Act.7-23 帝国の動向――治安維持組織「ヴァナルガンド」の創設と、皇帝陛下のための魔剣 scene.1
<三人称全知視点>
――時は一ヶ月ほど遡る。
帝都の中心にある帝城インペリアル。
その一角に位置する大臣室にて、男女が相対していた。
男の名はハーメルン=オーガスト。
黒革のソファーを占領するように、どんと座り、壺に入った生肉を貪るように喰らう巨漢――彼こそが表向き、皇帝を傀儡として帝国を支配していると言われている宰相その人だ。
若い頃に壮絶な修行を行い、会得した自身の圧倒的な戦闘力と強靭なタフさを誇る武闘派宰相で、彼の宰相就任の影には並大抵ではない努力が存在している。
女の名はグランディネ=サディスト。
帝国の最高戦力、大将軍の一人で【凍将】の異名を持つ彼女は白く透き通った肌と青い髪と碧眼を持つ絶世の美女だ。
しかし、趣味が拷問というドS精神の塊で、弱肉強食の理論を信条としており、弱者が淘汰されて滅ぶのは当然のことだと考えている危険人物である。
最年少で大将軍の地位に立った女軍人であり、現職の三人の大将軍の中では宰相にとって最も扱いやすい人物だった。
もっとも、皇帝に対する忠誠という面では同格の【熔将】の異名を持つ大将軍アルバ=パテラの方が上である。もし、皇帝自身が命令を下せば彼の大将軍は全霊を賭して任務に当たるだろうが、初代から帝国に仕えてきた武人の家系出身の彼は真面目な堅物で融通も効かず、今回の「帝国の中に潜む鼠の炙り出し」という任務にはあまりにも不向きだった。
それに、皇帝は自ら政治の表舞台に立とうとせず、政治のほとんどを宰相に一任している。そのため、宰相が政治を私物化しているという認識を帝国内部や革命軍からも持たれてしまっており、アルバもハーメルンのことを良くは思っていなかった。仮に、ハーメルンが今回の任務を依頼しても、その依頼を素直に引き受けるとは思えない。もし、アルバを動かすとなければ、それこそ皇帝御自ら彼の前に姿を現し、自らの言葉で彼に命令を下す必要があるだろう。
もう一人の大将軍【雷将】であるトネール=フードゥルに至っては論外だ。
大将軍の家系で生まれ、代々武官は政治に口出すべからずと言う教えを守り、国家の安泰のみを願う武人である彼は厳格な性格で、帝都を守る要として敵を殲滅する強い意志を持つ一方、宰相に対しては明確な嫌悪感を抱いている。
革命軍を狩り終わったら国を腐らせている官僚や宰相を狩ると豪語しており、仮に皇帝が国の腐敗の元凶であると知れば、あるいは彼の皇帝即位の秘密を知れば、その首を狙いかねないような危険人物だ。
この二人に比べれば、グランディネ=サディストの方がこの任務に適任と言えた。
「異民族の制圧、ご苦労様でした。素晴らしい活躍、皇帝陛下もお喜びでございました。さて、帰還早々大変申し訳ないですが、皇帝陛下より新たな任務です。――帝国に蔓延る革命軍を始めるとする凶悪な輩をグランティネ殿に一掃して頂きたいとのことです」
「……それは、本当に皇帝陛下のお言葉なのだな?」
「どう受け取ってくださってもグランディネ殿のご自由でございます」
「なるほど……相変わらず食えない奴だ。……そういえば、私が帝都にいない間に英雄が誕生したそうだな。名は……ガーナットだったか? 帝国の英雄にこそ、そのような重要な任務を遂行させるべきではないのか?」
「ガーナットは運用が極めて難しいですからね。特に、今回のような炙り出しの任務には不向きなのですよ。無差別に帝国民を殺すとなれば、また話は別ですけどね。それに、そのような無策なやり方で革命軍の殲滅は難しいでしょう? それに、これは皇帝陛下からの直接のご指名でございます。グランディネ将軍に、革命軍――その中でも特に暗殺集団シャドウウォーカーの殲滅をして頂きたいと」
「なるほどな……しかし、いくら私でもたった一人では厳しいな。それに、賊の中には帝器使いが多い。帝器には帝器が有効――皇帝陛下に、革命軍討伐のための帝器使いの何人か貰いたい。そうだな、六人で――」
「人員は既に集めております。地位が低いものや、癖の強い者もおりますが、皇帝陛下がベストだと判断した最高戦力のようです。こちらにリストがございますので」
その手際の良さに流石のグランティネも驚いたが、リストを一目見てニヤリと笑った。
「なかなかいい人材だ」
これが、後に帝国の対革命軍の最高戦力となる治安維持組織「ヴァナルガンド」の誕生の瞬間だった。
「ただし、これほどの人材を動かすのには骨が折れました。……私、いなくなって欲しい人達がいるんですよね。邪魔で邪魔でしょうがない」
「フ……悪巧みか。討伐対象は?」
「トネール派の文官でございます」
「そうか……」
宰相はそう言い残すと執務机に戻った。一見すると皇帝に尽くす宰相の姿だが、グランディネを含め誰一人として皇帝の顔を見たことがなかった。
全て宰相を通して、皇帝陛下のお言葉が伝えられる。帝国内部でも宰相が存在しない皇帝を捏造し、国を恣に動かしているのではないか、と内心疑う……どころか、ほぼ確信している者達も帝国内、革命軍内問わず大勢いたが、グランディネにとっては心底どうでもいいことだった。
グランディネにとって必要なのは強者との闘争。その舞台を用意してくれる宰相と、宰相にとって邪魔な存在を消すのに打ってつけなグランディネの利害は一致していた。
過去にも、こうしてグランディネは宰相にとって邪魔な存在を消すことを対価に要求を飲ませたことがある。
狐と狸の化かし合いというべきか……しかし、存外、二人とも悪くない関係だと思っていた。
◆
宰相室を後にしたグランディネは廊下を歩いて宮廷内に割り当てられた自室に向かおうとしていたのだが……。
「ん?」
感じたことのない気配を感じ、グランディネが振り返ったが、そこには誰もいなかった。
「……気のせいか? 強い者の気配を感じたのだがな」
このグランディネの野生の勘は、実は的中していた。
グランディネが興味を失い、再び歩き出した頃、宰相室の前に先ほどグランディネがすれ違った男の姿があった。
青みが暗く鈍い青緑色――鉄色の髪と、濁った鈍色の瞳を持つ偉丈夫。
その男の名は、ダートム=アマルガム――かつてはニウェウス王国で【錬成の魔術師】と呼び称されてきた元宮廷魔法師の男だった。
「失礼する!」
軍人めいた大声と共に扉を開けたダートムを一瞥したハーメルンは露骨に嫌そうな顔をした。
ハーメルンは内心、この男が信用できなかった。それもその筈――彼は、ニウェウス王国を再び戦争に駆り立てるために暗躍し、遂にはニウェウス王国を地図上から消してしまった、いわば国崩しの戦犯だ。そんな人間をあろうことか帝国の中枢に(より正確には宰相であるハーメルンと同格の「皇帝の魔剣」のメンバーに)選ぶというのは正気を疑うような話だった。
とはいえ、これも皇帝陛下のご意志だとなれば、所詮は一人間に過ぎないハーメルンには想像もつかない深謀遠慮の果てに下した結論なのだろう。
ハーメルンにとって神にも等しい皇帝の言葉は絶対だ。その決定が例え、到底受け入れられないものだったとしても、皇帝の決定ならば従わなければならない。皇帝の言葉はいつも正しいのだから。
「皇帝陛下がお呼びだ。速やかに謁見の間に来るように」
「言うべきことは伝えたぞ」と、ダートムは来た時と同じようにスタスタと宰相室を去っていった。
何よりも最優先にするべき勅令の招集に従うべく、ハーメルンは残りの書類仕事を机の上に残して宰相室を後にする。
普段は空席となっている謁見の間の玉座には、その主人たる三代皇帝の姿があった。
蒼から赤へのグラデーションのある髪と翡翠色と紫水晶のオッドアイを持つ豪華な衣装とマント、皇冠を被った中性的で女性にも間違えられそうな美貌を持つ男は、その圧倒的存在感を玉座の上から放っている。
謁見の間には既に「皇帝の魔剣」のメンバーが集結していた。
ハーメルンの息子、ヴェーパチッティ=オーガスト。
父親譲りの性格の悪さで、大臣の息子という立場を使って、罪のない人々を殺すことも日常茶飯事という危険人物だ。
危険種狩りの命を受けて行動しており、長らく帝都を離れていたが、つい先程帝都に帰還し、そのまま皇帝の招集に応じたらしい。
三代皇帝の手によって作られた帝器に代わる超兵器である皇牙抜きでも高い戦闘力を誇り、過去の修行の旅で体得した各地の格闘技を織り交ぜた独自の肉弾戦を展開する。
使用する皇牙は一定範囲内の人間をあらかじめマーキングした場所に転送することが可能な「転移法陣」。
父のハーメルンのことは尊敬しているものの、父が皇帝に忠誠を誓っていることについては疑問を持っており、有能な父が皇帝の座を奪って仕舞えばいいのではないか、とすら考えるほど皇帝に対する忠誠心はない。
暗殺者兼医療術師、グローシィ=ナイトメアブラック。
今回の謁見でも殊更気に入っている黒ロリィタのドレスを身に纏っているが、状況に応じて衣装やメイクを変えており、変装術も心得ている。
皇牙を保有していない代わりに毒に侵された者に小さな黒い月のような痣が現れるこの毒は、夢を見ている間という局所的な時間に、人間の自己治癒能力を反転し、身体を蝕んでいく夢の毒と細胞を自在に老化・若返らせることが可能な薬人魚と死神の毒薬の二つの帝器を下賜されている暗殺と潜入のプロだ。
ハーメルンと同じく皇帝を現人神と崇拝し、彼のためならば自らの命が失われることも厭わない狂信者。
改造執刀医、オーレ=ルゲイエ。
『裏切りと闇の帝国物語〜Assassins and reincarnator』には登場せず、異世界化後に皇帝によって見出された。
強い外斜視で焦点の合っていないギョロ目に白髪の背の低い白衣の老人という見た目で、分厚いガラスの眼鏡を掛けている。
皇帝直々に帝器改造を限定的に可能にする『管理者権限』の複製を与えられており、皇牙開発に携わっている。「皇帝の魔剣」に所属している理由は研究がしやすいからということであり、『管理者権限』の複製を与えられているにも拘らず皇帝に対する信仰は皆無と言っていい。
趣味は改造。危険種と人間を融合した新型危険種の研究にも着手していた。偉大なる科学のためにはいかなる犠牲も許される典型的なマッドサイエンティスト。
使用する皇牙は手先の精密動作性を大きく引き上げる手袋型の「創造者の御手」を参考にして開発された、無数の機械の義手からなる「創造者の千手」。
宮廷道化師、ジェスター=ヴェクトゥル。
オーレと同じく『裏切りと闇の帝国物語〜Assassins and reincarnator』には登場せず、異世界化後に皇帝によって見出された。
太った道化師メイクの男で、宮廷道化師のような衣装を身に纏っている。
使用する皇牙は選択したスートによって効果が変わる鎧「骨牌装甲」。
革命軍のリーダー、アクルックス=サザンクロス。
薄いグレイブラウンの髪をセットした、モノクルをかけた三白眼の男。
革命軍の情報を皇帝に流していた帝国のスパイで、皇帝を現人神として崇拝している。
使用する帝器は使用者の精神エネルギーを衝撃破として撃ち出す「精神銃砲」。皇牙は敏捷を上昇させる特殊な靴型の「韋駄天走」。
ルヴェリオス帝国宮廷魔法師長、【錬成の魔術師】ダートム=アマルガム。
クーデターを起こした宮廷魔法師達と共に帝国に亡命し、その後、皇帝に彼らを束ねる宮廷魔法師長に任命され、同時期に「皇帝の魔剣」に加わった。
使用する皇牙は「真なる聖槍」。
聖なる力を宿した伝説級の鉱石を使った世界に一振りしかない聖槍であり、高い浄化作用と敵の実体を捉える性質を持つ。自らの身体の性質を変化させる宝石系の帝器を無力化してダメージを与えることが可能な皇牙で、自らの体を光に変えることができる宝石型帝器の煌光宝石と引力を持つ闇を自在に操作する宝石型皇牙の闇引宝石の使い手であるハーメルンにとっては極めて相性の悪い。
「諸君、集まったようだな。それでは、定例会を始めるとしよう。それぞれの成果を余に報告するがいい」
皇帝の一言を皮切りに、それぞれの成果報告が始まる。
このようにして、ローザ達がルヴェリオス帝国に潜入する一ヶ月も前から、着実に最終戦争に向けた準備が進められていた。
お読みくださり、ありがとうございます。
よろしければ少しスクロールして頂き、『ブックマーク』をポチッと押して、広告下側にある『ポイント評価』【☆☆☆☆☆】で自由に応援いただけると幸いです! それが執筆の大きな大きな支えとなります。【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくれたら嬉しいなぁ……(チラッ)
もし何かお読みになる中でふと感じたことがありましたら遠慮なく感想欄で呟いてください。私はできる限り返信させて頂きます。また、感想欄は覗くだけでも新たな発見があるかもしれない場所ですので、創作の種を探している方も是非一度お立ち寄りくださいませ。……本当は感想投稿者同士の絡みがあると面白いのですが、難しいですよね。
それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。




