Act.8-119 姫さまと宮中伯子息の顔合わせ準備 scene.1
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>
それから一週間はマラキア共和国の首脳陣の一掃と、ビオラ=マラキア商主国体制への移行のための様々な仕事を王女宮筆頭侍女の仕事と兼任する日々を過ごした。
ビオラ商会がマラキア共和国を支配したことについてはブライトネス王国の貴族達から抗議の声が上がったけど、これについてはマラキア共和国の腐敗が、新体制移行後に改善されたことを理由に、ラインヴェルドがビオラ=マラキア商主国を正式に対等な国として認めると宣言した。
勿論、反対の声も上がった。「ブライトネス王国で商売をさせてもらっている商人が手に入れた土地は、全て国に無償で献上すべきではないのか、云々」。
無茶苦茶な理論を振り翳すその伯爵は、翌日、いかにも見せしめという感じの凄惨な死体として発見されたそう。
ラピスラズリ公爵家が動いたのかな? と思ったけど、処分したのはブライトネス王国王国内の違法な商売を牛耳る最大組織『ガネット』のボスの『四代目ガネット』だとか。
日差しを知らないような白い肌に、艶のある深い焦げ茶色の長い髪をぴっちりと固めている。
面長の薄い顔立ちで、細い一重のヴァイオレットの瞳を持つ。どこか狐を思わせる女性と見紛うような男で、爪は女人のように隙なく手入れされている。
そんな印象の彼とボクも一度だけ会ったことがあるけど、相当な強さだと思う……まあ、ラピスラズリ公爵家の戦闘使用人に比べたら数段落ちるだろうけど。
『ガネット』は表向き、ギャンブル商を中心に関わる多くの店を経営する商会で三大商会に一方劣る立ち位置にあった。
とはいえ、それは目立たないようにというところもあっだと思う。裏での影響力は、ジリル商会やマルゲッタ商会などが足元も及ばないくらい強大だから、敵対はあまりしたくない相手だよねぇ。
彼が動いた理由は分からない。カノープスが動くよりも先に動いたのは、ラインヴェルドに対する忖度か、それとも彼自身の目論みがあってのことか。
いずれにしても、ビオラ商会合同会社との敵対は国益を損なうものであるという考えがあったんだと思う。たった一人反対派の貴族を生贄にすれば、ブライトネス王国とビオラ商会合同会社の衝突を回避できるならば、ボクだったらその貴族を迷うことなくスケープゴートにするし……まあ、ボク個人は平和的にやりたいんだけどねぇ。
でも、舞台裏を知らない人が表面だけ見て欲を出して……っていうのはこれまでも何度もあったことだし、ボク個人としては「またか……」以外の感想を抱かない。
ただ、ラインヴェルドとしてはあんまりそういう奴らをのさばらせておきたくないんじゃないかな? だから、見せしめに盛大に殺すことで言外に「お前らも二の舞になりたくなけりゃ、黙っておけ」と圧を掛ける意図があった……のかもしれない。
ただ、前にも粛清したのに結局学習能力の貴族達は同じ過ちを繰り返しているから、何度やったところで無駄なような気がしないでもないけど。
……でも、ラインヴェルドと『四代目ガネット』の繋がりは薄いからなぁ。やっぱり、ラインヴェルドの気持ちを忖度して勝手に動いたっていうのが正しい気がする。
まあ、真相がなんであれ、正直どっちでもいいのだけど。
◆
「失礼致します」
早朝、王女宮筆頭侍女の執務室にやってきたのはソフィスとメアリーだった。二人とも物凄い見覚えのある本を抱えている。……そういえば、今日だったっけ?
「ローザさん、『傷心のヲタク女子、悪役令嬢に転生しました』第一巻の発売、おめでとうございます!」
「ブランシュ=リリウム先生、その、サイン頂けないでしょうか?」
「勿論いいよ。しかし、朝からよく並んで買ってこれたねぇ」
……発売日だと、結構店の前に列ができるんだけどなぁ。
「えっと……レネィスさんにお願いしたら二つキープしておいてもらえて、昨日の夜、届けてもらえたんです」
あっ、コネか……でも、別に悪いことではないと思うよ? 折角あるコネクションは有効活用しないと。
ということは、ソフィスが二冊買って、メアリーに一冊渡したのかな?
「昨晩、ソフィス様に届けて頂き、そのまま読んでしまいました! 恋愛の中にバトルも盛り込まれていて、その塩梅がとても素晴らしかったです!」
「王太子とくっつくのかな、と思っていましたが、無事に主人公が王弟と結ばれることができて良かったです。前世から片想いをしていた王弟にはやっぱり主人公と結ばれて欲しいと思っていました!」
猛烈な勢いで目を輝かせて感想を力説する二人に「よっぽど気に入ってくれたんだなぁ」と思いつつ、二人から受け取った本にサインを書いていく。
『傷心のヲタク女子、悪役令嬢に転生しました』は前世で二度振られてすっかり自信を無くした、実は高嶺の花で完璧超人な女性が乙女ゲームの悪役令嬢に転生して、内憂外患な国を変えるために戦いに身を投じていくという内容の小説で、バトル多めだけど、攻略対象の一人である王太子と、前世で主人公に恋心を抱いていた常務が転生した王弟との三角関係の恋愛がメインテーマになっている。どこかの、恋愛要素がおまけみたいになってバトルに次ぐバトルになっている作者の小説とは違うんだよ。
――へっくしょん!!
……今、何か聞こえたねぇ。
サインを書き終えたところで、二人は仕事を始めるために執務室を後にした。
さて、ボクもそろそろ仕事を始めようかな?
◆
メイナも正式に侍女として認められて、侍女が一人増えたものの、いつもと変わらない王女宮。
……だと思っていたんだけど。
「筆頭侍女様、王女殿下と宮中伯令息のルークディーン=ヴァルムト様の婚約に向けたお茶会を来週行うことが決まりました」
ゲームではプリムラがルークディーンに一目惚れして陛下にお願いして婚約者になったことになるという展開だったけど、今回は王妃のカルナが遠い縁戚筋の伯爵のお願いを聞いて陛下に上奏したということになっている。
陛下としても可愛い娘がよその国に嫁ぐよりも国内で有能そうな人材を囲うほうが嬉しいからと喜んでそう決められた……ということになっているけど、あのクソ陛下は裏で全部手ぐすね引いているからねぇ。
ちなみに、ゲームの展開としては、プリムラの一目惚れから付き合ったけど、あくまで姫に対する礼しかとらない彼に癇癪を起すプリムラと、そこに入ってくるヒロインという感じだけど、まあ、そんな展開にはならないだろうねぇ。そもそも、プリムラはルークディーンに会っては……そういや、ボクの誕生日会で挨拶くらいはしていたか。
ただ、ラインヴェルドはそこで仕込みをしなかったみたいだし、実際にできるような状況ではなかった。
……いや、まさか、あの誕生日会で遠目から見て一目惚れ? と思ったけど、どうやら、あの日は本当に接点が無かったらしい。
プリムラはまだ社交界デビューをしておらず、公式の場で出ると言ってもバルコニーで手を振る程度。
いくら伯爵令息とはいえ見習い騎士が王城を闊歩できる訳でもなく、王城の奥まったところ、つまり後宮近くの王家が暮らす生活圏に入ることは不可能に近い。ということは、誰かが手引きしたということになる。
実際に手引きしたのはクソ陛下じゃなくて、カルナだった。
宮中伯が手引きしたのではなく、寧ろお願いしたことにしてくれと言われたと、酔っぱらって漏らしていたらしい。……おいおい、酔ってもそんなこと言っちゃダメだろ? 脳筋チョロイって言われるぞ?
ただ、ラインヴェルドはカルナがそう動くように仕組んだ節があるからなぁ……やっぱり、あの陛下はクソ野郎だった。
「ところで、筆頭侍女様。大丈夫でございますか?」
「どうかしましたか?」
「いえ、陛下から色々と仕事を同時進行で進めているとお聞きしましたので……」
「ビオラ=マラキア商主国の方は順調そのものです。最近はテーマパークの要素も兼ね備えた、新しいマラキアのランドマーク―― ビオラ=マラキア城の建設を進めています」
様々な衣装を取り揃えてあって王様やお姫様の格好で写真を撮れたり、博物館や図書館などの公共施設があったりとそこそこ楽しめる作りになっていると思う。ド=ワンド大洞窟王国で建築が進んでいる洞窟を利用したテーマパークとは別方向のものになりそうだねぇ。
「ラングリス王国の件はスティーリアさんからの報告待ちで、フィートランド王国からも返答待ちの状態です。それが終わらないと進まないこともありますし、今のところはそこまで忙しくはありませんね」
『瑠璃色の影』が丁度揃ったようだから、今日辺りに向かいに行くつもりではあるけど、基本的にはそれくらいで正直あんまり忙しくはない。
「随分とお忙しいとは思いますが……あまり仕事を抱え込み過ぎるとお体に障ります。ほどほどになさってください」
「……これでもボクはきっちり体調管理はしているつもりなんですけどねぇ」
ボクの身体のことは、一番ボクが理解しているからねぇ。
それに、しっかりと睡眠は取っているし。
「姫さまとルークディーン様の顔合わせの件、了解致しました。顔合わせのお茶会当日の給仕は私が致しましょうか?」
「それがよろしいでございますな。プリムラ様も筆頭侍女殿の淹れる紅茶やドルチェがお気に入りでこざいますから」
以前、シフォンケーキを作ってプリムラに食べてもらったところ、満面の笑みで喜んでくれて以来、お茶とそのお供はボクが用意することが恒例となった。
王女宮付きの料理人達の仕事を奪ってしまってなんだか申し訳ないと思っていたのだけど、当の本人達からは「別に気にすることじゃありませんよ。そりゃ、ちょっとは悔しいけど、実際、筆頭侍女殿の料理やドルチェは本当に美味しいからなぁ」と言われてなんともいえない雰囲気になった。
その料理長メルトランから、ボクにペチカにアポイントメントをとって欲しいと頼まれた。是非、ビオラ一の料理人と会って話がしてみたいとか。
互いにインスピレーションを得ることもあるかもしれないと思ったボクはメルトランとペチカ、そしてラピスラズリ公爵家料理長のジェイコブの三者対談の機会を設けた。その後も三人は何度か会って料理について語り合っているらしい。良かったねぇ。
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