Act.8-176 第一王女の誕生パーティ scene.14
<三人称全知視点>
フンケルン大公家は五摂家の中では最も地味な貴族である。
最弱と呼ばれるだけあって、大公家同士であればどうしても他の家に軍配が上がる。
しかし、同時に下級貴族や領民からは根強い人気を誇る家でもあった。
没落貴族達の最後の駆け込み寺としてフンケルン大公家は機能しており、フンケルン大公家を敵に回すということはブライトネス王国の貴族達の中では最も悪手であるというのが暗黙の了解だ。
(……本当になんて愚かなことをしてくれたのよ、あのアネモネという女商人は。他国の君主だからブライトネス王国内部で王侯貴族の中で内部分裂してもいいと思っているの! 元庶民だからこれがどれほど恐ろしく愚かなことなのか理解していないのでしょうね)
「……全く、アネモネさんはとんでもないことをしたわね」
カルナが内心思っていると、カルナとはあまり仲の良くない王太后のビアンカが奇しくも全く同じ考えを口にしていて驚いた。
「……王太后様も同じ思いでしたのね」
「? 恐らくだけど、わたくしのものは、カルナさんとは全く違う意味での発言だわ。あれほどまでに大胆に、そして鮮やかにフンケルン大公家を追い詰めたことに驚いたのよ」
カルナにしか聞こえないほど小さな声で、ビアンカは少しだけ楽しそうな声音でカルナに返答する。
「……本当はね、わたくしもラインヴェルドも確信したの。あのフンケルン大公が裏切り者であることを。アネモネさんの仰る通りなのよね。だから、ラインヴェルドもアネモネを止めなかったでしょう?」
「つまり、フンケルン大公が本当にその邪教徒ということですか? ……わたくしは流石に荒唐無稽だと思いますわ」
「まあ、そう思うのも無理はないわね。でも、あのアネモネさんはそういう邪教徒を葬り去ってきたのよ。……まあ、わたくしもフンケルン大公が裏切り者である可能性が高いと聞いた時は流石に驚いたのだけどね。……今この場でフンケルン大公が邪教徒かどうかを立証することもできたと思うわ。でも、アネモネさんはそれをしなかった……まだ事情は聞いていないのだけど、彼を泳がせておく理由があるのでしょうね。それに、現時点では証拠がないということも大きいわ。恐らく、何かしらの方法で彼に繋がる証拠を見つけるつもりなのだしょうけど。こればかりは聞いてみないと分からないわね。確かに、今回のアネモネさんの行動は一般的な社交界の常識に照らせば愚か極まりない真似だわ。だけど、相手に自分達が貴方が邪教徒であると確信していると知らせる意味ではこれ以上の一手は存在しないのよ。ほら、事情を知っている多種族同盟の君主の方々はアネモネさんの大胆で恐ろしいほど冴え渡った一手に驚いているでしょう?」
確かに、一部全く空気を読まずにリボンの似合うメイドや大臣と一緒にマナー違反の大食いをしているエルフの族長以外は皆、アネモネの行動を好意的な意味で評価していることが窺える表情をしている。
「……あの子も以前は社交界に似た場所に居たと聞いているわ。実際はもっと殺伐とした場所だったそうだけど。生まれた国の政府を相手に互角以上に立ち回っていたそうだわ。あそこまで恐ろしい一手を躊躇なく打ててしまうのだから、それがどれほど恐ろしい場所だったのかありありと想像できてしまうわね」
王太后の解説を聞き、カルナもようやく理解する。
彼女が決して敵対してはならない類の人種であることを。
話を聞けば聞くほど、アネモネが底の知れない、得体の知れない存在のように思えてきて……何故か、その姿があの照魔鏡のような瞳を持つ公爵令嬢な筆頭侍女に重なって見えた。
◆
<一人称視点・アネモネ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
ほとんど挨拶回りに費やして喋ってばかりだったけど、今回の誕生パーティでも勿論、音楽に合わせて各所でダンスが踊られている。
「少し遅くなってしまいましたけど……スティーリア、私と踊ってくださいませんか?」
『えぇ、勿論、喜んで♡』
スティーリアの手を取り、ワルツに乗ってダンスを踊り始める。
ちなみに、スティーリアは女性パートでボクは男性パートを選んだ……まあ、スティーリアはダンスも含めて淑女に求められる教養は完璧なのだけど、流石に男性パートは踊れないからねぇ。
そのまま三曲ぶっ続けで踊った。勿論、この程度で体力が無くなるような柔な鍛え方はしていない。
途中、ラインヴェルドが指示を出して曲の難易度を大幅に上げたようだった。何人か、難易度が跳ね上がってダンスを断念したみたいだけど……篩にかけるようなことをせずに普通に誰もが踊れるレベルの曲にすれば良いものを。
その結果、最後まで踊れていたボクとスティーリアは注目の的になっていた……まあ、女性同士で踊っているというのも珍しいのだろうけど。
レジーナとユリアはそもそも踊る気がないみたいだし、プリムヴェールとマグノーリエもあんまりダンス得意じゃないみたいだからねぇ……二人に関しては今後必要になるだろうからしっかりと覚えてもらわないといけないんだけど。
「おっ、流石はアネモネだな。男性パートも完璧か」
「勿論、女性パートも踊れますけどね。……しかし、陛下、随分と楽隊に無茶をさせたようですね。特に終盤、何人か音を外していましたよ?」
「……えっ、マジで? 俺、全然気づかなかったんだけど」
「勿論、プロですから上手く誤魔化したのでしょう。実力が高ければアドリブでフォローできますからね。……まあ、そもそも、いくつかの楽器が多少調律が狂っているようでしたが。きっと、『音楽界の神童』と呼ばれる第四王子殿下はお気づきになられていたのではありませんか?」
「まあ、俺もちょっとなんか違和感を抱いていたが流石にどこがどうズレているかまでは分からないからな。後でヴァンに聞いてみるぜ。ところで三曲踊ったんだし、次は俺と踊らねえか?」
「お断り致しますわ。陛下の場合、ダンス中に徹底的に誰にも気づかれないようなレベルでリズムを狂わせてみたり、バランスを崩させてみたり、そういった悪戯を仕掛けてきそうですから。オルパタータダ陛下のお誘いも同様の理由で事前に拒否させて頂きますわ」
「そもそも、誘っていないのに拒否られたんだけど!? まあ、誘おうと思っていたんだけどな……じゃあ、うちの三王子と踊ってくれないか?」
「……ブライトネス王国とフォルトナ王国の社交界で共通するルールをお忘れですか? デビュタントは十五歳でルーネス第一王子殿下は今年十四歳……まだデビュタント前ですわ。流石に、一緒に踊るのはあまり宜しくないと思いますわ」
「……いっそ手を出してくれても「もし、それを本気で言っているのであれば今すぐ張っ倒して差し上げますわよ?」
全く、それが父親の言動かって耳を疑うよ。
……まあ、こいつらの場合は一族郎党全員で大歓迎しそうだけど。
何人かボクをダンスに誘いたかった剛気な人が居たみたいだけど(明らかに悪目立ちするし、相当な強気だよねぇ、それ)、ボクとスティーリアのダンスに気圧されたのか立候補はガクッと減っていた。
……まあ、それよりも。
「流石に、音ズレがあると不快ですから今からズレている楽器の調律だけしてきてもよろしいでしょうか?」
踊るのに不快(まあ、単にボクが敏感過ぎるだけなんだけど)、楽器の調律をすることにした。
ちなみに、楽器の調律を終えたところで、結局ラインヴェルドとオルパタータダを含め、挨拶をした王侯貴族や多種族同盟の関係者達、天上の薔薇聖女神教団の教皇と筆頭枢機卿の全員とダンスを踊る羽目になった。
……体力的には疲れてないけど、気力的にはかなり疲れました。
◆
頼まれた相手全員とダンスを踊り終えた後、ボクとスティーリアは軽食エリアに移動した。
ちょっと小腹が空いたからねぇ……ちなみに、アクア達はこのエリアからほとんど動いていない。ついでに社交的なこともほとんどしない……なんのために来たんだろうねぇ。
「今回の料理は流石の量だから王宮専属の料理長の他に大食堂の料理長と王女宮専属の料理長にも指揮をお願いした。全員、お前と面識があるだろう?」
「それ、よく船頭多くして船山に上る状態になりませんでしたね。まあ、御三方とも連携がしっかり取れる方々でしょうが。えぇ、存じておりますわ。国王陛下のどんな無茶苦茶な要望にもしっかりと応えてしまうほどの卓越した腕を持つ王宮筆頭専属料理長を務めていらっしゃるアーヴァゼス様、フォルトナ王国の王宮大食堂で腕を振るわれている王宮専属筆頭料理長のアンリマーツ様から『料理長の気まぐれデカ盛り定食』のレシピを受け取られた元王宮専属筆頭料理長で、現在は王宮附属大食堂の専属料理長を勤めていらっしゃるジュードマン様、白花騎士団所属護衛騎士のディマリア様と恋人関係にある王女宮専属料理長のメルトラン様ですわよね。流石はブライトネス王国の最上位に君臨する料理長の皆様の腕を振われた料理ばかりですから、とても美味しいと思いますわ」
「そうか、それは良かったぜ。まあ、お前のことだから随分と底上げした評価なんだろうけどな?」
「……なんのことでしょうか?」
「ここで惚けるなよ。で、それは他所行きの評価だろ? この際、はっきりと断言して欲しいんだが、三人のレベルってどれくらいなんだ?」
「それは、一切容赦なく断言して欲しいということでしょうか? 『神の舌』を持つ者として」
「まあ、そういうことだ。できれば、お前やお前の知り合いの料理人の名前を出した上で分かりやすい指標で提示してくれると助かる」
「……そうですわね。アーヴァゼス様は45点、ジュードマン様は44.5点、メルトラン様は42.7点……ちなみに、『Rinnaroze』店長のペチカさんは42.5点、ラピスラズリ公爵家の料理長ジェイコブ様が43.5点、先代料理長のシュトルメルト様が44.4点、料理統括の高遠さんが49.9点……私の腕だと48点くらいでしょうか?」
あまりにも尊大に聞こえる評価だけど、ラインヴェルドは特に不満もなくこの評価を聞いてくれたらしい。
「意外だなぁ……アネモネならもっと高い点でもおかしくないと思ったんだが。自己評価低過ぎない?」
「今回の評価は全く色眼鏡を掛けずに純粋に算出した結果ですわ。それだけ、皆様のレベルが高いということです。ペチカさんはあの歳で随分高い水準に到達していますから、その頑張りが途方もないものであることが想像に難くありませんわね」
「まあ、でも一番の美食に近いのはお前のところの料理統括なのか。やっぱり、お前が選んだ人材というだけあるなぁ」
「……彼は募集に応募して来てくださったというだけなのですけどねぇ。まあ、彼が共同経営者の料理人と仲が悪くなっていること、その原因が更なる美食の研鑽であることは承知していましたから、彼が応募してくれると期待してあのタイミングで募集をかけたのは確かですわ」
「……本当にとんでもないことするよなぁ。お前の耳は地獄耳か?」
「耳に聡くなけれな商人として飯を食っていくことはできませんわ。それに、王侯貴族であるならば物事の浮き沈みや噂話には敏感であらなければならないのではありませんか? これくらいは普通だと思っていたのですが」
「……みんなお前並みに聡くて地獄耳なら、世の中もっと高難易度になっていると思うぜ。普段からかなり自分のことを過小評価しているから認識が歪んでいるんだろうが、お前ってとんでもない常識壊しだからな?」
「……陛下は私のことを一体なんだと思っているのですが?」
まあ、そうこうしているうちにプリムラ姫殿下の誕生パーティは幕を閉じた。
予想以上に収穫はあったと思う……流石に、『剣聖』殿とお近づきになれるとは思わなかったしねぇ。それ以外は、まあ大方予想通りにことが運んだんじゃないかな? つまり、計算通りに事が運んだ訳だから、それだけでもう十分なんだけどねぇ。
さて、アネモネとしての時間はこれで一旦おしまい。
そろそろ、王女宮筆頭侍女ローザに戻りますか。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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