Act.8-92 ペドレリーア大陸探索隊~動 scene.6
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ>
「思考実験を一つしよっか? あるゲームのシナリオがあるとする。そのゲームのシナリオの結末を物語の登場が知った時、どうなるのかという問題。もし、それが一人ならその人が断然有利になるよねぇ? 例えば、それを断罪される悪役令嬢が知れば回避するために奮闘するだろうし、悪役が知れば自らの破滅を回避するために策を練るだろう。これから起きることを知っているということはそれだけ有利になるということなんだ。この時点でシナリオは意味を成さなくなる。……じゃあ、二人になればどうなるか?」
「それこそ、確実に制御が効かなくなって泥沼化するだろうな。たった一人が主導権を握る訳ではないのだから、誰にも予測できない状況になるだろう」
「この世界はまさにその状況にあるっていうことになるねぇ。元々この大陸の元となったゲームには魔法が存在しなかったんだけど、その魔法書――『這い寄る混沌の蛇』の魔導書が存在するように『這い寄る混沌の蛇』は魔法というシナリオ外の力を手にしている。この魔法というのはシナリオを破壊することすら可能とする劇薬なんだよ。魔法を使える、使えないでは雲泥の差になる。例えば、トーマス先生にもミレニアムさんにも魔法を使うための条件が揃っているけど、二人はその術を知らないから使えない。これは極めてアンフェアなことだよねぇ? ボク達はできる限りミレーユ姫殿下達がシナリオ通り『這い寄る混沌の蛇』と戦い、そして勝利することを望んでいる。その一方で、魔法やそれ以外にも『這い寄る混沌の蛇』は切り札を隠し持っているだろうから、対処することが難しいところについてはボク達が協力したいと考えている。まあ、この塩梅が極めて難しいんだけどねぇ」
「……それならば私もシナリオの内側の人間ということになるだろう? 何故、こうもあっさりと事情を話してしまったのだ?」
「トーマス先生は四人の主人公の中でも大筋に関わってくるのは終盤だからねぇ。ちなみに、トーマス先生のルートは基本依頼をこなしていくというもので、その中に『這い寄る混沌の蛇』に関わってくるのは全体の三割くらいって感じだねぇ。代表的なのはイェンドル王国のクーデターに関与していた大臣のサルドゥム卿の件かな?」
トーマスルートの初期の難関は大臣の計略によってクーデターの戦禍に巻き込まれたイェンドル王国の第一王子エシャル・デル・イェンドルからの依頼だった。
全く関係ない依頼を三つ四つこなした後にいきなり難関だから驚いたプレイヤーも多い筈。
このイェンドル王国クーデター篇が終わった後、グルーウォンス王国革命篇などを経てダイアモンド帝国組と合流し、最終章の『這い寄る混沌の蛇』篇に突入する……この最終章が無駄に長いんだけど。
「イェンドル王国では革命が起こっていないようだが?」
「時系列としてはダイアモンド帝国かプレゲトーン王国の革命の後数ヶ月後に起こることになっているからねぇ……というか、今ってどの辺りなのかな?」
「プレゲトーン王国で革命の兆候があるという噂は届いている。ローザ殿の話を元に考えれば、丁度重要な時期なのではないだろうか?」
……あっ、やっぱりプレゲトーン王国の革命の直前――分岐点の時期なんだねぇ。
「ローザ殿、プレゲトーン王国に向かうつもりなら同行しよう。私としてはローザ殿達との協力は大歓迎だ。『這い寄る混沌の蛇』が魔法という新たな力を得ている以上、私達も力を得ておく必要がある。是非とも魔法の使い方を教えて頂きたいのだが」
「まあ、魔力の感じ方とか使い方ぐらいは教えるよ? ただ、基本的にはオリジナルで編み出していくものだからねぇ。というか、『新汎用魔法全書』に魔法の使い方と簡単な魔法が纏められているからこれを進呈するよ」
「ありがとう」
「……あの、ラングドン先生? まさか、この方々を本当に信用するのですか? 魔法なんてそんな荒唐無稽な力」
「着火」
爪に火を灯してミレニアムに見せつける。流石に実際に見せつけられたら魔法なんて有り得ないなんて言えないよねぇ?
「ということだそうだ。ミレニアム、私はこれからローザ殿達とプレゲトーン王国に赴く」
「……今日は流石に無理だからまた明日日を改めてということになるけどねぇ?」
「だそうだ。明日から私はローザ殿達とプレゲトーン王国に赴く。君はどうする?」
「勿論行きます! ラングドン先生について行くと学院を出た時に決めましたから。それに、こんな怪しい輩と一緒にラングドン先生を旅させる訳には参りません! 私が必ずラングドン先生をお守りします!!」
「……いや、私の方が強いのだが」
「ミレニアムさん、確かに言質をとったからねぇ。その言葉、忘れちゃダメだよ?」
ボクはトーマスとミレニアムに明日迎えにくることを伝えるとミスルトウ、マグノーリエ、プリムヴェールと共に『飛空艇ラグナロク・ファルコン号』へと全移動した。
◆
<三人称全知視点>
大陸には様々な国がある。しかし、ゲームを作るとなるとどうしてもピックアップされる国とされない国が出てきてしまう。
フィートランド王国は『ダイアモンドプリンセス〜這い寄る蛇の邪教〜』に登場する国家の一つだが、地図に載っている程度の小国で物語には一切の影響を与えなかった。
しかし、フィートランド王国は異世界化という事件を経て大きく生まれ変わる。
全ての始まりはフィートランド王国の第一王女ティアミリス・エトワ・フィートランドであった。
元々は気弱で病弱だったこの少女はダイアモンド帝国の皇女や大国ライズムーン王国の第一王子と同い年ながらセントピュセル学院に通うことができなかった。
兄二人はセントピュセル学院に通う中、この少女だけは病のために学院に通えなかった……というのはモブキャラである二人の小国の王子に圓が与えたちょっとした裏設定である。
しかし異世界化に伴い、第一王女に転生した者によってフィートランド王国は大きくシナリオを外れ始める。
後に『魔王姫』の異名を持つこの第一王女は納得するまで敵を叩き潰す、興奮が高まると見境がなくなる狂戦士で苛烈極まりない魔王の性質を有するようになる。王女でありながら軍の中枢を支配して総隊長の座につき、『這い寄る混沌の蛇』を敵と見据えて攻撃の体制を整え始めた。
その前世の名はシューベルト=ダークネス――フォルトナ王国の白氷騎士団の騎士団長だったあの【白の暴君】である。
彼は『這い寄る混沌の蛇』とルヴェリオス帝国によって滅ぼされた世界線からこの世界線のティアミリスに転生した。
漆黒騎士団といった最強の騎士団を含め、様々な騎士達が原因の病で命を落としていく中、唯一『這い寄る混沌の蛇』と交戦しており『這い寄る混沌の蛇』の狼使いとの戦いで命を落としている。
シューベルトにとって『這い寄る混沌の蛇』はまさに前世の仇であり、それ以上に大切な仲間達がいたあの国を破壊した憎むべき敵だったのだ。
彼はオルレアン神教会の神父ジョナサン・リッシュモンに転生した同じ世界線からの転生者であるヨナタン=サンティエと行動を共にしている。
オルレアン神教会の神父だが、フィートランドで何故か武官として出世し、フィートランド王国軍総隊長補佐となったこの男に対して疑問の声が上がったが、全てティアミリスが王女の権威ではなく物理で黙らせた。このフィートランド王国でティアミリスに逆らえるのは前世の頃からシューベルトをおちょくることが趣味なジョナサンくらいである。
そして、このジョナサン――神父であるが、神を信じておらず、根がドSな愉快犯な性格は健在で、本当によくオルレアン神教会の人物になれたよな、という性格の人物である。ヨナタンの頃から取り繕うのは得意な方だったので、きっと他人の前で猫を被っていたのだろう。本性を知る者からすれば気持ち悪いことこの上ないのだが、事情を知らない者から見れば色素の薄いくすんだ金髪を持つ端整な顔立ちをした敬虔なオルレアン神教会の信徒の青年なのである。
知らぬが仏とはまさにこのことだろう。
「プレゲトーン王国で革命の兆候があるという。『這い寄る混沌の蛇』はこういう時に姿を現し、破滅へと導いていく。俺達で行くぞ。嫌とは言わせん」
「一応僕って神父の筈なんだけどな〜。というか、お姫様が俺って言っちゃダメだよ。『プレゲトーン王国で革命の兆候があるそうですわ。私と一緒に来てくださいませんか?』でしょう?」
青筋を立てたティアミリスが無言で剣を抜き払った。
ヒューンと人外じみた風を切る音が聞こえるが、近衛騎士隊長ですら受け止められない斬撃はジョナサンに軽々と受け止められてしまう。
「可愛い女の子なんだから物騒なことをしてはダメだよ」
「……絶対に殺す」
前世からシューベルトはヨナタンのことが嫌いだった。
ライバルとして意識していたオニキスに比べて背が小さかったシューベルトはそのことがコンプレックスになっていた。そのシューベルトに牛乳を飲むように提案し、揶揄ったのがヨナタンだった。
この悪魔に散々振り回されたのだ。何故、こいつと……それよりもオニキスと一緒に転生した方がとかなんとか考えているシューベルトである。
シューベルトは、幼少から華奢な少年だった。オニキスが自分を子供として見ていると気がついた時、生まれて初めて身長に劣等感を抱いた。
十八歳になってもシューベルトの背丈は友人どころか、オニキスの身長にさえ届かなかった。
いずれ同じ舞台に立ち、共に国王陛下を支えるものだとあの頃は疑っていなかったのだ。
あれが馬鹿であるのなら、俺がそれを埋めればいいとも考えてもいたのだから、子供に見られるのは癪だった。
だが、それはもう叶わないことだ。オニキスも、そしてシューベルトも死んでしまったのだから。
「しかし、随分と可愛くなったよね。小さかった背丈も更に小さく……」
「……黙れ」
「怖い怖い。私は善良な一神父なのですから、荒事は苦手なのですよ。おお神よ、我をお救いください」
「似非神父が。お前の本性はとっくり割れている、今更取り繕うな、虫唾が走る」
フィートランド王国の全騎士をもってしても討伐は不可能なほどの力を持つティアミリスと互角に剣を振える時点で善良で無力な神父である訳がない。
この男が羊の皮を被った狼ならぬ、神父の皮を被った悪魔であることはフィートランド王国の中枢に関わる全員が知っていることだ。ティアミリスの二人の兄などはこの神父の笑顔を見ただけで脱兎の如く逃げるほど怯えられている。
「……まあ、僕も行かないという選択肢はないんだけどね。……僕だってアイツらに大切な日常を奪われたこと、今でも猛烈に根に持っているんだから」
不意に小馬鹿にしたようなジョナサンの表情が真顔になった。
その瞳に宿るのは後悔と憎しみ。オニキス達大切な人達との時間を奪った『這い寄る混沌の蛇』に対する激しい恨みと、不甲斐ない過去の自分に対する後悔の念だ。
過去を変えることはできない。しかし、この今は変えられる。
二度と『這い寄る混沌の蛇』の好きにはさせない――そう覚悟し、『這い寄る混沌の蛇』を倒すために情報を集めるためにオルレアン神教会の神父になったのだ。
「それで、誰を連れて行くの?」
「最悪なことに俺とお前の二人旅だ。まだまだフィートランド王国騎士の技量は甘く、無駄にゾロゾロと連れて行っても他国の干渉を疑われて面倒なことになる」
神父モードのにこやかなジョナサンに問われたティアミリスはうんざりした顔でそう答えた。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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