Act.7-13 潜入・ルヴェリオス帝国 scene.6
<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト>
残るはメネラオス、リスティナ、シュトルメルト、シェルロッタの四人――戦闘開始から十分も経過しないうちに半数が敗退するというボクの方から見れば順調な滑り出した。
「それじゃあ、シュトルメルトさん? どっちが綺麗に切り刻めるか勝負ですね」
「お、お嬢様……ちょっと待ってくださ――」
「問答無用♡」
メスに武装闘気を纏わせて切り刻まんと攻撃を仕掛ける前に、統合アイテムストレージから『漆黒魔剣ブラッドリリー』を取り出して握った。
剣の残像すら捉えられない無音の神速太刀が空気を擦過した白熱した大気の輝きを伴ってシュトルメルトに殺到し、丸太を両断するが如くその身体を斜めに綺麗な切り口で斬り裂く。
瞬間、背後に気配を消して迫っていたリスティナがか細い腕からは想像もつかない、素早く重い斬撃を放ってきた。
しかし、鍛えられた見気からは逃れられる筈もなく、リスティナの存在を認識していたボクは素早く後ろに身体を向け、斬撃を振るわれる前に圓式で致命傷を浴びせた。
「さて、残るは二人だねぇ」
「九蓮宝燈――暴爆」
「無駄だよ――術式霧散」
ボクのオリジナルの分解属性分解魔法を発動して大爆発を引き起こす前に全ての魔法弾をただの魔力へと還元した。
特定のエネルギーによって構成された術式を対象とし、無意味なエネルギーの羅列へと分解するこの魔法は、魔法だけではなく何らかのエネルギーを媒介にするあらゆる術の分解を行える。発動のためには膨大な魔力を必要とするためあまり費用対効果の大きな魔法ではない上に、、広範囲に影響を及ぼす術に対しては同じ領域に対して分解を作用させる際にはその領域に比例するように消費する魔力量も増えるデメリットが大きな魔法だけど、魔力量が多く、魔法操作センスがあるのならこれほど有意義な魔法はない。
今回は一つの領域ではなく、九つの魔法弾一つ一つの周囲を円形の領域として定義して、その中の魔力弾を魔力に分解した。範囲を限定したから消費魔力時代も抑えられているけど、これがまたテクニックがいるんだよねぇ。……これに関してはかなり厄介なものだし、固有魔法扱いにしておこうかな?
「世界停止魔法-ザ・ワールド・クロック・ロック-」
「時間解脱魔法-クロック・エスケープ-」
その瞬間――世界の時が完全に停止した。
シェルロッタがその膨大な魔力に相応しい属性変換能力を得たことによって強化された時間魔法は遂に世界の時を停止させる力を得た……ということらしい、今使われて初めて知ったからあくまで推測の域を出ないのだけど。
ボクの「時間停止魔法-クロック・ロック・ストップ-」は対象としたもののみの時間を停止させる。
それに対して、ヨグ=ソトホート討伐のラストアタック報酬として入手できる限定職の時空魔法神が習得する時間魔法の一つ「時空凍結」は「時間停止魔法-クロック・ロック・ストップ-」と同様の使い方をすることもできるものの、効果範囲を広げれば世界全体の時間を停止させることすらできる。
ここで時間停止魔法の定義に少し触れておこうか。効果対象が特定のものに限定される場合はその他の物体の時間は動くから問題ないけど、世界全体の時間が停止された場合は空気や水も含めて世界上のあらゆるものが停止されてしまい、術者までもが動きを停止させられてしまうため、戦いに使用することはできない。
そこで世界全体に対する時間停止魔法には、常に「停止された時間において自分だけが動き、停止された物体にもダメージを与えられる」という性質が付与されている。時空魔法の使用者は時間の束縛から唯一解き放たれた存在であり、時の流れの凍結によって生じる一切の不都合を帳消しにする特権が与えられるということだねぇ。
これが、『Eternal Fairytale On-line』の戦闘では時空耐性を持たない敵味方の時間停止時間中の行動不能状態として表現されていた。唯一、時の束縛を受けないヨグ=ソトホートとその化身達は時間停止による行動不能状態に陥らないが、その他のレイドボスでも時の束縛を破ることは不可能なため、最強の属性の一つに数えられていた。
超越者の場合は、一時的に自身に対するあらゆる時間干渉を無効化する「時空支配から解脱せよ」によって停止の効果を免れることができたけど、この魔法の対象は使用者一人に限定されるため、たった一人でレイド全体のヨグ=ソトホートの時間攻撃を無効化することはできなかった。これが、『オーバーハンドレッドレイド:銀ノ鍵と門』の攻略達成ギルド一組という最悪の結果をもたらす要因の一つになったのかもしれない……まあ、ヨグ=ソトホートを倒せる力がなければ時空魔法神は手に入らないから、時空魔法神がない状況でもヨグ=ソトホートを倒せるように設定してある筈なんだけど。……弱点が時空属性とはいえ、通常の特技もちゃんと効くんだけどなぁ。
シェルロッタの魔法によって世界の時間が停止し、シェルロッタだけが一方的に攻撃を行える状態になった訳だけど、ボクの自身に対するあらゆる時間干渉を無効化するオリジナル時間魔法――「時間解脱魔法-クロック・エスケープ-」の効果によって、シェルロッタの優位性は完全に崩れた。
「闇纏魔剣・次元両断」
『漆黒魔剣ブラッドリリー』に闇の魔力を纏わせ、斬撃を飛ばして空間ごとぶった斬る。
カノープスの魔法――「闇魔法/闇纏暗殺剣」をボクなりに再構成した闇魔法剣の極地――空間をぶった斬る斬撃は空間の距離の隔たりを超越し、間髪入れずにシェルロッタに命中し、奇しくもカノープスとの戦いを再現するような位置で斬撃を受けたところが消滅し、体の上半身と下半身が下と上から順にポリゴンとなって消えていく。
「最後は私一人か。……やはり、私では勝ち目がなさそうだね。できれば、そのカノープスの剣技だけで戦ってもらいたいものだけど」
「カノープスの剣技じゃなくて、ボクなりに再構成したものなんだけどねぇ。いいよ? ボクはこの剣技だけで君の全力を圧倒してあげよう」
「孫娘に『君』と呼ばれるのは、なかなか慣れないものだね。……それでは、お望み通り見せて差し上げよう。悍ましい呪いの力を」
メネラオスから溢れ出でる猛烈な青黒いオーラ――その温度は冷たく、ある種の生理的嫌悪感すら感じさせる。
「特殊な儀式により生贄に捧げて闇魔法に適性を持つ者が習得できる禁忌の暗黒魔法……呪いの力ねぇ。君は五歳の時に、自分が初めて担当した殺害対象を生贄に捧げてその力を得たんだっけ?」
「何をもって禁忌とするか。我々ラピスラズリ公爵家はテオノア様の時代から裏の守護者としてその手を血に染めてきた。奪い取ってきた命は数万、いや、数億にも上るやも知れん。その中の一つの命を国王陛下とその一族を守るための力を得るためのものとして使った――結局はそれだけだ。この魔法は、我々【血塗れ公爵】の生き方を象徴している。我らは決して正義ではない、正義には裁けないものを裁き、ブライトネス王家に尽くすのがラピスラズリ公爵家の存在意義。だが、それももうすぐ終わるだろう。ラピスラズリ公爵家はまもなく、新たな形へと変容し【ブライトネス王家の裏の剣】ではなくなる。その因子は紛れもなく百合薗圓――お前だ。お前が自らが生み出したシナリオを、お前は踏み越えて前に進んでいくのだろう。ならば、血塗られたラピスラズリ公爵家を踏み越えて行け! 我が名はメネラオス=ラピスラズリ、先代ラピスラズリ公爵家の当主にして、先代国王ルクス=ブライトネスを守護する【血塗れ公爵】。この戦いの全てを我が陛下に捧げる! 闇黒六砲」
メネラオスの周囲に小さな六つの闇の球が出現し、予測不能な動きで殺到する。
更に闇の球には「暗黒魔法-記憶干渉-」が組み込まれ、球には触れた瞬間にダメージを与えつつ、数秒前までの記憶を消滅させることができる。
「暗黒魔法-記憶干渉-」は記憶の消去や転写を行う暗黒魔法として応用力が高いけど、メネラオスは専らこの短期記憶消去を主軸にしている。
「闇纏魔剣・漆黒引鐵」
闇の魔力の持つ重力的な性質を付与して、引力を持つ闇の斬撃を放つ闇の魔法剣で六つの闇の球全てを切り裂き――。
「暗黒魔法-鬼哭怨喰」
「マナフィールド-闇纏魔剣・次元両断-!!」
これまでに殺害した者達の魂を「虚無の怨霊」へと変化させて鬼哭門に閉じ込め、発動することで「虚無の怨霊」によって相手の記憶と存在を抹消する、人間の命を犠牲にして儀式を行う禁忌の術の中でも最も醜悪なメネラオスの奥の手の暗黒属性召喚魔法が発動された瞬間、全ての魔力を支配下に置き、メネラオスの殺してきた怨霊諸共、空間ごとぶった斬った。
◆
「いや、制限がある戦いっていうのもたまにはいいねぇ。……まあ、最後の最後に折角楽しめそうだったところで、早々に鬼哭怨喰撃ってきちゃうからちょっと萎えちゃったけど」
「……ローザさん、それくらいにしてあげた方が」
マグノーリエが思わず同情の視線を向けてしまうくらい、メネラオス達の周囲のドンヨリムードは重い。
「ほら、さっさと行きますよ。アクアとディランが暴走して魔物狩り尽くしていたらまずいですし」
「……少し鬼過ぎないか? 少しくらい気を遣ってやったら」
「プリムヴェールさんのいう通り、ローザさんの正体は血も涙もない悪魔なんですよ! どんなに天使面したってその本質はドSな悪魔――」
「チャールズさ〜ん……ヴィーネットちゃんに謝れ!」
死なない程度の威力で思いっきり拳骨を落とし、そのまま蹴り飛ばして『精霊の加護持つ馬車』の中に放り込んだ。彼の仲間である筈のスピネルとカルメナも全く気遣う素振りも見せずジト目を……って、あの優しいスピネルまでジト目ってお前どれだけ罪重ねてきたんだよ。
「ボクは別に歴史や伝統を否定しない。それを大切に思って守り続けている人がいることも知っているから。――だけど、もう時代は変わった。今は当主カノープスがラピスラズリ公爵家の在り方を考え、その後はカノープスが選んだネストが継ぎ、その在り方を考える。ボクは君達ラピスラズリの亡霊が、既に位を譲った人間が口を出すべきじゃないと思う。まあ、変化を恐れる君の考え方も分からない訳ではないけどね」
「二度も負けたのだ……これ以上は何も言うべきではない。まあ、あの一度目の戦いでこの結末は分かっていた。……ただ、それでも、勝ちたかったなぁ」
あの最初の一戦でメネラオスの奥にあった僅かな不服の感情は完全に消え失せていた。
「ローザ……こんなことを言える立場ではないが、ラインヴェルド陛下を……ブライトネス王家を守ってくれ」
「君に言われるまでもないよ。ボクはボクの大切な人達を守る……ボクの友人であるラインヴェルドや、ラインヴェルドが大切に思う家族のこともねぇ」
同じ目的を共有しているように見えて、僅かに差異のあることは往々にしてある。例えば、それはカノープスとカルロスであり、その些細な違いが最終的に正妃暗殺という結末を導いた。その僅かな違いをメネラオスは恐れていた。あの惨劇へのトラウマがそうさせていたんじゃないかと思う。
しかし、違う人間の集まりである限り、あるいは時が経つ共に、思想は変化していく。ラピスラズリ公爵家はその強固な思想を貫いてきたが、それでも大きな変化の時を迎えている。
ボクは、それでいいと思っている。重要なのは、これまで守られ続けてきた王家がこれからも守られ続けていくこと――そこに介在する気持ちはどんなものでも構わない。だから、カノープスもカルロスの申し出を受けたんじゃないかな?
――色々な思惑があって当然なんだからねぇ。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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