Act.8-182 真相に辿り着いた者――第四王子ヴァン=ブライトネス scene.1
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
第四王子ヴァン=ブライトネスは王子宮の一角にある自室に招くと、専属侍女であるパトリアを部屋から退出させた。
食い下がるパトリアにヴァンは随分と骨を折ったが、第四王子の意向には逆らえず、不承不承といった雰囲気で退室した。
「第四王子殿下、本日はどのような御用件でしょうか?」
「朝早くから大変申し訳無かった。どうしても早く確認しておきたいことがあったんだ。昨日の夜はその疑問が気になってあまり寝られなかった」
「それは……でしたら、一刻も早くその疑問というものを解消するべきでしょうね。私にお力になれることでしたら遠慮なく仰ってください。……そのつもりでお呼びしたのでしょうから」
「そうだな。……ローザ筆頭侍女殿、貴女は一体何者なのだ? いや、違うな……ローザ筆頭侍女殿はビオラ=マラキア商主国の大統領アネモネと同一人物なのではないか?」
「……その根拠はあるのでしょうか? 私と彼女では見た目も年齢も随分と違います。変装などとてもできませんわ」
「流石にどのようにアネモネに化けているのかは分からない。……恐らく、ローザ=ラピスラズリ公爵令嬢という方が正しい身分だろう。こちらはアネモネと違って誤魔化すことができないからな。……俺も荒唐無稽だと思っていた。だが、そうとしか考えられないし、そうであれば色々と辻褄が合うこともある。……根拠は、昨日の誕生パーティでアネモネ大統領が連れていた古代竜だ。俺はあの女性を一度見たことがある。……あれは、忘れようとしても忘れられない、ローザ筆頭侍女、貴女の誕生パーティの日だ。父上に傅くこともなくただ一人の主君のために尽くす……そんな主人が二人もいるなどということが果たしてあるだろうか? だから、昨日確信した……スティーリア殿を従える貴女こそ、アネモネ大統領であり、ローザ=ラピスラズリ公爵令嬢なのだと」
「……流石は第四王子殿下、ご慧眼でございますわ」
ただ、予想外だったのがボクが正体を告げた瞬間、ヴァンが傅いたことだった。
一公爵令嬢に第四王子が傅くなど、あってはならないことだ。
「おやめください、殿下!」
「俺も序列というものは弁えているつもりだ。父上と同等の権力を持つアネモネ殿に、所詮は王の子供でしかない俺が傅くのは当然だ」
「……本当にやめてもらいたいんだけどねぇ。人払がされているとはいえ、万が一見られたら困るでしょう。……ボクの方が」
「そちらがアネモネ殿の素なのか?」
ここからは絶対に外部に情報が漏れないように対策に対策を重ねてから、万が一ヴァンに事情がバレた時に伝えるつもりだったこの世界の真実とボクの前世と今世に関する話をした。
やっぱり、ここまで大ごとになっているとは思わなかったのか、相当驚いていたみたいだねぇ。
「……つまり、父上と祖母上、それに二人の兄上もご存知だったということか。知らないのは兄上と妹……うむ、複雑な気分だな」
「コンプレックスを抱く相手のヘンリー殿下よりも先にこの件を聞いてしまったことをどう受け止めていいか悩んでいるみたいだねぇ」
「しかし、私や兄上が攻略対象(?)とやらで、プリムラが悪役として断罪され、不幸な人生を送ることになるとは……いや、確かにそうなっていたかもしれないな。実際、俺達とプリムラの関係はあまり良好とは言えなかった」
「……まあ、実際は王妃殿下もプリムラ様のためを思って言葉を掛けてくださっているようですけどね。確かに言葉こそ辛辣ですが、その裏には貴族出身の侍女達に馬鹿にされないように振る舞いなさい、きちんと学び、飾り物ではない王女になりなさい……そういうメッセージが込められているのですから。それに、初恋の人が自分以外を好きになって、折角王妃になることができても自分には目を向けてくれない……そのような状況下でも、嫉妬心を押し殺して亡き正妃殿や自派閥の攻撃を和らげ、常に周囲に気を配り、市井出身だった側妃のことを軽んじていた侍女達の炙り出しのために骨を折ったこともある素晴らしい方だと思いますわ。……クソ陛下の思いも分からなくもないですが、何も罪のないプリムラ様に悲しい思いをさせたことや、初恋から大きく時を経てようやく王妃となることができたカルナ様のことを考えれば……やっぱり、途轍もないクソ野郎だと思いますわ。なんで、あの人は優秀なのに女性関係だけは下手くそなのでしょうか?」
ボクの忖度なしの評価がヴァンにとっては随分と意外だったようで……。
「随分と辛口な評価だな。……国王相手に、ちょっと、その、なんというか……顔色を伺うということはないのか?」
「やろうと思えばいくらでもおべっか言えますけどねぇ。でも、あの陛下もそういうものを求めていないですし、正直な感想を常に述べるようにしています。実際、ラインヴェルド陛下もフォルトナのオルパタータダ陛下も国を統治し、自身も剣となり、そして指揮官として間違ったことは一度たりともないという化け物みたいな国王ですが、ただ一点、女性面に関してはあまり得意ではないようなのですよ。あっ、普段の素行は別としてですからねぇ……あれで、国王モードの猫被りやめたら相当な暴走列車ですから。この国が国の形をしているのは、間違いなくアーネスト宰相閣下の尽力の賜物です。ボクもあの方のことは本気で尊敬していますよ」
「……女性面というと、プリムラの母のことか。反対を押し切って平民の女性を側妃に召し上げたことか。あのことで随分貴族から反発を受けたと聞いている」
「まあ、当時国王陛下は第七王子で、王位継承権が低くほとんど放置されていた状態でした。彼が国を飛び出し、冒険者として活動できたのもそうした立場だったからこそ黙認されていたことです。きっと、ラインヴェルド陛下にとってもオルパタータダ陛下にとっても、あの時代は本当に良い時間だったと思いますよ……レジーナさんにとっては地獄だったと思いますが。王位継承権を持つ者が軒並み毒殺されたあの事件がなければ、ラインヴェルド陛下が国王になることもなく、冒険者時代に出会い、最初はラインヴェルド陛下の一目惚れで次第に両思いとなっていったメリエーナ様との結婚も、王子の地位を捨てることで黙認された可能性もありました。あの事件がラインヴェルド陛下が国王を継がざるを得ない状況を作り出してしまった。これさえ無ければ、ラインヴェルド陛下に一目惚れしたカルナ王妃殿下の片想いが成就されないというだけで決着が付いていたかもしれません。カルナ様には申し訳ないですが、恋というものは全てが叶えられるものではありませんから、それが一番平和的な結末だったと思います。陛下が国王になる代わりとして出した条件はメリエーナ様を正妃として娶ること。しかし、貴族達はこれに反対――有力公爵家のラウムサルト公爵家、クロスフェード公爵家から令嬢を正妃、限りなく正妃に近い側妃として娶ることを条件に、結局メリエーナ様を娶ることになりました。……勿論、これはあまりにも不平等な呪いのような取り引きでした。やりたくもない国王にラインヴェルドを着かせる……その対価として与えられたのは最も地位の低い側妃にメリエーナをつかせるという結果でしたから。どうやら、ヴァン殿下の母――カルナ王妃殿下は表向きメリエーナ様を虐げているように見せながら見事にメリエーナ様に掛かる火の粉を振り払っていたようです。しかも、ラインヴェルド陛下にもそれを悟らせなかったのですから、相当上手く立ち回っていたのでしょう。一方、元第一王子の婚約者で正妃となったシャルロッテ=ラウムサルトは徹底的にメリエーナ様をいびり倒しただけではなく、遂には暗殺者を雇ってメリエーナ様を毒殺してしまいました」
「……何!? では、プリムラの母は正妃の招いた暗殺者によって殺されたということか!?」
まあ、やっぱり驚くことだよねぇ……確かに、いじめが原因で死んだというのも大きいけど、直接毒でもって殺したとなれば段階が違う。
そもそも、国の内部に暗殺者を招いた――それがどれほど重罪か。一歩間違えば、あの悲劇が繰り返されることになっていたのだから。
「ラインヴェルド陛下の行動によって不幸になったのはプリムラ様やメリエーナ様だけではありません。メリエーナ様を慕っていた弟のカルロス=ジリル――彼は最愛の姉の死を知った瞬間に壊れてしまいました。元々、メリエーナ様が王妃になることに最後まで反対していたのがカルロスさんですから、側妃として娶ることで自分から姉を奪い取るだけでなく、むざむざと殺されてしまったラインヴェルド陛下を激しく恨んでもおかしくは無かった。しかし、彼は姉を愛した国家を守るためにその手を汚す道を選びます。暗殺の真実が判明したのは、五年前――ボクがフォルトナ王国でその暗殺者と交戦し、真実を明らかにしました。その事実はラインヴェルド陛下、それと第二王子のルクシア殿下もご存知です。……恐らくですが、ヴェモンハルト殿下やビアンカ王太后様もご存知かと」
「……次兄上が? しかし、何故、次兄上があの事件の真相を知っているのだ?」
「ルクシア殿下が毒薬学の道に入ったのは、メリエーナ様の不審死に疑問を持ったからです。当然、報告すべき相手の一人でした」
「……五年前……つまり、それは正妃様が亡くなられたタイミングと重なっているな。確か、当時ラウムサルト公爵家の一族郎党が皆殺しになった事件が起きていたと記憶している。……次兄上はそんなことをする筈がないし……父上、いや……まさか!?」
「事件の犯人はメリエーナ様の弟のカルロスさんです。彼にも真実を伝えるべきだとボクの判断でお伝えしました。カルロスさんはその後、ラウムサルト公爵家の一族郎党を皆殺しにした後、後宮に忍び込んで正妃を暗殺、その後、ラピスラズリ公爵家によって処分されたようです。ラピスラズリ公爵家は【ブライトネス王家の裏の剣】として国家に憂いをもたらす者を殲滅してきた過去があります。ラインヴェルド陛下の即位以前に起きた大量惨殺事件――血の洪水も【ブライトネス王家の裏の剣】が率いるブライトネスの暗殺部隊が引き起こしたものです。恐ろしいかもしれませんが、この国はこのようにして平穏を保ってきました」
「……その事実は父上も知っているのだな。国王というものは綺麗事だけでは務まらないことは子供ながらに分かっているつもりだ。……それが正しいかどうかといえば、間違っているのだろうが。……つまり、圓殿。そなたがカルロスを焚きつけたということか」
「あの事件でボクが寄り添っていたのは最後までカルロスさんでしたから。それに、国王陛下もルクシア殿下も黙認していたのです。……それが、ボク達の総意でした。……言い忘れておりましたが、今の話は他言無用です。国家の醜聞ですからねぇ」
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