Act.8-35 幕間 神々暗躍 scene.2
<三人称全知視点>
ブライトネス王国の隣国の一つ、マラキア共和国――別名商人国とも呼ばれるこの国は、ブライトネス王国を含む多くの国が賛同した永世中立国だ。
大手の商会同士の協力によって設立された商人ギルドが実質支配を行っている。
ラピスラズリ先代公爵家もかつてこの地を拠点にしており、他にも他国の間者や無法者が隠れ蓑として使用している。
『阿羅覇刃鬼』や『阿頼耶死鬼』などと呼ばれる世界的犯罪組織もこの地を拠点としていた。
そのマラキア共和国にあるスピークイージー系の喫茶店(かつて禁酒法があった頃の名残りで表向きは喫茶店を装っているものの、スタッフに特定の合言葉を伝えることで奥のバーカウンターに入ることができるお店)のバーのテーブル席で二人の男が対面でそれぞれブルー・キュラソーと白湯をそれぞれ片手に話をしていた。
会って会話しても記憶に残らないような、不思議なほど存在感のない黒髪糸目のハンチング帽を被り、紺色のだぼっとした服を着て前掛けを下げた行商人の身なりで風呂敷のような唐草模様の入った帆布でできたリュックサックをソファーに置いた男は『滅私奉公』の定吉と名乗った。
その定吉と相対するのは長い黒髪を束ねた褐色の肌の男だ。
手には一冊の黒革表紙の分厚い本を手に持っている。手にしたものをあらゆる破滅をもたらす存在へと変えるというそれこそ魔法のようなこの『這い寄るモノの書』は彼と彼が信仰する神に密接に関わるものだ。
「いや、しっかし貴方が海を越えたこの国でも暗躍しとるっては驚きやった」
「我々『這い寄る混沌の蛇』は国々を破滅へと導くために様々な陰謀を巡らす組織でございますから、その活動範囲は何も『ダイアモンドプリンセス〜這い寄る蛇の邪教〜』の国々――ダイアモンド帝国やオルレアン公国だけが標的という訳ではございません。……とはいえ、あの百合薗圓のお膝元というだけあって、一筋縄ではいかないようでございますね。フォティゾ大教会の枢機卿アンブラル経由で切り崩しを図りましたが、どちらも残念な結果となってしまいました」
「とはいえ、何も得られなかった訳ではありませんが」と続けた男――脅されるなどして協力することになった消極的協力者、利用して利を得ようとする積極的協力者、教義に共感して主体的に行動する信者、『這い寄る混沌の蛇』の教典である『這い寄るモノの書』を広める教師に区分され、纏まった組織の形式を取らない混沌宗教戦力である『這い寄る混沌の蛇』の実質的に頂点に君臨するアポピス=ケイオスカーンは懐から帝器「夢の毒」の小瓶を取り出し、定吉に見せると懐に戻した。
ルヴェリオス帝国の凶手であるグローシィ=ナイトメアブラック――彼女にブライトネス王国とフォルトナ王国での活動をするための拠点を与えたのは『這い寄る混沌の蛇』であった。
その対価として求めたのがルヴェリオス帝国の保有する帝器の一つ――「夢の毒」だったということである。
「我々のような魔法の存在しない世界の零細組織はありとあらゆる手段を講じなければなりませんからね。……まあ、その分、魔法以外の搦め手ならそれこそいくらでもやりようがありますが」
国を崩壊させるのに戦略兵器など必要ない。ただ、国の中枢に潜り込み、同士討ちをさせるように振る舞えばいいのだ。
どのような国の中にも蟠りの種はある。それを芽吹かせれば自然と国は分断され、滅びの道を突き進んでいく。
勿論、これは社交辞令的なものであることを定吉は認識している。話半分で聞いておくのが妥当だろう。彼らは使えるものはしっかりと使う者達だ。もし、仮に魔法を使えるのなら、彼らはあえて使わないという選択肢を決して選びはしないだろう。
「随分と難儀なことをしますね。まあ、それがあんた方の特色なのでしょうが」
パカパカと白湯を飲みながら、定吉は糸目を解き、濁った瞳を見せた。
「うちの旦那さんの方針やけど、どうやらとりあえずは次の拡張パックを待つようやで。正式導入されておらん以上は十全に動けない状況やからね」
「えぇ、まあそれが妥当でしょうね。こちらはルヴェリオス帝国と同時期に小規模の更新アップデートで完全導入されましたが、あちらは世界の根幹に大きな影響を与えながら、未だに正式導入はされていない状況ですし……まあ、こちらが攻め込むには頃合いなのでしょうが、私はそちらさんと殺し合うつもりは毛頭ありませんし」
アポピスは真の唯一神の座に興味はない。世界の支配などつまらないと考えているからだ。
そのため、誰が真の唯一神になったとしても、その世界で好きなだけ混沌を振り撒く許可をもらえるのなら、喜んで『管理者権限』を譲ろうと考えている。
「ほなら、その旨を旦那様に伝えておきます。こちらは今のところ動く予定はあらへんが、そちらが動くようであれば支援はするっちゅうことですので」
「ええ、私も今のところ百合薗圓と直に構えるつもりはありませんか、もし正式にことを構えることになりましたら、その時はご協力よろしくお願いしますとお伝えください」
「確かに伝えておきます。それでは、あんじょうよろしゅう」
定吉は席を立つとそのまま一切の気配を絶って姿を消した。
◆
MMORPG『Ancient Faerys On-line』の舞台である常若の浮遊島の中にある国――妖精の国。
火妖精、水妖精、風妖精、木妖精、土妖精、闇妖精、光妖精、猫妖精、工匠妖精の九種族が暮らすその島は第二弾の拡張パックの導入に伴い出現することが決まっているため、出現する筈の地点の海上は未だに影一つない美しい青い海のままなのだが、その海上のすぐ近くには青い渦のような穴がぽっかりと空いていた。
その内部には空と海、そして小さな島々という小さな世界が形成されていた。
小さい島々にはまた渦のような穴――ゲートウェイが存在し、これらは様々な場所へと繋がっている。
この小さな世界と呼ばれる領域はミーミル=ギャッラルホルンが【新生・エルフ至上主義】を自身の庇護に加えた際にその受け皿が必要となったため、その後の妖精の国との連動も考慮した上で指定された座標に紫の女神アメジスタが一から『不思議のダンジョン;ゲートウェイフロンティア』の【管理者権限】を駆使して作り上げたものだ。
その後、ブライトネス王国と袂を分かったメリダ=キラウェアも紆余曲折を経て合流を果たし、彼女もこの世界に移り住んでいる。
【新生・エルフ至上主義】に所属する若いエルフ達は翠妖精に、メリダは火妖精に、それぞれ種族を上書きされ、新たな力を手にしていた。
不思議のダンジョンを母体に中間地点などに使われる固定マップを改良し、約半月を掛けて完成した小さな世界で、ミーミルとコンビを組み、これまで行動を共にしてきた紫の女神アメジスタは絶体絶命の状況に陥っていた。
『……くっ、やはりこうなるのね』
『貴女の役割は終わった。この小さな世界を完成させたところで貴女の仕事はお終いだ。……『不思議のダンジョン;ゲートウェイフロンティア』の【管理者権限】は私が有効活用してやるから安心しろ』
『……どうせ殺すつもりなら、何故先に殺して権能を奪おうとしなかったのかしら?』
『別にいつでも殺せる者を早々とわざわざ殺す必要があるか? 使えるだけ使って、必要がなくなれば殺してしまえばいい――そのことはお前も承知していたのだろう? 私とお前は対等ではない――常に私が生殺与奪を握っていた。……他の神も動き出し、唯一神の中にも死亡者が現れた。今のうちに戦力を強化しなければならないと、私はそう思っている。ということで、その【管理者権限】と『唯一神』の座を私に寄越せ。……そいつの撃破はお前に任せる。決して取り逃すなよ、メリダ』
「ふん、人遣いが荒い奴だ。……まあ、いい。約束通り、この女を殺したら『管理者権限』の一部を私に寄越せ」
『ああ、勿論。――ただし、その女よりも自分が優れた相棒になれると俺に認めさせることができたらな』
「焔獅子の腕」と「焔獅子の脚」を発動して自身の腕と脚に炎を纏わせるとメリダは真紅の妖精の四翅の力をも借りて肉薄――アメジスタに迫る。
『アメテュストゥス・ルーメン!』
アメジスタの手に巨大なアメジストの結晶が現れ、結晶から無数の紫の光条が放たれた。
『不思議のダンジョン;ゲートウェイフロンティア』のラスボスであるアメジスタの専用魔法技が炸裂し、メリダとミーミルの視界を一瞬にして塗り潰すが……本当にただの目潰しにしかならず、ダメージを与えることは敵わなかった。
それは能力値の圧倒的差によるもの――例え、アメジスタにとっては必殺技と呼べるほどの一撃であっても、圧倒的なステータス差が障害となって致命傷には至らないのだ。
内心歯噛みしながらも、もう二度とあるか分からない一瞬の隙を無駄にしないために即席のゲートウェイを開き、その中に飛び込んだ。
『ちっ、逃げ足だけは速い女だ。……まあ、いい』
ゲートウェイは入り口と出口を事前に設定しておかなければ、片方の入り口の位置はランダムになってしまう。
確定している片方の入り口を閉じてしまった以上、もう片方の入り口の場所は当の本人――アメジスタにすら分からないのだ。
追おうにも追う方法はないのだから、これ以上ミーミル達に打つ手はない。
力はないが、運と逃げ足だけはある女神だ。腐っても唯一神なのだからそう簡単に死ぬことはないだろう。ならば、また見つけて殺せばいい。
ミーミル達にはいつでもアメジスタを捻り潰すことができる力があるのだから。
◆
『……ここ、どこかしら?』
アメジスタが辿り着いた先は無数の鉱石に覆われた鍾乳洞のような場所だった。
一か八かの賭けに出てゲートウェイを開いたが、どうやら賭けに負けたらしい。
アメジスタが状況を確認しようとした時、三つ首の犬のような魔物が姿を現した。
涎を垂らしながら、獰猛な眼を向ける魔物を前にしたアメジスタの背筋に冷たいものが走った。
(……私では、勝てない)
これまで、ミーミルと共に行動することができていたからこそ、戦闘分野を全て任せることができた。
だからこそ、弱いアメジスタでも生き残れた……のだが、孤立している今のアメジスタでは魔物に対処する術がない。
魔物がアメジスタに襲い掛かる……その前に、アメジスタは『アメテュストゥス・ルーメン』を放って目眩しをして、その間に新たなゲートウェイの入り口を作り出しながら逃走を開始した。
視界が回復した魔物が追いかけてくる。恐怖に駆り立てられながら、アメジスタはゲートウェイを駆使して迷宮の中を逃走しながら進んでいく。
(……私は、こんなところで死ぬ訳にはいかないわ。私は、絶対に神様に会って聞かないといけないの。私だけが、なんでこんな理不尽な目に遭わないといけないのかって)
最弱の女神は高難易度大迷宮を駆け抜ける――弱者なりのやり方で、形振り構わず。
『何故、貴女はそんな酷いことをするのよ!』
『何故かって? 刺激が欲しいからよ。私は女神としてこの世界が生まれた頃からこの世界にいた。……つまらないのよ。だから、魔物の恐怖で世界を支配して、このつまらない世界を変えようと思ったの。これで、暫くは楽しめそうだわ』
かつて、圧倒的な力でもって世界を支配したことがあった。
異世界から少女を召喚し、魔王城で激戦を繰り広げた。
『そんなことをしたって心の隙間は埋まらないわ。――貴女は可哀想だわ。世界を破壊して……それじゃあ、この世界も、貴女も救われないわ』
世界に魔物を解き放ち、痛めつける度に、悲しみの声を聞く度に、胸が締め付けられた。
それでも、アメジスタが多くの者を傷つけるような真似を続けていたのは、憎くて憎くて仕方なかったからだ。
決して孤独ではない――大切な人達と楽しそうに一緒にいる人々が。
それは、願いの裏返し。孤独なアメジスタは望んでいたのだ…….自分もいつかその輪に入りたいと。だが、それは女神である自分には決して叶わないものだった。
彼女は、そんなアメジスタに手を差し伸べた。
重ねた悪行は数知れず……罪は消えない。それでも、アメジスタを受け入れてもらえるように、初めてアメジスタの友となった彼女は一緒に頭を下げてくれた。
『……彼女はもういない。……でも、私の心の中にいる。私は孤独じゃない……大丈夫』
彼女の微笑む姿を思い出し、気を持ち直したアメジスタは無謀な挑戦を続けていく――。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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