Act.8-111 プレゲトーン王国革命前夜編 scene.13 集結する転生者達
<三人称全知視点>
「まずは、情報を整理させてもらうよ。現在、プレゲトーン王国内では革命が起ころうとしている。革命派はダランヴェール・リングェルが率いており、その目的は『囚われた宰相のグレンダール・ドーヴラン伯爵の解放』となっている。一方、アモン王子達プレゲトーン王国政府側は革命の鎮圧のために巨兵歩兵旅団、プレゲトーン王国即応軍・第二騎士団の派兵を行った。事実確認の段階だけど、ここまで相違はない?」
「革命派のダランヴェール、フーシャから聞いた話だが、革命派の方針に関して特に食い違う点はない」
「プレゲトーン王国側の対応に関しては異論はない……が、ドーヴラン伯爵が捕らえられたという報告は聞いていないし、陛下は言っておられなかった」
「まず、ここで双方の情報に食い違いが見られる。『帝国の深遠なる叡智姫』殿下も既にこの違和感に気づいてねぇ、帰ってくる時に『狡猾な企みがある』と言っていた……よねぇ?」
「えっ、ええっと……そうだった、ような、気がしますわ」
「おい、しっかりしろよ」とローザがジト目を向ける。ミレーユは背中に汗をダラダラと流しながら必死に頭を回転させていた。
「姫殿下はこうも仰られていた。『この反乱を何者かの奸計であるなら、プレゲトーン王国を分断するための反乱であり、その者の思惑に踊らされて、同胞同士で血を流すのは極めて馬鹿らしいことだ』と、あっ、勿論ボクの翻訳が混じっているから、大体こんなニュアンスだって感じだからねぇ」
「流石はミレーユ姫殿下。やはりお気づきでしたか」
「流石です、ミレーユ様!」
ぽかん、と口を開けるミレーユを、ルードヴァッハとライネの忠臣二名が感嘆の声で囃し立てる。
ローザは「これが蝶ネクタイ型変声機を使う小さな探偵さんの気分なのかな?」と全く関係ないことを考えていた。
「ただ、残念なことにこの企みの正体が具体的何なのか、現在ミレーユ姫殿下側には提示することはできない。創作者らしく全部ペラペラ話すと全くもって意味がないし、ここからは情報を持つリオンナハト殿下、カラックさんに委ねさせてもらうよ」
――さてと、これにてボクの役目は終了かな? 後は任せたよ、『帝国の深遠なる叡智姫』さん。
と、ローザはあっさりミレーユに委ね、ラインヴェルド達がいる壁際に戻った。
ここからは、当事者同士で話をするべきだというローザの考えに全員が配慮した形である。
「アモン王子、ミレーユ、とても大切な話がある」
ローザからバトンを受け取ったリオンナハトは、アモンの方に近づくと、地面に膝をつき、そのまま手をついた。
「ひぃっ!?」
あまりの予想外すぎる行動にミレーユは息を呑んだ。それから、慌てて空に目を向ける。
槍でも降ってこないか、と心配になったのだ。
何しろあのリオンナハト・ブライト・ライズムーンが臆面もなく土下座をしているのだ。
「リオンナハト王子、これは、一体……とりあえず、顔を上げてもらえるかな?」
アモンは驚きつつもリオンナハトの側に膝を突く。
しかし、リオンナハトは顔を上げようとしなかった。
「すまなかった、アモン王子。俺は謝らなければならない」
「それは……どういうことなのかね?」
「我が国の諜報部隊『白烏』の中の一部隊が暴走して、このような事態を巻き起こしてしまったらしいのです」
カラックの口から語られた事実に、ミレーユは口をあんぐり開けて莫迦面を晒した。
頭がグルグルして混乱しっぱなしだった。それは何故かローザがあえてカラック達からの報告に関する部分を省いて説明していたからである。
ジェイという男が元凶であるということはローザの話で確定していたが、彼の所属が『白烏』であることは知らなかったのぁ。
この時点でミレーユもようやく真相に辿りつく。……ちょっと遅すぎやしないか?
前時間軸の処刑――それはライズムーン王国によって仕組まれたことであったのだと。
推理ものの鉄則「誰が一番得をするか」ということを念頭におけば、案外簡単に辿り着いてしまいそうな話だが、ミレーユは勿論そのような考えなど頭の片隅にすら無かったのだ。
ふいに瞼の裏にあの日の光景が甦る。
真っ赤な夕陽の下、死の恐怖に震えながら上がった断頭台。それが、裁く側の手によって引き起こされていたというのだ。
地に頭をつけるリオンナハトを見下ろして、ミレーユは「ああ、これは、わたくしが頭を下げられているのと同じですわね」と感慨に耽っていた。
これはある種の意趣返し――復讐の結末。本当ならばそれは快い光景の筈なのだが、ミレーユの胸には、何とも言えない苦みが残った。
それは恐らくリオンナハトの首を断罪の刃で切り落としても同じことだろう。
ミレーユはそれを不思議なことだとは思わなかった。
同じ学校に通い、共に旅をした相手が裁かれるのを見て気持ちいいと感じるような者はきっと嫌な性格に違いない。
リオンナハトは真面目なため、自らの正義に従いライズムーン王国の非を認め、自らに責任の一端があると考えるだろう。
しかし、それにミレーユまで付き合ってあげる理由はどこにもない。自分が嫌ならば、そんなことに応じてやる必要はない――どんな時でも自分ファーストなミレーユである。
しかし、不安なのはアモンだった。彼にはリオンナハトを断罪する資格がある。
それに、リオンナハトが貫いてきた態度も悪い方に影響を及ぼしている。
厳密に言えばプレゲトーン王国を陥れたのはリオンナハトではない。監督不行届の責任を負うべきなのはライズムーン国王だ。
しかし、リオンナハトはそれを潔しとはしない。王族としてきっと責任の一端は自分にあると考えるであろう。
固唾を飲んで見守るミレーユ。その目の前でアモンはリオンナハトに近づく。
「顔を上げ給え、リオンナハト王子。君にそのような態度は似合わないだろう」
「……しかし」
「頭を下げるのもまあいいが……それよりも王族には王族の責任の取り方がある筈ではないかね?」
「……責任の取り方」
「我らが成すべきは民が平和に暮らせる国を作ること。そのためにボクはこの戦を武の力で平定すべきだと思った。しかし、ボク達の考えに否を唱え、この馬鹿げた争いを止める術を示してくれた者がいるのだ。進むべき道を光で照らしてくれた者がいる。ならば、我らがするべきことはその道を突き進むことではないのか?」
「なるほど、その通りだな。頭を下げ、許しを乞うても、裁かれることを望んでも、それは自己満足に過ぎない……そういうことか」
「ボクも君も救われたんだ。民の上に立つ者として正しきことができる。その機会を与えられたのだからそれに感謝して力を尽くすべきだとボクは思うよ」
「『帝国の深遠なる叡智姫』が照らしてくれた道を今は進むのみ、か」
二人はミレーユの方へと視線を向ける中、ミレーユはとても満足そうな笑みを浮かべて歩み寄った。
ミレーユ自身はアモンの判断が自分と同じでとても満足していた。そんな三人の姿をローザは微笑ましそうに眺めている。
それに、リオンナハトがこの件に懲りてしばらく大きな顔をされずに済みそうなこともミレーユを上機嫌にさせる要因になっていた。
「許してもらえたみたいで良かったですわ」
「ああ君のおかげだ、ミレーユ」
「正直、父上に罪がないとは言えないからね。ライズムーンのせいにばかりはできないさ」
アモンの言葉の正しさをミレーユはよく知っていた。
プレゲトーン王国にもあの時のダイアモンド帝国にも糾弾の種になる理由があって、全てを陰謀に押し付ける訳にはいかないのだ。
「リオンナハト、ようやく貴方も失敗というものを知りましたわね」
ミレーユの指摘はリオンナハトにとって予想外のものだったのだろう。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「貴方のような完璧な方は知らないかもしれませんけれど人間は失敗するものなのですわ。完璧に生きられる人間などいないのです。だからこそ、平等にやり直しの機会を与えてあげるべきだとわたくしは思うのです」
ミレーユが文句を言いたいことはただ一つ、やり直しの機会を与えられないまま一方的に断罪をされたことだった。
ひとまず危機が去り、落ち着いて物事を見られるようになったミレーユは気づいてしまった。
今回のプレゲトーン王国の件と同じことが帝国革命の時にも起きていたとしたら正義の味方面していたリオンナハトも、全く非が無かったとは言えないのではないかと。
自分にもリオンナハトを断罪する権利があるんじゃないかと。……時間軸が異なっているため、今の時間軸のリオンナハトにとっては全く身に覚えのない罪なのだが。
申し訳なさそうな顔をするリオンナハトを見てミレーユの耳元で真っ黒なミレーユが囁いた。
そんなミレーユを、何故かローザは微笑ましそうに眺めている。
今だったらちょっとぐらい痛い目に遭わせてやっても許されるんじゃないかしら? とほんのちょっとだけ調子に乗ったミレーユは――。
「リオンナハト、貴方の失敗を忘れぬようにその身に刻み込んで差し上げますわ」
「……? どういうことだ?」
。
「罪は罰が与えられて初めて完結するもの。アモン王子には許して頂けたようですけれど、それでは貴方の心が納得しないのではなくて?」
「罰って……ちょッ!? ミレーユ姫殿下!!」
「いやその通りだ。甘んじて罰を受けよう。俺は何をすればいい?」
「ふふん、いい心掛けですわ! リオンナハト! ならば、そこにお立ちなさい」
ミレーユは気合を込め、ライネに「全く痛くない」と言われた日よりそれを懸命に鍛え上げ続けたハイキックをリオンナハトに放った。
思いっきり上げた足はリオンナハトの頭所か肩や脇腹にも届かず、更に下のお尻の所に直撃し、微妙な音を立てた。
「その痛みと共に、心に刻み込むがよろしいですわ! リオンナハト」
やり切った顔で宣言するミレーユとは対照的に覚悟していたほどの痛みもなく拍子抜けするほど弱々しい蹴りをもらったリオンナハトは、呆然とミレーユの方に視線を向けてその意図を探った。
罪は罰によって終わり過ちは裁かれることで完結する。
「アモンに許しを与えられてもそれで終わりではお前は気が済まないだろう?」と|ミレーユ《『帝国の深遠なる叡智姫』》は尋ねた。
罪には罰が与えられ、そうして罪は雪がれる……決して消える訳ではないが。だからこそミレーユはそれを許さない。
表向きは今のでリオンナハトに対する罰は与えられたことになる。だから、これ以降は誰もリオンナハトに罰を与えてはくれない。
しかし、実際にそれが与えられなかったことを他ならぬリオンナハト自身が知っている。
故にその罪とその苦みは決して消えることはない。永遠に背負っていかなければいかないものである……いや、罪を裁かれても完全に無罪放免になる訳じゃないのだが。
これから先、リオンナハトは正義を行おうとする時に必ず今日の失敗を思い出すことになるだろう。
その苦みを思い出して立ち止まり、それが本当に正しいことなのかと自問自答をしなければならない。
そして「自身が許されたように相手もまた許される余地があるのではないか?」、「やり直しの機会を与えるべきなのではないか?」と、問い直すことになるだろう。
幼き日より言われ続けた言葉――その本当の意味と重み、その難しさをリオンナハトは初めて知ったような気がした。
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