Act.8-186 薔薇の大公の領地への小旅行の準備 scene.1
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
翌日の夕刻、仕事をひと段落させてお茶とお茶菓子を持ってプリムラの部屋に行くと、丁度読書の最中だった。
あー美少女がカーテンから差す薄日の中、優雅なドレス姿で読書って本当に絵になるねぇ。しっかり記憶したから後で絵画にしてみようかな? ……まあ、描いた瞬間にラインヴェルドとかヴェモンハルトとかが現れて現物持っていかれそうだけど。
胸元にはルークディーンから贈られた薔薇を象ったオレンジ珊瑚のネックレス。そして、読書に使う丸型テーブルの上には植物の方の薔薇愛好家でもあるジリル商会の会頭モルヴォルから贈られたオレンジの薔薇が活けられている。
薔薇に囲まれて尚花に負けず可憐なプリムラはやっぱり素敵な姫様だなぁと改めて思うのと同時に、ネックレスとオレンジの薔薇を贈った二人の姿とその想いを想像すると自然と笑みが溢れた。
「プリムラ様、そろそろご休憩なされてはいかがですか」
「あらもうそんな時間?」
「はい、この度の新作はそれほどに面白いですか?」
「ええ!! ルークディーン=ヴァルムト様がね、今回の新作はちょっと遅れて読むことになるって仰ってたけど……早く読んでもらえないかしら。次のお茶会の時はこの本のことで沢山お話したいと思ってるの。きっとルークディーン様も気になる内容だもの!」
「左様ですか……確かルークディーン様はお父様であるヴァルムト宮中伯が直に鍛えられるかということで別荘の方に行かれたと記憶しております」
「まあ、そうなのね……お怪我などなされないといいけれど」
「本当にそうですわね」
どうやら勉学も騎士道も今まで以上にやる気を出した息子に父親の熱血魂が火を噴いたらしく、存分に剣を振るうことができる領内の避暑地に強化合宿のようなことをするつもりのようだ。
その間はヴァルムト宮中伯の意向で家庭教師はお休みになったということで、ルークディーンがちょっと不満そうだとアルベルトが教えてくれた。
……あの誕生パーティでラピスラズリ公爵家にいる方の『剣聖』――ダラス=マクシミランではない方の『剣聖』殿――ミリアム・ササラ・ヒルデガルト・ヴォン・ジュワイユーズに講師役をお願いしたらしい。……『剣聖』の弟子のコネを思う存分使ったみたいだけど、なんというか、個人的にはあんまり好ましいやり口ではないねぇ。
……しかし、勉学の方を疎かにするって、ヴァルムト宮中伯は実は脳筋なんじゃない? 文武両道、どちらかに偏ったら意味がないと思うんだけど、まあ他の家の教育には首を突っ込めないし、せめてドMにならないように祈っておくか。
その対価としてアルベルトはミリアムと共にアネモネに挑戦することを確約させられてしまったようだ。……あれだけ遠回しに止めておいた方がいいと言っておいたのに、無意味になったみたいだ。
まあ、この合宿が終わるまでは挑戦してこないみたいだし、しばらくは平穏な日常が続くことになりそうだ。……ボクがいないところでは血の雨が降りそうだけど、ボクは今回の件には関わらないつもりだし、平穏に違いはない……よねぇ。
「そういえばね、お父様が今年は私も避暑地に行ってはどうかと仰られたの。アストラプスィテ大公領の薔薇園が今見頃だからと」
「まあ……アストラプスィテ大公様のご領地ですか。確かに風光明媚な土地柄ですし、陛下が仰るように避暑地としてはよろしいかと。特に、アストラプスィテ大公は」
「ええ、私にとって義祖父にあたる方だわ。あまりお話したことはなかったけれど……ローザはある?」
「はい、大変お優しい方で労わりの言葉をかけて頂いたことがございます」
……まあ、アネモネとしては例の誕生パーティの時が初めてで、その翌日にわざわざビオラ商会の方に足を運んでくださってお礼と労りの言葉をかけて頂いた……これはローザに掛けられたものと拡大解釈した上での回答なんだけど。
モルヴォル会頭の紹介で手紙のやり取りは何度もしているし、その為人はお会いした時に想像していた通りだと分かって安心した。
ジリル商会の娘であるメリエーナが流石に平民の立場のままクソ陛下の側室に収まることは難しかった。
だからどこぞの貴族と養子縁組をして後宮に入った、というよくある話なんだけど、アストラプスィテ大公は実際の孫娘にするように義理の孫にあたるプリムラのことも気に掛けてくださる優しい方で、手紙のほとんども王女宮筆頭侍女に就任後、最も身近にいるボクにプリムラの近況を尋ねるものばかりだ。……それと共にボクへの気遣いや労わりの内容も添えられているのだから、やっぱり「お優しい方で労わりの言葉をかけて頂いたことがある」ということに間違いはないか。
ちなみに、アストラプスィテ大公とモルヴォルを繋ぐのは薔薇というキーワードで、同じ薔薇の品種改良仲間という付き合いから養子縁組を受け入れてくださったという。決して、金の貸し借りがあって、その繋がりでメリエーナを養子に迎えたという訳ではないんだよ。
さて、この突然舞い込んだ避暑地へのお誘いはファンデット子爵家がある意味発端となったシェールグレンド王国との国際関係などの様々な揉め事、面倒ごとからプリムラを遠ざけておこうというクソ陛下の思いやりが発端となっている。
このアストラプスィテ大公領への招待の裏では様々なこちら側の暗躍が開始される予定だ。
まず、第三王子ヘンリー、第四王子ヴァン、第一王女プリムラ――王族年少組三名のアストラプスィテ大公領への移動と同時にブライトネス王国国内ではガネットファミリーに潜り込んだ『這い寄る混沌の蛇』の信徒の拷問と、シェールグレンド王国を含めた一連の蛇の思惑調査が行われることになる。
これには、カノープス達公爵家やメネラオス達先代公爵家、更にはブライトネス王国の暗殺部隊【毒剣五指】、『瑠璃色の影』、ガネットファミリーも動くと聞いている。ブライトネス王国の裏の大戦力が動くのだから、例え相手が『這い寄る混沌の蛇』であってもシェールグレンド王国に蔓延ってブライトネス王国にまで面倒を持ち込んだ連中の全容把握と抹殺は簡単に完遂されてしまうんじゃないかな?
勿論、ブライトネス王国がシェールグレンド側に政治的意味で干渉することは向こうの国王も黙認してくれることが確定している。そりゃ、自国の不祥事で迷惑を掛けたんだから当然だよねぇ。
と同時に、手薄になったと見せかけてネスト誘拐事件を引き起こさせ、それをネスト自身の手で解決させて内憂外患の内憂の方――フンケルン大公家との関わりを明らかにする。
あれだけ追い込んだ上で、これほどのチャンスを与えてあげるんだから、きっと相手は乗って来る筈だ。それに、フンケルン大公家はネストが次期【血塗れ公爵】として相応しい教育を受けていることを知らない。餌としては充分過ぎる筈だ。
……とはいえ、ラピスラズリ公爵家が【ブライトネス王家の裏の剣】であることはフンケルン大公家も当然知っている。ネストが【血塗れ公爵】として相応しい教育を受けている可能性も容易に想像がつくだろうけど、今は非常事態なのだからできるだけ無茶をしても戦力を揃えておきたいと思う筈だ。ボクはこれに賭けた訳だし、勝算は十分にある。
ということで、ボクの役目はブライトネス王国の王都を離れること。勿論、『管理者権限』の存在を知っている者達は『全移動』や空間移動という手があることを知っているだろうけど、王都にいないということはそれだけ王都で起こっている危機にすぐに対応できないということを意味する。
ボクがブライトネス王国の王都を離れることで行動の起こしやすさは随分と上がる筈だ。ブライトネス王国王都の安全レベルはやはり数段下がる。ここで手を打たないのは上げ膳据え膳用意されているのに手を出さない臆病者。まあ、それならそれで他に手を考えるだけだ。最悪の場合はジェムを暗殺するという手もある。
……あんなに派手な方法でジェムの正体を暴露した後で殺されたら、もう誰が暗殺したか誰がどうみても一目瞭然もなってしまうし、できれば何らかの大義名分、証拠を掴んでから殺害してやりたいんだけど。
ああ、どちらにしろジェムの行き着く先は殺害で情状酌量の余地は微塵もないよ?
「そうそう、ヘンリーお兄様とヴァンお兄様も一緒に行くんですって! 楽しみね!!」
「……第三王子殿下も、でございますか?」
「ええ、ローザも勿論ついてきてちょうだいね」
「それは、はい。当然ですが……少し意外ですね、第三王子殿下も避暑地にご一緒とは」
まあ、事前に聞かされているからその目論見も理解してはいるんだけど……プリムラとヘンリーはプリムラとヴァンほど接点がないし、実はちょっとこの取り合わせには驚いた。
……真っ黒な世界を知らない年少組を纏めて避暑地に預けてその間に事を片付けたいという思惑あっての今回の避暑地への滞在なのだから当然ちゃ当然だけど、クソ陛下も説明に苦労していたみたいだねぇ。
「そうなの。お父様がなんだかね、兄妹は仲良くなくちゃいけないって言いだして……。ご自分のご兄弟のことをお話になられて、自分達は互いに支え合ったのだということを仰っておられたわ。バルトロメオ叔父様は笑って何も仰られなかったけれど。私はヴァンお兄様と仲良しだけれど、もっと仲良くなれるかしら。それに、ヘンリーお兄様とも仲良くなりたいわ。避暑地には家庭教師は連れて行かないけど大公の所でお勉強は一応できるんだそうよ」
ちなみにこの話、当初は第二王子のルクシアを連れていく予定もあったそうなんだけど、学会が間近に迫っていること、そして第一王子派閥への牽制のために王都に残ることになった。
じゃあ、第一王子も一緒に行けばいいんじゃないかと思うかもしれないけど、一応ヴェモンハルト殿下は【ブライトネス王家の裏の杖】の筆頭だから王都の守りの要の一つとして動くのはあまりよろしくない。
このヴェモンハルト殿下の説得が一番難航した。……この人、悪質なストーカー並みに弟達と妹が大好きな変態だから、弟達や妹といつもより一緒にいられるとなれば是非とも参加したいだろうからねぇ。
まあ、懇々と何故王都に残らないといけないのか説明をした上でなんとか折れてもらったけど。
なので、今回の件はプリムラ達年少組が絆を強めるためのものという説明がなされたみたい。
まあ、ヴェモンハルト殿下やルクシア殿下と絆を深めるのはまたの機会ということで……本当はプリムラをあんまりヴェモンハルトに近づけたくないんだけどねぇ。
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