Act.8-189 薔薇の大公の領地への小旅行の準備 scene.4
<一人称視点・アネモネ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
ルクシアの待っていた王子宮の第二王子の私室から移動し、ヘンリーとヴァンが待つ王子宮の一角で第三王子と第四王子に同時に御用聞きを行うことになった。
「本日は急なお目通り、お許し頂きまして感謝の念にたえません」
「口上は結構です。本日は祖母上からの依頼で来ていたとお聞きしましたが、何か勧める品でもありましたか?」
「本日は王太后様からのご依頼で第一王女殿下のドレスの採寸に参りましたが、折角王宮に参りましたので、ご挨拶をさせて頂きたいと思った次第でございます」
愛らしい笑顔を浮かべているヘンリーだけど、その瞳には思慮の光が見える。
まあ流石は、何事もそつなくできるが故に何事にも興味を持てず、喜怒哀楽に欠けていて冷め切ってしまった天才タイプ。頭の中は随分と回転しているようだけど、一方ではただの商人が機嫌を取るために来たと解釈して大したことがないと最初から斜に構えているせいで、その素晴らしい洞察力はあまり役立っていないらしい。
面白いものは自分で見つけにいかないといけない。まだヘンリーにはその切っ掛けがないんだろうねぇ。予想なんて通用しない突飛な行動をするヒロインくらいの存在に出会わなければ、きっと、心は動かないんだろう。
世界がつまらないと最初から決めつけているヘンリーよりも、やっぱりヴァンはよく世界を見ている。分かりやすいヒントがあったとは言え、まさかスティーリア経由でローザ=アネモネの図式に気づくとは思わなかったからねぇ。
ちなみに、同席を許されたのは第三王子と第四王子の護衛を務める近衛騎士と執事長、そしてアルマ王子宮筆頭侍女だ。
……第三王子と第四王子の専属侍女達には派閥争いを起こされると面倒なので、事前にアルマに頼んで退出して頂いた。
「……そちらがメインなのでしょう? 商人は大変ですね? 我々のような子供にまでそうへつらわねばならないとは」
「いえいえ、尊き方々とお知り合いになれることは私にとって喜びでございますから。して、第三王子殿下、なにかございますか?」
「いえ、特には。もし仮にそういったものがビオラでのみ取り扱っているようでしたら、こちらからビオラに依頼をしますので。それで良いでしょうか?」
「ええ、勿論ですわ。お待ちしております」
まあ、要するにヘンリーの言葉は王室御用達のマルゲッタ商会をこれまで通り優遇し、そこで対応できない場合はビオラに依頼をするという形式を取ると宣言したということだ。
更に、今回は大統領としてではなく御用聞きに来た商人として来ている訳なので、あくまで商人として接するという立場を取っている。……まあ、それを良手と取るか、悪手と取るかはまた別でヴァンとアルマは「信じられない」と言いたげな表情をしている。
まあ、少し考えれば分かること。国王と対等にあって、高額納税者であるビオラがわざわざ王族のご機嫌窺いなどする必要はない。
……つまり、これはプリムラのドレスの採寸に来るために必然的にしなければならないからやっているだけの本当の意味での儀礼なんだと……この場でそれに気づいていないのはヘンリーと護衛の近衛騎士と執事長のみ。ある意味滑稽かもしれないねぇ。
「続いて、本来ならば第四王子殿下に御用聞きをしなければならないところなのですが……王女宮筆頭侍女殿から色々とお話を伺っておりまして、本日は色々と楽器をお持ち致しました。殿下はピアノの他にヴァイオリンがお得意だと聞いております。そこで、本日は他に様々な楽器をお持ち致しました。現在はピアノの極めるべく修練を重ねておられるようですが、その次はヴァイオリンについても努力を重ねられると思われます。どうでしょう? この機会に第三の楽器というものを探してみられては?」
「勿論、他に興味がある品などありましたら」と付け加えたけど、やっぱりヴァンは既に楽器に興味を持っていかれているようで。
「そういった品は一般客としてビオラを訪れても購入できるものなのか?」
「物によっては流石にそこそこ資本がなければ購入できないものもありますが、そうですねぇ、楽器にもピンからキリまでございますから、安いものであれば大体のものに手が届くと思いますわ。ただ、物珍しい楽器、オーケストラで使われないものはあまり人気がないというのが現状ですわね。個人的な打算を正直に申し上げますと、『音楽界の神童』と呼び声高い第四王子殿下に使って頂いて人気を高めたいという思惑もあります」
「『音楽界の神童』か。……王女宮のローザもそう申していたが、俺は彼女こそが天才だと思う」
「あの方が天才かどうかは分かりませんが、もし天才とするなら努力型の天才と言えるかもしれませんねぇ。『凡人には一流にはなれませんが、超二流にはなれる』とはどなたの言葉だったか? しかし、全くその通りだと思いますわ。自らの強み・長所と弱点を理解して、強みを活かせるように頭を使うことができる超二流は、少なくとも才能を有しながらも努力を行った一流よりも遥かに素晴らしい成績を残すものです。ただし、世の中には理不尽なほど出鱈目な天才というものがこの世にはいます。ああいう輩には絶対に勝てませんから、次元が違うと割り切ることも大切ですわ」
「……それは、兄上のような人のことか?」
「第三王子殿下については申し訳ございませんが、本日が初対面ですのでその為人については把握できておりません。しかし、お噂を聞く限りはなんでもそつなく熟す天才というものに属するのではと推測します。……私もたった一人ですが、そういう化け物のような天才にお会いしたことがあります。その方は、全く勉強もせずに一流の研究機関に入り、問題を読んだだけで出題者の性癖まで把握し、運動をやらせても誰よりも優れ、喧嘩にも滅法強く、一度も定職に就いたことがないにも関わらず、既に資産が100億を超えるというとんでもない化け物です。あの方に出会った時、私も自分の凡人さ加減を思い知らされました」
これは本当に正直な感想。影澤さんには勝てる気がしない……と思っているだけど、ヴァンもアルマもなんで「信じられない」という顔をしているのだろうか? まさか、ボクが嘘を言うと思ったの?
「第四王子殿下、今から音楽室に移動をお願いしてもよろしいでしょうか? よろしければ、第三王子殿下もどうぞ」
◆
「では、まずはヴァイオリンとピアノから。ヴァイオリンはグァルネリ・デル・ジェズとストラディバリウスの完全模倣をそれぞれご用意致しました。流石に現物を、という訳には参りませんが【万物創造】で最高のものを忠実に再現した本当の全く同質の偽物とでも考えて頂けたら幸いです。グランドピアノは百合楽器株式会社が制作した最高級、リリークオリティ・クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテをご用意させて頂きました」
百合楽器株式会社は百合薗グループの傘下にある楽器製造会社で、その知名度は世界に通用するレベルだった。
その中でもリリークオリティ・クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテは看板商品といえる物の一つで、王族相手でも自信を持ってお勧めできる一品だ。
「限りなく本物に近い偽物ですか。……それは、つまり偽物と公言した上でヴァンに購入させようということでしょうか? ……それは、ブライトネス王国の王族を舐めていると、そのように受け取っても良いのでしょうか?」
「……もし、本物が欲しいということでしたら、私が愛用してきたグァルネリ・デル・ジェズとストラディバリウスをお売り致しますわ。……失礼を承知で申し上げさせて頂きますと、第三王子殿下が想像する偽物と、私の述べている偽物とは全く別種ということになります。では、実際に第四王子殿下に演奏をして頂きましょうか?」
統合アイテムストレージから愛用のストラディバリウスを取り出し、まずは模倣品の方をヴァンに手渡した。
心地良い音色が音楽室に広がる。しばらく引いたところでヴァンが模倣品を返却したので、続いて愛用のストラディバリウスを手渡した。
「……どちらも同じ音に聞こえるな」
「絶対音感を有する第四王子殿下が仰ったとなれば最早疑う余地がないと思いますわ。実は、このストラディバリウスは私愛用のストラディバリウスを完全な形で寸分違わず再現したものでございます。……ここで一つ例え話をしてみましょう。例えば、そうですわねぇ……私の知る技術に、クローンというものがあります。禁忌に触れる技術ですが、例えば毛根が生きたまま残っている、髪の毛の芯の部分にある毛髄質、この二つがあれば、その人間と寸分違わず同じ人間を作り出すことができます。まあ、見た目上は、例えば第三王子殿下の髪の毛を利用すれば、第三王子殿下と寸分違わない人間を作り出すことができるということになりますわ。まあ、成長の度合いなどの問題も出てきますが。勿論、自我というものは魂と紐づけられており、その個体特有のものであるといえます。また、自我というものは記憶の他に生きた経歴というものも含まれますから、仮にクローンが魂を有していたとしても、その人格が第三王子殿下が有しているものとイコールには結びつきません。ここまではいいでしょうか?」
……流石にちょっと譬えとしてはエゲツないもの過ぎたか。
アルマは「それを譬えに出すのか?」という顔をしているし、ヘンリーを含め、残る全員の顔が真っ青になっている。
そりゃ、同じ人間を量産する……という時点で信じられないことだろうし、それならば好きなだけ影武者を作り出せるということにもなってしまう。
自分の自己同一性を揺るがしてしまうような技術がある、ということはそれだけ恐ろしいことだからねぇ。
まあ、長年議論されてきたオリジナルとコピーの差異という点については今ので明確に答えを提示できたと思うんだけど。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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