Act.8-76 ライヘンバッハ辺境伯叙爵式 scene.1
<一人称視点・アネモネ>
「ここ数年のビオラ商会の活躍は目覚ましく、様々我が国に貢献している。また、冒険者としても長らく攻略ができず、苦しんでいた【メジュール大迷宮】を攻略し、魔物被害を大きく減らしている。この二つの栄誉を讃え、爵位と領地を与えたいと我は考えている」
その日、謁見の間に集められた貴族達は困惑していた。
平民出身の冒険者の得体の知れない女に爵位と領地を与えるなんて発言を聞いたら、まあ、誰だって驚くよねぇ。
実際、アネモネ達ビオラ商会を軽んじている貴族や妬ましく思っている貴族は多い。いきなり中枢に入り込み、王族と昵懇になった商人風情の女……って、まあ目障りだよねぇ。
これも無理矢理ボクを王宮入りさせるためにラインヴェルド達が強引に動いた皺寄せってことになるねぇ。……まあ、陰口叩きつつ、ちゃっかりどこの貴族もうちの商会を利用しているんだけど。
「アネモネ、貴女にはライヘンの森を領地として与えようと考えている。爵位はライヘンバッハ辺境伯ということでどうだ?」
「……承知致しましたわ」
「意義ありでございます! 国王陛下ッ! 貴族でもない平民に爵位を与えるとしてもいきなり辺境伯は荷が重過ぎます。それに、ライヘンの森はフォルトナ王国との国境に位置する空白地帯――どちらの国も統治を認めないと協定で決められている地域です。その地域の統治を任せるなど!」
「確かに、爵位とは順に叙爵していくべきものであろう。つまり、アネモネに貴族としての素質があるか証明されればいいのだな? 既にアネモネ殿は同盟国フォルトナ王国でドゥンケルヴァルト公爵の地位についている。実際に領地経営も商会で成果をあげ、多額の税をフォルトナ王国に納めているそうだ。この件についてはフォルトナ王国からも了承を得ている。フォルトナ王国のオルパタータダ国王陛下との連名で辺境伯の地位を与えるという話だ。フォルトナ王国もこれまでの成果に加え、【フェレッヴェル大迷宮】と【ライウィエール大迷宮】の攻略に貢献したアネモネに新たな爵位と領地を与えようという話が上がっていたそうだ。そこで、我が国とフォルトナ王国の連名で辺境伯の地位を与えるのが妥当ではないかという考えに至ったのだ」
「異論は認めんぞ?」とラインヴェルドが反対した貴族を睨みつけると、貴族の男は「ひぃ!?」と震えて閉口した。
うん、以前の貴族が闇討ちされた事件が響いているみたいだねぇ……恐怖政治になっていない?
こうして、ボクは叙爵式を経てライヘンバッハ辺境伯に任ぜられることとなった。……ところで、ライヘンの森って滝あったっけ?
◆
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ>
ライヘンバッハ辺境伯に任命されると、ボクは速やかにライヘンの森の改造を始めた。
コンセプトの「緑とコンクリートが共存する街」を目指し、森の景観を残しつつも緑とコンクリートが調和した領地を築き上げることができたと思う。
そして時間は流れ、フォティゾ大教会の最高司教のレイティアとの会談の日、ボクはフォティゾ大教会の総本山――フォティゾ神聖堂に足を運んでいた。
天上の薔薇聖女神教団の元総本山に匹敵する巨大な聖堂の奥で待っていたのはプラチナブランドの髪と碧眼を持つ美しい女性だった。
純白の修道服を身に纏った最高司教のレイティア=ベネディクトゥスは聖堂の応接室に手ずから案内してくれた……気を使わせちゃったねが。
「お初にお目にかかりますわ。ローザ=ラピスラズリと申します」
「お時間を作って頂きありがとうございます。オルパタータダ陛下からお話は伺っておりますわ。天上の薔薇聖女神教団の女神リーリエ様、金色の魔導神姫教の女神マリーゴールド様、兎人姫ネメシア教の女神ネメシア様、竜皇神教の女神ラナンキュラス様の四つの顔を持つこの世界の創造主の創造主である百合薗圓様、お会いできる日をとても楽しみにしておりました」
「……些か誤解があるようですが、私はそんなご大層な存在ではありませんわ。この世界の原案を作ったのは私ということになるかもしれませんが、既に私の手から離れています。それに、私がハーモナイアを作った訳ではありません。彼女を作ったのは化野さんという私の家族の一人です。確かに作るようにお願いしたのは私ですが」
「やはり、圓様が創造主であるということはお話を聞く限り間違いないと思いますわ。この世界の原案を圓様が作り出さなければ世界は完全しなかったでしょうし、女神ハーモナイアも圓様が化野様に依頼しなければ完成致しませんでした。……私は、本物の神と呼ぶべき存在がいると知った時からずっと疑問に思っていることがあります。私達はこれまでずっと聖神フォティゾを信仰して参りました。私達は、間違っていたのでしょうか?」
また難しい問題だねぇ……まあ、世界を創造した存在が本当にいたとなれば、自分達の信仰が間違っていたのかも知れないと思うのも仕方ないのかな? ……まあ、ほとんどの場合は自分達の宗教の教えが正しいんだと捻じ曲げに掛かると思うんだけど、そうならないのはレイティアが清廉潔白にフォティゾ大教会と対峙してきたからだろうねぇ。
「天上の薔薇聖女神教団はリーリエと出会って考えを改めました。これまでは聖女を信仰の対象としてきましたが、天上の薔薇聖女神教団に改名した時点で聖女とはリーリエから加護を与えられた者である……とするようになったようです。しかし、光魔法の適性は他の魔法と同じく生まれ持ったものであって、私が授けたものではありません。それをどう解釈するか、宗教に委ねられているということになります。正直な話、私は天上光聖女教の考えを改めさせるつもりはありませんでした。ただ、亜人種差別さえやめてもらえればそれで良かった。神だなんて大それた存在ではないと自覚していますし、祈りを捧げる全ての人間の願いを叶えるなんてことはできません。ところで、同じ神を崇める彼らの仲はお世辞にも良いものとは言えません。何を機軸に置くかといった点で常に対立しているのです。遠い世界のピエール・ブルデューという方は著書『ディスタンクシオン』において、『趣味に関しては、他のいかなる場合にもまして、あらゆる規定はすなわち否定である。そして何よりもまず嫌悪なのだ』と述べておりますが、信教もまた趣味と同じものだと思います。他のものを否定することで差異を設ける、闘争という概念と切り離しては考えられません。私の場合、これら四宗教は解釈違いで対立するオタクの派閥となんら変わらないものだと思います」
「……解釈違い、ですか?」
「例えば、このキャラクターの組み合わせが好きな二人がいるとして、どちらがリードするのがより自然かと考える場合、二つのパターンが考えられます。当然、片方のパターンを選んだ場合にはもう一つのパターンを選んだ人とは相反する訳です。これは趣味の分野の話ですが、信教にも適用することができると考えます。ここまで散々話して来ましたが、結局重要なのは神の実在性ではなく、拠り所にするものとしての神、自分の過ちを見つめる内在的視点という意味での神、ということではないかと思います。実在するかどうかではなく、神がいると信じることの方が重要ということです。ただ、これは神を必ず信じなければならない、なんらかの宗教に入信することが必要と説いている訳ではないと付け加える必要があるでしょう。どこどこの神々が見ているから悪いことはしないようにしよう……そうした内なる目によって未然に防がれた犯罪というものもあるでしょう。その目が道徳と世間一般で呼ばれるものなのか、神なのかどうかは人それぞれでしょうが、そういった規範がなければ世界は死と禍によって覆い尽くされることになると思います。理性によって制御されなければ、欲望は際限が無くなりますからねぇ。それに、神を信じ、それが生きる力となるのであれば、そこに神を信じる意味があると思います。科学が発展して様々なことが分かってきた私の世界でも信教が無くならないのは、きっとそういった理由でしょうねぇ」
心の拠り所としての神――理不尽が増えている世界だからこそ、人はそういったものに縋りたくなる。
存在するか、存在しないかの議論よりも、そういった客観的事実の方が重要だと思うんだけどねぇ。
「つまり、君達はこれからも自分達の信じる神を――聖神フォティゾを信仰していけばいいんじゃないかな? 宗教と思想は自由なんだから、本来は何事にも侵害されちゃならない。ただし、それは他人に迷惑をかけない範囲で……ってことなんだけど。この辺り、後で狂信者どもを集めて説教しないといけないのかな?」
「……圓様、本日はありがたいお話をどうもありがとうございました。圓様が種族を超え、神として様々な人々から崇められる理由、それがようやく分かった気がします」
「ん? どこにそんな要素がありました? 私はただ当たり前のことを言っただけですわ。みんなが一人ずつ、少しずつ他人の考えを、信じているものを認め合えばきっとみんなが幸せになれるのに、という単なる反実仮想ですわ。実際は、人間というのは利己的なもので、自分というものが優先されてしまうのですが」
天上の薔薇聖女神教団とかの活動を見ていると、絶対に争いは無くならないと思う。まあ、意見をぶつけ合うことはいいことだし、彼らも武力行使には手を染めていないから問題はないんだけどねぇ。
……うん、ある意味平和的な宗教だなぁ、と思うよ? 些か過激過ぎるところが玉に瑕だけど。
「改めてお礼を述べさせてください。本日はとても考えさせられるお話をお聞かせくださり、ありがとうございました。今後も私達は聖神フォティゾを信仰させて頂きますが、私個人はお話を聞いて圓様こそ真にこの世界を統べる神であると感じております。どうかこれからもこの世界の人々を見守り、祝福をお与えくださいませ」
…………あの、だからボクは神でもなんでもないんだって。
うーん、なんかまたどこぞの女神を信仰する敬虔な信徒が増えた気がするけど……だから来たくなかったのになぁ。
お読みくださり、ありがとうございます。
よろしければ少しスクロールして頂き、『ブックマーク』をポチッと押して、広告下側にある『ポイント評価』【☆☆☆☆☆】で自由に応援いただけると幸いです! それが執筆の大きな大きな支えとなります。【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくれたら嬉しいなぁ……(チラッ)
もし何かお読みになる中でふと感じたことがありましたら遠慮なく感想欄で呟いてください。私はできる限り返信させて頂きます。また、感想欄は覗くだけでも新たな発見があるかもしれない場所ですので、創作の種を探している方も是非一度お立ち寄りくださいませ。……本当は感想投稿者同士の絡みがあると面白いのですが、難しいですよね。
それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。




