Act.8-87 ダイアモンド帝国の皇女物語 scene.4
<三人称全知視点>
ダイアモンド帝国に帰国したミレーユ。
それから数日後、ミレーユの姿は帝都貧民街にあった。
現在の帝都貧民街の状況を確認する視察が今回の目的だ。
病院が稼働して食料の配給も増えた結果、路上で死ぬ者も減って徐々に活気が戻ってきている。
人通りも次第に増え増え、すれ違う人々の顔も少しだけ明るくなっているように感じる。
町全体を覆っていた臭気が薄れ、侵入を拒絶するような雰囲気が薄まってきていた。
生活環境を気にする余裕が出てきた帝都貧民街の人々は次第に清掃を勝って出るようになり、帝都貧民街を次第に住みやすい環境へと変えていった。
ルードヴァッハの政策もあり、少しずつ労働環境が整えられていっており、商人達の流入なども相まって急速に発展している。
ミレーユはその視察の際に栄養失調で衰弱していた子供と再会する。
回復したその子供はミレーユは母の形見である簪をお礼にと差し出した。
神父からその簪が子供の母親の形見であること、そしてその母親がミレーユの処刑の遠縁となった森林の少数民族ウィリディス族の出身であることを知り、死地に足を踏み入れた危機感を感じたミレーユだったが、返そうとするも少年の気持ちを考えると返すことはできず結局ミレーユはこの簪を受け取らざるを得なかった。
さて、この一件で森林の少数民族ウィリディス族と自身の因縁に気づいたミレーユは帝国が滅ぶ遠因を作り出したウィリディス族の住む静寂の森を挟んでレイドール辺土伯爵領と隣接する領地を持つヴァルマト子爵の領地に赴くことになる。
このヴァルマト子爵は伝統と格式ある中央貴族であったが、ダイアモンド帝国が領土を拡張する際に農民の有力者であった成り上がりの田舎者である辺土伯爵のレイドール辺土伯爵より領地の広さが劣ることを大変不快に思っていた。
ヴァルマト子爵はこの帝国有数の広大な森林地帯を開拓し、領地を拡大しようと画策していた。
この森の開拓にウィリディス族が反対し、徹底抗戦の構えを見せた。ヴァルマト子爵は森の開墾が上手くいかないことに苛立ちを覚え、即座に軍務を司る黒剛省に訴える。
その結果、日頃の賄賂が物を言い、直ぐに百人隊を送られてきたのだが、この百人隊がなかなかの曲者であった。
この時派遣されたのはディオン・センチネル率いるダイアモンド帝国軍の百人隊であった。
しかし、このディオンは「あくまでも治安維持が目的ですので」などと宣って戦いを始めようとはしなかった。
痺れを切らしたヴァルマト子爵はミレーユを巻き込むことを考える。
皇帝が溺愛する一人娘の姫に静寂の森の木を使った贈り物を贈る作戦を検討する。こうしてミレーユの後ろ盾を得た上で帝国軍を味方につけて一気に静寂の森を制圧する作戦を立てたのだが、ミレーユが静寂の森の木を使った簪を愛用していることを知ってその必要がないと判断した。
すぐにミレーユに謁見し、静寂の森を制圧するために後ろ盾を得ようと企んだヴァルマト子爵であった……が、なんとミレーユは「直接行ってその森のことをしっかりと視察致しますわ」と自ら視察を進めるべくルードヴァッハの協力を得て瞬く間に準備を整えてしまった。
◆
実のところミレーユはこの行動を全て計算した上で行った……訳ではなかった。
ヴァルマト子爵の策略もルードヴァッハの集めた情報を馬車の中で聞いてようやく気づいたというのが真実である。
とはいえ、ミレーユは紙一重で最悪の状況を回避するための切符を掴んでいたのだ。
さて、マリアとの関係が拗れる切っ掛けがこの先に起こるウィリディス族との敵対であると気づいたミレーユは行動を開始する……のだが、そこに居たのは最初の時間軸でミレーユの死刑執行人を務めたディオン・センチネルであった。
ディオンを見たミレーユさんは卒倒してしまった。
このディオン、ダイアモンド帝国最強の実力を持つ騎士である。
橋の上など、一対一ないし二対一で立ち回れる環境で、百人を足止めしろと言われた場合、五十人程度を殺した後、飽きて転身するタイプだが、二百人に取り囲まれて一斉に襲われた場合、二百人と増援五十人を道連れにする程度にはバーサーカーで逃げ道を奪って死兵にすると、被害がシャレにならないことになるので要注意である。扱い注意である。
戦友にはそれなりに情を持っており、理不尽に殺されれば当然、復讐する。ミレーユの処刑の執行を志願したのも、このウィリディス族との内乱で仲間が多く命を落としたからであった。
ルードヴァッハはヴァルマト子爵に妨害される可能性を危惧してミレーユを森に派遣して状況の把握をすることを提案した。
これに反対したのがディオンであった。ミレーユに同行している近衛騎士達の鎧が目立ち過ぎるため、万が一ウィリディス族を刺激したらという危惧故である。
結局、鎧を脱いだ近衛騎士二人とディオンと副隊長の髭面の山賊のような見た目の大柄の男――バノス・アイルワーズを含めた百人隊の騎士達と共に百人隊が拠点としている森に移動した。
駐屯している兵達をどうにか動かせないかと検討するミレーユだが、ディオンには兵を引くことができないという。
正攻法で対処ができないと考えたミレーユは奥の手を使うことにした。そう、帝国の姫の我儘である。軍令部である黒剛省の命令であれど、帝室の我儘で覆ぜてしまうのだ。
ミレーユは兵を我儘で撤退させる方法を探し、思い掛けず神から与えられた大切な財産である森の木を蹴り飛ばすことでそれを成功させる。
ただ単に森の最前線にまで歩いていってしまい、根っこに躓いた際に思いつきで苛々をぶつけただけであるが、これが結果として功を奏し、無数の矢が放たれる中をミレーユは存分に我儘を発揮し拠点にいた百人隊の全員を引き連れて撤退することに成功した。
バノスや護衛の近衛騎士達はそのミレーユの策に気づいていなかったが、ディオンだけは彼女の真意に気づいていた。
この時、ディオンはミレーユが軍がプレッシャーになることを考えて一刻も早く撤退させようとしていたことに気づき、ミレーユに対する評価を改めて軍師としての才を見出したのだ……そんなものある訳がないのだが。
そんな中、ディオンは酒場に現れたルードヴァッハに声を掛けられ、ミレーユに振り回される苦労人に仲間入りを果たすことになる。
◆
領都についたミレーユはやり切ったという心地よい疲労感を覚えていた。
ディオン達に森での出来事を黙っておくよう言い含めたミレーユはすぐにヴァルマト子爵の呼び出しを受けたが、「帝国の土地は須く、我ら帝室の土地。皇帝の娘たる私が行きたいと願えば行けない場所はなく、妨げる者もない。そうではなくって?」と無茶苦茶な理論で言い包めてしまった。
その後、木の伐採や軍を動かすことを控えるように言い含め、「軍の派遣なくして、いかにしてやつらの暴虐を防げというのですか?」となんとか派兵の方に持って行こうとするヴァルマト子爵に対し、ミレーユは「領都の守りさえ固めておけばよろしいのではなくって? 近隣の村など捨て置いても何も問題はないでしょう?」と貴族としての当然の価値観を提示し、小悪魔の笑みを浮かべて捩じ伏せた。
こうして、状況が落ち着いた……かに見えたが、ミレーユにとっても予想外のことが起こっていた。
あのミレーユの髪飾りを無くしてしまったのだ。実はこの簪、矢に射られて落とされてしまっていたのである。
紛争に関係の深いものをそのものにしておけない、それに子供にとって大切な母親の形見だったものを無くしてしまってあの子が悲しむ姿を見るのはちょっと心が痛む。
ミレーユはライネにルードヴァッハを呼び出すように伝え、その後ルードヴァッハに呼び出されたディオンと二人で森に行くことが決まった。自分を処刑したディオンと今度こそ二人で森へ……ミレーユさん真っ青で涙目である。
更に簪を取り返すためだけだったにも拘らず、ディオンにはこっそり一人で、向こうの部族と話をつけに行くつもりだと誤解されてしまった。
有無を言わさぬディオンを前に、ミレーユはウィリディス族の族長と話をつけざるを得ない状況に陥ってしまったのだ。
一方、ウィリディス族の隠れ里には厳重な警戒体制が敷かれていた。
帝国の兵士達が食料などもそのままで陣から引いたことを見張りから報告され、困惑していたのである。
「いずれにせよ、しばらくは様子見じゃな」
腕組みをした族長は、蓄えた髭をショリショリと撫でてから、最終的に重々しくそう結論を口にした。
この場にはレイドール辺土伯爵にメイドとして仕えているリオラ・ウィリディスの姿もあった。一族の者として一族の危機の話を聞き、戻ってきたのである。
リオラはマリア・レイドール辺土伯爵令嬢に頼み、もっと上の方に調停を依頼することも考えていた。
とはいえ、レイドール辺土伯爵を田舎者で貴族の風上にも置けないと考える貴族は多い。レイドール辺土伯爵が依頼してもその調停役を買って出てくれる人が果たしているのだろうかという疑問が族長にはある。
そんな中、見張りの男があるものを族長の元に届ける。見張りが持ってきた髪飾りを見た瞬間、族長の眉間に深い皺が刻まれた。
◆
途中陣に寄って松明を補給し、万全の状態で最前線まで足を運んだミレーユとディオン。
そこで待ち受けていたのは武装し、獣の皮を纏ったウィリディス族の屈強な戦士達だった。
ミレーユが落としていった髪飾りを「どこで手に入れた?」と低い声で殺意混じりに尋ねる族長と武装した男達、そしてミレーユを守るために剣を抜きながら「収拾を付ける算段はできてるんでしょうね?」と冷や水を浴びせかけるように問うディオン。
絶体絶命の状況に意外な方向から助け舟を出したのはリオラだった。
リオラの仲介を経てこの髪飾りが族長が妻に贈り、その後娘が受け継いだ品であると知ったミレーユ。
聡明ではないミレーユもここまで言われれば真相に辿り着く。
あの帝都貧民街の子供が族長の孫であることに気づいたミレーユはその事実を族長に告げ、「お孫さんにきちんと優しくしてあげるんですわよ」とかつて族長としての意地と誇りに縛られて娘と対立し、取り返しのつかないことになってしまった族長に優しく言葉を掛けたのだった。
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