Act.8-154 王子宮筆頭侍女レイン=ローゼルハウト子爵令嬢のお見合い scene.4
<三人称全知視点>
第三関門となるお見合い第二部は集団面接という形式を取る。この中で、レインが興味を持った者がピックアップされ、最後の関門と言える第四関門――個人面接に参加する権利が与えられるのだ。
その最後の関門に挑戦する権利を与えられたのは全部で六人。
ブライトネス王国第一王子ヴェモンハルト=ブライトネス。
ブライトネス王国宰相直属の文官及び(非公式)レイン・ファンユニオン会長のロンダート=ダノール伯爵令息(長子)。
ブライトネス王国王国第三騎士団副団長及び(非公式)レイン・ファンユニオン副会長のゼルガド=ナクゥワルァード伯爵。
ブライトネス王国天馬騎士団副団長及び(非公式)レイン・ファンユニオン会員No.3のデイビッド=サテルラ子爵。
ブライトネス王国近衛騎士団所属近衛騎士及び(非公式)レイン・ファンユニオン会員No.4のユリダリス=アレクセレン侯爵令息(三男)。
ブライトネス王国第二騎士団副団長及び(非公式)レイン・ファンユニオン会員No.5のクラップ=カーター伯爵令息(次男)。
これは、当初ローザが予測していた六人と寸分違わず一致しており、また、ヴェモンハルトを除く全員が(非公式)レイン・ファンユニオンという陰ながら高嶺の花のレインのことを長年心の支えとしてきたファングループの一員……それも、古参ばかりである。
年齢も役職も爵位も超えて結成されたこのファンクラブの会員は強固な絆で結ばれている一方、一人一人がレインとの婚約を夢見ている、言わばライバル同士でもあるのだ。
その第四関門――ファンユニオンのメンバー達は思い思いに思いの丈をぶつけた。
ある者はどれほどの間レインを慕い続けたのかを語り、また、ある者はどれほどレインを愛しているのかを語った。レインを慕うようになった切っ掛けを語る者や、レインがどれほど自分の心の支えになったのかを語る者……高嶺の花であったレインと対面し、言葉を尽くせるまたと無い機会をファンユニオンのメンバー達は無駄にするまいと、一分一秒たりとも無駄にすることなくレインとの会話の機会を堪能し、そして、レインと結ばれるためにあらゆる努力をしたのである。
一方、レインはというと、第四関門まで残った一人一人の熱い……少し、どころか相当重い思いをしっかりと受け止めていた。それが、自分のような人間のためにお見合いに参加し、ここまで頑張ってきた者達に対するせめてもの礼儀であると考えていたのである。
そんな彼らのような熱量を持たないヴェモンハルトは、全く自信が無さそうな……ほとんど諦めムードでお見合い会場の地下会議室から出てきた。
その後、地下会議室では第四関門の通過者の選定が行われた。選考と言っても、レインが通過者一名を選定する(あるいは、該当者無しという選択肢もある)ということであって、この最終関門まで審査官として参加していた王太后ビアンカ、王弟バルトロメオ、統括侍女ノクト、宰相アーネスト、王国宮廷近衛騎士団騎士団長シモン、エミリア(ローザ)は、全く関与せず、レインの判断を受け入れることになる。
数分後、第四関門を通過した者達が全員、会議室に招かれた。
「改めまして、今回のお見合いのサポーターとして参加させて頂きました、侍女のエミリアと申します。まずは、本日まで四日に渡るお見合いに参加してくださったことをお礼申し上げます。本日まで残った皆様は、私の私見では皆、レイン先輩を伴侶とするに相応しい方であると考えております。勿論、ただ一人を選ぶことが求められるのがお見合いです。叶えられる願いもあれば、叶えられない願いもありますが、決して、気持ちが劣っていたなどということはありません。また、今回の選考に地位的なものが一切関わっていないということについてもまずは私の方からお断りをさせて頂きたいと思います。これから、レイン先輩には最終選考で決めた一名と、その選考理由をお聞かせ頂こうと思います。それでは、レイン先輩、よろしくお願いします」
「改めましてレインです。まずは、今回のお見合いに参加くださりありがとうございます。……本来、私は子爵家の六女で大した立場ではありません。私を娶っても何も利益がないところをこうして沢山の方々に参加頂けたこと、本当に光栄に思っております。私如きが選ぶ側に回ることなど本来は許されないことではありますが、こうして王太后様を始め多くの皆様の助力でこのような機会を作って頂くことができましたので、このご厚意を無駄にすることがないよう、この場で私が婚約させて頂きたいと思っている方を発表させて頂きます。……私如きがその御名を呼ぶことなど許されることではありませんので、第一王子殿下と呼ばせて頂きます」
会場の空気が一気に重くなったことをレインは感じ取った。
やはり、結局権威じゃないかと最終選考に残った者達が感じていることをしっかりと想定していたのだろう。レインに動揺の様子は見られない。
「まず、どうして第一王子殿下を選んだか……ということをご説明する前に、個人面接がどのようなものであったかをご説明致します。ダノール伯爵令息、ナクゥワルァード伯爵、サテルラ子爵、アレクセレン侯爵令息、カーター伯爵令息、いずれも私と婚約したいという熱い気持ちが伝わってくる面接でした。かと言って、気持ちの押し付けになっている訳でもなく、私の意思も尊重してくださいます。いずれの方も素晴らしい方であると感じました……これは紛うことなき事実です。一方、第一王子殿下にはそのような熱い思いはあまりありませんでした。この中で、相対的に見て最も私を愛してくださっていないのは第一王子殿下であることは疑いの余地がありません」
一切躊躇なく第一王子にグサグサと言っていくレインに驚く者……そして、何故、愛する気持ちが最も薄い者が選ばれたのかと疑問に思う者……ヴェモンハルトを含め、最終選考に残った者達はいよいよ当惑してきた。
「第一王子殿下が唯一、皆様と違った点は、私を愛する人物ではなく、信頼に足る人物であると仰ってくださったことです。極端な言い方をするなら、同じ戦場で背中を預けられる戦友といいましょうか、そうした信頼のおける人物であることを終始力説してくださいました。それは、勿論、侍女と主人――主従の関係から受けた印象でしょうが、そうしたところから私に安心できる空気感があると感じられていらっしゃるようです。焦がれるような愛では断じてありませんが、安心できる相手というのもまた、生涯の伴侶とする者に求めるべき資質であると考えます。翻って、私も殿下や殿下の婚約者様に長年仕え、気心の知れている相手でもあります。まずはそれが一点です」
「気心の知れる相手と安心感」ということは、最終選考に残った者達にとっては盲点だったのだろう。第一王子の地位に惹かれたのではないかと考えていた者達も、次第に自分達の方向性に決定的なミスがあったことに気づき始めた。
「そして、もう一つ……こちらが最大の理由とも言えますが、私は何度も述べさせて頂いているように皆様の考えるような人間ではありません。皆様のお話される『レイン』という人物の話はまるで他人の話のように感じました。……高嶺の花、というように私のことを思われている方が大勢いらっしゃるということが今回のことで分かりましたが、私は平々凡々なただの子爵令嬢でございます。私と婚約をなされれば、きっと皆様、私という人間に絶望するでしょう。外から見ているその人の姿と、実際の姿には大きな隔たりがあります。皆様が思い描いている幻想……それが崩れ去り、幻滅しなければならない……そのような状況になってしまうことが大変申し訳ないのでございます。――皆様、大変お優しく、そして素晴らしい方々ばかりです。きっと、私などとは比べるまでもない素晴らしい方と出会うことができるかと思います」
(……まあ、レイン先輩の場合は幻想の部分がそこまで分厚いということはないだろうけどねぇ。実際、真面目な『高嶺の花』という表現に相応しい人物であることは間違い無いんだし。ただし、それでも、人間はフィルターをかける生き物。自分の見たいように相手を見ているということが往々にしてある。レイン先輩は、少しでもそのようなことを避けたいと思っていたんだろう。……それも、全ては寝食を共にすることでレインという人間の見たくない面まで見てしまうことになるであろう、『高嶺の花』レインを愛している者達に絶望し、後悔してもらわないため……本当に無駄に優しい人だよねぇ、先輩は)
……とお前にだけは言われたくないという感想を心の中で呟くローザ……ではなく、エミリア。
「……つまり、私達はレイン様ではなく、『高嶺の花』のレイン様の姿を見ていたということですね」
「集団面接の際に皆様のお話を拝聴しておりましたが、やはりそういったところがあったことは否めないかと思います。色眼鏡をつけて見てしまっていることはなかなか気づきにくいことです。……ならば、これから知っていけばいいとお想いになるかもしれませんが、皆様は既に『高嶺の花』のレイン先輩という理想像を持っています。例え、どれほどレイン先輩のことを愛していても、それが『高嶺の花』のレイン先輩である以上、どこかで破綻が生じる可能性があったという訳です。実際、皆様は感情を押し付ける訳ではなく、個人面接の間もレイン先輩の気持ちを気遣う場面も多く見受けられたとお聞きしております。今回、もし敗因というものが存在しているとしたら、それは自分達が色眼鏡を掛けていることを自覚できなかったこと、これに尽きるかと思います。一、侍女として表明すべきではないかと思いますが、この場まで残った皆様の中に、レイン先輩に相応しくない方は一人たりともいらっしゃいませんでした」
こうして、お見合いは無事終了することとなった。
ロンダート達はレインに「どうか、今後ともファンとして応援をさせてください」と伝えると各々部屋を後にしていく。彼女は一人一人に陽だまりのような微笑みを浮かべて見送った。
何かを信仰する、祭り上げる時、その対象は神格化されていく。
彼らにとって、この機会はファンとして心の拠り所にしていた相手が「生身の人間」であることを改めて認識するいい機会だったと言えるだろう。つまり、アイドルであっても酒を飲むかもしれないし、煙草を吸うかもしれない……そういう当たり前である筈のことを改めて知ることができたということは、信仰者達にとっては大きな意味があることなのである。
彼らはきっと今後もレインを心の拠り所としていくだろう。だが、それはきっと幻想的な『高嶺の花』レイン……ではない。
一人の、王子宮侍女として働く子爵令嬢――レイン=ローゼルハウトである筈だ。
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