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Act.8-152 王子宮筆頭侍女レイン=ローゼルハウト子爵令嬢のお見合い scene.2

<三人称全知視点>


 レインはスタンラン=ローゼルハウト子爵とリンシア=ローゼルハウト子爵夫人の六女として生を受けた。

 上に五人の姉と、次期当主となる一人の兄がいる。


 ところで、子は生まれた瞬間から親の愛を一身に受け止めて育つものだ。

 そうして、末娘や末息子に親の愛が独占され、これまで親の愛を一身に受けていた子供達が嫉妬する……というまでがよくある流れだ。


 しかし、レインは悲しそうに、羨ましそうに両親と自身に視線を向ける子供達や、嫉妬を隠そうとしない子供達の方に指を向けることで注意を向けさせた。

 まだ言葉も分からないような幼さで、彼女は自分が愛されるという当然の権利を放棄し、姉や兄にその権利を譲り渡したのである。


 その頃から、既に兆候は見られていたと言えるだろう。成長するにつれ、レインは何かを主張することがない、親に何かを望むことがない少女になっていた。

 姉達が新しいドレスやら、縫い包みやら、宝石やらを強請っている姿を横目に、彼女はお下がりのドレスを着て、侍女達に混じって家のために尽くした。


 決して、彼女は虐げられていた……という訳ではない。

 姉達や兄も、何度か彼女に使用人の真似事をさせないようにと行動したり、もっと我儘を言ってもいいんじゃないか? と尋ねたこともあったが、頑なに彼女は「私は私が幸せだと思うからこのように過ごしているのです。お姉様達は何も心配することはございませんわ」と決して改善することは無かった。


 彼女は幼少の頃から空気を読むことに長けていた……否、長け過ぎていたのだ。

 様々なことが見えるということは、ある意味ではとても不幸なことでもある。レインはローゼルハウト子爵家の資産があまり多くないことを幼いながらで察していた。

 使用人の真似事をしていたのは、出費を少しでも減らすため。彼女が我儘を言わなかったことも、子爵家を守るための彼女なりの行動だったのだ。

 その効果は微々たるものだったが、彼女なりに自らで考え、実行していたことだ。その彼女の行動に隠された気持ちに両親が気づくことも時間の問題だった。


 レインが良縁を結ぶことに拘るのもローゼルハウト子爵家と、その子爵家を継ぐ兄のためだった。

 御伽噺の中にあるような真実の愛を求めた訳ではない。寧ろ、そのようなものはこの世に存在しないことに、醒めた子供であったレインはとっくの昔に気づいていた。少なくとも、自分が焦がれるような恋をすることは決してないと。レインは、決して物語のヒロインではないのだから。


 レインの姉達が行儀見習いを終え、社交界で良縁を求め始める中、レインは行儀見習いを始め、そのまま侍女となる。侍女に成り立ての頃から給与のほとんどは家に仕送りをして、私物の購入も自分が本当に必要なほんの少しだけに留めていた。後は生活に必要な最低限の費用を自分の手元に残していただけだ。


 かつては良縁を結ぶことに情熱を燃やしていたレインだが、今では家に迷惑を掛けさえしなければ侍女として一生を尽くして働き、一人で死んでいくのもいいと思っている。

 風聞的に悪いことは承知していたが、長く王子宮に仕える中でそういった話が一切舞い込んでこない時点で自分に芽がないことを自覚したのである。


 レインの願いはただ一つ――家族が幸せに暮らせること、そして自らのことで家族に不自由な想いや、不快な思いをさせないこと。

 そんなあまりにも優しく、無私なレインの姿をローゼルハウト子爵家一同は歯痒さを感じながら見守っていたのだが……。



「あのレインが、遂にお見合いか……」


 ローゼルハウト子爵家に届いた一通の手紙。差出人の名はローザ=ラピスラズリ――レインの後輩であると名乗る彼女は、ローゼルハウト子爵家とはあまりにも格が違うラピスラズリ公爵家の令嬢だ。

 社交界において、かつては深窓の令嬢などと言われていた彼女だが、現在では公爵家の権威の下、恣に行動する我儘令嬢として有名となっている。手紙を受け取ったスタンラン、リンシア両名とも彼女に直接会ったことはないが、その噂の効果かあまり彼女に良い印象を持ってはいなかった。


 だが、手紙にはそんな彼女の印象を覆すように丁寧な美文字で、常日頃から先輩であるレインのお世話になっている立場であること、王子宮における彼女の仕事ぶり(常日頃から真面目に働いており、第一王子の専属侍女ではあるもののお手つきになるようなことにはなっていないことや、その仕事ぶりから彼女の目的である良縁を結ぶということは未だ果たされていないということ)、騎士や文官達からのレインに対する評価、そして、今回の最重要情報であるレインのお見合いについての説明が、一切不要なところがない完璧な構成で紡がれていた。


「……今回の件でレインが婚約者を作るも良し、作らぬも良し、まず、第一歩を踏み出すという意味でのお見合いということか」


「ローザ様……噂とは随分と違う方のようね。しかし、レインがここまで高嶺の花扱いされているとは思わなかったわ。でも、ローザ様が書いていらっしゃる通り、多分自分では気づいてないのよね」


「ああ、誰よりも周りが見える癖に、肝心な自分のことに関しては無頓着で節穴な上に自己評価も低いからな。……だが、このお見合いも子爵家のことを考えてのことだろう。良縁を結ぶことでローゼルハウト子爵家のためになりたいと願う気持ちは嬉しいが……もう少し自分の幸せというものを考えて欲しいと親としては思うのだがな」


 いずれ兄が継ぐことになるローゼルハウト子爵家にレインの居場所はない。

 仮に、その兄の妻となる女性が理解のある人物であるとしても、レインは自分のことを邪魔な存在であると自覚し、罪悪感に苛まれてしまうことになるだろう。

 レインがこの先、生きていくためには良縁を結び、どこかの家に嫁入る――夫人となることが必須条件であるが、同時にそれはより上位の家と繋がりを持つことによってローゼルハウト子爵家の力を大きくすることにも繋がるのである。それは、これまで産み育ててくれた両親への恩返し、子爵家への貢献にもなるとレインは考えているのだろう。


 ブライトネス王国を含め、大陸の爵位はその本来の役割的意味を失っているが(例えば子爵はかつては伯爵の補佐、副官をする貴族的な意味を持っており、男爵は子爵以上の爵位を持たない村や町などを治めている一番位の低い貴族を示していた)、その序列のみは現在も根強く残っており、序列意識――上位の貴族が下位の貴族を見下すという傾向にも繋がっている。


 ただ単純に序列的に見れば、子爵か子爵より上位の家と繋がりを持つことができれば、ローゼルハウト子爵家には大きなプラスになるので、レインが狙っているとすれば恐らく、子爵以上の地位を持つ人物ということになるだろう。


 無論、レインは自分の家が貧乏子爵家であることを認知している。公爵クラスとお近づきになれるとは露ほども思っていないのだろう。

 伯爵クラスと契りを結べれば儲けもの……だと考えているのかもしれない。


 さて、ここでレインの結婚願望にはある重大な問題が隠れている。それは、自分の幸福というものを一切度外視していることである。

 レインは相手がどんな容姿をしていようと、性格が醜かろうが、それが子爵家にとって利があるものであるというのなら、何一つ迷うことなくその身を差し出すだろう。


 レインはこれまで誰よりも子爵家に尽くしてきた。賃金のほとんども家に入れてしまい、大した手持ちのお金はない。結婚せずに独り身で暮らしていくということも蓄えがないので難しいだろう。

 ……他の子供達と比べても遥かに手が掛からなかったレイン。誰よりも我慢して生きてきた最愛の娘には、もう家のことなど気にせずに自分の幸せを追求してもらいたいと願うレインの両親だが、その願いがレインに届くことはきっとないだろうと歯痒さを感じる二人である。


「ローザ様はきっと心から先輩であるレインのことを思ってお見合いをセッティングしたのでしょうけど……このままだとレインは不幸せな婚約に向かって突き進んでしまうわ」


「まあ、ローザ様もこの複雑な状況を知らないのだから、良かれと思って行動したのだろう。……我々が願うことができるとしたら、レインの婚約者が彼女を幸せにすることができる人物であることを祈るくらいだな」


 ローザの深謀遠慮を知らないローゼルハウト子爵夫妻はローザから届けられた手紙を不安そうに見つめていた。



 さて、所変わってブライトネス王国の離宮。


 女主人である王太后を頂点とする小さな宮ではあるが、それでも人を招いてのお茶会を行えるだけの部屋は有している。

 そのホール……ではなく、中庭に集められたのは、今回のお見合いのために集められたのは二百名を超える男性である。


 今回、多数の応募があったものの、レインの希望である子爵以上の爵位を満たす者という条件を満たせなかった者、第一次の審査関門であった書類選考を通過できなかった者についてはこの場にいないので、実際にはもっと大勢の者達がレインとの婚約を狙っていたと言える。


 これは異例中の異例と言えることだ。ローゼルハウト家の爵位は子爵――お世辞にも高いとは言えず、その六女であるということもプラスには働かない。

 ローゼルハウト子爵家の資産もあまりなく、縁を結ぶことで得られるメリットはないに等しいのだ。


 では、レイン個人について検討すると、彼女は王位継承権に最も近いと言われる第一王子(立太子している王子が一人もいないため、必然的に長子が最も王位継承権に近いということになる)の覚えめでたい王子宮筆頭侍女である。

 仮に第一王子が国王として即位した場合、第一王子の覚えめでたいレインの夫となることで出世できる可能性も出てくるのである。


 つまり、王子宮筆頭侍女のレインという人間に関しては上位の爵位の貴族達にとっても婚約を結ぶメリットがあるのである。

 実際、このレインのお見合いの場には派閥の中でも頭一つ分抜け出たいと考える第一王子派閥の貴族子息や再婚を企む中年貴族、中立派閥だが、この機に乗じようとしている者達の姿もある。


(……でも、わたくし達の大切なレインをそんな薄汚い欲望の持ち主に嫁がせたりはしないのだけどね)


 扇子で口元を隠し、優雅に微笑む王太后を含め、今回のお見合いの審査官を務める王弟バルトロメオ、統括侍女ノクト、宰相アーネスト、王国宮廷近衛騎士団騎士団長シモン、隠れ審査官エミリア(ローザ)は全員が一流の見気の使い手である。


 この第二関門とも言えるお見合い第二会場では、レインと婚約した場合にレインが不幸になる可能性のある人物の徹底排除が行われることになっている。無論、ここで野心的なことや下卑た妄想をしていなかったとしても、上手く実際のところを隠していて……という可能性もあるのだが、それは今後じっくりと為人を確認していくことになっている。

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 それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。


※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。

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