Act.8-103 プレゲトーン王国革命前夜編 scene.5 囚われのミレーユ姫。
<三人称全知視点>
ごそごそ……と体を揺すられるような感覚でミレーユは目を覚ました。
目の前が霞んでいる。目を擦ろうとすると腕が動かないことに気づいた。
どうやら、後ろ手に縛られているらしい。手首に縄が食い込んで微かに痛みが走る。
仕方なく瞬きを何度もしてからもう一度辺りを見回した。
倉庫のような部屋だ。広いが土埃に汚れた床はあまり横になっていたい場所ではない。
「ここは?」
「おっ、目が覚めたみたいだな」
頭上から声が聞こえる。そこでようやくミレーユの脳裏に馬車で襲われた時の記憶が蘇った。
彼らが馬車で襲ってきた暗殺者の仲間なのでは無いかと一瞬身構えたミレーユだったが、目の前に現れたのは二人の少年だった。
ミレーユよりはほんの少し年上のそこら辺の町の中を歩いていても不思議ではない普通の少年達を見て思わず拍子抜けするミレーユである。
「早速なんだけどさ。お嬢ちゃんってお金持ってない? 金貨とか銀貨とか? 恰好からすると、どこぞの商家の娘さんってとこだろ? それなら、アクセサリーとか金目のもの持ってんじゃねぇの?」
「そんなの持ってませんわ」
革命軍に辱められた前時間軸のことを思い出したミレーユはぷいっと顔を背ける。
「本当かよ? じゃあそこで飛び跳ねてみろよ」
「ふん、よろしくってよ?」
ミレーユは勝ち誇ったドヤ顔でその場で飛び跳ねて見せる。当然、音は出ない。
「靴か、靴下の中じゃないか? 子供が隠す定番だし調べてみろよ」
「なっ!」
子供が隠す定番などと言われてしまった屈辱感に震えるミレーユを他所に少年はミレーユの靴を奪い、更に靴下を脱がせたが、そこにもない。
銀貨をリオンナハトに渡しておくという選択は正しかったようだ。間一髪首の皮一枚繋がったミレーユである。
「外れかよ……ちきしょー」
「まぁ……でも、よく考えたらこんなお子様に金持たさないか」
「ふふん。だからないって言いましたわよね? っていうか、誰がお子様ですの!!」
少年の物言いにムカつき、ドヤ顔からの怒りのツッコミをお見舞いするミレーユに少年はムッとした顔で「この餓鬼、生意気だ! お前なんか、すぐに人買いに売り飛ばして――」と言おうとしたのだが、突如小気味いい音が鳴って、少年達が「痛ったぁー!」と叫んだ。
「アンタ達、そんな小さな子を揶揄ってそんかに楽しい?」
いつの間にやら少年達の後ろには、彼らと同い年ぐらいの少女が立っていた。
肩の辺りまで伸ばした髪を揺らしつつ、呆れ顔で溜息を吐く少女。その手には自身が履いていたのであろう使い古した靴が握られていた。
「フーシャ!? いや、その……ちょっと脅せば金目のものが出てくるかなって……」
「その子を連れて来いってのがジェイの命令でしょ? ここの見張りはいいから、とっとと手筈を整えてきなさい」
「て、手筈って……」
「まさか、縛り上げた女の子を抱えて歩いて行くつもりなの? 革命派で自由に使える馬車がいくつかある筈だから準備して。それと決行前の準備にも人手が必要でしょう? そっちの方も様子を見てきて」
「わ、分かったよ。けど、逃がすなよ」
少年達は渋々といった様子で、その場を後にした。
それを見送ってから、フーシャは改めてミレーユの方に目を向ける。
「それで、貴女は一体何者なの?」
「……それは」
その質問に、ミレーユは思わず考えてしまう。
流石に、自身の身分を喋ることが拙いことぐらいはミレーユにだって分かっている。
しかし、冷静になって考えてみると先ほどは結構ヤバかったような気がしないではない。
「人買いに売ってやる」などと言っていたことを思い出し、ちょっぴり怖くなってきたミレーユ。
どう答えるべきかと考え、俯き考え込むミレーユを見て、フーシャは溜息を吐いた。
「言いたくない? まぁ、別にいいわ。というかこれでペラペラ喋られても、それはそれで心配だしね。……動かないでね」
「……はぇ?」
唐突に刃を向けられ、恐怖する間も無く振り下ろされたナイフがミレーユの腕を縛っていた縄が切り落とされた。
「えっ……あ……へっ?」
「……貴女はこの革命を止められる? もし止めることができるならお願い! 兄さんを助けて」
必死に懇願するフーシャに何が何だか分からないミレーユはただ困惑するのみである。
「革命を止める? ……お兄様を助けるってどういうことですの?」
「時間がないからここから出ながら話すわ。靴を履いて」
事情はさっぱり分からないがひとまず助かる見込みがあるため、ミレーユはフーシャの言う通りにして外に出た。
「ここは……」
「革命派の拠点の一つよ。この辺はあまり治安が良くないから私から離れないで」
「わっ、分かりましたわ。ん? 革命派?」
とりあえず頷きかけたミレーユだったが不意に聞き捨てならない単語が聞こえてきて、思わず眉を顰める。
「つかぬことをお聞きしますが、もしかすると革命派というのは、今、プレゲトーン王国王国で騒乱を起こしている方達なんですの?」
「……ええ、彼らの同志よ。……私の兄さんは革命派を率いているの」
「率いて? えっと、あ、あ、貴方のお兄様のが革命組織のトップなんですの?」
先程見えた光明が一瞬にして真っ暗闇の中に消えていき少しだけ不安になるミレーユ。
「乗せられてるだけだわ。兄さんはただ酒場で憂さを晴らすような人だもの……革命の指導者になれる度胸なんてある筈がないわ」
元々フーシャ・リングェルの家は没落した貴族だった。彼女の兄は王都で学生をしていたが家の没落と共に田舎町に行くことを余儀なくされる。
それでも新しい地でなんとか手に職をつけられたまでは良かったのだが、フーシャの兄はすぐに仕事の厳しさに音を上げた。
厳しい肉体労働などしたことのない元貴族という経歴が災いしたのだろう。毎日クタクタに疲れ果てる日々に音を上げ、毎日のように酒場で愚痴るようになった。
そんな状況が変わったのは、兄に一人の男が近づいてきた日だった。
『いや、全く君の言う通りだね。このままでは、国は悪くなる一方。どうだろうか? 同志を募ってみては?』
プレゲトーン王国ではありきたりな、いかにも偽名っぽい(山田太郎とか、ジョン・ドゥとか、そんな感じである)ジェイと名乗ったとても愛想のいい男の甘い言葉に誘われて、フーシャの兄は革命派の中心人物になった。
口だけは誰よりも達者だった彼は徐々に人々の内に組織を築いていき、成り行きでフーシャも一応は革命組織の一員ということにはなっているのだが……。
「組織なんて呼べるものじゃないわ。ただの不平屋の集まりよ。なのに、ジェイの奴にみんな乗せられてしまって」
「……あの、ちょっとよろしいかしら? どうして私にそんな革命組織の中のこととか、話しておられますの?」
そこまで聞いたところでミレーユの脳裏に危険を告げる警鐘が鳴り始める。「あっ、これ、これ以上先を聞いちゃ取り返しのつかなくなる話なんじゃないか」と。
「ジェイの奴が貴女は革命組織にとって危険だから絶対に捕らえろって言っていたわ。つまり裏を返せば、貴女は革命を止めて組織を解散させることができるということよね?」
「おほほほほ、買い被りも甚だしいですわ。こ、こんな子供に何ができるって言うんですの?」
「そう? さっきアイツらに絡まれてる時も随分余裕そうだったわよね? それに今だって落ち着き払っているじゃない? ただの子供とも思えないんだけど」
「うっ……」
血走った目で自分に刃を突き付けてくる帝国革命軍や、容赦なくエゲツない殺気を叩きつけてくるディオン――ダイアモンド帝国の革命軍と比較して、プレゲトーン王国の革命派はまるで不良の集まりのようだ。
あれだけの恐怖を体験してしまった今ではそこまで怖いとは思わない。感覚が麻痺してしまっているミレーユである。
ここでミレーユは一旦情報を整理することにした。
フーシャが語るジェイという男が馬車で自分達を襲ってきた男の仲間なのではないだろうか? 馬車から落ちたミレーユ達がどの辺りにいるのか、予想がつくのは襲撃者である彼らぐらいだろう。
彼らはミレーユ達を狙っていた――ということはその肩書きにも気づいているということである。
自分に革命を止める方法があるとも思わないのだが、執拗に狙ってくる以上は何かしらの意図があるように思えてならない。
しかしここに来て元々それほど上等ではないミレーユ頭はオーバーヒートしていた。
燃え上がる頭の中で「氷菓子を所望致しますわ」などと阿呆なことを考え始めたミレーユだったが……。
「あっ、フーシャ、てめェっ! まさか、手柄を独り占めするつもりだったのか!!」
先ほどの見張りの少年が戻ってきてミレーユとフーシャを見つけるなり怒鳴った。
「くっ……ずいぶんと早く戻ってきたじゃない。もう手配が済んだの?」
フーシャは強張った顔で少年の方を睨んだが、すぐに異変を感じ取った。
「い、いやー……それが」
先程の怒りに染まった表情から一転、微妙に気まずそうな顔になった少年は――。
「案内、ご苦労様です」
中性的な声と共に音もなく意識を刈り取られ、その場に崩れ落ちた。
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