Act.1-1 クラスの高嶺の花は名も忘れた幼馴染との有り得べからざる恋の夢を見るのだろうか scene.1
「キャラクター短編 常夜月紫SS」〜「キャラクター短編 五十嵐斎SS」には「Act.1」の内容を補填する情報が含まれています。
第一章全体のネタバレも含みますので、ネタバレを回避したい方は第一章を全て読み終わってから、ネタバレありでも問題ないという方はこの「Act.1-1」をお読み頂いた後にお読みください。
<三人称全知視点・回想>
――柊木咲苗には、今でも鮮烈に記憶に残っている初恋がある。
高岭の花として扱われ、三大女神の一角に数えられる腰まで届く長く艶やかな黒髪の美少女。いつも微笑の絶えず、非常に面倒見がよい、更に責任感も強いため学年を問わずよく頼られる。それを嫌な顔一つせず真摯に受け止める――そんな高校生とは思えないほどの懐の深さで、かつ成績も優秀な彼女は教師からの信頼も厚い。
クラスどころか校内全体を見ても上位の人気を誇り、ファンクラブという組織が互いに牽制し合い、抜け駆けは決して許さないという立場をとっていなければすぐに告白祭という名の暴動が起きていただろう……もう一人の女神にして咲苗の親友でもある五十嵐巴については熱狂的な女性ファン達の存在が大きな牽制要素となっているのだが……。
そんな咲苗が、過去にイジメを受けていたという話を果たしてどれほどの人が信じるだろうか?
現在は隠しているものの、元々ディープではないもののオタクの気質があり、漫画やアニメ、ライトノベルが好きで楽しんでいる咲苗だが、その原点には物語を紡ぐのが好きな小学生時代がある。
過去には拙いながらも小説擬きを綴ることがあった。
心ない男子達はそれを黒板に張り出してイジめた。教師や咲苗の幼馴染で、その頃から既にカリスマ性を持ち合わせ、イケメンの片鱗があった聖代橋曙光がいないタイミングを狙ったのは明らかに計算高く(小学生としては)悪質であった。
そんな男子達を女子達も止めようとしない。女子達はイケメンの曙光と咲苗の距離が近いことを妬んでいたのである。自らの手を下さずに咲苗に攻撃することができる機会は女子達にとって行幸だった。
曙光に相談しようにも、彼はその頃から人間性善説信者で相手がイジメを巧妙に隠しているこの状況では「何を馬鹿なことを、咲苗はイジめられていないだろう?」と一蹴されてしまう。更に喧嘩両成敗、握手すれば蟠りは無くなると本気で思っているので、例えイジメの現場が見つかって一度はイジメが止んだとしても、すぐに再燃してしまう。実際、曙光にイジメの現場が見つかったことがあった。その後、一時的に咲苗に対するイジメがぱったりと止んたが、それからすぐにイジメは再燃。しかも、以前よりも陰湿になった。
人間とは抑圧されればされるほど不満を募らせ、規制されればされるほどその事柄を実行したくなる天邪鬼な生き物である。
他の幼馴染の荻原鋼太郎も当てにならない。親友の五十嵐にも迷惑をかけたくない。「私が我慢すればいいなら……」と咲苗は家族にも相談せず一人で抱え込むようになっていった。
◆
「へぇ…………小説を書いている人がいるんだねぇ。しかもこんな身近に……そういう人ってネット界隈には溢れているけど、身近には案外いないものだと思っていたんだけどねぇ。単にあまり周りを見ていなかっただけかな?」
薄ピンク地に可愛いハートマークの入ったTシャツと可愛らしい赤のチェックのプリッツスカートという出で立ちの長い髪を留めた白いリボンが印象的な黒髪の少女。
小学二年生の中で成績一位の才女だが、教室では小難しい本を読み、クラスメイトともあまり関わろうとしないため、少々……ではなく、かなり浮世離れしている。人間嫌いという訳ではなさそうで、勉強を教えて欲しいと頼まれれば協力を惜しむことはない。
そんな女の子が黒板に貼り付けられていた小説の原稿(という名のノートの切れ端)を手に取るとあっという間に読了してしまった。
実は机の上にはイタリア都市国家フィレンツェ出身の詩人ダンテ・アリギエーリの『神曲』と、歌劇の作で知られる一九世紀のドイツの作曲家、指揮者、思想家ヴィルヘルム・リヒャルト・ワーグナーの『ニーベルングの指環』の二冊が置かれ、栞が挟まれている。
小学生でありながら、日本語とはいえ漢字の多く使われている本を、しかも二冊同時に読むことができる時点で相当な知識と尋常ならざる読書能力があることは明らかだ。ノートの切れ端を読むくらいなら造作もないだろう。
「…………平仮名いっぱいでちょっとだけ読みにくかったねぇ。とりあえず、はい、返却。ところで、読んだからには感想を伝えるのが義務だと思うけど、忖度……そうだねぇ、他人の気持ちをおしはかった評価か、甘々な評価……どっちがいいかな?」
他の小学生とは違う――本気で自分の書いたものと向き合ってくれようとしている態度が、咲苗にとっては新鮮で、とても嬉しかったことを今でも覚えている。
「う〜ん……それなら、███ちゃんがおもったことをおしえてくれないかな?」
その咲苗の言葉に少女――████は心底不思議そうな表情をしていた。その眼は「折角気を遣って甘めの評価も用意したのに、それでも厳しい方の評価を選ぶのか……つくづく物好きな子だねぇ」と言いたげだったのだが、当時小学生の咲苗に█の心情を推し量ることは不可能だった。
「そうだねぇ……それじゃあ正直に言わせてもらおうかな? まずは、そうだねぇ……感情描写が圧倒的に足りない。これじゃあ、登場人物の誰が何を思っているのか読み取れない、読み取れないなら感情移入できないよねぇ。後は世界観もあやふやだ。説明されてもない概念が何の脈略もなく出てくる……近世読本じゃあるまいし近現代の物語はある程度の理路整然さを求めるからこれじゃあ設定警察に袋叩きにされることは間違いない。誤字はまあ……ネットで書いている人達の中にも連発している人はいるし、商業の方でも残っていることも多いから目を瞑るとして……後は、人物描写かな? 風景と人物の外見の描写はイラストのない小説だと欲しいところ。アニメや漫画と違って光景をそのまま見せられない訳だから、その辺りは読者の想像に任せられることになるけど、ある程度作者が手綱を握っておかないと、読者と作者の中で世界観認識に大きな差が出てくるし、イメージ描写というのは表現を豊かにしてくれる。例えば、碧眼とか、髪は焦げ茶色とか、中肉中背とか、無性髭があるとか……そういう描写があればどんな人かって想像がつくでしょう? 後は人称――僕とか私とか……コロコロ変わると誰のセリフか分からなくなるよね? あえて揺れさせることで意味が発生するならいいと思うけど、その辺り、プロフィールみたいなのをキャラごとに作ってみたらどうかな? えっと、それから数字の表記の統一? これは……」
捲し立てるようなマシンガントークを続ける█の姿をクラスメイトは呆然と見ていた。
咲苗に至っては完全に涙目だ。これでは、いじめっ子から咲苗を助けようとしたのか、タチの悪いいじめっ子が咲苗をいじめているのか……。
「あ……やっぱり泣いちゃったか。言われた通り本音を言っただけなんだけどねぇ。……でも、ボクは咲苗さんの小説、大好きだよ? 心の底から書くのが楽しいって、伝わってくる。幾ら文才があったからって、技術があったからって、全然評価されないからって小説を切り捨て、新しいものを書き始めるような、創作を出世の道具か何かと考えている人や、読者に阿ることばかりを考え、自分の本当に描きたいものを見失っている人よりも、技術はなくても、楽しいから書きたいって書いている人の方が素敵だとボクは思うんだよねぇ。まあ、現実はそう上手くいかないし、望んだ通りに進むほど都合良くはできていないんだけどさ。技術なんてものは後からいつでも会得できる。だから、例えこのまま趣味で終わるとしても、職業作家を目指すとしても、その気持ちは無くしてはダメだよ。それに、小説を書いているのが恥ずかしいなんて思う必要はない。あらゆることは血肉となるから、決して無駄なことはないんだ。だから、色々なことに挑戦できる時から挑戦をすればいい、できる時にしなかったらチャンスを失ってしまうんだから。それじゃあ遅いよね……他人の趣味を嘲笑う人達なんて相手にしなければいい。そういう人達は大切な時間を空費している訳だからね……だから、人目なんて気にせず、自分の興味を持ったことをやろうよ? ボクはそういう生き方の方がカッコいいと思うからさ」
「…………ぐすん。いいの……しょうせつをかいてもいいの? ……あんなにいろいろいわれたのに……」
咲苗は涙を拭いながら、涙声で█に聞いた。そんな咲苗を見る█は「あちゃ……やっぱりやり過ぎたねぇ」と困り顔をしている。
「誰も君の趣味を否定できないって言ったよねぇ? 書きたいなら書きたいだけ書くべきだよ。創作って強制されるものじゃないし。……確かに言い過ぎたねぇ。ボクは父さんがゲームクリエイターで、母さんが少女漫画家だからか、色々な創作物に触れる機会があってねぇ。ちょっと求める基準がお高めなんだよ……それに、少々完璧主義なところもあるから。だから、ボクのはあくまで理想。自分でもまだ到達できていない高み。――でも、ボクはいつか自分の頭の中の世界を形にするつもりだよ。それがボクの夢だからねぇ」
そう夢を語る少女の姿は気高いものに見えた。
自分もそうなりたいと――自分の創作に自信を持てるようになりたいと、そう思った。
「改めて、ボクは████。こんな性格だから友達なんてろくにいないんだけど、良かったら友達になってくれないかな?」
「……うん。わたしはひいらぎさなえ。わたしも、███ちゃんみたいになれるようにがんばるよ!」
「あはは……ボクみたいに子どもっぽくない子供になることはあまりオススメしないけどねぇ」
そういう█の姿からは、彼女の思っているような「擦れた子供らしくない子供」ではなく、一途に夢を追いかけるような純粋な子供らしさが見えた。
少し理屈っぽくて、沢山のことを知っていて、賢くて……でも、決して夢を諦めていない、純粋な少女なのだと、当時の咲苗は、そう感じた。
◆
それから一年後、█は突如として転校してしまった。担任からは「ご家庭の都合で……」と聞いた気がするが、よく覚えていない。
それでも、その出会いが咲苗の中で鮮烈な印象を残したのは確かだ。女同士で結婚はできないことを知っていたが、それでも咲苗は█を恋人にしたいと、そしてゆくゆくは結婚したいと思っていた。
咲苗は未だに初恋を捨てられずにいる。名前を忘れ、顔も曖昧にしか思い出せない█を咲苗はずっと探した。しかし、全く情報がない状態で█を見つけ出すことは不可能だった。
そして、迎えた高校の入学式当日。割り振られた教室で……。
「出席番号十五番――園村白翔。こんな見た目だけど性別は男です。これから多分? 三年間、よろしくお願いします」
顔を覆うほど黒髪を伸ばした少年の姿に、性別も名前も違うにも拘らず、咲苗は知らず知らずのうちに、あの日唐突に姿を消した少女の像を重ねていた。
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