Act.8-58 優勝祝いのチェイン・デート scene.3
<一人称視点・アネモネ>
「よォ、久しぶりだな」
「お久しぶりです、モルヴォル様、バタフリア様。それから初めまして、私はアネモネと申します。以後お見知り置きください、ジィード=ジリル様」
明るい茶色の髪に愛嬌ある顔立ちの少年に会釈をする。
ゲームの設定ではツンデレキャラだったけど、この時点ではどうなんだろうねぇ?
ゲーム内では平民出身ということで主人公に親近感を持っていたから元々好感度が高かった。このツンデレな性格が若干な障害になっていたんだけど、ライバルキャラもいないため最も攻略が簡単なルートと言われていたねぇ。
「初めまして、アネモネ様。ジィード=ジリルと申します」
「おう、そうだ。丁度アネモネさんに聞きたい話があったんだ。今から少し時間をもらえないか?」
「樒、ちょっと待っていてくれる? あんまり時間が掛からないと思うからねぇ」
『私は大丈夫ですわ』
「ところで、うちの店にどんな用事があったんだ? バタフリアに案内させるが」
「樒さんに服を買ってあげようと思いまして、私もいくつか見繕うつもりですが、やっぱりお店のおすすめを聞いた方がいいですわよね? お願いできますか?」
「バタフリア、頼めるか? ジィード、俺達ぁ客人と中に入るから店の方は頼むよォ」
「お祖父様、承知しました」
ボクはモルヴォルと共に店の奥に入っていく。前回も訪れた応接室には当然のように飴が用意されていた。
ボクがこの店の飴が好きなことを知っているからかな?
「ジィードさんには悲しい思いをさせちゃったねぇ」
「ってことは、やっぱりカルロスの件に絡んでいたってことかァ?」
「まあねぇ、その話は丁度どこかでしないといけないって思っていたから丁度良かったよ。……ここからの話はあんまり人に聞かせられない話だから共有するにしてもバタフリア様までにしてねぇ。ジィード君には少々荷が重すぎると思うし、まあ、時が来たと思ったらそちらの判断で話してもいいけど、まあ、醜聞には違いないからねぇ」
モルヴォルの表情から好々爺然とした笑顔が消える。
「……まあ、大体は予想がついていると思うけど、ブライトネス王国でとある公爵家の一家が惨殺される事件があった。それと同時期に正妃が暗殺されたものの、その犯人も暗殺され、事件は迷宮入りになったって話ねぇ。犯人の死体は残念ながら残されていなかったんだけど、殺されたのはシャルロッテ=ブライトネス。モルヴォル様とバタフリア様の娘でカルロス様の姉――メリエーナ様の殺しを依頼した張本人だよ」
「……なるほど、ようやく合点がいったよ。表向きカルロスは馬車と共に落下して死亡したって聞いたがそこは普段から隣国に行く時に使うルートで勝手知ったるアイツが死ぬとは思えなかったんだ。……しかし、なんでお前がそこまで知ってんだ?」
「まあ、実際はボクが嗾しかけたようなものだしねぇ。……その情報を掴んだのは丁度別の案件を進めていた時でねぇ。その依頼を遂行した暗殺者については既に処分した。後は依頼者をどうするかって話だけど、その依頼者は一応この国の正妃だった。その情報を知っていたのはボクを含めて四人、カルロス様と長年メリエーナ様の死因を探っていたルクシア殿下、ラインヴェルド陛下ということになるねぇ。この人選は真っ先に事実を知るべき人達ということで選定させてもらった。そこからは己の判断に委ねた訳だけど、カルロス様は家族ではなく姉を殺した者への復讐を選んだ。……そうなることが分かっていてボクは彼の背中を押したんだ」
てっきりぶん殴られると思ったけど、モルヴォルは動かない。
「殴られてもおかしくない所業だと思うけどねぇ」
「お前に文句はねぇよ。カルロスの気持ちを一番に考えていたのがお前だったってことは良く分かったからなァ。……ってことは、復讐を果たした後カルロスは死んだってことか?」
「あっ、うん、そうだねぇ。カルロスは――ジィード君の父親はもういないよ。彼は自分の子供を捨てて、あのブライトネス王宮の地下で謀反人として殺された。そうならなければならなかった……下手人死亡にしないことにはこの一件を落着させることができなかったから。ラインヴェルド陛下も、ボクも、彼を犠牲にして正妃殺害という結果を手に入れた外道だよ。……でも、一番の犠牲者はジィード君だ。母親に続いて父親まで失ったんだから」
「妙な言い方をするなァ。その口ぶりだと、犠牲者はジィード君だけ……カルロスは犠牲になっていないみたいじゃねぇか?」
「まあ、そういうことだよ。カルロス=ジリルは死んだけど、彼が死んだなんてボクは一言も言っていないからねぇ。当然ながら彼は姿と名前を変えて生きているよ。ボクの誕生日会で君達の給仕をしたメイド、覚えているかい? あのシェルロッタ=エメリーナの正体がカルロスだよ」
「……はっ!? なんだって!? つまりアイツが……カルロスだっていうのか?」
「まぁねぇ、だってボク達の都合で死に追いやるような真似をしたのにアフターケアをしない訳がないでしょう? カルロスには死んでもらわなければならないかったから彼には死んでもらった。だから、例え同じ魂を持っていたとしても彼はもうカルロスじゃなくてシェルロッタなんだ」
「…………良かったァ、アイツは生きていたンだなァ」
とはいえ、父と子という関係は崩壊したし、全てが元通りという訳にはいかない。
「彼を生かした理由は他にもある。これはラインヴェルド陛下にも話していないんだけど、特別に教えるよ。シェルロッタには王女宮の筆頭侍女になってもらう。公爵令嬢の我儘で連れて行ったメイドを上手く筆頭侍女の座に滑り込ませれば、シェルロッタは姉の忘れ形見と再会できる。プリムラ様にとっては母の弟と共に暮らせるようになる……これはメリエーナ様もきっと望んでいることだよ。……長きに渡ってその身分差が姉と弟の間を、父と子の間を引き裂いてきた。モルヴォル様とバタフリア様が孫娘と本当の親子のように接する機会を作ることは難しいかもしれない。……きっとモルヴォル様もバタフリア様も同じだけプリムラ様を大切に思っていると思うけど、どうかカルロス様だけを優遇してしまうことを許して欲しい。最愛の姉の無念を命を賭けて払おうとした彼の長年の強い願いに相応しい幸せをボクは与えたいんだ」
これはカルロスにあの話をした時からずっと考えていた、まだ誰にも打ち明けていない構想。
プリムラの隣にいるのはボクではない、ボクであるべきではない。シェルロッタこそ、王女宮の筆頭侍女に相応しい。
ラインヴェルドもきっと分かってくれるだろう。……まあ、その時が来るまではボクが仮の王女宮筆頭侍女として頑張るつもりではいるけどねぇ。
「……色々迷惑掛けてすまなかったな」
「ボクは自分の為すべきことを成しただけだよ。……不完全であることを許して欲しい。もっといい方法があったかもしれないけど、ボクにはこれしか思いつかなかったから」
◆
それからいくつか服を見繕ってボクと樒は店を後にした。それから何軒か店を梯子して服を買い、樒とのデートは終わった。……途中で相手を待たせて話し込むってデートとしてはアウトだったけど、許してもらえてよかった。樒って心が広いよねぇ。
さて、次のデートは椛と槭とのダブルデート。場所は新星劇場で、内容は演劇鑑賞――ブライトネス王国で近年人気劇団に上り詰めた劇団フェガロフォトの公演を見に行くというもの。
まさか二人が演劇好きだったとは驚きだねぇ。二人で何回も演劇を見に来たことがあるみたいだし。
内容は「ロミオとジュリエット」などに代表される若い恋人たちが社会によって課された障壁をはねのけて愛を成就させようとするよくある主題のもので、悲劇ではなく伝統的な恋愛喜劇な内容になっている。……まあ、悲劇も劇団フェガロフォトは取り扱っているんだけどねぇ。なんでも何人かいる脚本家の一人があんまり悲劇を好まないそうで、その人がやたら悲劇に見せかけた喜劇を描くものだから、ハッピーエンドのものが増えているらしい。これに関しても悲劇の皮を被った喜劇だし。
敵対する有力貴族のジャネット家とスピレッド家の息子と娘の両思いと、ジャネット家の息子の婚約者である俗に言う悪役令嬢的な立場の少女が中心になる物語だけど、この悪役令嬢も最後はスピレッド家の娘を認め、身を引く。その彼女も最後は素敵な出会いを得て幕を閉じる。
割とこう言った形式が多いから見ていて安心できるそうだ。悪役令嬢のメリッサのファンも多いそうで、憎むに憎みきれない彼女の可愛さが高い評価につながっているのかもしれない。
『メローレとミレルダ、幸せになれて本当に良かったね』
『メリッサも可愛らしいのよね。お姉様はどう思われました?』
「……まあ、良かったんじゃないかな? 演技も流石は劇団フェガロフォトって思えるくらいの素晴らしいものだったし、おかげで感情移入もスムーズにできた。やっぱりいいねぇ、演劇」
「アネモネ先生にそう言って頂けるとは……このゴードン=ヴァーツレイク、感激です。演者の皆様にも早速お伝えしなければ!!」
……あーあ、来ちゃったか。本当は早くトンズラしたかったんだけどねぇ。……しかも、隣には今回の演劇の脚本家でもないにも拘らず、あの人もいるし。
『お姉様、この方は?』
「紹介するよ、向かって右が劇団フェガロフォトの支配人兼演出家のゴードン=ヴァーツレイク先生。そして、もう一人が劇団フェガロフォトお抱えの人気脚本家のヴィンゼント=ワーグナー先生。ちょっとした知り合いでねぇ」
「ちょっとした知り合いなどではありません! 私もゴードンさんもアネモネ様に出資して頂けなければ演劇の世界に足を踏み入れることすらできませんでした。しかし、流石はアネモネ先生の脚本、読んで感激致しましたよ。なかなか顔をお見せくださらないので、本日はお会いできて本当に良かったです」
「……うん、そうだねぇ」
あっ、ダメだ。椛と槭がキラキラして目でこっちを見ていて、そっちに顔を向けられない。別に大したものは書いていないんだけどねぇ。
『まさか、お姉様が『白姫様』だったなんて……』
『お姉様、流石ですわ!!』
「うん、そーだね」
「ところでアネモネ先生。いつ頃でしたら舞台に上がって頂けるのでしょうか? 先生ほどの演技力を持つ演者はいません。是非、看板女優として演技を――」
「だから、何度も言っていますが私は女優として活動するつもりはありませんよ。本だけで勘弁してください」
「ならば演技指導を! みんなアネモネ先生に指導して頂きたいと思っています!!」
「そんな訳ないでしょ! 今をときめく劇団フェガロフォトの団員が素人に教えを乞いちゃダメだって!」
そういえば、似たようなことを言ってきた人がいたねぇ。
ボクも百合薗圓自体にエンターテイメント分野で投資をすることもあった。代表的なのは劇団燦星夜景と栗下大サーカスの二つかな?
栗下大サーカスは大栗木下丘が座長兼株式会社栗下大サーカスの代表取締役社を務める一切動物を使わず、人間の曲芸を極めた総合芸術としてのサーカスを売りにするサーカスで経営難の際に出資して以来付き合いが続いていた。
劇団燦星夜景は座長で役者としても活躍する小松静音が仕切っている劇団でこちらも経営難の際に出資して以来付き合いが続いている。
この静音が何故かボクの演技力を高く評価していて、ボクに役者達の演技のアドバイスなども依頼することがあった。……終いにはボクに舞台に立てとまで言って来たからびっくりだよねぇ。
脚本の執筆を依頼されることも多かったからこっちは納品していたけど。
それを思い出して劇団フェガロフォトにも融資したんだけどねぇ……なんで、同じ道を辿るのだろうか?
結局、逃げ切れずにボクは連れて行かれて演技指導をする羽目に……しかも、相手はさっき舞台に上がっていた一流の俳優達ばかりな訳で。
途中、椛と槭も演技をして不定期で演者として参加する契約を結んだみたいだけど、ついでみたいに流れるようにボクまで舞台に上がる契約を結ばれそうになった時だけは全力で拒否した。
ボクみたいな素人を舞台にあげたらせっかくの舞台が台無しになっちゃうからねぇ。
あっ、椛と槭はご満悦だったみたいです。たくさん色紙にサインを貰っていました。……でも、ボクのサインは必要ないよねぇ?
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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