Act.8-113 プレゲトーン王国革命前夜編 scene.15 襲来するミレーユ姫御一行
<三人称全知視点>
ミスシスからもたらされた情報によれば監禁場所にいる敵は多くない。
戦闘訓練を受けた諜報員である『白烏』が数名とジェイがいるのみだという。
少なくともその三倍はいないと面白くないなぁ、などと不穏なことを思ってしまうディオンであったが、今回はミレーユが同行するということで、少しばかり気を引き締めておく。
「しかし戦闘に関しては特に心配してないけど……実際の所、どうなのかな?」
別れ際、ディオンはルードヴァッハに尋ねた。
「何のことだ?」
「敵を全滅させろってんなら分かるんだけどさ、ドーヴラン伯爵を生きて取り返せってのはどうなのかね。その辺り、ローザさん曰くシナリオ的には生きているらしいんだけど、正直どうも僕にはこの段階まで生かしておくとは思えないんだけど」
グレンダール・ドーヴランは、あくまでも民衆を蜂起させる切っ掛けに過ぎない。
生かしておく意味は、あまりないように思える。
それなのにローザもミレーユもドーヴラン伯爵が生きていることを前提に話を進めている。それがさも当然のように……それが、ディオンには理解できなかった。
「なるほど……。しかし、無いことでもないと俺は思ってる」
「そうなのかい。それはまたどうして?」
「ミレーユ様に聞いたんだが……革命派の主導者は口が上手い軽そうな男、だということだ」
その答えに首を傾げるディオンだったが、すぐに納得の声を上げる。
「ああそういうことか。なるほど、生かしておく理由がない訳じゃないということだね。まぁ、なんにせよ、姫さんは僕の命に代えても守るから、おたくの方はきちんと革命派の連中を抑えといてくれ」
ひらひらと手を振ってディオンは踵を返してミレーユ達と共に目的地に向かって進み始めた。
「それじゃあ行きましょうか? ミレーユ姫御一行に神の御加護があらんことを」
散々似非神父らしい言動をしたジョナサンの神父らしい台詞を聞き、「何かまずいことが起こるんじゃないか」と気が気ではないルードヴァッハとマリアと、そんなルードヴァッハとマリアを楽しそうに見つめるドS神父もまた、己の役割を果たすために都市長の館へと向かった。
◆
サイラスの中心街、比較的裕福な者達が住まう地区にその館は建っていた。かつて一財産を築いた商人が住んでいたというその館は広く、調度品も見事なものだ。
その地下室に宰相グレンダール・ドーヴランは捕らえられていた。
軟禁されているにしては待遇は然程悪い訳ではない。
監禁している者達は、グレンダールが高齢であるということにしっかりと配慮を見せていた。だからといってずっと捕まっていたいかと言われると、勿論そんなことはないのだが。
「なあ、そろそろ俺らに協力する気になんねぇか?」
部屋に入ってきた軽薄そうな男に鋭い視線を向けてからグレンダールは無言で首を横に振る。
「分からねぇな。アンタには家族もないし、親族もいない。民衆のためを思えば今こそ立ち上がって蜂起するべき時じゃねぇのか?」
「儂は国王陛下が決定的な間違いを犯したとは思うておらぬよ。我が諫言をお聞き入れくださるまで幾度も言葉を尽くすのみ。剣によって陛下を討てば混乱に拍車が掛かり、民は一層苦しむことになろう。そのような愚かなことをするつもりは毛頭ない」
「じゃあ、アンタが代わりに上に立てばいいだろう。やるべきことが見えているんならその方が手っ取り早い。興味がない訳でもねぇんだろ?」
国の頂点に立つ――それは貴族や政治家ならば誰しも一度は憧れることだ。
しかし、グレンダールは迷いを見せることすらなく即座に首を振る。
「そもそも、真面に名を名乗らぬ者の言葉に従えというのか? そのような者の言葉に儂が耳を貸すとでも?」
「あん? 俺の記憶じゃ、ちゃんと最初に名乗ったと思ったが、そうだな! だったら改めて名乗ってやろう。俺の名は――」
「ジェイ……だったな」
ジェイという名はこの地域では、最もありふれた名前だ。
身元不明の死体を「名無しの権兵衛」、つまりジェイ・ドゥと呼んだりするほどにありふれた……。
故に、グレンダールは男が本名を名乗っているとは思えなかった。
「消えよ。何度来ても無駄なことだ。怪しげな男の誘惑に乗るほど、儂は若くはない」
「まぁいいけどよ。しかし、いつまでも優しくしてもらえるとは思わないことだぜ?」
ジェイは肩を竦めて部屋を後にし、廊下に出ると荒々しい口調で呟いた。
「ああ、クソ忌々しい……。あのジジイ、いい加減ムカついてきたぜ。本当ならぶっ殺してやりたいところなんだが……。ちっ、クソッ! レーゲンの野郎、とっとと使える奴を見つけて来いよ!!」
『白烏』で受けた戦闘訓練をもってすればグレンダールを殺すのは容易いことだった。
元々の予定ではそうする予定だったのだ。
しかしジェイはそれができずにいる。何故ならダイアモンド帝国におけるマリア・レイドールのような存在が、グレンダールにはいなかったのだ。
子も無く妻を失って久しく、親族も皆年老いて国王に従属する者のみ。それ故にグレンダールの死を利用して復讐の大義名分を上手く活用できる者を全く見出せずにいるのだ。
ダランヴェール・リングェルは確かに口が上手い。それに加えジェイの指導によりある程度ならば相手の心を読み取れるようにもなっている。
人間を熱狂させることなどは容易いことだらう。
その者の望んでいる言葉を読み取ってそれに自分が望む方向性をつけてやるだけで、耳心地の良い言葉に包んで相手を狂わせる毒を混ぜ込めば良いのだ。
現に、彼はその方法で幾人もの人間を操っている。
プレゲトーン王国革命派の者達も、ライズムーンの『白烏』の者達も。
しかし、革命を成功させるためにはそれでは不足だ。暴徒の熱狂を纏め上げる核としてはダランヴェールでは足らない。
「ちっ、今頃は帝国の混乱を焚きつけていりゃあいい頃だったのに……全く厄介なことをしやがるぜ」
全ては『帝国の深遠なる叡智姫』のせい――あらゆることが準備不足、時間が圧倒的に足りなかった。
仕方なく彼は計画を変更した。代替のシナリオはこうだ。
まず、ダランヴェール率いる革命軍が宰相グレンダール・ドーヴランを救出。助け出されたドーヴラン卿はそのまま革命軍に合流して民を率いて反政府活動を展開すると同時に王国政府の非を徹底的に弾劾してもらう。
故にこのサイラスに監禁されていたのだ。説得さえ上手くいけば修正は可能と判断していたのだが――。
「あの馬鹿野郎が……」
説得が終わるまで蜂起を見合わせていたというのにダンヴェールは民を扇動して騒乱を起こしてしまった。
口が上手く民を操るのに長けているだけに、勝手に動かれては非常に厄介だ。
「やっぱり人選を誤ったな。キープのつもりでとっておいただけだが。……どうにも時間が足りねぇ」
ジェイは歪んだ笑みを浮かべながら懐から一冊の本を取り出した。
黒塗りの表紙を持ったその本はどこか気味の悪い空気を放っているように見えた。
「『帝国の深遠なる叡智姫』――ミレーユ・ブラン・ダイアモンド。彼女のリズフィーナ・ジャンヌ・オルレアンの友人だというが……よもやあの女の密命を帯びた間者じゃねぇだろうな?」
忌々しげに呟きながら本の表紙をなぞる。
埃を被った本に薄らと不格好ながら蛇の紋章が浮かび上がった。
「帝国の崩壊を皮切りにあらゆる国家の連鎖的な崩壊……秩序の破壊によって訪れる混沌。それこそが我らの悲願……邪魔はさせねぇ」
「いざとなれば、この国諸共滅ぼしてやる」と歪んだ笑みと共にあの御方に下賜された透明なゴーレム達を起動させた。
◆
流れるように指が動く。鍵盤を滑らかに叩き、超絶技巧で奏でられるものは遥か遠き異国の曲だ。
「ジェイの奴は、私のゴーレム達を起動させたようね」
全てが真っ白なアルビノの絶世の美少女が、鍵盤から手を離した。
「まあ、レナードもやられたようだし、透明なゴーレム如きでどうにかなるものでもないと思うけど。……さて、プレゲトーン王国の件は百合薗圓側の勝利みたいだし、私もそろそろ新しいゴーレムの素材集めのために動き出そうかしら?」
少女――冥黎域の十三使徒の一人ルイーズ・ヘルメス=トリスメギストスは、自身の居住空間でもある次元のズレた場所に存在する巨大ゴーレムを出ると、無数の透明なゴーレム達と共に素材集めの旅に出た。
◆
ミレーユの予想通り、フーシャはその建物の場所を知っていた。
「確か、元々商人か何かの館よね。革命派の建物として使ったことはないと思うけど……」
その言葉で更に信憑性は高まったと言える。素人である革命派の人間に隠されていたというのが、建物の重要さをかえって証明していた。
ちなみにミレーユから事情を聴いたフーシャは、二つ返事で案内を快諾してくれた。それは良かったのだが……。
「どうかしましたの?」
何故だろう、シゲシゲと自身の顔を覗き込んでくるフーシャにミレーユは首を傾げた。
「えっ……あっ……ううん。何でも無いんだけど。まさか、本当にこの争いを止めてくれるなんて思わなかったから。てっきり」
「てっきり……ってなんですの?」
首を傾げるミレーユにフーシャは無言で首を振る。
「……何でもないわ。行きましょう」
「なんだか、物凄く失礼なことを考えていたような気が致しますけれど」
ミレーユは微妙に釈然としない顔をしていたがそれでもフーシャの後に続いて走り出した。
サイラスは静まり返っていた。道を行く者の姿は少ない。革命派も活動を停止した今、街を歩く者は明らかに減っていた。
「まずいな……これではこっちの動きが丸分かりじゃないか」
「仕方ないわ。誰も無用な争いに巻き込まれたいなんて思わないでしょうし」
フーシャを狭い路地に入り、いくつかの角を曲がり、やがて――。
「あれだわ!」
フーシャが指さす先に大きな館が見えた。
館の周りには広い庭が広がっており、身を隠せそうな植木などもなく館まで遮蔽物も無さそうだ。
「どうする? 暗くなるまで待つ?」
そのフーシャの言葉と同時に辺りが仄かに暗くなったように感じた。
空を見上げたミレーユは気づく。いつの間にか夕暮れが迫っていたことに。
その赤い夕陽はまるであの日の繰り返しのようで――。
赤い夕陽に呼応するようにふと蘇る罵倒の声、数多の憎悪の視線に晒されながら歩く心細さ。
あの日の孤独がミレーユの脳裏に蘇ってきた。
あの痛みの原因を作った者が目の前の建物の中にいる。そう思うとふいにゾワっと総毛立った。
「怖いのかい? ミレーユ」
「……はぇ?」
ふと横を見るとアモンがじっと真剣な顔で見つめていた。
「あっ、アモン。いえ、何でもありませんわ」
ミレーユは小さく首を振って否定する。
前の時間軸のアモンも知らないミレーユにとって最期の出来事の記憶がただ似たような風景を見たから思い出したという決してミレーユ以外には理解できない感情、それ故にその気持ちを隠そうとしたミレーユだったが。
しかし、アモンはじっとミレーユの顔を見つめてから、そっとミレーユの手を掴んだ。
「……えっ、なっなななッ!?」
ミレーユの心を占領していた不安感が一瞬にして消し飛んだ。
優しくミレーユの手を包み込むアモンの掌の温もりにミレーユを追い詰めていた不安が消え失せる。
「突然すまない。昔、母上にこうされたら落ち着いたものだから……」
言い訳をしてからそっと目をそらすアモンの頬は羞恥で赤く染まっている。
「おっ、おお、お気遣いありがとうございますわ……アモン」
ミレーユもアモンもバグったような口調になって耳の先まで真っ赤になっていた。声は所々掠れ、微妙に震えてしまっている。
ミレーユとアモン――どちらも純情だった。
「二人とも、どうかしたのか?」
しかし、そのいい雰囲気をぶち壊しにするのがリオンナハトクオリティである。
いいところだったのに、とリオンナハトに内心で恨み節を言いつつも、実はちょっとホッとしてしまう小心者のミレーユである。
「お国の存続のために必要なのは分かってるけど時と場所を選んだ方が良いですよ、姫さん。それに、流石にまだお世継ぎを産むのは早いと思いますよ」
「なっ! てっ、手を繋いだぐらいで、子供なんか産まれませんわッ!」
ディオンの茶化しで一気に聴牌り、何を言っているのか自分でも分かっていないミレーユを庇うようにライネがディオンとの間に立った。
「ディオンさん、あんまりミレーユ様を揶揄わないでください」
「はははっ、ルードヴァッハ殿といいライネ嬢といい過保護だなぁ」
全く反省した様子のないディオンをミレーユは恨めし気な目で睨む。
しかし、すぐにその表情は柔らかなものになった。
あの日と同じ夕暮れ――しかし、今度は決してひとりぼっちではない。アモンがいる。リオンナハトがいる。カラックがいる。ディオンがいる。
そしてすぐ側には忠臣のライネが、離れていてもルードヴァッハが、ついでに宿敵だったマリアまでもいる。
「……大丈夫、絶対に上手くいきますわ」
「アンタ達、隠れて行く気全くないでしょ?」
そう頷くミレーユにただ一人、フーシャだけが疲れ切った顔でジト目を向けていた。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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