Act.7-40 帝国崩壊〜闇夜の下で絡み合う因縁と激戦に次ぐ激戦〜 scene.3
<三人称全知視点>
「……や、やめて……来ないで」
セリュー=アンテンは奴隷を拷問したり、薬漬けにして壊れていく姿を楽しむサディスト一族の長女として生を受けた。
彼女もその例に違わず人間が壊れていく姿を見るのが何よりの幸せというドSを超えた性格破綻者であり、僅か四歳で辺境出身の青年を拘束された状態とはいえ拷問の上に殺害したことから始まる一連の悪趣味な趣味の犠牲者は数百、或いは数千とも言われている。
そんなセリューは人生で初めて狩られる側に回った。
常に強者だったセリューにとってこれほどの恐怖を味わったのは人生で二回目だった。一人目――グランディネは仲間だったがこの女は違う。
失禁でドレスを濡らし、無様な姿になりながらセリューは懇願した。
それが自分と同種である敵を愉悦させる格好な材料となることを理解できない筈がない彼女だが、それ以外に生き残る道は無かった。
セリューの傍には原型を留めないほど切り裂かれ、ミンチと化した相棒――「塔の狸」だった残骸が無残に放置されていた。
生物型で物体の影を切り取り、切り取った影を変形させることで逆説的に物質を変化させる力と影の操作能力を持つ狸のような危険種を素体としたこの帝器には核が存在し、その核を破壊することで停止させることができる。再生能力を有し、核を破壊する以外に討伐する方法がない……その情報を女――リスティナは知っていた。
知っていたが、彼女が取ったのは生み出した光の剣で滅茶苦茶に切り刻むということだった。
「光聖剣」と呼ばれる彼女が使用する唯一の魔法――その光の速度の斬撃を喰らっても「塔の狸」は再生した。
最初はリスティナの愚かな行為を笑っていたセリューだったが、その後も「塔の狸」に全く攻撃の隙を作らないまま蹂躙にも等しい攻撃が続いた。
「…………もう、やめてよ」
上がる断末魔、続く蹂躙。……八歳の誕生日に父親と母親から誕生日プレゼントとして贈られ、それからずっと日々を共に過ごしてきた相棒の凄惨な姿を目の当たりにし、サディストの仮面が剥がれていき、気弱な少女のような小さな声が漏れた。
「……つまらないわ。ここまで単調だと飽きてくるわね」
そして、あまりにも呆気なく「塔の狸」は死んだ。光の速度で核を切り裂かれ、これまでの蹂躙を、苦しみを嘲笑うかのように死んだ。
セリューは知った、上には上がいると。目の前にいるのは自分も同種の――いや、それ以上の性格破綻者だと。
人の悲しみを嘲笑い、ただ愉悦のために人を殺す殺人鬼だと。
暗殺貴族バーネット伯爵家――彼女もまた、ラピスラズリ公爵家と同じ、セリューの行いが児戯にすら思えてしまうほどの真の外道だった。
「うふふ、私は好きよ。自分がサディストだと思っている人間を拷問するのは。気が強い、自分が常に守られている、攻撃する側だと思っている人間ほどいい声で泣くのよね。貴女はどんな泣き声を聞かせてくれるのかしら? とても、楽しみね」
セリューの最期は彼女の所業に見合った凄惨なものとなった。彼女の絶叫は地下戦闘施設に響き渡り、跳ね返り、彼女が絶命するまで永遠に鳴り響いた。
腕が切り裂かれ、足を切断され、泣き叫ぶセリューを愉悦に歪めた顔で切り刻むリスティナの姿は、セリュー以上の外道だった。
……うん、どっちが暗殺対象か分かったもんじゃねぇな。
もし、この場に居合わせた者がいたとしたら誰もがそう感じるだろう、そんな生き地獄がそこにあった。
◆
地下戦闘施設への転移にカルマがアルゴンと、見方を変えればアルゴンがカルマと共に巻き込まれたというのは不幸中の幸いだった。
カルマとアルゴンは極めて相性の良い組み合わせだった。帝国の資料科の職員と宮廷画家だった頃から度々コンビを組み、革命軍狩りに参加していたこともあり、互いが互いの能力の活かし方を理解していた。
そんな二人の相手はシャドウウォーカーのメンバーの中で手配書も出回っていないホーリィと、フォルトナ王国の騎士と司書という二人の女――フレデリカとジャスティーナ。
カルマとアルゴンが見た限りではどちらも剣士系の近距離戦闘タイプだった。
新顔の方は二人にとって相性がいい。カルマとアルゴンはこの時点で数的不利を度外視して勝利を確信していた。
「顕現せよ、壁」
カルマの声に反応した「壁」と呼ばれる指輪が縦二メートル掛ける横二メートル掛ける奥行き一メートルの岩の壁をアルゴンの真後ろに顕現した。
「さて、始めよっか? 僕の、いや僕達の芸術祭をね」
アルゴンが真っ赤なチョーク型の「魔法の白墨」を手に取り、壁に絵を描き始めた。
ものの数秒で描かれたのはシュラディエ王国で発明され、初代皇帝時代に亡命した技師によって持ち込まれたファンタジーとは相入れない現代兵器――拳銃。
「魔法のチョーク……日光を浴びると絵画に戻ってしまうという弱点があるものの、描いたものをなんでも生み出してしまえる極めて汎用性の高い帝器と聞いておりますわ。人を描けば人が実体化し、物を描けば物が実体化する。ただし、実体化した人間は中身のない構図などではなく、固有の自我を持ち、絵を描いた者にも制御ができないため、専ら武器などの顕現に使われる、でしたっけ?」
「よく知っているね。つまり、この魔法のチョークの弱点も知った上で、この地下という場所を選んだってことかな? いや、そもそも、夜という戦場を選んだという時点でボクを甘く見ているってことだよね? 悲しくなってくるよッ!」
拳銃の引き金を引き、弾丸を射出した。回転式拳銃から次々と弾丸が飛び出す。
「フレデリカさん、魔法のチョークで描かれたものは現実にも影響を及ぼしますわ。魔法のチョークによって生み出されたものは消滅しますが、それによって生じた破壊までは消え去りません」
「心得ています。……こんなノロマな攻撃では私は止められません」
砲口初速毎秒340m程度の弾丸を肉眼で捉え、躱すとそのまま二刀を広げて翼のような構えでアルゴンに迫る。
「無駄ですよ。生きた無機物に成り果てなさい――壁」
フレデリカの足元や周囲から無数の壁が急速に生え、膨張を始めた。
「壁は無から壁を生み出す帝器ですが、その壁は生物を取り込み、生きた壁へと変化させることができるのですよね。人と生物の融合などグロテクス極まりない、最低の所業です」
「何を言う! それこそ極めて人間至上主義的な考えではないか。観念のヴェールを剥ぎ取り、主体を捨てて客体に注目し、物体となることによって、ようやく物事の本質が、内なる世界を――見えないものを可視化することができるのだよ。そこにはグロテクスなどもない、ただ非意味な名前を剥ぎ取られた物質が残る。それこそが目指すべき理想――自由なのだよ」
「全く理解できませんわ」
「安心しなよ、僕も長い付き合いだけどこの人の言っていることは全く理解できないから。――僕はただ描きたいからここにいる。ただ、描きたいだけ、芸術活動をしたいだけ。僕の中にあるものを描き出したいだけ。芸術家が芸術を描いて何が悪い? 僕は世界を再創造するッ! 神などという三流の作家が作った世界を僕の手で塗り替えて素晴らしいものにする。それが「魔法の白墨」を得た僕の使命だ! その邪魔は何人にもさせない」
「どちらも狂っていると僕は思うよ。【炎帝】! 蒼焔大鎌・連撃」
「蒼焔大鎌」を振るって蒼焔を二つ飛ばし、【炎帝】の巨大な火球に飲み込ませる。
蒼焔が【炎帝】の炎を喰らって蒼焔の火球ができあがった。
ホーリィは二つの蒼焔の火球を左右からアルゴンに向けて放つ。
「火は嫌いだよ。破壊は確かに必要だ……世界を再創造するためには今あるものを壊さないといけないからね。でも、火は危険すぎる。新しく創造した世界も燃やしてしまうじゃないか」
アルゴンが壁に水の流れを描いた。ホーリィの火球に向けて放たれる二つの激流の絵画は顕在化し、蒼焔の火球に殺到する。
「そもそも、太陽の光を浴びたら消えてしまう絵で世界の創造なんて本当にできるのかしら? それこそ、世界から目を背け、世界を壁の内側に描き出すしか創造はできないと思うわよ」
鈴を転がすような声が耳朶を打った。続けて、視界が斜めになり……そこでアルゴンの意識はプツリと切れた。
ヨナタンとジョセフ――悪戯好きのドS司書な双子の姉である彼女もまた気配を消して近づく術を心得ていたのだ。
力まずに振るわれた剣はスパッとアルゴンの頭と胴を切り離した。
しかし、その直後――ジャスティーナの足元から壁が生え始めた。
フレデリカが武装闘気を全身に纏うことで壁との融合を回避したように、ジャスティーナもまた同じやり方で窮地を脱した。
「ようやく逝ってくれましたか。アルゴンという少年は私にとってずっと邪魔ものでした。死んでくれてありがたい、おかげで私は必要なものを手に入れることができた」
アルゴンの手からチョークを奪い去り、カルマはアルゴンの遺骸の足元から壁を生やした。壁は瞬く間に物と化したアルゴンを飲み込み、壁を作り出した。だが、それはカルマの理想ではない。死によって物と化したものが物と融合しても、カルマの求める境地に――内なる世界を可視化して視認するという願いには到達できないのだから。
「世界を模倣して描いても、結局は現実主義のままです。到底組み合わせられるべきものではないもの同士を組み合わせ、超現実であると語るのも実にナンセンスだ。真の根源とは削ぎ落とした果てにある。私はその果てを、物体の持つ真の姿をこの目で見に行くとするよ」
恍惚とした表情で、カルマはチョークで胸元に穴を描いた。穴は猛烈な勢いでアルゴンを飲み込んだ壁を飲み込んだ。
『奥の手――果てしなく成長する壁ッ! ははは、私は壁となった! 主体性を失い、膨張する私はもっと大きなものと融合し――その果てで根源に、自由に到達するだろう。何事にも縛られない、真の自由よ! 嗚呼っ』
カルマに飲み込まれた壁は次第に成長し始め、身体一杯に広がった四角の厚手の板が手足と首をばらばらな方向につき出すほど体を侵食していく。更に、その手足や首も引き延ばされ、遂にはカルマ自身が一つの壁と化した。
壁は更に膨張していく。壁が……壁が迫りくる。
「ローザさんからは可能な限り帝器は回収して欲しいと言われましたが、これでは無理ですね。壁に潰される前に逃げましょう」
ナイフを持ったまま《蒼穹の門》を発動し、フレデリカ達は転移した。
ナイフが回収され、『管理者権限』を使わない限りは誰も辿り着けなくなった空間を壁は埋め尽くしていき、部屋を埋め尽くしたところで壁に阻まれて動きを完全に封じられ、そこで動きを完全に停止させられることとなる。
地の底にある彼の存在は完全に忘れ去られ、文字通り名を失った物体として永遠の時を過ごしていくことになるだろう。
――彼のその後は誰も知らない。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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