Act.1-7 王族への謁見と王宮探検〜[kaɣami]と[kaŋami]の違いって何なの?〜
<三人称全知視点>
総本山と王城は直接繋がっているようで、長い廊下を歩いていくと、煌びやかな内装だが総本山の内部とは毛色が違う廊下に到達した。
道中、騎士やメイド、文官達とすれ違うのだが、皆期待や畏敬に満ちた視線を向けてきた。おそらく、既に勇者召喚の話は広まっているのだろう。
曙光達は自分達がヒーローにでもなったような優越感に浸っているに違いない。
ちなみに、平和は相変わらずオーケストラバージョンの『世に●奇妙●物語』を聴き続けているようだ。無限ループで無聊でも慰めているのだろうか……というか、『世に●奇妙●物語』で無聊は慰められるものなのか??
廊下を進んだ一行が辿り着いたの美しい意匠の凝らされた巨大な両開きの扉の前だっだった。
「こちらが王座の間になります」
直立不動のまま白銀の鎧を纏った二人の騎士が内部に聞こえるように大声で勇者一行が到着したことを告げ、そのまま扉を開けた。
「それでは、私には次の予定がありますので……何かありましたら王城の使用人にお声かけください。私に用事がある場合も使用人を通してご連絡くだされば対応致しますので」
そう言い残すとエバッバルはいそいそとその場を後にした。どうやら、エバッバルはここまでの予定だったらしい。
白と黒の大理石が交互に並べられた床に、赤い絨毯が入り口から真っ直ぐと伸びている。
普段は文官や武官がいるであろう場所に人影は一つとしてなく、部屋には王座に座る王と王妃らしき人物。そして、召喚の儀式で使われた神殿に姿があった第三王女オリアーナ=R=S=エラルサの姿もあった。
「遠路遥々ご苦労であった。シャマシュ教国の国王フォルジエルド=R=S=エラルサである」
王族との謁見ということで、堅苦しいマナーがなどと咲苗達は想像していたが、簡単な王族の自己紹介と、召喚勇者一行の自己紹介が行われただけで王族に対する礼節を求められることは特に無かった。
宰相や騎士団長といった国の重要人物が謁見から外されたのも、堅苦しくない雰囲気を作るのが目的だろう。
国の重要人物の説明は次回以降という話で、まずは王族との顔合わせをしておくことが目的のようだ。
ちなみに、その場にいた王族は王の他には王妃のルルナリア=R=S=エラルサ、第一王子のラジール=R=S=エラルサ、第二王子のランデス=R=S=エラルサ、第三王子のアイラル=R=S=エラルサ、第一王女のアンジェリカ=R=S=エラルサ、そして、オリアーナの七人。ここにいない第二王女のレイリーナ=R=S=エラルサの合計八人がこの国の王族ということになる。
当初はその後食事を共にして王族と勇者一行が親睦を深めるという予定があったようだが、既に昼食をとり終えているということでその予定は晩餐会に変更ということになり……。
◆
「ねぇ、園村君。どこに行くの? 王城探検??」
「なんで咲苗さんと巴さんがいるんだろうねぇ。それから、オリアーナ様。こういうのはメイドさんとか執事さんに任せればいいと思うんだけど」
案内人を含めた二人だけで城内の探索と当初の予定を果たそうと考えていた園村は、何故かその場に咲苗と巴の姿があることと、当然のようにオリアーナが案内役を務めるという状況に軽く驚いていた。
「皆様は国賓という扱いですから、お世話を担当するのは我々王族の役目です……専門的な仕事はメイドや執事が担当することになりますが」
「園村君と一緒に行きたいんだけど……ダメかな?」
「ということなの。園村君、咲苗の意思は固いから諦めさせるのは無理よ。ちなみに、私は咲苗の付き添いね」
「まあ、いいけど。……別に楽しいことはしないんだけどねぇ。とりあえず、まずは王城の中を案内しつつ図書館に連れて行ってくれるかな?」
「分かりました」
オリアーナを先頭に廊下を歩いていく……のだが、廊下でメイドや執事、下男達の姿を認める度に声を掛け、仕事の手を止めさせるという謎行為をしていたためなかなか進まない。
園村が使用人達に求めたのは、特定の文章を実際に発音してもらうという意味の分からないものだった。
園村は一通り聞き終えると「ご協力ありがとうございます」とお礼を述べ、使用人達を解放する。
「…………その行為に何の意味があるのですか?」
使用人達も忙しなく働いている。それをわざわざ止めさせることの意味がオリアーナ達には分からないでいた。
数回使用人たちを止めたところで、流石に聞くべきだと思ったのだろう。オリアーナが園村にその行為の意味を尋ねた。
「これはねぇ、音価を調査しているんだよ」
「「「音価の調査??」」」
「そう、音価……別名だと音声とも言うねぇ。音声学の概念で、書き表される文字がどのような音声を表しているかを示す語のことだねぇ。対比される音素という概念は客観的には異なる音であるが、ある個別言語のなかで同じと見なされる音の集まりのことだから……そうだねぇ。例えば鏡[kaɣami]と鏡[kaŋami]……この二つは同じ鏡という風に聞こえるけど違う音を示す。前者は一般的な母音の後ろのガ行の子音なんだけど、後者は江戸方言によくある発音なんだよねぇ。だから、王城の人達の発音を聞いてどっちが多いかなっていう統計を取ろうと思ったんだけど……」
「……思ったんだけど?」
「見事に鏡[kaŋami]の方が多かったねぇ。ちなみに、他にも色々試してもらったものも含めて調査するつもりでいるよ」
「でも……一回聞いただけでよくそこまで分かるわよね。私にはさっきのも発音の違いがそこまで分からなかったわ」
「わ、私もです!!」
「ごめんなさい、園村君。私もよく分からなかった」
「まあ難しいからねぇ、こういう調査は。ボク達って普段、『あいうえお』って聞くと『あいうえお』って聞こえるでしょう? でも、最初の『あいうえお』と次の『あいうえお』は本当は違う発音なんだよねぇ。同じ発音は二度とできない……音声ってのはこんな感じで毎回違うものなんだよねぇ。まあ、そこまで完全一致は求めないんだけど、[ka]と[ga]はボク達にとっては違う音でしょう? 例えば枯れ木[kaɾekʲi] と瓦礫[gaɾekʲi]は意味が違うよねぇ? こういう違いをミニマルペアっていうんだけど、これとさっき発音した二つの鏡は違う。そういう色々なことを知った上で、どの部分――例えば硬口蓋とか軟口蓋とか――で、どのように調音しているのか、そういうことも観察して発音を調べるのが方言調査って呼ばれるものなんだよねぇ。まあ、その知識を持っていないのに急にやってみてって言っても難しいから。それに、ボクは絶対音感を持っているし、耳もいいからどんな発音か人より分かりやすいんだよねぇ」
普通はレコーダーを使って各地で音声を記録させてもらい(なるべくその土地に定住していて、他の地域の影響を受けていない人が望ましい)、それを元に調べるのだが、園村は絶対音感と完全記憶能力を駆使して聞いた音を完璧に記憶してそのまま記述することができる。明らかな特殊能力である。
「実は園村君って多芸多才? 咲苗じゃ釣り合わないとか?」
「ただの高校生なんだけどねぇ。そもそも高嶺の花にボク如きが釣り合う訳がないよ? それじゃあ、次行きましょう、オリアーナ姫殿下」
咲苗は才色兼備で、園村は不真面目なオタク――その二人の関係は果たして釣り合いが取れているのか、と巴も一度は感じたことがあった。
クラスメイト達も、二人は釣り合いが取れていないと、咲苗に相応しいのは園村ではないと、そう感じたからこそ園村に対して風当たりを厳しくしている。
だが、そもそも根底が間違っているではないか? 咲苗に相応しいのが園村なのか、などというのは見当違いの、あまりにも不躾な考え方で、寧ろ咲苗が園村に相応しい人間なのか――逆の考え方が本来あるべき形ではないのか?
園村はイジメられながらもここまで高校に通い続けてきてくれた。それこそが、彼の咲苗に対する慈悲であり、それが無ければとっくの昔に自分達は見捨てているのではないか――。
彼が高校に通う理由は分からない。本人も既に見失っているそうだ。彼をそこまで高校に通わせた理由は何なのだろうか? 恐らく、咲苗に好意があったからという訳ではないだろう。だが、度々咲苗に向けている優しい視線は何かしらの好感を咲苗に抱いているということを意味しているのだと巴は信じている。
もし、咲苗と園村の立場が逆転したら――彼こそが高嶺の花で、咲苗が彼を手に入れるために頑張る挑戦者側に回るとしたら、果たして咲苗側にどれほど勝算があるだろうか? 「初恋の相手に空気感が似ているという園村との恋を応援して欲しい」と懇願された時、巴は親友のために全力を尽くすことを誓った。
巴は咲苗が悲しむ姿を見たくない――親友には陽だまりの笑顔が似合うのだから。
◆
「こちらが図書館になります」
五階建ての建物の天井を打ち抜いたような巨大な吹き抜けが印象的な円形状の空間に、いくつもの本棚が並んでいる。
「よろしければ司書をお呼びしますが……」
「必要ないよ。ボクは自分で読みたい本を探すタイプだからねぇ」
そう言い残し、園村はフラフラと階段を上っていった。
そして、本を手に取るとパラパラと全ページを読み、棚に戻す。また棚から本を取り出し……その繰り返し。
「本当にあれで本を読めているのでしょうか? 今手に取られた本はかなり分厚かったですよ?」
「園村君って、四つの本を同時に開いて読んだり、ちょっと読書のレベルが他の人とは違うんだよ。……そういえば、一度読んだ本は二度と校内に持ち込んでいないけど……やっぱり、本の内容が丸々頭の中に入っているのかな?」
「絶対音感の次は完全記憶……それに、舌も優れているから、超味覚も持っているってことになるだろうし……一体いくつ特殊能力を持っているのかしら?」
異世界に召喚されてから次々明かされるクラスメイトの新たな顔に、咲苗と巴は「自分達がどれくらい園村白翔という友人をどれくらい知っているのか。本当は何も知らないのではないだろうか」と少しずつ不安になってきた。
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