えとなります。【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくれたら嬉しいなぁ……(チラッ)
もし何かお読みになる中でふと感じたことがありましたら遠慮なく感想欄で呟いてください。私はできる限り返信させて頂きます。また、感想欄は覗くだけでも新たな発見があるかもしれない場所ですので、創作の種を探している方も是非一度お立ち寄りくださいませ。……本当は感想投稿者同士の絡みがあると面白いのですが、難しいですよね。
それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。




