Act.8-190 薔薇の大公の領地への小旅行の準備 scene.5
<一人称視点・アネモネ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
「実際にクローン技術を使わずとも、完全同一個体を作り出すことは可能です。ただし、恐らく肉体の情報的に完全に同一な個体を二つ並べることは不可能なことは分かっています。少なくとも、同一の魂を持つ者が同じ時間軸に二人以上いることは可能ですが、クローンではない、完全に情報的に同一である個体が存在する場合、特殊な対消滅が起こる可能性が考えられます。……ここまでは魂の存在する生物を軸に考えて参りました。余談ですが、【万物創造】で人間の複製はできませんのでご安心を。……さて、問題となってくるのは、生物以外、例えばそのヴァイオリンなどです。【万物創造】を使った場合、完全に情報的に同一な楽器を創造することができます。つまり、魂や人格がないものの場合、本当の意味で完全に同一なものと言える訳です。ただし、勿論、これも完全に同一かというと、微妙に異なっているところがあります。全ての物には付喪神度というものがあり、物そのものに魂のようなものが目覚め、その個人にとって相応しいものへと変化するという現象があります。【万物創造】を使った場合、その魂まではコピーできませんから、必然的に別の問題となります。後はクローンか本物かの違いということになるのですわ」
「……つまり、精巧に作られた偽物ではなく、本物と呼ぶに相応しいものを作り上げる力ということですか。確かに、形、色、音色――全てにおいて一致しているのならば、本物と呼ぶべきでしょう。本物を再現した本物と、コピー元の本物……つまり、偽物を売ろうとしている訳ではないと」
「ちなみに、私の用意したものは、どちらも理想値のヴァイオリンとなっておりますわ。その性能自体は本物以上だと考えております」
「……うむ、俺は別にアネモネ殿の大切にしている楽器を購入したいとは思わない。……ちなみに、参考までに値段はどれくらいだ?」
「そう……ですわねぇ、相場がグァルネリ・デル・ジェズが最高で16億、ストラディバリウスが最高で20億……まあ、模倣であることを踏まえてグァルネリ・デル・ジェズが7億、ストラディバリウスが9億、この辺りは頂きたいですわねぇ。ちなみに、私の保有するものがどうしても買いたいという場合はグァルネリ・デル・ジェズが17兆、ストラディバリウスが20兆、この辺りが最低ラインということで、要相談とさせて頂きたいですわ」
「……随分と値段に差があるな」
「沢山の思い出が詰まっておりますから。この思い出というものも、重要な要素だと思います。他人にとってはただの楽器かもしれない……ですが、私にとっては楽しい記憶が詰まった大切な品なのですわ。皆様には大切な品というものが一つや二つはあるかと存じます。もし、それが破壊された上で全く同じものを弁償してもらったとして、本当に納得ができるでしょうか? それで納得ができないのなら、その物に自分にとっては物以上の価値があるということになると思いますわ」
「確かに、俺にもそういったものはある。俺の使っているヴァイオリンも思い出の品だ。……しかし、それとは別に購入したいという気持ちもある」
「基本的に王侯貴族というものは、一部例外を除いて金銭については考えないものと考えておりましたが、第四王子殿下はお気になされるのですわねぇ。勿論、それは良いことだと思いますわ。確かに、王侯貴族の消費によって経済の循環は生まれます。お金を持つものはそれを循環させる義務があるというのは確かにその通りです。しかし、王侯貴族の持つお金は同時に領民から徴収した税でもあります。このことを忘れてはなりません。……さて、お伝えをし忘れておりましたが、弊社では楽器の購入した個数に応じて割引をさせて頂いております。メンテナンスなどのアフターケアについても充実した補償がついておりますので、購入したことを決して後悔はさせないとお約束致しましょう。更に、そこから半分の額を私の方から出させて頂きます」
「――ッ!? 流石にそれは申し訳ない!!」
「実はローザ様より第四王子殿下のお話は常々伺っておりまして、私の方でも是非支援させて頂きたいと考えておりました。本日の総額から割引分を差し引いた金額の半分を私のポケットマネーから支払わせて頂きます」
「……しかし、それは……うむ……」
「折角アネモネ殿がそう言っているのですから、ここは支払って貰えばいいのではありませんか? ただ、それで恩を売るということになるのは……」
「今回の件に恩義を感じる必要性は全くございませんわ。……ただ、もし恩義を感じるのであれば、その楽器を使いこなせるように一刻も早くなってくださることがその恩返しとなるかもしれませんわねぇ。その恩を利用して何かをブライトネス王国に要求するなど、そもそもあり得ない話ですわ。……何故なら、そもそも前提が間違っているからです。そういえば、陛下がビオラの納める税収が領地持ち貴族を遥かに凌駕していると仰っていたような……もし、仮にそれが事実だとしたらどうでしょうか? 王族は確かに高貴な身分ですわ。普通の商人であるならば、その高貴な一族とお近づきになることで大きな利益を得ることができる訳です。しかし、私達の場合は少々状況が変わってきます。私は一応、一国の君主ですわ。仮にブライトネス王国の王族に嫌われ、仕事ができなくなったとなればフォルトナ王国やビオラ=マラキア商主国を拠点に商売をすれば良いというだけですわ。勿論、王族の不興を買ったとなれば、まあ、そこそこの被害は出るでしょうが。……陛下とは随分と付き合いが長く、その関係は最早腐れ縁、悪友と呼んでも差し支えのない域に到達しております。その友の愛するこの国を守るために力を尽くすことは吝かではありません。ただ、それだけの関係ですわ。御用聞きはしておりますが、本日の優先事項は第一王女殿下のドレスの採寸であり、今回の御用聞きは商人が王宮に参った際のルールを踏襲したに過ぎません。まあ、折角御用聞きに来たのだからとタチの悪いものを注文する方が約二名。……まあ、愚痴はここまでに致しましょう」
続いて、ヴァンはリリークオリティ・クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテを演奏――こちらも気に入ったということで、グァルネリ・デル・ジェズとストラディバリウスと共に購入することが決定した。
そして、いよいよ新しい楽器のゾーン。
提案したのはアコースティック・ギター、アコースティック・ベース・ギター、ドラムセットといったバンド系、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン、ハープといったオーケストラ系、和琴、箏、琵琶、三味線、尺八、篳篥といった和楽器系の三つ。
興味を示したのは馴染み深いオーケストラ系と目新しいバンド系で、あまりにも音楽性の違う和楽器系にはあまり手が伸びなかったようだ。
……和楽器を組み合わせるって面白いと個人的には思うんだけどなぁ。
今回はアコースティック・ギター、アコースティック・ベース・ギター、ドラムセットをお買い上げ。それ以外の楽器は宮廷楽団の保有する楽器を使って勉強しつつ、興味を持ったものを後日、購入するということになった。
◆
「改めまして、アネモネと申します。本日は弊社にドレスの採寸をご依頼くださり、誠にありがとうございました」
「私の誕生パーティでお会いしてから、貴女と再び会える日を心待ちにしていたわ。ところで、アネモネ様は一国の君主なのよね? ……もう少し畏まるべきなのかしら?」
「本日、アネモネ様は君主としてではなく一商人としてお越しになっております。ですので、一国の君主としてではなく一商人として対応するのが妥当だと思われますわ」
プリムラの問いに答えたのはローザ――つまり、一巡前のボクだ。
他に部屋にいるのは執事長のオルゲルトと、侍女のシェルロッタだから、内心「面妖なことをしているなぁ」と感じているかもしれない。
「ところで、ローザとアネモネさんは付き合いが長いと聞いているわ」
「えぇ、私はラピスラズリ公爵と付き合いが長く、その縁で陛下とも繋がりができました。その頃からの付き合いですから……まあ、随分長い付き合いです」
なんたって、二歳の頃だからねぇ……ローザがアネモネのアカウントを初めて使ったのは。
詳しくは話さないことで内容は勝手に補填される筈だ。勿論、暈しておいて語るべき時が来たらしっかりアネモネ=ローザであると明かすつもりでいる。
「では、早速採寸を始めさせて頂きますわ。本日は、私の鑑定技能にて第一王女殿下の体型情報を鑑定させて頂いた後、一室をお借りしてドレスの縫製、靴等の作成をさせて頂いている間に宝飾品を選んで頂き、ドレス、靴等が完成したところでお渡しして終了となります。その後、もし弊社の商品で購入を検討されるものがありましたら、ドレスを納品するタイミングで私に仰ってくださいませ」
「まあ、そんなにも早く仕上げることができるの?」
「アネモネ様は、ビオラでは指名オーダーメイドの仕事を受けておられませんが、技量が高く、仕事も早いことで有名でございます。装飾品を選んでいる間に完成させることも可能だと思いますわ」
「そうなのね。早速始めてもらっても良いかしら?」
「では、採寸の方は終わりましたのでこれから作製の方に移らせて頂きます。完成しましたら第一王女殿下に試着して頂いて微調整を施させて頂きますのでよろしくお願いします」
そのまま王女宮を出て、地下の会議室に転移。【鑑定】によって得られたデータを元に、事前に用意していた生地でドレスを作成していく。
ちなみに、ドレスのデザインについてはボクがアネモネとして来る前にローザとしてプリムラと共に決めておいたので問題はない。
ドレスが完成するまでに三十分。靴も加えて四十五分くらい使用した。
完成したドレスをローザに渡し、プリムラの着替えの手伝いとしてローザとシェルロッタを残してボクとオルゲルトは部屋を後にした。
応接室に案内されると、椅子に座るように促され、紅茶とお茶菓子が用意された。
「……大変でございますね」
「まあ、一部厄介な方もいましたが、今回の申し出自体はとても嬉しいものでしたよ。実際、姫さまのドレスを製作したいとボクも常々思っていましたからねぇ。……それに、収穫もありましたから」
「ほう、収穫ですか? それは、よろしゅうございました」
「……ただ、クソ陛下とクソ殿下が問題だよねぇ。特にクソ殿下の注文はグレー通り越してアウトですから、今後絶対に姫さまに近づけないと決意を新たにしました。今回の避暑地への旅行に同行しないことが決まったのは僥倖でしたねぇ」
「……本当に、ローザ様は姫さまのことを大切に思っておられるのですね」
微笑ましそうにボクを見つめるオルゲルトの真意を見気で読み取り……なんとも言えない表情になってしまった。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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