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Act.8-102 プレゲトーン王国革命前夜編 scene.4 動き出す者達。

<三人称全知視点>


 時は少し遡る。ミレーユが兎鍋に舌鼓を打っている頃、ダイアモンド帝国に帰還を果たしたライネも動き始めていた。

 旅の疲れをものともせず彼女はルードヴァッハに会いに行き、そこでミレーユの行動を正確に伝えた。


「確かにプレゲトーン王国で騒乱が起きているという話は聞いていたが。まさかミレーユ姫殿下が。……私としたことが姫殿下のご学友がいることをすっかり忘れていた! この状況で軍を動かせば侵略を企図してのものだと無用な疑いを抱かれそうだな。……となれば」


 ミレーユの身の安全を確保するために皇女直属近衛部隊(プリンセス・ガード)を派遣したいところではあるが、それほどの軍勢を動かせば侵略による内政干渉を疑われてしまう。

 求められるのは軍勢ではなく少数精鋭。もし一騎当千の騎士がいれば、最も望ましいと言える、


「それで僕にお呼びが掛かったということか」


 ルードヴァッハとライネの訪問を受けたディオンは肩を竦めた。


「……全く相変わらず楽しいことやってくれるな姫さんは」


「笑い事ではないぞ。俺としてはもしもミレーユ様に何かあったらと気が気じゃないんだ」


「大丈夫なんじゃない? ライズムーンのリオンナハト王子殿下といえば剣の天才で有名だし、僕みたいなヤバいのと出会わない限りは何とかなると思うよ?」


 と、しれっとフラグを立ててしまうディオンだが、ライネとルードヴァッハもそしてディオンもそのことに気づかない。


「本来ならばそうだろうが一つ気になることがある。プレゲトーン王国は革命が起こるような状態ではない筈だ。死んだ方がマシ、死ぬよりも辛い目に遭ってる人間じゃないと命を懸けて戦おうとしないものだ。精々酒場で喚いて終わりだろう。誰だって現状を変えたいと思っていても誰かがやってくれればと真っ先に考えるだろうからな」


「つまり、プレゲトーン王国はそれほど酷い状態にはなっていないということですか?」


「我が国の諜報部の集めた情報によれば、ね」


 ミレーユのために役立てるべく着々と官吏の間に人脈を築きつつあるルードヴァッハである。

 他国のものとはいえ内情程度であれば情報であれば得ることは容易だ。


「起こらない筈の革命が起こる。そこに何者かの作為を感じる」


「つまり火が起こらない筈の場所に誰かが無理やり革命の火をつけようとしてるのか。なるほど、確かに危険地帯だね」


「いずれにしても革命を止めようとすれば血が一滴も流れない段階で手を打たないといけない。血が流れたらそこから革命は一気に加速して納得が行く段階になるまで止まらないからねぇ。姫さんが今回の事態を上手く片付けようと思ったら、プレゲトーン王国軍にしろ、革命軍にしろ、一人の死者を出すことなく争いの原因を排除する必要がある訳なんだけど……どう考えても無理でしょ? それでも、ライネさんは姫さんが止めると思っているのかな?」


「あり得ないことだということは分かっています。ですが、ミレーユ様なら……」


 確かに現実的な話ではない。それでもライネはミレーユを信じたいと思った。

 その小さな呟きには祈りにも似た強い想いが込められていたのだ。


 翌日、ディオンとルードヴァッハ、それにライネの三人はプレゲトーン王国に旅立った。



 ミスシス・エンディエナ――それは前の時間軸でアモン王子を殺害したメイドの名である。

 遊び人として知られたアモン王子のため、その動機は痴情の絡れと言われていたが、詳しい事情はついに明らかになることは無かった。


 そして現時間軸、ミレーユ達がレナードの襲撃に遭った日の翌日。

 プレゲトーン王国の王城の廊下をミスシスは歩いていた。向かう先はとある官吏の執務室である。

 扉の前に立ち一定のリズムでノックすると扉は音もなく開いた。


「レーゲン様」


「……ミスシスか」


 レーゲンはいつも以上に気難しげで不機嫌さを隠さない顔でミスシスを迎えた。


「巨兵歩兵旅団の奴ら、未だに動かないとはいったいどういうつもりだ。まさか、これも『帝国の深遠なる叡智姫』の策動などということはないだろうな」


 疑心暗鬼に染まり切った口調で呟いてから、レーゲンはミスシスの方に視線を向ける。


「それで、何の用か?」


「はい、今朝方こちらが届きました」


 ミスシスは手の中には小さく折りたたんだパピルスをレーゲンに差し出す。


「くっ……皇女ミレーユとリオンナハト王子が」


 一読したレーゲンは苦々しげに呟き、溜息をこぼした後、代わりのパピルスをミスシスへと渡す。


「本国にこれを送ってくれ」


 暗号化された書状を更に伝書鳥用の文字に書き換えるのがミスシスの仕事だった。

 レーゲンから受け取った書状を一読して、ミスシスは眉を顰める。


「あの本当に宜しいのでしょうか?」


「それはどういう意味だ?」


「これは、本国を戦火に巻き込む誤った情報です。本当にこれを送っても宜しいのでしょうか?」


「お前達『黒烏』はそれでもいいのだろう。目立たぬよう影でこそこそ情報を集めているが貴様らの役目だからな。だが、私は『白烏』だ。祖国の栄光のために情報を武器にして戦うのが我々の本懐である」


 その言葉にミスシスは小さく歯噛みする。

 ライズムーン王国、諜報部隊「烏」――数代前のライズムーン国王の時代に建てられた諜報機関の主要な任務は各国に潜入し、様々な情報を自国に持ち帰ることであった。

 持ち帰った情報は王国内にて外交や軍事のために役立てられる。


 しかし、ジェイと呼ばれる男が登場してから「烏」という組織は大きく変化した。

 ジェイと呼ばれる男によって提唱された領土拡張のための計画――それは、情報を持ち帰るだけでなく情報を駆使して他国を弱体化、分断し、正義の名のもとにライズムーン王国の領土を拡張していくというものだった。


 その計画を実施するために「烏」の中に作られた部隊、その名は「白烏」――ライズムーンの栄光を全地に知らしめる白き鳥だ。


「心得ているのだろう? 我々白き烏の任務は何者にも優先される」


「……はい」


 頷きはしたものの、ミスシスの中に消化しきれない感情が渦巻いていた。


 ミスシスは母国であるライズムーンに誇りを持っていた。正義と公義を重んじる王室、不正を見逃さない王国政府は彼女の中で燦然と輝く栄光溢れる母国だった。


 ――私達は、その栄光に泥を塗ろうとしているんじゃないかしら?


 深刻な疑念が彼女の体を支配しかけたその時だった。

 どん、という衝撃が体を襲った。


「きゃっ……」


 勢い余ってその場に倒れて、手に持っていた書類をばら撒いてしまう。

 暗号化が施されているとはいえ、あまり他人の目に触れて良いものではない。

 慌てて拾い集めようとしたミスシスだったが、彼女が伸ばした手の先に落ちているパピルスを何者かが踏みつけた。


「あっ……」


 顔を上げるとそこには、嫌らしげな笑みを浮かべる中年の文官が立っていた。


「そのような場所で余所見をするな。邪魔くさい」


 蔑むような目でミスシスを見て文官は吐き捨てるように言葉を口にする。

 王室付きのメイドとして情報を集めるのが彼女の使命だ。女性を蔑む王国では驚くほど簡単に彼女達使用人に情報を漏らす。

 何を聞いたとしても「それが大事なことだとは判断できないだろう」とでも考えているのだ。


 蔑まれることは望むべくことであるのだが、だから平気という訳がない。当たり前のようにぶつけられる悪意に心は簡単に擦り減る。

 同僚のメイドが同じように蔑みの目で見られているのを目の当たりにすれば吐き気にも似た憎悪が沸き上がる。


 ……こんな国ならば滅んでしまってもいいかもしれない。


 例え民の血が流れたとしても、こんな理不尽が変えられるというのならライズムーンの公正な統治に委ねるべきではないか?

 彼女がそう思いかけたその時だった。


「拾い給え」


 未だに幼さを残した、けれども、どこか芯の通った凛々しい声――ミスシスの耳朶を打った少年の声に思わず振り返ったミスシスのその視線に映ったのは――。


「非礼を詫びて彼女の落としたものを拾えと言ったのだが……聞こえなかったかな?」


 プレゲトーン王国の第二王子アモン・プレゲトーンの姿だった。


「こ、これは、アモン王子殿下」


 中年の文官が慌てて足を退けて一歩、二歩と後退る。


「これは、その……そこの女がですね、余所見を……」


「拾え……と言った筈だが聞こえなかったか?」


 有無を言わさぬ声で再度アモンが言うと同時に一歩足を踏み出す。


「それとも惰弱な第二王子の言うことなど聞くに値しないということかな?」


「い、いえ……滅相もございません!」


 文官は慌ててパピルスを拾い上げると乱暴な手つきでミスシスに渡す。それから、諦め悪くミスシスを睨みつけたが――。


「重ねて言っておくが……もしも彼女にこれ以上の無礼を働くようなことがあれば、それは、ボクにしたのと同じことだと思ってくれ給え」


 それ以上に鋭い目つきで、アモンは文官を睨め付ける。

 アモンのその表情に、ミスシスは感慨を覚えた。


 以前から、アモンに対する彼女の評価は悪いものではなかった。

 このような国の状況にあって親切にしてくれる心優しい少年。母親や姉妹に対してだけでなく使用人であるメイドにも思いやりを見せることができる人物。

 ミスシスもまるで弟のように、微笑ましくアモンのことを見ていた。


 しかし同時に、統治者として――人の上に立つには不適格な人物でもある。

 優柔不断で甘さが目立つ性格。いざという時、権力者としての厳格な判断ができないのではないかとそう考えていたのだが……。


 今のアモンは、まるで母国のリオンナハト王子のようだった。

 彼ならばこの国に巣食う悪しき慣習を変えることができるのではないかと思ってしまうほどの変化。

 一体、何が彼をこんなにも変えたのだろうか?


「大丈夫かい?」


 気が付けばアモンが覗き込んでいた。


「あ、申し訳ありません。王子殿下」


「いや、こちらこそ申し訳ない。君達にはさぞかし働き辛いことと思う。何とかしていかなければと思っているのだがなかなか簡単ではなくてね」


「あの、このようなことを言ったら失礼に当たるかもしれないのですが、変わられましたね、アモン殿下」


「ん? そうかな?」


「はい、逞しくなられました」


「ははは、まあね。情けないところを彼女(・・)には見せられないからね……」


 彼女――それが誰を指すのかをミスシスはよく知っている。


 ダイアモンド帝国皇女ミレーユ・ブラン・ダイアモンド――『帝国の深遠なる叡智姫』と称されるレーゲンが蛇蝎の如く嫌う、彼の天敵。

 そしてただ優しいだけだったアモンを、雄々しき若獅子へと変えた少女。

 噂に聞く『帝国の深遠なる叡智姫』にミスシスは好奇心を擽られる。


「どのような方なのですか? ミレーユ皇女殿下というのは……」


「うーん、そうだな……」


 アモンは暫し俯き、考え込んでから僅かに照れくさそうな笑顔で言った。


「今のボクでは到底手が届かないほど魅力的で……だけど、ボクが追いつけると心から信じてくれた人だよ。僕が今よりもっと前に進めると、信頼して、励ましてくれた人だ。だから、僕は彼女の信頼に応えなければならない。もっと頑張らなければ……と、そう思っていたんだが」


 不意にアモンの顔が曇る。ミスシスはそこで彼が鎧を身に着けていることに気づいた。


「アモン殿下、まさか……」


「ん? ああ、そうなんだ。戦線が膠着しているらしくてね。兵達を鼓舞するためにボクも出ることになった。本当は、兄の方が適任なんだが怪我をさせたのがボクなんだから、文句は言えなくてね。王族としての責任をきちんとはたしてくるつもりだ。王権の失墜は、混乱と破壊を生む……だから、このままではいけないからね」


 僅かに背筋を伸ばすアモンだったが、相変わらず、その表情は冴えない。


「何か気がかりなことがお有りですか?」


「ああ、いや……別に何でもないよ。ただ、民の弾圧に加担した僕を、きっと彼女は許さないだろうと、そう思ってね。……では、失礼するよ」


 そうして、出征するアモン一行を見送ってから、ミスシスは伝書鳥を放った。

 本国への報せを携えた白き烏と、もう一羽――真実を携えた黒き烏を。


 報せが彼女の願い通りの人物のもとに届く保証はない。


 それがもし届いたとしたら、それは運命がそれを選択したということ。

 その向かう先は――。



「いやぁ、やっぱり便利だね。オルレアン神教会の神父になっておいて良かったよ」


 ロザリオを握り締めながら「おお、神よ! 汝の祝福に感謝します」と形だけは敬虔な神父らしい姿勢を取るジョナサンを、修道女の服に身を包んで変装したティアミリスが睨め付けた。


「ちっ、なんで俺がコイツと」


「今の貴方は一国の姫ではなく私に同行する一修道女なのですからね? 「神父様!」と瞳をキラキラさせて慕ってくれていいのですよ? そしたら、その頭をよしよしと撫でて差し上げますから」


「……ちっ、帰ったら絶対に殺すッ!」


 今にも噛みつきそうなティアミリスをあしらいつつ「さて、これからどうしますか?」と大真面目な表情で尋ねる。


「……どちらに『這い寄る混沌の蛇』の信徒が紛れているか分からない。二人しかいないのだから、どちらかにどちらかが対処するのが妥当だろう」


「それじゃあ、僕は王国の方をもらおっかな? ティアミリス君は革命軍の方をお願いね」


「――おい待て! ちっ、勝手に決めやがって」


 嬉々として王城方面に向かって走っていくジョナサンの姿を睨みつけると、ティアミリスはそのまま革命軍の情報を集めるために聞き込みを始めた。

 お読みくださり、ありがとうございます。

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 それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。


※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。

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