Act.8-183 カルナは激怒した。必ず、かの傲慢令嬢のローザを除かなければならぬと決意した。 scene.1 上
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
ヴァンは随分と考え込んでいるようだった。静かに目を瞑り何事か思考を巡らせているのを邪魔しないように、無音で紅茶を口に運ぶ。
「……ただ一人、諸悪の根源を決めつけられたらどれほど良いことか。父上の気持ちも分かる。母上の気持ちも……初恋の相手が目の前にいるのに、愛されないことを我慢する辛さも計り知れないものだろう。姉を奪われた弟の気持ちも……大切なものを奪われることを想像するだけで恐ろしい。母親の愛を受けられなかったプリムラの気持ちを考えることは今まで無かった。しかし……圓殿、貴女はどうすれば良かったと思う。どうすれば、これだけの人が不幸にならずに済んだのだ」
「ラインヴェルド陛下が国王を継ぐような事態にならなければ……あの毒殺事件が全ての発端と言えるでしょう。ただ、あの事件を無かったことにすることはできません。結局、全ての黒幕というのは物語にしかいないのでしょう……メリエーナ様の殺害の犯人はシャルロッテでしたが、彼女が例え居なくともラインヴェルド陛下とカルロスさんの確執は存在していましたし……ある意味、この貴族社会の歪みと毒殺事件が招いた悲劇と言えます」
ラインヴェルドが王子の立場をしっかりと捨てていれば、平民になっていればジリル商会の婿養子となってカルロスとも良い関係を築けたかもしれない。
プリムラも王女とは違う人生を送ることができた。どちらが幸せかボクには分からないし、きっとプリムラにも分からないと思うけど、また違う人生を送れたと思う。
カルナも初恋を越えて、第二王子の婚約者として歩み出そうとしていた。
あの事件が無ければ、カルナは再びラインヴェルドとの幸せな未来を夢見て……絶望に苛まれることも無かったとなれば、ハッピーエンドと言えるんじゃないかな?
まあ、あのシャルロッテだってラインヴェルドのことを愛していた訳じゃなくて、その正妃という看板に拘っていただけなんだから、それこそ正直誰でも良かったんじゃないかな?
……って、歴史のifを考えたところで何も変わる訳じゃないんだけど。
「ヘンリー殿下には申し訳ないけど、あれがボクらにとっての最善だった。まあ、あの愚物が正妃としてのさばっていたらもっと面倒なことになったし、早々に殺しておいて良かったと思うよ?」
「……本当に恐ろしいことを水が上から下に流れるように、さも当然な話の如く話すな」
「ちなみに、ラインヴェルド陛下はヘンリー殿下を国王に、さっき話したヒロインの聖女を王妃に据える気満々。第一王子殿下と第二王子殿下は敵対するように見せかけて互いに愚かな行動をしそうな貴族達を監視しているだけだし、二人とも国王を継ぐ気はないからねぇ。今立候補すれば、もれなくヘンリー殿下と一騎討ちできるよ? どう?」
「どう、と言われてもな……長兄上と次兄上が継ぐ気がないのなら、兄上が妥当だと思う。……ただ、そのヒロインとやら、本当に信用してもいいのか?」
「同感……ボクもそこが不安なんだよねぇ。もし、そのヒロインが転生者で多少理性があるならどうにかできそうだけど、一番は本当の意味でど天然のアホの子……打算抜きにヒロインしているヒロインならタチが悪い。今のところ、ボクはゲームとは異なり、ヘンリー殿下の婚約者ではないし、今後もそうはならないと思うけど、面倒ごとになる可能性が潰えている訳じゃないからねぇ。もし、ヴァン殿下が国王即位に意欲があるなら、ラインヴェルド陛下に一度相談してみたらどうかな?」
「……俺も、別に自分が国王の器ではないと自覚している。それに、俺も音楽の道に進みたいと思っているんだ。……そうだ、圓殿。俺も圓殿のようにピアノを弾けるようになりたいのだが……」
「……それは、今のレッスンでは足りないということかな? このままレッスンをしていても上達すると思うけど、これでも実はかなり手加減しているんだよねぇ」
「なんとなくそう感じていたが……やはり手を抜かれていたか」
「基準に合わせていた……と考えて欲しいけどねぇ。もっと上を目指すならとっておきの方法がある。ボクがピアノを上達させた方法……ただし、はっきり言って滅茶苦茶だよ?」
「……どれくらいだ?」
「リュート先生はきっと卒倒するんじゃないかな?」
まあ、常識的じゃないからねぇ……これだけやっても、まだ影澤さんに勝てる気がしないんだけど、あれは『天才』だと割り切るしかない。
「……具体的にはどのような内容だ?」
「あれ? これだけ言ったのにやる気なの?」
「無論だ。恐らく、この世界で最高峰の圓殿の本気のピアノレッスンを受けられるのだからな」
「授業は一週間に一度に減らす。基本的には楽譜無し、ボクが弾いたものを耳で聞き分け、記憶し、次の週には譜面の提出とその曲の演奏をしてもらう。とりあえずは一週間に一曲ペースでいいかな? 慣れてきたら二曲三曲と増やしていく。後は、プリムラ様のピアノレッスンの教師役……教えるっていい勉強になるからねぇ。まあ、そんなところかな?」
「……聞くだけで凄まじい難易度だな。しかし、それだけレベルアップできそうだ」
「リュート先生とボクはプリムラ様のレッスンの際にはフォローに回ることになると思う。勿論、王子だからって手を抜くことはないし、ボクの本気を希望するなら泣き言を言わずにしっかりついてきてもらわないと困るよ。まあ、『音楽界の神童』という異名に相応しい力と伸び代を持っているんだから、きっとボク以上に化けるんじゃ――「ああ、それはきっと無いだろう」
……なんでそう言い切れるんだろうねぇ。もっと自分に自信を持つべきじゃないかな?
「じゃあ、音楽講義はグレードアップするということでいいかな?」
「ああ、よろしく頼む」
「じゃあ、陛下と……後はリュート先生にもその旨はお伝えしておくねぇ。勿論、次の音楽講義から一切手は抜かないから。……ああ、最後に一つだけ。もし、ボクの講義で少しでも音楽を嫌いになりそうだったら、その時は絶対にボクに講義のグレードダウンを申し出て欲しい。まず、楽しむことが大切だから……それだけは絶対に忘れないようにねぇ」
「勿論だ。楽しめない音楽に何も意味はないからな」
◆
<三人称全知視点>
ヴァンの音楽講義が行われるその日、カルナの姿は音楽講義用に設られた王子宮の一角(王女宮にも簡易的な音楽室は用意されているものの、プリムラの音楽講義は専らここで行われている)ではなく、王宮の一角にある国王用執務室へと続く廊下にあった。
背後に後宮筆頭侍女のシエル=ホワイトリェルを連れており、近寄り難い空気を纏っている。
「国王陛下、よろしいでしょうか?」
『よろしいか、よろしくないかと言えば……うーん、よろしくねぇかな?』
「失礼致しますわ」
ラインヴェルドの曖昧な返事を肯定の意味と受け取ったのか、将又断られてもラインヴェルドと話をしなければならないからなのか、カルナは強引に扉を開け放った。
ラインヴェルドはいつもの彼女らしくない行動に驚いた……という訳ではないようで、さしたる驚いた様子もなく書類に押す玉璽を机の上に置いた。
「……はぁ。どうせ、ヴァンの件だろ? 分かっているって、つい先日ローザから音楽講義の内容変更の申請を受けたからな」
「でしたら、何故、陛下は止めなかったのですか!? あのような講義内容、前代未聞! 無茶苦茶ですわ! あんなあからさまなイジメなど見たことがありません!」
「あー、イジメな。特に侍女同士で陰湿なイジメがあるとか、そういった報告もあるしなぁ。……確かにローザには傲慢な令嬢っていう噂もある。権力を最大限濫用し、王女宮の筆頭侍女に収まったとかなんとか。いや、そもそもアイツはラピスラズリ公爵家の令嬢で、なんなら第三王子――ヘンリーの婚約者候補筆頭だったんだぜ? まあ、本人が猛烈な勢いで拒否したもんだし、こっちとしてもそうじゃない方が都合が良いってことで、全く別の方法を取らざるを得なくなっているんだけどなぁ。まあ、仮にローザがヴァンをイジメている……として、だったらあんなにあからさまなやり方はしないだろうぜ? アイツが本気になりゃ、心の複雑骨折、もう二度と表に出て来られなくなるか、或いはイジメなんてチマチマしたことなんてやらずに本気でこの世から抹消しちまうか、そのどちらかだと思うぜ? ……で、今回の件の真相だが、何でもヴァンの方からローザに本気の講義をお願いしたみたいだぜ? アイツが相当手を抜いていたってことはヴァンも承知していたみたいだからなぁ」
「……手を抜いていた、ですって?」
様々聞き捨てならない言葉があったものの、そこは後々追及するとして、まずはローザが講義の手を抜いていたという点について問い詰めることにしたカルナ。
「いや、語弊があるな。アイツはヴァン……っていうか、なんっつうか、あっ、そうだな、王子にピアノを教える時に相応しいレベルの講義をしていたって言えば伝わるか。六歳くらいの子供にいきなり論文の書き方を教えたって満足に研究ができる訳がねぇだろ? それと同じ論理だ」
「……えぇ、まあ、仰りたいことは分かりますわ。つまり、ヴァンのレベルに合わせてくれていた……と、そういうことですわね」
「まあ、そう捉えれば良いんじゃないか? だけど、ヴァンは一切手を抜かずに本気で講義をして欲しいとローザに頼んだ。ローザって随分評価が歪曲しているんだ。それは、他人に求めるレベルと自分に求めるレベルに隔絶した差があるからなんだが、ヴァンが求めたのはローザが自分に課す並の厳しさだった。何でも、あの練習法――独学でアイツがピアノを習得する際に使った練習法そのまんまみたいだぜ? まあ、無茶苦茶っていう評価は妥当だ。俺でも、ヴェモンハルトでも、ルクシアでも、そしてヘンリーであっても、恐らくあんなやり方について行ける訳がないし、仮に俺が頼んだところで絶対に首を縦に振らなかった。それなのに、ヴァンの頼みは通り、こうして講義がグレードアップした……その意味が分かるか」
「つまり……期待されている、ということですか? あの厳しい講義は、その期待の裏返しだと」
「まあ、なぁ……とはいえ、規定値ラインを越えたというだけで、実際にどこまで耐えられるかは分からない。ローザはヴァンに『もし、この講義で少しでも音楽を嫌いになりそうだったら、その時は絶対にグレードダウンを申し出るように』という条件付きで認めたってことだから、音をあげることも想定内だと思う。だが、もしローザの講義についていけるなら……きっとアイツは化ける。ヴァンにとって、多方面に才能を有するヘンリーはコンプレックスの対象で、音楽っていうのはそのコンプレックスを越えるためのたった一つの才能だと自覚しているみたいだけどなぁ……まあ、ローザを超えることはできやしないと思うが、もし、ローザに並び立てることができたなら、きっとそのコンプレックスも克服できると思うぜ」
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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