Act.8-79 王女宮での新生活と行儀見習いの貴族令嬢達 scene.2
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ>
「ブライトネス王国の貴族は王家から分岐した五摂家と呼ばれる大公家と公・侯・伯・子・男の五爵、一代限りの騎士爵があります。しかし、これは大きな括りで覚えておかなければならない爵位は他にもあります。ブラックソニア辺境伯家とフンケルン大公家、それからつい先日アネモネというビオラの商会長が叙勲された辺境の統治と国防を求められる辺境伯、ヴァルムト宮中伯家とディルヴォン宮中伯家が有する宮廷で万が一国が後継者争いで分裂した時に、その仲を取り持つ宮中伯の二つがあります。この辺境伯と宮中伯は基本的に伯爵家として扱われますから暗黙の了解となっています。一方、この宮中伯でも国の分裂をどうにもできなくなった場合、或いはブライトネス王家に危険が迫った時に、国王陛下の臣下として陛下とその一族を護衛し、内乱を収める役割を与えられた貴族がいます。これは一部を除いてほとんど知られていない事実ですが、それを担うのが【ブライトネス王家の裏の剣】と呼ばれるラピスラズリ公爵家なのですわ。ラピスラズリ公爵家の使用人はあらゆる荒事に対応できるように戦闘の技術を叩き込まれています。まあ、有り体に行けばどこの国にでも存在する暗部のようなものですわね。シェルロッタ様はこのラピスラズリ公爵家の使用人の一人としてプリムラ様の護衛のために派遣されました」
「それは、私達が知ってしまってもよろしいことなのでしょうか?」
「ギリギリのラインですわね。口外しなければ問題はありませんわ」
「…………あの、ローザ様はその、戦う力をお持ちなのですか?」
「メアリー様、そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですわ。……あまりこう言ったことが苦手なのは存じています。少しずつ慣れていけばいいと思いますわ。――残念なお話ですが、私はそう言った才能に全く恵まれませんでしたので、こうしてシェルロッタ様の派遣をお願いすることになってしまいました。私がラピスラズリ公爵家の実態を知ったのもたまたまでして、私の母や妹はその事実を知らずにいます」
「そう……なのですね」
ソフィスが両手を口に当てているんだけど……うん、ダメだよ、ボクが戦えるってことを喋っちゃ。シェルロッタを連れて来た理由の説明がつかなくなっちゃうからねぇ。
「とはいえ、この王宮に魔の手が迫るということもないと思われます。王国宮廷近衛騎士団を中心にブライトネス王国には素晴らしい騎士様達がおられますし、王女宮の守りは近衛騎士団の下部組織でプリムラ様直属の白花騎士団の護衛騎士様達もおられますので、些か心配が過剰過ぎるとは思いますが」
さりげなくクソ陛下に罪を擦りつけておく。ボクが言い出しっぺだけど、それをわざわざ話す必要はないからねぇ。
「ローザ様、白花騎士団とはどのようなものなのですか?」
「ソフィス様も含め、皆様、行儀見習いに来たばかりで騎士団についての知識も完璧ではないと思いますので、この機会にご説明させて頂きます。まず、国の騎士団の全指揮権はこの国では軍務省長官の王弟殿下がいらっしゃいます。その下に、第一騎士団、第二騎士団、第三騎士団の三騎士団や天馬に騎乗する天馬騎士団、それ以外の陸上騎兵団といった騎馬隊があります。我が国の魔法戦闘の双翼を担う宮廷魔法師団と宮廷魔導騎士団、王国宮廷近衛騎士団はこの軍務省を上位に置く系統とは別系統の指示系統になっています。この王国宮廷近衛騎士団の中には女性騎士を多く配置した王太后様直属の菖蒲騎士団、王妃様直属の姫百合騎士団、王女様直属の白花騎士団があり、この指揮は各宮の主……或いはその代理者たる筆頭侍女が持つということになっています」
「王国宮廷近衛騎士団は国王陛下直属だとは思うけど、宮廷魔法師団と宮廷魔導騎士団はどこがトップなのですか?」
「魔法大元帥の役職を持つ第一王子殿下が宮廷魔法師団と宮廷魔導騎士団の上司ということになりますわね。ちなみに、第一王子殿下の婚約者様は魔法省で重役に就いているスザンナ様ですので、魔法分野については第一王子殿下が指揮権を持つと考えて頂ければよろしいかと思います。ご理解頂けましたか? ジャンヌ様」
「ありがとうございます。しかし、ローザ様は随分と軍事に精通なされておいでなのですね?」
「侍女は国に仕える騎士様や魔法師様、また諸外国の来賓の皆様に給仕することがありますので、このように各国の組織図や事情に精通しておく必要がありますわ。私は王女宮筆頭侍女という分不相応な役割に任命頂けた時から様々情報を集めて参りました。このような若輩者に到底務められるような職務ではありませんが、指名された以上はしっかりと職務を全うしなければならないと思いまして」
「流石は公爵家のご令嬢ですね、まさに淑女の鑑ですわ」
「『令嬢の中の令嬢』と称えられるスカーレット様にそう言って頂けるなんて光栄ですわ。では、そろそろ私はお暇させて頂きます。皆様にはシェルロッタからお仕事の説明をしていただきますので、説明を聞きながらごゆっくりお過ごしください」
シェルロッタにこの場所でしばらくお茶休憩をするように促して人数分の紅茶を淹れてお茶菓子を出すと、ソフィスに仕事が終わったタイミングで筆頭侍女の執務室に来るように伝えて部屋を後にした。
スカーレット達には「まさか、公爵令嬢のローザ様が手ずから紅茶を淹れてくださるなんて」って驚いていたっけ? ソフィスだけは普通に「ありがとうございます」って受け取ってくれたのはアクアマリン伯爵家で結構な頻度で紅茶を淹れていたからかな? 本当に令嬢らしくない令嬢で申し訳ございません。
◆
オルゲルトがプリムラの対応をしてくれている間にボクはボクのやっておかないといけない仕事をこなしていかないとねぇ。
筆頭侍女の執務室には戻らず、そのままメイド達の控室に向かう。
王女宮配属のメイドは二十三人……新生王女宮の出発に伴い、使用人もほとんど変えてしまおうということで新しく他の宮から移ってきた子もいれば、本当に新人の子もいるそう。
ラインヴェルド曰く「かなり優秀な子を集めたらしい。お前のところできっちり育ててやってくれないか? そういうの得意だって思われているみたいだぜ?」とのこと……他人事だけど、お前だってボクに魔法学園の教師やらせようとしているよねぇ? まあ、いいけど。
中でも優秀で、メイドから侍女に上がれるかもしれないのが一般家庭の裕福な商家出身で、まだまだ荒削りなものの勤めていた内宮の筆頭侍女からはその才能を見出されていたというメイナ=ミリオーネ。
……しかし、彼女は同時期に求人があった王子宮の方を希望していたと聞いたのだけど、本当に良かったのかな? いくら希望は聞きますが、実際にどこに配属されるか分かりませんっていう公務員みたいな職場だとしても、それは流石にねぇ。
まあ、レイン王子宮筆頭侍女は「王子宮に憧れを持つ者もいますが、ここはそんなに素晴らしいところではありません。私は実質ヴェモンハルト様直属で、ルクシア殿下、ヘンリー殿下、ヴァン殿下については各専属侍女からお聞きする程度ですが、正直ヴェモンハルト様の専属侍女はババです。もう辞めたい……辞表出したら受理して頂けるのでしょうか? ああ、私の婚期があんな遠くに……」って言っていたからねぇ。
……ってか、ヴェモンハルトもスザンナもレインが可哀想過ぎるから責任を取ってあげてよ。
まあ、仕方ないから最終手段に出るつもりだけどねぇ。後輩として、先輩は絶対に幸せにして見せます!!
「お初にお目にかかりますわ。本日付けで王女宮筆頭侍女になりました、ローザ=ラピスラズリと申します。まだまだ勉強不足で皆様にご迷惑をおかけするとは思いますが、どうぞよろしくお願い申し上げます」
「まさか、公爵令嬢が自分達に頭を下げるとは思わなかった」と驚いているメイナ達にお茶とお菓子を用意して、一通り挨拶を済ませたボクは書類仕事を片付けるために執務室に戻った。
◆
……戻ったんだけど。
「……それで、王弟殿下が何故窓から侵入なさっているのかご説明頂けますか? 後、アクアとディランさん、地下通路使って逃げて来たでしょう?」
「なんで俺だけ敬語なんだ? いや、ちょいと執務を投げ出したくなってな。木を伝って逃げようと思ったら丁度お前の執務室があったからチョチョイとピッキングで」
「親友、俺達は会議がクソつまんなかったから逃げてきただけだぜ? 相棒も寝落ちしかけていたし、丁度気分転換にいいと思って。今頃文官達慌てているんじゃね?」
「……はぁ。とりあえずヒゲ殿下、ピッキングはおやめください。直すのが面倒です。アクアの集中力が続かないのは知っているし、大臣が逃亡癖拗らせているのは周知の事実だからまあ、いいでしょう。後で宰相閣下にそっちに回す仕事の何割かを私の方に回すようにお伝えください。こっちで三人の仕事の負担は減らします」
「それ、大丈夫なのか?」
「大丈夫……ではないだろうねぇ。王女宮に移ったばかりでこなさないといけない書類が机の上に山になっているし、ビオラの決裁とかもあるからねぇ。ただ、書類仕事は苦にならないし、昔から色々やっているから問題ないよ。……ところで、クソ陛下にお願いしていたラングリス王国とマラキア共和国の処遇に関しては決まった?」
「やっぱり、難航しているみたいです。どちらも難しい問題ですからね。俺達が突撃して潰せばいいっていう話でもありませんし。……そもそも、他国の政治に口を出すというのは世間的に見てあまりいい顔をされるものではありませんからね。お嬢様は可及的速やかな革命の鎮圧とマラキア共和国の壊滅をお望みでしたが、国として動くとなるとなかなか越えなければならないハードルが多いのだと思います」
「まあ、そうだよねぇ……マラキア共和国の解体は正攻法じゃ難しいし、ボクにも一応策はある。正直苦肉の策だけど、マラキア共和国の中枢である商人ギルドそのものの購入するって方法なんだけどねぇ」
「そんなこと可能なのか?」
「可能だけど……国の管理とか面倒だからねぇ。だから、苦肉の策なんだよ」
「……スケールが違い過ぎて実感湧かない話だな。でも、国の経営が面倒っていうのはよく分かるぜ。俺も軍務省の長官の仕事は面倒くさい!」
「……それ、随分アーネスト様に仕事を押し付けている状態で、だからねぇ。仕事を押し付けられたアーネスト様はいつも涙目だよ?」
「まあ、親友がその気ならラインヴェルド達も特に異論はないと思うけどな。一応、聞いてみたらどうだ? 後はラングリス王国の件か?」
「そっちも改めて考えてみたんだけど、ブライトネス王国やフォルトナ王国だと中立の立場からっていうのは実際問題どこまで通じるか分からないよねぇ? だから、信頼できる人を派遣して国の情報を収集、秘密裏に革命軍か王国軍のどちらかに力を貸すか、場合によっては和平の方向に持っていくっていうのはどうかと思ったんだけど」
「……まあ、他国の革命でどっちかに付くっていうのは世間的に見てもあまりよろしくないことだし、ローザが動いてくれるんならありがたいが。……誰を派遣する気なんだ?」
「本人に確認を取ってからになるけど、スティーリアさんがいいかなって思っている。彼女は冷静に物事を見ることができるからねぇ」
「あのスティーリアさんならお前が一声掛ければ喜んで任務を実行するだろうなぁ」
「後はペドレリーア大陸に行くメンバーの選定なんだけど……」
「あっ、そういやラインヴェルドが親友に聞いてこいって言っていたことがあったな。『三千世界の烏を殺し』って魔法で二重存在になればペドレリーア大陸に行くメンバーに入れるんじゃないかって? 正直、俺達も行きたいんだけど?」
「……あっ、気づかれちゃったか。不安しかないけど、まあ仕方ないねぇ。二つの条件を満たしたならペドレリーア大陸探索に同行する許可を出すよ」
「お嬢様、その条件ってどのようなものですか?」
「……アクアも行く気などねぇ。一つ、普段の仕事に支障がないようにして、各々仕事には真面目に取り組むこと。一つ、宰相閣下の許可を得ること。オルパタータダ陛下もきっと参戦を希望すると思うから、その条件を全体にメールさせてもらうよ」
「……エイミーンさんとかもきっと志望するだろうなぁ」
その後、ボクは先にラインヴェルド達の方の仕事を優先して、王女宮筆頭侍女の仕事は次の周回の自分に任せて会議に参加したんだけど……この時はまさか、こんな予想外なメンバーになるとは思わなかったよ。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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