Act.1-11 ステータスプレートと無能者の烙印 scene.3
<三人称全知視点>
「ああ……うん、その、なんだ。二つも天職を持っているなんて話は聞いたことがないんだが……なんというか……まず、一つ目の錬金術師ってのはまぁ、言ってみれば鍛治職のことだな」
「より正確には最も狭義には化学的手段を用いて卑金属から貴金属を精錬しようとする試みのこと。広義では、金属に限らず様々な物質や、人間の肉体や魂をも対象としてそれらをより完全な存在に錬成する試みを指す。古代ギリシアのアリストテレスとかが有名な分野で、これが後に化学に繋がった訳だけど、まあ、ゴルベール騎士団長の言い方からすると狭義の意味の方でしか無さそうだねぇ」
澄み切った眼差しで、園村が儚げに笑った。
何かを達観したような、何もかもを受け入れたような、そんな園村の姿を見ていると咲苗は胸が締め付けられるような思いに駆られる。
「もう一つは書写師か……どっちも非戦闘系の天職だな。魔力の篭った特殊な紙と墨を用いることで契約書を作成したりできるし、魔法陣を書き込んでインスタントで魔法を使うこともできなくはないが……嵩張る上に強力なものを使おうとすれば普通に魔法を発動する時よりも多くの魔力を必要とする……園村のステータスじゃ、大した紙や墨は作れないだろうな。二つも天職を持っているってのは前例のない話だが……」
「おいおい、錬金術師に書写師って二つも天職を持っているのに非戦系かァ? 鍛治職と書写職でどうやって戦うんだよ? というか、その二つの職業って珍しいんですかァ?」
鮫島大牙がニヤニヤとしながら声を張り上げ、取り巻きのなんちゃって共がクスクスと笑う。
「……いや、どちらもこれといって珍しくはない。書写職は文官ならほとんどのものが持っているし、錬金術師も同様だ」
「おいおい、こっちでもまたお荷物かァ? オタク君?」
鮫島が、実にウザイ感じで園村と肩を組んできた。園村が脳内のクラスメイトの評価の中で鮫島の知性を某クビハネさんと同じ「☆一つ」に変更した。
「そんなことないよ! 錬成師だって戦える方法はあるんだから!! 例えば……そう、銃火器とかロマン武器を作るとか!」
「そうだぜ、親友! 紙やインクを作り出し、地図やクエスト依頼書などの書類を筆者する能力が世界そのものの法則を書き換えるって話もあるじゃねえか!!」
「……気持ちは嬉しいけど、それはあくまで創作の話だからねぇ。前者の錬成師だって魔物を食べてステータスを上昇させるシステムが根幹にあるし、そもそも銃火器は知識が無ければ作成はできない。あれは創作だからできる話で、素人のボクに拳銃なんて作れないんだよ。それに、魔族にどこまでの力があるか分からない世界だからバレットM82とか、アキュラシーインターナショナル AW50とか、PGM ヘカートIIとかに代表される対物ライフル辺りは欲しいし……そうなると反動の問題が発生するからねぇ。ボクはAgility型だから、どちらにしろ上手く扱えないと思うんだよ。書写師も同様……そもそも、結局あの作品の中でも筆写の力が戦闘に活躍したことはないよねぇ。つまりは、そういうことなんだよ」
咲苗と東町の必死の慰めも、園村の正論で真っ二つに両断された。
「園村君、折角咲苗と東町君が慰めようとしているのに! そもそも、なんでそう簡単に諦められるのよ!!」
確かに状況は絶望的かもしれない。だが、それでも何かしらの方法で強くなれる――それだけの知識を親友が片思いを寄せる少年は持ち合わせていると、この逆境に打ち勝ってくれると、巴はそう信じていた。
だからこそ簡単に諦めて、澄んだ瞳に諦念の色を含ませる園村に、巴は憤りを感じていた。
「…………五十嵐さん、別にボクはこの状況に絶望を感じている訳ではないよ? 別に強くなる方法は無くは無い――この世界は錬成師が成り上がったあの世界よりも基本システム自体は緩いからねぇ。まあ、それなりに頑張ってみるよ」
どうやら、強くなることは諦めている訳ではないようだが……。
(それなら、貴方は一体何を諦めているのよ)
巴はその時、不吉な何かを園村から感じ取った。
◆
ステータスプレートが配られたその日から本格的な訓練が始まった訳だが……。
「これじゃあ、某高慢ちき令嬢の地面の土を二、三センチほどボコッと動かせる魔法と大差ないねぇ」
まあ、初日の訓練場での結果は散々だった。
まだまだ初期段階の錬成でこれだから、まだ某野猿令嬢よりはマシかもしれないが、そもそも直接地面に触れて発動しなければならず、戦闘中にそんなことをすれば自殺行為だということは誰の目から見ても明らかだ。
剣や魔法の訓練については、剣や魔法の使い方を覚えてすぐに「俺達が稽古をつけてやるぜ、ありがたく思えよ」ともはやお馴染みの鮫島達なんちゃって不良達からリンチめいた自称訓練が行われたその次の日から姿を見せなくなった。
その次の日に錬金術師持ちの鍛冶屋と書写師のもとを訪れて教授を受けたことまでは分かっているが、それ以後の行動は断片的にしか分かっていない。
まず、基本的に図書館には姿を見せているようだ。
後は、厨房にも顔を見せ、何度か厨房を借りているらしい。
あの日から完全に王族からぶん取った研究施設に引き籠もり、何人か捕まえてきた使用人に何やら怪しげなものを集めさせている平和と同じく、園村もまたクラスが顔を合わせる食事の時間にも姿を見せなくなった。
だが、それでも諦めた訳ではないのだろう。数週間後に訓練の力試しとして挑戦することが決まっている大迷宮への挑戦の話に園村は「まあ、ボクにもできることは限られているけど、案外こういう危険なところに身を置いた方が追い詰められた火事場の馬鹿力で……という可能性もあるからねぇ。そういえば、火事場の馬鹿力というのは歯を食いしばることが明らかになっていたねぇ」と、謎の知識混じりに肯定の意思を示した。
正直、全くその仕上がりを見れていないゴルベールにとっては不安要素でしかないが、偏屈なことで有名な鍛冶士の老人も、厳しいということで有名な文官も「弟子/部下に欲しい男だ/ですね」と高評価を得ていたので、鮫島が言うような「無能」ではないのだろうが……どう考えても生産職として成長しているようにしか見えない。
厨房の方では園村から影響を受けた料理長がこの世界では珍しい料理に挑戦して、勇者一行の食事にも影響を出し始め、高評価を得ているようだが、シャマシュ教国の食文化を大きく発展させているので料理面でも「無能」ではないのだろうが、それで魔物や魔族と戦えるのか、と聞かれたら疑問符しか浮かばない。
「おはようございます、ゴルベールさん!」
「おっ、咲苗に巴か!」
騎士団本部に戻ろうとしていたゴルベールは、廊下で咲苗と巴に声を掛けられた。
咲苗は天職:大聖女という勇者に匹敵する珍しい天職を持ち、宮廷魔法師のもとで治癒魔法をメキメキと上達させているという。教官を務めているという宮廷魔法師の男が嬉しそうに語っていたので、相当な実力に至っているのだろう。
巴は元の世界で五十嵐流という剣術の流派の家に生まれ、昔から剣を振るってきた経験があるということで、剣士としても上位の位置にいる。単純な剣の実力ならば曙光すらも凌駕するほどだろう。
間違いなく勇者一行でも上位に位置する実力者だ。
「ゴルベールさんを最近園村君の姿を見かけないのですが、ゴルベールさんは何か聞いていませんか?」
「いいや? 俺も気になっていたところだ。てっきり二人の方が知っているんじゃないかって思っていたんだが……」
ゴルベールもあのハズレ天職を二つも引いた不運な少年のことを気にかけていた。といっても、その理由は彼があまりにも哀れだから肩入れしているという訳ではない。
第二王子ランデスは明らかに馬鹿だが、一方で物事の本質を見抜く獣的直感を持ち合わせている――というのがゴルベールのランデスに対する評価だ。
そのランデスが「うむ? 白翔殿、この中で一番強いのはそなたではないのか?」と言った園村が、果たして本当に足手纏いの無能者なのか。
それに、第三王女が園村に怯えているというのも腑に落ちないでいる。
あの少年はここで何も変わらずに「無能者の烙印」を押されたまま終わる男ではない――何故かゴルベールはそのような直感があった。
「すみませんッ! ゴルベール騎士団長とそこのお二方、道を開けてください!!」
魔法師風の四人の男が即席の担架擬きを猛スピードで運び、廊下を走っているのに遭遇したのはゴルベールが園村のことを二人に尋ねた直後だった。
「おい、誰が倒れたんだ?」
「勇者として召喚された園村という少年です」
途端、目を見開く三人。話題の人物と予想外の邂逅を果たしたことと、何故かその人物がぶっ倒れたという事態に驚いたのだろう。
「えっ、どういうこと!? なんで園村君が倒れているの!! まさか、あのなんちゃって達にボコボコに!?」
「……咲苗、鮫島達をなんちゃって不良って思っていたのね。確かにそうだけど……うん、高嶺の花キャラな咲苗があれをなんちゃってって認識している時点で色々とダメなような……一応、あの人達、咲苗のことが好きで、邪魔者な園村君を高校から追放しようとしてイジメをしていたと思うんだけど」
「……というか私、鮫島君達のこと陰湿だし生理的に受け付けないから、本当に嫌なんだけど……」
「……というか、なんで訓練に顔を見せている奴らが倒れないで、訓練に顔を出していない園村が倒れているんだ!? ってか、あいつこれまで何やっていたんだ!?」
三者三様の反応を見せる中、園村を乗せた担架は救護室に向かっていく……。
――訳ではなく、突如現れた男によって担架の中から園村だけが掠め取られ、お姫様抱っこで抱えられた。
片手には年代物の懐中時計が握られている。
「召喚から六日と三時間……今回は少し早めでしたね。まあ、慣れない世界でお疲れだったのでしょう。……まあ、五時間も寝れば復活すると思いますので、後はお任せください」
担架を運んでいた四人の魔法師が呆気に取られる中、園村を抱えた平和はそのまま表情一つ崩さず園村の部屋の方へと歩いて行った。
「……後でお見舞いを持って行ったほうがいいかな?」
「ただの寝不足? みたいだけど、一応持っていったほうがいいかもしれないわね」
「……六日と三時間って言ったか? 聞き間違い、だよな?」
そのあまりにも唐突な展開についていけなかった三人の声は虚しく静寂の中へと消え去っていった。
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