Act.8-188 薔薇の大公の領地への小旅行の準備 scene.3
<一人称視点・アネモネ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
離宮での王太后様への御用聞きは速やかに終わった。
ボク指名でオーダーメイドドレスを何着かと、それに合わせた宝飾品をいくつか。
前回の件で採寸の必要も無かったし、テラス席でビアンカと、本人は断ったのに断り切れずに同席することになったニーフェと三人でお茶会をするという形で無事に商談は終わった。
ただ、ビアンカとの商談が終わっても、まだまだヴェモンハルトという厄介な存在が残っている訳で……。
「ヴェモンハルト殿下、朝食のベーコンエッグをあくびしながら作る片手間に作った『インペリアル・ストーカーズ・イースター・エッグ』、お届けに参りました」
「ありがとう。心待ちにしていました、『インペリアル・メモリアル・イースター・エッグ』を」
「では、こちらが『インペリアル・ストーカーズ・イースター・エッグ』になります」
ヴェモンハルトの訂正にも屈しず、『インペリアル・ストーカーズ・イースター・エッグ』を手渡すと、ヴェモンハルトが、笑顔のまま青筋を立てた。
「私はストーカーではありません。ただ、兄として弟達や妹を愛しているのです」
「いや、ただのストーカーだと思うぞ」
「同席している婚約者のスザンナ様も仰っていますし、やはりストーカーなのではありませんか?」
「それよりも本気でやめて頂きたいのですが? 王女宮から出されるゴミが毎回厳重な方法で秘密裏に捨てられてしまうので、プリムラの使用済みの物を回収できないではありませんか」
「……貴方が表向き品行方正な第一王子殿下でなければ、今頃豚箱に押し込んでやっているんだけどねぇ」
というか、本当にこの第一王子の私室は気持ち悪い。明らかに上級ストーカーの部屋だ。
警察が突入した日には有罪確定となる部屋を汚物を見るような目で眺めつつ……。
「それで、一応本日はアネモネとして御用聞きに伺ったということになっていますので、お三方のご希望を聞きたいのですが」
「プリムラの使用済み下着――「ぶっ殺しますわよ!」
流石にスザンナもこれにはドン引きだ。「まさか、ここまで私の婚約者が変態だとは」と溜息を吐いている。
そして、レインは条件反射的に苦無を投げつけていた。ヴェモンハルトは苦も無く防いでいたようだけど、レインのゴミを見るような視線には流石に多少ダメージを負ったようだ。
「では、ヴェモンハルト殿下は特にありませんね。続いてスザンナ様」
「魔導書については新刊が出るごとに割引付きで送ってもらえているし、特に必要なものはないな」
「続いてレイン先輩、何か欲しいものはありませんか?」
「そうですね。フォルトナ王国のエルペール地方の茶葉が旬は短いものの大変美味しいとお聞きしました。こちらの紅茶を殿下にも是非飲んで頂きたいので、ビオラ商会合同会社の方で輸入をお願いしたいのですが」
「本当にレイン先輩は侍女の鑑ですわ! こんなクソ殿下にも誠心誠意仕えて、少しでも美味しいお茶を……本当に尊敬致します」
「……流石に酷くありませんか。レインも頷き過ぎです」
「ローザ様ほど素晴らしい方に尊敬して頂けるなんて本当に光栄です」
「では、エルペール地方のお茶農家と相談させて頂きまして……それは、侍女としてのご注文ですよね? 婚約者のレイン先輩としては何かご注文はありませんか?」
「……い、いえ。特にありません。それに、私ではとても高価なものを買うことはできませんから」
「えっ、レイン先輩の分はボクが全額出させて頂きますわよ!」
「……ローザは流石にレインに甘過ぎでは? というか、レインは私の婚約者です。これでも多少なり別口の収入がありますから、そちらからレインが欲しいものを購入したいと思います。それから、レインにドレスとそれに合う靴、宝飾品を贈りたいのですが」
「ちょっと待ってください! ドレスならつい先日、パーティに出席するために新調したばかりですし――「承知致しました。ボクの力でどこまでできるか分かりませんが、先輩の美しさを引き立てることができる最高のものをお作りすると約束致します。では、負担は五・五でいいですよねぇ?」
「……仕方ありませんね」
「ちょっと待ってください! それってローザさんが結局半分出すってことじゃ……」
「ボクにもそれくらい出させてください。それと、遅くなりましたがレイン先輩への婚約記念をお贈り致します。手製の刺繍を施したハンカチと、手作りのチョコレートのセットです」
……まあ、時期的にはヴァレンティア聖祭まで随分遠いんだけどねぇ。
「ほう、ローザのチョコレートか。確か、ローザの手作りチョコレートはビオラでは販売されていなかったな」
「ローザさんはミッテランにショコラを買いに行って頑張った侍女達へのご褒美として配っていると聞きますが……。少し意外でした、てっきりチョコレートは自作しないと思っていましたから」
「……これても前世では毎年バレンタインの時期になるとチョコレートを大量に作って関係各所に配っていたんですけどねぇ。でも、ボクなんかが作るより、一流ショコラティエがその時期に売りに来ているものの方が断然美味しいですから。流石にお二人もいる場でレイン先輩だけにという訳には参りませんし、こちら試食用に三つチョコレートを用意致しました。ちなみに、チョコレートには一時的ながら即効性のある疲労回復効果もありますし、その他様々な効能もあります」
三人にチョコレートを渡すと毒味もせずに三人とも食べた。
よっぽど信頼されているのか、ボクが食べ物を粗末にするような真似をしないと思っているのか……前科あるんだけどねぇ。
「これは……美味しいな。ショコラも有名なものはいくつか食べたことがあるが、これほど美味しいものは無かった」
「ミッテランのショコラを取り寄せたこともありますが、ローザさんのものの方が遥かに美味しいのでは?」
「ヴェモンハルト殿下とスザンナ様に高評価して頂けてとても嬉しいですが、まだまだ道半ばです。それに、無名の侍女が作ったものと、高級なミッテランのショコラ……どちらが喜ばれると思いますか?」
「ローザ様、流石に高価なのでミッテランのショコラなんてなかなか買えませんが、私はローザ様のショコラの方が美味しいと思います。どちらが欲しいかと言われれば、やっぱりローザ様のショコラの方が……」
「それは実際に食べた方の評価です。……まあ、それも過大評価だと思いますが。ブランドというものは重要なのです。ミッテランのショコラという看板と、美味しいかどうかも分からない一侍女が作ったショコラ――どちらが喜ばれるか、インパクトがあるかは明々白々です。ショコラといえば、ミッテラン――このイメージを覆すことは、まあ無理だと思います。それに、ビオラからボクのショコラを販売する予定もありません。もし、欲しい場合は王女宮筆頭侍女の執務室、或いはラピスラズリ公爵家まで一筆ください」
◆
後半ショコラ祭りとなったものの、無事に鬼門の第一王子殿下への御用聞きは終わり、続いて第二王子殿下とその婚約者フレイへの御用聞きだ。
「本日は名目上御用聞きということで参りましたので。ルクシア殿下、何かございますか?」
「そうですね。硝子製の実験器具がいくつか壊れてしまったので、フラスコ、ビーカー、試験管、シャーレをいくつかと、次の研究で『分身再生成の水薬』と『外観再決定の魔法薬』のサンプルをいくつか頂けませんか?」
「承知致しました。研究所の方に送れば良いですか?」
「よろしくお願いします。……しかし、ローザさんも大変ですね。プリムラのドレスのオーダーメイドを祖母上から依頼された結果、他の王子や父上と母上にも御用聞きをしなければならなくなったのですから。父上と兄上が悪い顔で無茶なことを言う姿が目に浮かびます」
「……まあ、お二人は似た者同士、問題児親子ですからね。……今回の件で実はヴェモンハルト殿下の方がヤバい奴なのではないかと思いましたが。あれでいて、ラインヴェルド陛下は計算尽くで動いていますからねぇ。やって良いところと悪いことの区別はついているというか……ヴェモンハルト殿下は、まあ、その……表の顔が品行方正な王子じゃ無かったら今頃監獄にぶち込んでいます」
「……あの方のストーカーは異常ですからね。私の使い古した白衣もいつの間にか消えていますし」
話を聞いていたフレイの血の気が引いて一気に真っ青になっていく。
まさか、あの王子の裏の顔がそんなど変態なストーカーだとは思いもよらなかったんだろうねぇ。
「フレイ様、何かございますか?」
「『スターチス・レコード』の曲をいつでも聴ける何かがあれば購入させてください!!」
真っ青な顔から一点、顔を真っ赤にしてフレイは半ば叫ぶように言い放った。
そのあまりの変わりっぷりにボクも流石にたじろいでしまう。……そんなに言いたかったんだねぇ。
「では、音楽プレイヤーを一つご用意しましょう。ヘッドフォンとセットで……そうですねぇ、請求は後ほどお送りさせて頂きます。気に入ってくださっているようでいくつかの曲を作曲したボクも嬉しいですから、かなり値引きさせて頂きますよ」
「婚約者のフレイの趣味が分からなかったので、これといって何かプレゼントしたこともありませんでしたが……もし良ければ、その音楽プレイヤーを私からフレイにプレゼントしたいのですが」
「では、プレゼントということで。殿下のプレゼントということでしたら、いっそ市販品ではなくオーダーメイドのデザインで作りましょうか? また時間を作って内容を詰めていきましょう」
「よろしくお願いします」
ボクとルクシアがさっさと話を詰めていってしまったのでフレイが「本当にいいのでしょうか? 殿下に買って頂くなんて」と心配そうにしている。
「丁度いい機会ですし、フレイ様も少しはルクシア殿下に甘えればいいと思いますよ。論文の誤字脱字の確認なども手伝っているとお聞きしましたので、そのお礼という気持ちで受け取ればいいのではありませんか?」
「それが良いですね。……しかし、日頃のお礼となるとそれだけでは味気ないですね。私は研究一筋で婚約者を喜ばせる方法はなかなか思いつかないので……ローザさん、良い方法は何かありませんか?」
「そうですねぇ。音楽というのはやはり生に限ると思うのです。実際のオーケストラの演奏と、ヘッドフォンで聴く音楽ではやはり迫力が変わってきます。そうですねぇ……フレイ様の好きな曲を宮廷で演奏するということはないでしょうし、知り合いの管弦楽団にゲームミュージックでのオーケストラ演奏を頼めないか聞いてみます。もし、上手く交渉が運べばお二人にそこでデートをして頂くというのも良いかも知れませんね?」
劇団フェガロフォトと同時期に出資契約を結び、新星劇場で公演を度々行っているヴィニエーラ管弦楽団なら、もしかしたらゲーム音楽の演奏という仕事も引き受けてくれるかもしれない。
……その対価として、ボクにも演奏会に出て欲しいとか言われそうだけど、まあ、その辺りは要交渉だねぇ。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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