Act.8-153 王子宮筆頭侍女レイン=ローゼルハウト子爵令嬢のお見合い scene.3
<三人称全知視点>
「今回のお見合いには、子爵以上の大勢の方々が集まってくださったわ。中には第一王子も居てびっくりしたでしょう? ただし、ここで怖気付く必要はないわ。第一次の書類選考を無事通ることができたのなら、地位的な条件は満たしていることになるのだから。つまり、これ以降はここにいる誰にでもレインの婚約者になれる資格があるということね。……ただし、今回のお見合いで良い人が見つかればそれで良し、見つからなかったらまた別の機会にということになるわ。……子爵令嬢と婚約をするというのに、何故私が選ばれる側にならなければならないのだ! と思っていらっしゃる方がいるのなら早々にこの離宮を去ってくれると助かるわ。勿論、それでわたくし達からの心証が悪くなるということはないから安心するといいわ」
王太后ビアンカは微笑んでいて全く敵意を感じさせないのだけど、心証が悪くならないからと宣言したところでそれを間に受けて退散する者はこの中には居ない。
「では、まずはレインに今回のお見合いに差し当たって婚約者となる方に求めたい条件というものをお聞かせ頂きましょうか?」
ビアンカは心の中で「この中で『子爵令嬢と結婚してやるというだけでもありがたいことなのに、それ以上に何かを要求するつもりか!』と思ったそこの中年貴族を含め何人かは除外しないといけないわね」と呟くと、レインにその場を譲った。
「皆様、本日は私のような貧乏子爵家の六女とのお見合いのためにお越しくださりありがとうございます。これほど名誉なことはなく、これ以上に何かを望んでも許されるのかと思いましたが……我儘であることを承知の上で、私の希望を述べさせて頂きます」
何を望むのか……と固唾を飲んで文官達、騎士達共に見つめる中、レインは少し間を空けると再び口を開いた。
「私が求めるのはただ一つ、婚約後も王子宮の侍女として勤めさせて頂くことです」
「あら? わたくしも内容は知らなかったのだけど……本当にそれで良いのかしら? てっきり、結婚したら侍女を辞めてしまうのだと思っていたのだけど」
「王子宮筆頭侍女というのは皆様が思い浮かべるほど良い仕事ではありません。確かに多くの侍女の注目を集める仕事ではありますが、実際はそれほど利がある訳でも華がある訳でもなく、羨望の眼差しを常に向けられる中、行う仕事といえば派閥というものも大いに関係してくる各王子の専属侍女の取り纏め、その他筆頭侍女と大して変わらぬ書類仕事、後は第一王子付き侍女として行う補佐・雑務でございます。王子宮を華やかな場所だと勘違いしてふしだらな夢を持ってやって来る侍女達は毎年打ちのめされています。……しかし、こうして長年やってくると仕事に愛着を持ってくるものです。私は当初から良縁を結びたいと思い、侍女として就職しました。私は王子のお手つきになりたいと願う侍女と何ら変わりません。そんな私にとって、良縁を結ぶ機会が減ってしまう王子宮筆頭侍女という仕事は苦痛でした。私は他の方と同じように良縁を結びたかった……その機会がないままこうして結婚適齢期を過ぎてしまったという、ただそれだけなのです。しかし、今回、このように沢山の方々にお越し頂けたこと、誠に光栄に思っております。そんな皆様に私から何かを求めるべきでないと思っておりますが、ただ、それだけはどうか、お願いします」
(……全く、欲がないねぇ)
その姿を見ていたエミリアは、全く欲のないレインの姿を微笑ましそうに見つめると、すぐに心の声に耳を傾けた。
第二関門では、そもそもレインとの婚約に値しない人間を切り捨てることを目的としているため、加点は行われないことになっている。しかし、このレインの言葉に感動した者は、好意的な印象を抱いた者は、間違いなくレインとの婚約にかなり近い位置にいると言えるだろう。
(……まあ、大凡六人に絞り込めたか)
――後は、レイン先輩がどう判断するか、だよねぇ。本人の趣味に合わないのなら、もうどうしようもない訳だし、結局ボクも含めて外野なんだよなぁ。と、内心で続けるエミリア。
「それでは、本日はこれで解散。これから第二次選考に移るから、皆さんは合否判定を楽しみにしていてくださいね」
その王太后の言葉と共に、第二関門となるお見合い第一部は終了となった。
◆
<三人称全知視点>
お見合い第一部終了後、ヴェモンハルトの姿は王女宮筆頭侍女の執務室にあった。
すぐに会場を後にしようとしたエミリアを呼び止めたヴェモンハルトは、誰にも知られぬようにそっと耳打ちをして、王女宮筆頭侍女の執務室への訪問を予約したのである。
「……しかし、こうもあっさりとボクだってバレるとはねぇ」
「他の者達からすれば見慣れない美しい侍女……と思ったでしょうが、ローザ嬢の力を知っている私には一目瞭然でした。それに、今回の仕掛け人がローザ嬢である以上、どこかに紛れているとは思っていましたから」
「まあ、ボクに目移りしていた男共は選考から外しておいたから安心しなよ」
そこで、ローザは言葉を切り、一瞬にして鋭い目つきになった。
「……ボクは今回、ヴェモンハルト殿下に助言するつもりはない。レイン先輩のことに関しても責任を取って欲しいとも思っていないよ。……その責任を取るというのが、レイン先輩を娶るという意味なら尚更ね。あれだけ素晴らしい人を貴方如きに渡すなんて勿体ないな、とボクは思うんだよ」
「……手厳しいですね」
「手厳しくなんてないさ。君やスザンナ様がこれまでレイン先輩にしてきた仕打ちを思えばね。いやぁ、本当に……あのラインヴェルドの息子だと思うよ。本当に女を泣かせるのが得意だよねぇ」
「それは、貴女も、ではありませんか?」
「だから、ボクは最初から明言しているでしょう? ボクにとっては月紫さんが一番だし、それは金輪際変わることはない訳だし、ハーレムなんてものは不誠実極まりないんだから、一途に愛するという形を変える気はないって。なのに諦めてくれない人が多過ぎるっていうだけだよ。そこらのハーレム系主人公共と一緒にしないでもらえないかな? ……って、そんなことはどうでもいいんだよ。そりゃね、結婚が幸せだとはボクも思っちゃいないよ。結婚は人生の墓場だっていう言葉もあるし。ただ、レイン先輩は子爵家のことを考えて良縁を結びたいと考えている。彼女は相手が見た目も性格も汚らしい中年貴族に嫁ぐとしたって何ら構わないと思っている……例え、その後の人生が不幸になるとしても、ローゼルハウト子爵家にとってプラスになるならと。自分の幸せなんて二の次……あの人は優し過ぎる。ボクは正直、良縁を結ぶために侍女として働いている人達に何かを思うことはないのだけど、レイン先輩はあまりにも可哀想だよ。それに、レイン先輩に長年想いを告げられなかった方々に対しても心の底から可哀想だと思っている。――ヴェモンハルト殿下がこれから渡り合っていくのはそういう人達だ。レイン先輩を高嶺の花だと思いつつも、ずっと恋心を捨てられなかった者達。殿下が便利な秘書のような、何でも屋みたいな扱いをして、長いこと束縛し、逢瀬の機会を奪ってきた、そういう人達なんだ。……王子だからって、特権階級だからといって、特別扱いをするつもりは全くない。寧ろ、殿下にはざまぁされて欲しいとすら思っている。まあ、優しいレイン先輩は仮に婚約・結婚となっても侍女として仕えたいと言ってくれたみたいだけど。ただ、これまでのような扱いにするつもりない。しっかりと彼氏さんとの時間を作るつもりだし、決してその邪魔はさせない。……特に、【ブライトネス王家の裏の杖】の任務はレインの助力抜きでやってもらう。これまで彼女のサポートに支えられてきたところが沢山あったんだから、その有り難みを噛み締めることだねぇ。……つまり、ヴェモンハルト殿下が、本当にレイン先輩のことを長年片想いしてきた者達と対等に渡り合う……なんてことは無理だろうけど、もし、そうしたいのであれば、責任以外の……レイン先輩のどこに好感を持っているのかということを考えてみれば良いんじゃないかな? ただ、便利な駒だと思っているのなら、もう救いようがないし、とっとと脱落してもらいたいものだけどねぇ」
絶品である筈のローザが淹れた珈琲の味も不味く感じてしまうほど、ヴェモンハルトの心は掻き乱されていた。
心の中に渦巻くのは、激しい自己嫌悪……レインを駒として見ていた、使い勝手のいい召使いとして見て彼女の気持ちなど考えてこなかった自分に対する冷たい視線。
「お前は何をしている。レインの幸せを願うなら、お前はレインを愛する誰かのために身を引くべきではないのか」と、もう一人のヴェモンハルトが耳元で囁く。
「ヴェモンハルト殿下に、レイン先輩を焦がれるように愛することはできない。それだけは自信を持って断言できるよ」
ローザは優雅にカップを口元に運ぶ。珈琲を飲む姿一つ取っても様になっているが、どこかイライラとしているヴェモンハルトにとっては、その姿も苛立ちに油を注ぐような効果を持っていた。
「ボクが言えることはただ一つ……せいぜい、ざまぁされないように頑張りたまえ、第一王子殿下」
ローザはこれまてのレインの憂さを代わりに晴らすように満面の笑みで珈琲を飲み終えたヴェモンハルトを地下通路に押し込んだ。
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