Act.1-16 大迷宮挑戦と廃棄された計画 scene.3
<三人称全知視点>
「園村君……いや、百合薗君だったか。君は何故、実力を隠していたんだい? それほどの強さを持っているなら、この世界に邪悪をもたらす魔族だって簡単に滅ぼして世界を救うことだって……」
「つくづくおめでたい頭だねぇ。まあ、こんな浅慮で性善説の狂信者な勇者サマを信用して魔族討伐してハッピーエンドなんて考えているんだから、他の連中もつくづくお里が知れるけどさ」
圓は婀娜なる姿で笑った。その目に込められているのは深謀遠慮のしの字もない、シャマシュ聖教教会を盲信し、魔族を倒せば本気で世界を救えると信じているクラスメイトに対する侮蔑。
「君達は魔族側の立ち位置に立ったことはあるかい? 片方の話を鵜呑みにしてもう一方の言い分を聞かない時点で公平じゃないよねぇ? それとも、魔族=悪だからという理由で、魔族を殲滅するのは当然のことだなんて言うのかい? それこそ、偏見じゃないかい? 人間の中にだっていい奴と悪い奴がいる。近墨必緇、近朱必赤――その状況下によって人間ってものは変わる、あくまで相対的な生き物だ。それに、君が掲げる正義とやらも曖昧だよねぇ。正義の対義語は悪なのか? ボクはそう思わない。正義の対義語は別の正義だ。人というものはそれぞれ自分の正義を掲げ、相手を悪と断じて攻撃する。魔族側にも魔族側の正義がある――君達シャマシュ教国によって迫害された、侵略されたって正当な攻撃理由がある。ボクの調べたところによると先に仕掛けたのはシャマシュ教国なんでしょう? でも良かったねぇ。勝てば官軍、負ければ賊軍――君達シャマシュ教国が勝てば魔族は正真正銘の悪として歴史に刻むことができる。死人に口無し。魔族側に弁解の余地はないんだから」
「――そんな訳はない! シャマシュ様は魔族がいかに悪かを我らにお教えくださった! どれだけ横暴なことをしたのか――そして、我々こそがその悪を断じる剣だと! 貴様は背教者だ!!」
同行した騎士の一人が抜刀し、圓に迫ったのと、騎士の剣が砕け散ったのは同時だった。
「だから、それ証人になっていないって。シャマシュ――この世界の神を騙る未発売ゲームのラスボスが勝手に言って、それを君たちが鵜呑みにしただけでしょう? 事実、この世界はシャマシュ聖教教会によって完全に侵食されていない。どこかの高度魔法文明出身の異世界人が神となったみたいに、この世界を神の遊戯盤に見立てることすらできていないんだ。確かにシャマシュは強力だし、取り巻きの天使達もかなりの強さ。この世界にも既に実装されているFDMMORPG『SWORD & MAJIK ON-LINE』のウェポンスキルとマジックスキルを駆使しても勝利は厳しいって相手だ。……っと、その前に君達にも分かりやすいように設定を説明しておかないとねぇ。本邦初公開、いや、元の世界でも公開はしていないんだけどねぇ」
そこから圓が語り出したのは、光を司る狂った神が創り出した《紡錘巨空城-レモンズ・シャトー-》とその作成者にして冒険者を閉じ込めて足掻く姿を楽しむというお世辞にも素晴らしいとは言えない趣味を持つ神シャマシュ。
シャマシュは理不尽の擬人化であり、《紡錘巨空城-レモンズ・シャトー-》とはその理不尽を破壊する清々しい爆弾、象徴主義的なイメージを持つ梶井基次郎の『檸檬』からインスピレーションを受けており、神が人間からは到底理解しがたい非生産的な目的のために《紡錘巨空城-レモンズ・シャトー-》を建造したことは、その理不尽性を象徴しているという裏情報に至るまで、圓はゲーム最終盤のネタバレを語って聞かせた。
「つまり……我々が信じていた神はそれほど強大で狂った存在だというのか」
「ゴルベール騎士団長! こんな奴の言うことを信じるのですか!?」
「……ルチアーノ、お前はどう思う?」
「そうですね……俄かには信じ難いことですが、信じるしかないでしょう。圓さんの話には筋が通っていますし……それに、もしその話が事実だとすれば、我々の崇めるべき神は、この世界を創造した圓さんということになります」
「よしてもらいたいねぇ。ボクは別にお金を持っているだけの奴隷で自分のやりたいことのためにこの生の全てをかける――ただ、それだけの男だよ。まあ、この世界がボク達が作ったゲームが元になった世界で、この世界の本当の神的存在はボクをこの世界に招待したかったんだろうけどねぇ。でも、君達が信仰している愚かな神がそこに干渉して、唯一座標を知っているボク達の世界の、鳴沢高校二年三組を対象に勇者召喚を行ってしまった」
「なんでまどかちゃん……圓さんにはそんなことまで分かるの?」
「何故か……そうだねぇ。この世界は本来、ボクの理想の形になる筈だった。一度は夢見たフルール・ドリスとしての集大成――複数世界観統合計画[Multi-world view integration plan]。まあ、簡単に言えばこれまでボクが作ってきたゲームの世界を統合して新たなワールドを舞台にしたゲームを作ろうっていう計画だよ。まあ、あの高槻さんにボツにされたんだけどさ。まあ、色々と無理があったし、構想段階で廃棄した計画だから詳細は決めていなかった。だから、気づけなかったんだよ。それにボクがこの世界の神だって思っている存在だって確たる証拠がある訳じゃない。でもね、それ以外あり得ないんだよねぇ――ボクの世界の座標をピンポイントで知っていることに説明がつかない。でも、そもそも無理な話だったんだ。あくまで、こうしたいっていう曖昧な妄想だったものを、断片から無理矢理創り出そうとするなんてねぇ。だから綻びが生じた――高々ボスキャラ一人に好き勝手される状況を作ってしまったんだろうねぇ。まあ、世界の管理者としての権限の一部を奪われたとか、そんなところじゃないかな? まあ、ボクにはあのクソ忌々しい女と同期の殺人事件をエンターテインメントなんかと勘違いしている「瞬間探偵」みたいな一を見て百を知る推理力はないし、あくまでここまでの情報から推測した仮説に過ぎないんだけどねぇ」
圓の辿り着いた仮説が真実か否かを判別することは、咲苗達にはできない。
だが、圓の仮説を誇大妄想だとして切り捨てる権利も証拠も咲苗達は持ち合わせていなかった。
咲苗達はこの世界で与えられたものをただ享受し、魔族を滅ぼそうとしていた――つまり、完全に思考停止をしていたのだから。
「…………それじゃあ、魔族を倒して元の世界に帰ることはできないの!? もう、お父さんとお母さんに会えないの? そんなの嫌だよ!!」
誰かが泣き出したのをきっかけに、一気に感情が爆発した。改めて現実を突きつけられ、寂しさから泣き出す者、理不尽な状況に怒り狂う者――様々だが、その根本にはこの意味不明な状況を作り出したシャマシュに対する怒り(中にはその根本原因を作った圓に対する怒りを持つ者もいる)が存在する。
「まあ、元からシャマシュはボク達を元の世界に帰してくれるなんて一言も言っていない訳だし、そもそもの話、現時点でも帰還自体は可能だよ? ただ、ボクが君達にそれを提示する理由はない。だってボクはクラスから除け者にされた、無能な邪魔者だからねぇ。散々イジめられたのに、見て見ぬ振りをされたのに、なんで助けないといけないのかねぇ? それに、今帰るのはオススメしないよ。今頃、愚かな愚かな大倭秋津洲帝国連邦政府の所業に怒りを覚えたボクの仲間達が大倭秋津洲帝国連邦に宣戦布告しているところだろうからねぇ。ボクらと、財閥七家が大倭秋津洲と戦うことを決めた以上、もうあの国は終わりだろう。でも、当然の帰結だよねぇ? 政府はボク達から搾取してきた。君達一般市民はその事実を知らなかった。無知は罪だ。知らないからといって許すほどボク達は甘くないんでねぇ。だから、君達が帰ってもそこに君達の帰るべき大倭秋津洲帝国連邦は存在しない」
「……何故、君はそこまで酷いことをできる!!」
何も知らない、正義の味方気取りの曙光は、どうやら圓を吐き気を催す邪悪と認識したらしい。
悪の所業に憤る正義の味方のような表情で、正義の味方がいかにもいいそうな台詞を吐く。
「結局、曙光――君は表面的にしか見て来てなかったってことだよ。見たくもないことから目を瞑ってきた。例えば……そうだねぇ、小学生の頃に咲苗さんが自分が書いていた創作がイジメられていたんだよ? 幼馴染の君はそんな咲苗さんに何をしたかな?」
「何って、咲苗さんへのイジメは解決した筈だ。何故それを今蒸し返す!? そもそも、なんで君がそれを知っている!!」
「嫌だねぇ。元クラスメイトだよ? ボクって。短い間だってけど一緒にいたのにねぇ。……まあ、そんなことはどうでもいいけど。ボクが君達を仲間だなんて思っていなかったように、君達もボクの存在なんて真面に認識していなかったって訳さ。――君は全く変わらないよねぇ、曙光クン。――あのイジメに最終的に火に油を注いだのは君だよ。確かに君に一度は止められたから表面化しなかった。でもねぇ、水面下でより苛烈に、陰湿になっていったんだよ? そんなことも理解していないのに、何が親友なんだろうねぇ? 残念だけど、それは巴さんにも言えることだよ? ――本当に大切な人なら身を挺しても守れよ。黙っている時点でイジメを容認しているのも同然なんだよ?」
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ――」
「黙ろうねぇ、自称正義の味方君。君の存在は目障りで耳障りだから」
少し殺気を飛ばしただけでヘナヘナと倒れ込んだ勇者に興味を失ったようで、一瞥も与えずに圓は話を続ける。
「それが今や高嶺の花……ねぇ。それを聞いた時、思わず吹き出しちゃったよ……ああ、心の中でね。結局君達は咲苗さんの内心なんて気にしていない。結局、可愛いから、美しいからという理由でチヤホヤするんだって。昔から誰に対しても優しいからねぇ、咲苗さんは。だから、成長して美人さんになったらモテモテになるなんてことは容易に想像がついたけど。結局、そういうことでしょ? だった一点を見て評価を上げたり下げたりする。第一印象は確かに重要だけど、それがその人の全てじゃない。見掛けだけで判断したから不真面目な不登校オタク君=幻の女神という図式にも気づけないし、このクラスの中に二人も異物を紛れ込ませてしまった。いや、ボク達を含めれば裏世界に関わる人間が四人か。杜撰も杜撰、まあ、心底どうでもいいけど」
つまり、圓の他に三人――この世界に裏に関わっている存在がいるということだろう。
三人ということは、少なくともこの場に一人――クラスメイトの顔をしている危険な存在が隠れているという暴露に勇者一行の中に衝撃が走った。
「――ゴルベール、覚えておくといい。君達がこの世界にボク達を召喚したということの意味を。ただでさえ危険な――かの時空の神ヨグ=ソトホートすらも強大な敵として現れるかもしれない世界において、あろうことか大倭秋津洲帝国連邦において最も邪悪な魔女の仲間を呼び寄せたという意味を。それに、ここまでやられて黙っていられるほどボクの仲間はお行儀が良くないからねぇ。ボク達の戦力ならばシャマシュ教国を滅ぼすことなど造作もないだろう。ただでさえ内憂な状況で外患を呼び寄せたんだ。――覚悟しておいてね」
少女のような可憐な笑みと圓の言葉は全く一致しない。まるで刃物を背中に突き立てられているような、そんな恐ろしさに身が震える。
「まあ、ボクには関係のないことだし、後はよしなに」
「圓さんも関わることだよね? なんで、他人事なのかな?」
咲苗は純粋に疑問を口にする中で、その答えに辿り着いてしまった。
何故、園村が度々澄んだ瞳をしていたのか。そして、わざわざこのタイミングで自分達にこのような話をしているのかを。
「簡単な話じゃないか? ボクがその時にはもうこの世にいないからだよ」
世間話のように何気なく告げられた言葉に、咲苗はかつてないほどの衝撃を受け、感情が爆発した。
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