Act.8-180 第一王女の誕生パーティのその後 scene.1
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
誕生パーティの終了後、ボクは「三千世界の鴉を殺し-パラレル・エグジステンス・オン・ザ・セーム・タイム-」で少し前の時刻の王女宮筆頭侍女の執務室に戻ってきた。
「あら? 姿を見かけないと思っておりましたが、こちらにいらっしゃったのですか? オルゲルトさん」
「ローザ様のアリバイ証人がいた方がいいのではないかという私の判断による行動でございます。淑女の部屋に勝手に入ったことは謝罪致します」
「……まあ、それ以前に勝手に入られっぱなしですから何も問題はありませんわ。別にあられもない姿を殿方に見せたところで何も減る訳でもありませんし」
「……そこは流石に羞恥すべきところだと思いますよ。本日はシェルロッタさんに私の役目をお願いしておきました」
「お気遣いくださりありがとうございます」
オルゲルトはここで言葉を切った。……嫌な予感がして、ボクも気持ちを切り替える。
「……流石に私でもここまで情報を提示されれば分かります。いずれ、シェルロッタさんに王女宮筆頭侍女の座を譲る……そのための下準備を着々と進めているのですよね?」
「さあ、何のことでしょうか? 彼女は【ブライトネス王家の裏の剣】の護衛として派遣された戦闘使用人ですわ」
「そして、プリムラ様の叔父にあたるお方でもある。……陛下は詳しく説明してはくださいませんでしたが、見れば分かります。彼女は亡き側室様によく似ておられますから」
「流石はオルゲルト様ですね。でしたら、尚更邪魔をしないで頂きたいですわ。……ボクに姫さまの母代わりになる資格なんてある訳がない。ボクはその大切な母親を奪った張本人なのですから。……シェルロッタさんだってボクを殺せば良いものを、変なところで優しいのですから。それだけの恨みを持っている筈なのに。……側室様は二度と帰ってはきません。死んだ人間は長時間経てば蘇生できない……過去に戻れば蘇生できるかもしれませんが、ボクは例えそれができるとしてもそれをしないと決めているのです。そうじゃなければ、不公平になってしまうから。……だから、せめて母を失った者と最愛の姉を失った者がともに幸せになることを願う。それのどこがいけないのでしょうか?」
「確かに理屈は分かります……しかし、それは他ならぬプリムラ様の意思を無視したお考えではありませんか。……もし、この世界で一番シナリオというものに雁字搦めにされているのは、他ならぬ圓様です。この世界の人間を軽んじないで頂きたい」
言葉こそ丁寧なものの、その言葉には恐ろしいほどの重みがあった。
だからと言って止まれる訳がない、止められる訳にはいかない。
だとしても、結局シナリオは変えられなかったのだから。
――ラインヴェルドはメリエーナを選び、その結果、死なせてしまったのだから。
レールを敷いたものはその責任を取らなければならない。
例え、自分の心が悲鳴を上げているとしても……そもそも、ボクにプリムラの幸せを願う権利なんてないのかもしれないけど。
プリムラは生まれた時から母親を奪われていた。彼女には何もできなかった。
母の愛を受けないまま育った……その心の傷は自分でもどうしようもないものだから。
「だとしてもです。……クソ陛下達も何か企てをしているようですが、絶対にボクは諦めませんよ。プリムラ様とシェルロッタさんを幸せにするまで、二人の幸せな顔を見るまでは、ボクは止まるつもりはありませんから」
甘える訳にはいかない。許される訳にはいかない。
例え、どんなに許してもらっても……それでも、プリムラの母親を奪ったシナリオを仕掛けた人間であることに変わりはないのだから。
心の軋む音を聞きながら、ボクは表情を取り繕った。
今日はプリムラの誕生日なのだから。そんな日に、彼女に憂いを与える訳にはいかないからねぇ。
◆
「お誕生日おめでとうございます。プリムラ様」
オルゲルトが気を遣ってくれたようで、ボクとプリムラを二人きりにしてくれた。
……その気遣いをシェルロッタとプリムラにしてもらいたいのだけど、今回の件でこれに関しては完全にオルゲルトが敵側に回ってしまったので、今後プリムラ関連での援護は期待できない。……孤立無縁過ぎて辛いなぁ。
まあ、孤立無縁っていうのは別に慣れているからいいんだけど、せめてシェルロッタには助力を得たいというのに、肝心のシェルロッタがほとんどボクにとって有利に働くアクションをしてもらえないのが正直辛い。
「ありがとう、ローザ母さま!」
「ドレス、とてもお似合いです。とても可愛らしいわ、まるで妖精のよう」
「母さまはプリムラの誕生パーティには事情があって出られなかったのよね? 本当はパーティに参加して欲しかったのだけど、でも、こうして母さまに祝ってもらえるというだけでとても幸せだわ」
アクアじゃないけど、『天使』という他に形容の仕方がない可憐な笑顔。
心の底からボクを母親代わりとして慕ってくれていることはとても嬉しいけど、同時にこの笑顔を見ていると心が締め付けられる。
この笑顔を向けられるべきなのは、ボクじゃなくてシェルロッタであるべきなのに、と。
「そうそう、アネモネさんという商主国の大統領様がとても美しいドレスを着ていたの。とてもスマートで大人っぽいドレス。プリムラも大人になったらそういうドレスを着てルークディーン=ヴァルムト様とダンスが踊れるのかしら?」
「ふふ、はい。きっととても似合うと思いますわ」
「そうだ! ルークディーン=ヴァルムト様から素敵なネックレスを頂いたのよ! ほら! オレンジの薔薇なの。私が好きだって言ってたのを覚えていてくださったのよ!!」
「それはよろしゅうございました」
矢継ぎ早に話すプリムラは余程ルークディーンからのプレゼントが嬉しかったようだ。
ああ、本当に可愛いなぁ。こんなに喜んでいるって知ったらルークディーンもきっと大喜びするだろう。……後で、アルベルトにプリムラが喜んでいたことを手紙で書いて教えるとしますか。
「そうそう、アネモネ様からも素敵なプレゼントを頂いたの。これって、母さまも手伝って作ったのよね? 母さまの絵にとてもよく似ているから映し出された瞬間に分かったわ」
「はい、アネモネ様とは長い付き合いですので。あの方はプリムラ様とは面識がないので、絵を描いて欲しいとお願いされてしまいました」
「あの方もお父様の古い友人……なのよね?」
「プリムラ様が二歳の頃から腐れ縁と聞いておりますから、もう随分長いこと関わりを持っていると聞いています。ある意味、陛下の被害者の一人と言えるかもしれません……あの方も随分と陛下のことを利用して、それを互いに許し合っている、そんな関係だと聞いておりますわ」
「そうなのね。私はとても素敵な関係だと思うわ」
……まあ、不敬罪を問われたらそれまでなんだけど、割と騙し騙され、そんなこんなでずっと友達やってきている。
悪友っていうのも案外悪くないと思っているんだよ。
「本日は残念ながら、私の家の都合で欠席となってしまいましたが、プレゼントの方はご用意させて頂きました。気に入って頂けたら嬉しいのですが」
「本当に!? 母さまからプレゼント!? とても嬉しいわ」
用意したのはこの日のために描きあげた絵画。
王家の皆々様の真ん中に満面のプリムラが描かれる表面。そして、額を外して表と裏を入れ替えれば王女宮の侍女やメイド、執事や料理人、薬師達がプリムラを囲むこちらも温かい絵となる。
……まあ、基本的に表面を飾ることになると思うけど。
「とても嬉しいわ。早速飾ってもいいかしら?」
プリムラも気に入ってくれたようなので、部屋の最も目立つ場所に飾らせてもらった。
「本当に母さまにはいっぱいもらってばっかりよね。もし、何かあったら遠慮なくプリムラのこと頼ってね。私だって母さまの役に立ちたいのよ?」
「プリムラ様」
私の為に……その気持ちはとても嬉しい。その気持ちを受け取れないことが歯痒い。
ボクがただの転生者なら、何も知らなかったら、きっとボクは素直にプリムラの気持ちを受け入れられたのに。
抱き着いてきたプリメラを抱きしめて頭を撫でてみたら、凄く喜ばれた。
本当に色々な疲れがこの笑顔一つで消えていく。気持ちが和んで癒されていく。
抱きしめて存分に可愛がってから、御着替えを手伝いつつお話を聞いていると、だんだんと疲れが出てきたのかとろんとした目をして「まだ、もうちょっと……」なんて言いながらウトウトし始めてしまいました。
やっぱり、どれだけしっかりしていても子供なんだなぁ、と、良い意味で受け取りながら、ボクはそっとプリムラをベッドに寝かしつけた。
すぅすぅと可愛い寝息を立てている少女の顔を見ていたら、無性に、とにかく可愛くて。
今はまだ慕ってくれている可愛らしい娘が悪い夢を見ませんように、と願いを込めて。
彼女の額に口づけをした。
むにゃむにゃと幸せそうに笑ったプリムラを見て、思わず顔が綻ぶ。
いつかはこの座を然るべき人に返さなければならない。
でも、今はまだボクはプリムラの母親代わりだから……だから、この幸せな時間を少しだけ過ごしてもいいんじゃないかと、そう言い訳して、可愛らしい姫さまの寝顔を見つめた。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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