Act.8-164 第一王女の誕生パーティ scene.2
<一人称視点・アネモネ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
ボクとスティーリアが状況を見ながら近づいていくと、アーネスト達が気づいて貴族達に一言言ってからこっちにやって来た。
「お久しぶりですね、宰相閣下、ミランダ様、ニルヴァス様、ソフィス様」
カーテシーで礼をしてから少しだけ視線を周囲に向けると、一部の貴族達が表情にこそ出していないものの不機嫌そうにしていた。
……まあ、辺境伯とはいえボクは新参の貴族。侯爵相当とはいえ、アクアマリン伯爵家は由緒正しい名門の家で、更にアーネストは宰相の地位にいる……そりゃ反感を買うだろうねぇ。
「……その、ご気分を害したのであれば申し訳ない」
「ええ……まあ、このような空気になるのは承知の上ですからね。そもそも、私のような新参の商人如きがと思っていらっしゃる方ばかりでしょう。実際、私如きが国王陛下に気に入られ、こうして販路を広げられた訳ですし、異例の成り上がりを遂げたのも事実ですから」
「それが全て実力であり、そもそも国王の寵愛がなくともこれだけの出世を遂げることができたのでしょうから、もしアネモネ様のことを下等な成り上がりだとお考えの貴族がいれば、目が腐っているというしか表現のしようがありませんね。まあ、そのような方などはいらっしゃらないと思いますが。そもそも、冒険者の頂点に君臨する武と商才を併せ持つような、陳腐な言い方になってしまいますが化け物と評する以外に形容のしようがないアネモネ様を敵に回すような愚かな貴族がいたら、是非一度後学のために見ておきたいものですね」
表情筋の死滅した、淡々とした口調で語られるニルヴァスの言葉には大量の猛毒が含まれている。
……なかなか上手いことをするねぇ。
ニルヴァスはあくまで、「アネモネを評価しない貴族が存在しない」という立場に立っている。
そりゃ、勿論皮肉ではあるんだけど……ここで声をあげれば自分がその「愚かな貴族」のレッテルを貼られる訳だ。
それに、相手は宰相の息子――真正面から戦っては分が悪い。それに加えて、ニルヴァス自身の評価は高く「奇異な姿をした妹」にまつわる謂れのない同情や憐憫を向けられることが彼自身には苦痛ではあるものの、ほとんどが毒が盛られていたとしても肯定的な視線だ。
……将来は父に匹敵する宰相になれそうだねぇ。
「……アネモネ様、王女宮のローザ様が近衛騎士のアルベルト様と度々手紙のやりとりをしているという噂を耳にしたのですが……本当なのですか?」
可憐な微笑みを浮かべていた筈のソフィスが、一瞬にして恐ろしい表情になってしまった。
……うん、周りの貴族が「何故、アネモネにそのことを尋ねるのか?」と不思議そうにしているし、アルベルト狙いの貴族令嬢が物凄い敵意を剥き出しにしているよ!?
……まあ、聞く相手は間違って……いないけど、このタイミングで聞く!? というか、どういう意図で? ……見気使うまでもなくなんとなく予想はつくけど……まっさかー?
「えぇ……私の情報網によれば、王女宮の筆頭侍女殿と近衛騎士殿は度々手紙のやりとりをしているようです。しかし、それは恋仲だとか、そういうことではなく、一つのプロジェクトを成功させるための情報交換だとお聞きしています」
うん、完璧な説明。まあ、これで大体の貴族が王女様と婚約者様のバッグアップのための手紙のやり取りであることが察せられた筈だ。……筈なんだけど。
「確かにそうかもしれませんが……女の勘がそれだけではないと告げているのですわ」
おい、ソフィス!? なんで、そんな爆弾を投下するの!?
折角ご納得されて安堵している貴族令嬢が再び殺気を振り撒き始めてしまったじゃないか!?
「仰りたいことは分かりますが……早計だと思いますわ。実際、王女宮筆頭侍女様と近衛騎士殿では随分と年が離れています。それに……」
「えぇ、存じておりますわ。……ただ、私は可能性は早めに摘んでおくべきだと思うのです。……丁度、その近衛騎士様にご挨拶に向かおうとしたのですが、お兄様に止められてしまって」
――ナイス判断だよ、ニルヴァス!!
「……私もライバルというのは少ない方がいいと思いますが、この段階で宮中伯令息殿とあからさまに敵対するのはよろしくないと考えています」
「……この子、ニルヴァスの目を盗んですぐにでもヴァルムト宮中伯令息の元に行ってしまいそうだからどうしようかと思っていたのだけど……アネモネ様からも何か言ってくださらないかしら?」
この時点で、貴族達の頭の中にはニルヴァスがローザに想いを寄せていて、健気な妹ソフィスが恋の成就のために奮闘している……というシナリオが生まれているんだろうねぇ。
まあ、その王女宮筆頭侍女が百合派で、更にソフィスに百合っ気があるとは想定すらしないだろうから、妥当な判断なんだろうけど。
実際、ソフィスの勘は当たっている。手紙の匂いがどんどんそれらしい方向に進んでいることは文面から見てもよく分かる。
あれだけの歳の差でよく……と思うけど、アルベルトは確実にローザに興味を持ち始めているんだろう。
それを、ボクはある程度は利用させてもらうつもりでいる。アルベルトとの仲が拗れた結果、婚約が破談になった……というのは絶対に避けなせればならない。
せめて、シェルロッタが王女宮筆頭侍女になり、専属侍女になり、全ての権利を手に入れて姫さまの隣に立てる日までは、ボクは恋人のフリをしてもいいと思っている。……少し心が痛むけどねぇ。
そもそも、ボクにとって一番はやっぱり月紫さんで、ハーレムという方法を嫌っているボクにとってはソフィスもアルベルトも一番にはなり得ないし、望んでいるような結果にはならない。
だから諦めろと言っているのに、フォルトナ王国の三王子もソフィスも諦めてくれないのだから……はぁ、と溜息も吐きたくなるよ。だから、ボクは男は恋愛対象にならないって(ry
それに、真の愛というものはたった一人に向けられるべきだ。その愛が二人に向けられた瞬間、その意味は半減する。人数が増えれば増えるほど、普遍になればなるほど、結局は誰も愛していないという段階に入っていく。「みんなの本統の幸い」というものがあるのなら、それはイデアの中だけ、理想の中だけだ。
だから、ボクは階層を作り、順位をつける。均一に愛するなんてできないから……それが最も誠実であると、ボクは思っているんだ。
……ただ、それを伝えたところで無意味なことは分かっている。分かっていても、ソフィスは諦めてくれない。
「叶わぬ恋は捨てるべきです……本来はそう伝えるべきなのでしょうが、きっと諦めてはくださらないのでしょうね。王女宮筆頭侍女様の性格からして、その願いはきっと叶わないと思います。しかし、それでも諦めたくないと仰るのであれば……ここでは、あまり行動を起こさない方がいいのではないかと思います」
ヴァルムト宮中伯とこのような場所で敵対するというのは避けた方がいいと伝えると、ソフィスはようやく諦めてくれた。
……そう、この場での一触即発を防げただけ、ソフィスはまだボクを諦めてはくれないらしい。
「……しかし、あの大臣閣下とリボンの似合うメイドさんは相変わらずですね」
「……あの二人のことを思い出したら脇腹が痛くなってきた。……あの阿呆二人を受け入れているヴァルグファウトス公爵夫妻には本当に頭が下がる」
「私からも、お二人にはぜひご挨拶にと思っていました。それでは、行って参りますね」
アーネスト達に挨拶をし終えたところで、暴走列車二人組のところに向かおうと思っていたんだけど……。
「フォルトナ王国改め、フォルトナ=フィートランド連合王国より、オルパタータダ=フォルトナ陛下、イリス=フォルトナ殿下、シヘラザード=フォルトナ殿下、ルーネス=フォルトナ王子殿下、サレム=フォルトナ王子殿下、アインス=フォルトナ王子殿下、アルマン=フロンサック宰相閣下、シューベルト=ダークネス公爵様、ポラリス=ナヴィガトリア伯爵様、ユリジェス・ロワ・フィートランド大公様、ベルティーユ・レーヌ・フィートランド大公夫人、ティアミリス・エトワ・フィートランド大公令嬢、オニキス=コールサック閣下、到着にございます!」
……このタイミングでフォルトナ王国勢が到着……嫌な予感しかしないねぇ。
◆
ソフィスにメアリーが話したそうにしていることを伝えてからアクアとディランの方に行くと……。
「貴様ら、社交界に貴族として出席しているのであればしっかりマナーを守るべきであろう! ディラン、そもそも貴様はブライトネス王国の大臣だ! 積極的に他の見本になるべきである貴様が何故積極的に問題を起こす! 貴様もだ、アクア! 社交界に出た経験がないならともかく貴様は前世で何度も社交界に出ていた筈だ! 勝手知らぬデビュタントしたばかりのご令嬢ではないだろう! ――コラ、貴様らッ、相変わらず失礼だな! 毎度私が説くたび露骨に耳を塞ぐとはどういうことだ!? 人の話を聞く時は、しっかり目を見て耳を塞がずに聞けと言っているだろう!!」
到着早々、ポラリスがアクアとディランに説教を始めた。
……声がうるさくて周りにも迷惑な上に、本人がマナー違反なんだけど、それについては気づいていないらしい。
オルパタータダはアクア、ディランと共に説教開始合図のブレスの瞬間には両手で耳を塞いでいて、イリス、シヘラザード、アルマン、ルーネス、サレム、アインス、ユリジェス、ベルティーユは対処が遅れて早速鼓膜に大ダメージを受けてしまっている。
シューベルトとティアミリスは殺気を迸らせてポラリスを睨みつけ、オニキスは「大変そうだなぁ」と他人事のようにアクアとディランの方に視線を向けていた。
……しかし、今回、大臣のファントを連れてこなくて本当に良かったねぇ。
ポラリスとあまりにも相性の悪い四人組が揃わなくて本当に良かった。
貴族達では到底止められず、制止できそうなオルパタータダは面白がって止めないし、唯一王子の中で止められそうなルーネスも煩過ぎて対処の余裕は無さそうだ。
ポラリスの怒涛の説教は続く。よく、本当にそんなに語彙が出てくるものだ。
流石に煩すぎるし、フォルトナ王国の評判を下げそうだから止めに入ろうとした時――。
「つまりッ、我がルーネス様こそが天使であるのだ!」
予想外の台詞過ぎて……いや、ある意味想定の範囲内ではあるんだけど、この場所で言うのか? ……ボク達の耳にも、その内容はしっかりと飛び込んできた。一体、どこでそんな話に飛んだのか分からず、揃ってポラリスに視線を向ける。
「「……ちょっと、そろそろルーネス様は『天使』と形容するべき年齢ではなくなりつつあるんじゃないか?」」
アクアとオニキスが揃ってボソッと言い、その言葉を耳にしたポラリスが激しい怒りを露わにした。
「貴様らの目は節穴か!!」
……その敬愛するルーネス様、顔を真っ赤にしてイリスの後ろに隠れてしまったんだけど? そして、サレムとアインスが助けて欲しそうにこっちを見ている。
「「そもそも、小さくて可愛い子供が天使だ。ルーネス様は確かにその表現に相応しいかもしれないが、そろそろ『天使』表現は卒業の時期ではないのか?」」
アクアとオニキスが揃ってロリコンみたいなことを言い出したので、耳をそばだてていた貴族のほとんどが思わず二度見して、オニキスに犯罪臭を感じ取っていた。
そして、こんなに小さい子なのに、既にロリコンの匂いが……とアクアのことに可哀想なものを見るような視線を向けている。
「そもそも、アクアとオニキス様の『天使』の範囲も広過ぎると思いますわ。『天使』に定義できるのは、ただし、女児に限る、ですわ!」
「お嬢さ――じゃなかった、アネモネ様! それはちょっと範囲が狭過ぎると思いますわ!」
「アネモネ、貴様まで目が節穴だったのか!?」
「というか、そもそもお前の目が節穴ですわ、ポラリス中央軍銀氷騎士団第六師団長殿。ここは他国の第一王女殿下の誕生を祝うパーティです。自国ではともかく、他国でそのような醜態を晒すのはおやめ頂きたいですわ。……フォルトナ王国で尊敬を集め、他国まで名を轟かせる『建国の青騎士』の一族の名を汚すおつもりですか?」
ここまで言ってやるとポラリスは急に大人しくなり、説教はようやく終わりを告げたのだった。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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