Act.8-17 誕生日会の二次会と、ドリームチームトーナメントと……。 scene.4 己
<三人称全知視点>
スティーリアが驚きのあまり刮目した。
規格外の速度で放たれる斬撃――それは、既に人間の領域を逸脱していたからだ。
スティーリアは全力で逃げの手を打った。半竜人化して上空へと舞い上がる。
ところが、ジルイグスはスティーリアよりも大きく劣るものの人並外れた速度でスティーリアを追うように空を駆け抜けてきた。
その両脚に宿るのは仙氣――つまり、ジルイグスの空中歩行の正体は神境智證通だったのだ。
スティーリアは空を縦横無尽に飛び回りながらジルイグスを観察し続けた。
そして、ジルイグスの強さの秘密の一つに到達する――その身体がよく見ると仙氣によって構成されていたのだ。
『……解脱によって地仙に到達したということですわね』
スティーリアのご主人様――ローザの前世の世界には仙人も多かったようだが、このユーニファイドに地球由来の仙人はスティーリアの知る限り片手で数えるほどしかいない。
敬愛するご主人様の化身の一つで『ウサ耳破壊僧』や『天の川の兎姫』の異名を持つネメシア、ネメシアの弟子で『残念ウサギの拳聖姫』の異名を持つ獣王メアレイズ、兎人姫ネメシア教の三教主の五人だ。
しかし、その認識はどうやら誤りだったとスティーリアは認識を改める。
「いや、それだけではない。……自分の無力は痛感していた。だからこそ丸一年、副隊長に隊長代理を任せ、一人でフォトロズ大山脈で修行を重ねた。その結果、私は限界まで魂を鍛えることで殻を破り、覚醒することで聖人に、そこから解脱を果たすことで仙人に至ったのだ。まあ、すぐに珍しいものでも無くなるだろう。獣皇様が解脱を果たせば、二人になる訳だからな」
ジルイグスの足元に金色の魔法陣が展開された。
それは紛うことなき聖属性の魔法。
「聖属性付与・浄化煌燦」
その聖なる輝きが炎を纏う『ハイ・ソニックブリンガー』に飲み込まれていく。
ところで、魔物にとって光魔法や聖魔法は劇毒にも等しいものである。当然、魔物の一種である古代竜もその例外ではない。
魔竜ナトゥーフや七体いる古代竜の一体で〝煌聖竜〟の異名を持つアクティナ・オレオール・アスヴェシチャーチであれば、その弱点を無に帰すこともできるだろうが、スティーリアにそのような力はない。
『氷武創造・千の氷剣』
ジルイグスを迎撃するべくスティーリアは氷の武器を創造する技を駆使して千本の氷の剣を作り上げ、一斉攻撃を仕掛けた。
流石にジルイグスでも千本の剣全てを捌くことはできない。さて、どう出る……と、スティーリアは大きく距離を取りながら観察していたのだが。
発生した衝撃波が一瞬にして千本の氷の剣全てを打ち砕いた。
その正体を瞬時に看破したスティーリアはジルイグスがその力を使えることに「あり得ない」と内心動揺しながらも身を守るべく全く同じ力を解放する。
――そう、『王の資質』を持つものだけが許された力、覇王の霸気を。
『……何故、貴方が使えるのですか? 貴方に『王の資質』は無かった筈ですわよね』
本人に自覚がなかったシャードンが『王の資質』を持っていることについては気づいていたスティーリアが、五年前の戦場で確認した時にはジルイグスに『王の資質』は無かった。
『王の資質』は選ばれし者だけが生まれた時から有する支配者の才――それを後天的に得られる方法はない筈だ。
「『王の資質』は生まれ持った才能だと思われていた……しかしそれは、魂を鍛える方法というものが存在していないからだ。『王の資質』とは、即ち魂の強度が人並外れた者だけが有する生まれながらの支配者に与えられた力――それが、私が覚醒したことで至った結論だ。『王の資質』を持つ者は転生しても人格や記憶を失わず、記憶持ち転生者として転生する。そこから私は魂の強度と『王の資質』に因果関係があるのではないかと考えた。実際に転生者であるローザ嬢、アクア殿、ディラン殿、リィルティーナ殿は全員が『王の資質』を持っている。『王の資質』を持つ者は逆説的に、転生を果たしても記憶や人格を失わない強度を有しているということになる。……残念ながら、覚醒段階に至ったからといって必ず『王の資質』を獲得できる訳ではない。また、例外もあるだろう。しかし、この仮説はそう間違っていないのではないだろうか?」
ジルイグスの考察は見当違いのものでは無かった。
例えばシャードン――彼は前世の記憶を完全に失っているが、その魂に刻まれた戦いの技は消えることなく受け継がれた状態で転生を果たした。
『王の資質』の規定値と、転生の記憶保持に必要な強度の範囲は完全に一致する訳ではないが、大きく被っている部分はある。と言っても、その平均値を超えたからと言って必ずしも前世の記憶を持って転生できるとは限らない。
シャードンの場合は『王の資質』の規定値は超えられず、転生の記憶保持に必要な強度の最低値は僅かに上回っていたが記憶を保持したままの転生はできなかった。こればかりは運の問題であると言わざるを得ないだろう。
だが、世界を超える中で魂は強化され、シャードンの魂の強度は『王の資質』の規定値に至った。前世では仮に知っていても使えなかった力を、シャードンは魂が世界を超える中で磨かれることで手にするに至ったのだ。
ジルイグスとシャードンが行った魂の強化は無自覚の偶然か自覚した上でかは別として全く同種のものであった。
◆
ジルイグスとスティーリアの霸気の衝突は無数の黒稲妻を走らせたが、双方が解除をしたところで終わりを告げた。
千本の氷の剣を打ち砕いたジルイグスはそのまま聖なる力が付与された炎を纏った剣を構えてスティーリアに迫る。
『凍結する大気!』
「無駄だッ!」
ジルイグスの覇王の霸気がダイアモンドダストを一瞬にして吹き飛ばした。
これでは、ダイアモンドダストを起点に大気ごと凍結させることもできない。
一か八か、スティーリアは両刀を構え直した。
『――殺戮者の一太刀』
武器を大きく振り回して敵の首を刈るイメージで『氷百合の魔剣』と『氷百合の聖剣』を振るい、暗殺者系の攻撃特技の中でも最強クラスのダメージ出力を誇り、高確率の即死効果が付与されたまさしく暗殺者に相応しい暗殺者系四次元職の暗殺帝の奥義が放たれる……が、ジルイグスは攻撃が放たれた瞬間に瞬時にバッグステップで後方に避難し、白々と冴える大地を砕くほどの一撃を躱した。
ジルイグスも何も調べずに戦いに参加している訳ではない。それが、暗殺者系の攻撃特技の中でも最強クラスのダメージ出力を誇る即死攻撃にも等しい斬撃であることや、その間合いがどれほどのものかを学んでいたのだ。
その結果、ジルイグスは急死に一生を得た。
しかし、その代償はあまりにも大きなものだった。
『わ、私がご主人様を模倣した攻撃を外した!? わ、私は、なんてことを!? ご主人様の顔に泥を……そ、そんなこと、あっていい筈がありませんわ。このままではご主人様に合わせる顔がありませんわ!! ……そんなのあってはなりません! ご主人様の最強、それを私如きの未熟さで穢すことなど、あってはならない!!』
ジルイグスはその想像を絶する狂気を前に、あのまま攻撃を浴びて負けていればどれほど良かったことか、と早くも後悔していた。
地雷を踏み抜き、淑女が崩壊するほど半狂乱に陥ったスティーリアの眼は狂気に濁っていた。
それはその身を焦がすことの愛――敬愛、尊敬、親愛、スティーリアの中で燃え盛る愛の氾濫。
可愛らしく言えば、「恋する乙女の想いの力」。
その狂えるほどの感情は悍ましく、お世辞にも美しさや可愛らしさがあるとは言えない。
しかし、幻想を剥ぎ取られた愛の本質が希望も絶望も超える人間の最も深い原初の感情であったとすれば、スティーリアの中で燃え上がる感情はまさに本物の愛であると言えるだろう。
……ただ、受け取り手のローザは観客席で「ボクってスティーリアにそこまで本気で想いを寄せてもらえるような人じゃないんだけどねえ。月紫さん一途だから、答えられないのに」と苦笑いを浮かべていたが。
ジルイグスの本能が鳴らす警鐘は正しいものだった。
再び、スティーリアが『氷百合の魔剣』と『氷百合の聖剣』を構える。しかし、ジルイグスの位置は「殺戮者の一太刀」の射程の範囲外。
にも拘らず、ジルイグスはこの攻撃で自分が倒されると確信していた。どこに逃げたところでスティーリアからは逃げきれないと、本能が訴えかける。
『ご主人様、必ず汚名を返上して見せますわ! 《ローザ様に捧げる殺戮者の一太刀》!!』
そして、スティーリアの双剣から再び「殺戮者の一太刀」が放たれる。
しかし、全くの別のものだと思えるほど何もかもが違った。
三千世界がひび割れたと錯覚するほどの圧倒的な衝撃と共に、放たれた斬撃は一瞬にしてジルイグスを両断して見せた。
両断された体は傷口からポリゴンと化していき、大将が撃破されたことでスティーリア達も「L.ドメイン」から現実へと戻ってくる。
スティーリアは改めて自らの魂の形が変化したことを自覚した。
《暗殺者》から《白氷竜》へと【再解釈】され、新たに得た《親愛》は愛する者への愛を燃やすことで力を際限なく引き上げていくというもの。
そのローザへの燃え盛る愛がそのまま「殺戮者の一太刀」に乗った故のこの威力。
スティーリアは知らない。己の模倣であった筈の「殺戮者の一太刀」が、本家の「殺戮者の一太刀」を上回ったことを。
スティーリアの抱く幻想が本家の「殺戮者の一太刀」に肉付けを重ねて原型を留めなくなっているが故に。
スティーリアの最後に放ってみせた「殺戮者の一太刀」は、まさしく彼女の幻想を具現化したような、そんな一撃だったのだ。
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