表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百合好き悪役令嬢の異世界激闘記 〜前世で作った乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢が前世の因縁と今世の仲間達に振り回されながら世界の命運を懸けた戦いに巻き込まれるって一体どういうことなんだろうねぇ?〜  作者: 逢魔時 夕
Chapter 6. フォルトナ王国擾乱〜戦闘メイドと逃亡癖のある大臣に転職した最強の漆黒騎士と副団長、自らの死の真相に挑みます〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

334/1358

【特別番外編第二弾 Act.6章完結記念SS】アニメ『ドリルお嬢様の優雅なお茶会』ANOTHER STORY

<三人称全知視点>


 萬葉八年(西暦2250年)三月、百合薗圓の姿は武蔵国にある自身が融資を行っているアニメ製作会社、映報アニメーション株式会社の応接室にあった。

 対面には映報アニメーション株式会社代表の月見里(やまなし)男爵(だんしゃく)というちょび髭がトレードマークの無駄にキャラの濃い男が座っている。


 映報アニメーション株式会社は武蔵国の私立利根川高校の映報部のアニメーション班の同期五人が二年前に集まって設立された小さな会社だ。以前は社員それぞれが別のアニメーション会社にもう一度五人でアニメを作る夢を見ながら勤務していたが、現在は映報アニメーション株式会社の代表と監督を兼任している男爵がネットサーフィンで偶然知った投資家百合薗圓にコンタクトを取り、圓が指定した『夜ノ蝶』というナイトクラブ(圓が出資している店の一つで、定休日の水曜日には商談に使用されることが多い。通常、未成年お断りだが圓はその特殊な立ち位置から入店を認められている他、ゲーム等の打ち上げでは未成年でも入店が認められている。ナンバーワンは胡蝶というホステス)で実際に面会し、事情を聞いた圓から「株式会社という方式を取って実際に起業してみたらいいんじゃないかな? ボクも力を貸すよ」と提案され、出資金として企業に必要な額の約九割の株式を圓に購入してもらい、残りの八パーセントを五人で出し合い、残り二パーセントを公開して一年の時間を経て圓の所有する三階建てのビルをオフィスとしてスタートを切った。

 圓からの「ボクの株式の配当とかは君達が支払えるようになってからでいいから気にしないでねぇ」という通常では絶対にあり得ない提案により、今のところは二パーセントの配当に気を配ればいい状況だがいつまでも成果を出せないままでは会社が成り立たなくなってしまう。


 圓は「ボクにも目論見があってのことだからねぇ。君達には是非夢を叶えてもらいたいなぁ」とこぼしていたが、このままでは折角の期待を踏み躙ってしまうことに成りかねない。

 これまでに作ったのはバトルもののアニメが一本だったが、知名度のない零細企業が作ったからか、その売上は振るわなかった。

 男爵達もこのまま終わる訳にはいかない。そこで、恥を忍んで圓に頭を下げることにしたのである。


 圓はナイトクラブで出会った時は黄色のカクテルドレスを、映報アニメーション株式会社の応接室に招いた日には赤いプリンセスラインドレスを身に纏っていた。最初に会った際には未成年であること以上に、少女と見紛う神秘的な美貌を持つ彼が男だという事実に驚いたが、今では外見よりもその天が二物以上のものを与えたと言うに相応しい無数の天賦の才、その多芸多才さと、生まれ持った力を十全に使おうという貪欲で勤勉な姿勢に畏敬の念を抱いている。


「なるほどねぇ……確かに、このままだとマズイよねぇ。……第一作が失敗だったのは知名度の問題があるし、宣伝の不足もあったねぇ。何か一本でも売れているものがあれば、それを名刺代わりにできる。まあ、男爵さんが言わんとしていることは分かるよ?」


「はい……お恥ずかしいながら、今の私達にはその名刺代わりになるほどの大作を作ることはできません。前作の失敗でそれがよく分かりました」


「君達は才能があると思うし、その才能に投資した訳だけど……確かに、知名度がないとそもそも売れるものも売れないか。……できれば、その名刺を君達の手で作って、君達の手でこの企業を大きく育てていって欲しいんだけどねぇ。でも、これじゃあ育つまでに枯れちゃうか。何のために投資したか分からなくなっちゃうし……。君はボクが『ノーブル・フェニックス』にフルール・ドリスという名前でバイトとして働いていることを知っていて、その上で協力を求めているんだよねぇ。ボクもフルール・ドリスとして作ったゲームや、ブランシュ=リリウム名義で『KARAMARU書房』から出しているライトノベルや漫画をメディアミックスするための会社としてアニメ会社を探していて、その中で興味を持ったのが君達――後の『映報アニメーション株式会社』の社員達だった。勿論、どこかでバイトとして手伝うっていう提案をしようと検討していたから申し出については構わないんだけど……でもいいの? この会社は君達が夢を叶えるためのものでしょう?」


「ええ、勿論。いずれは私たちの作りたいアニメーション作品を作りたいと思っています。……しかし、今のままではその夢を叶えることは難しい。圓さんに毎回頼りきりなのは申し訳ないのですが」


「いいよ? 別にそんなこと気にしなくたって。……しかし、そうなると本当に『映報アニメーション株式会社』の看板になるようなものを作らないといけないねぇ。小説のアニメ化……じゃ弱いし。やっぱり、完全オリジナルかな? 三日……いや、一日だけ待ってくれない? 今日と同じ時間に、できればここで」


 男爵は「急がなくても大丈夫ですよ。他のお仕事に差し障りがないように、後回しでもいいですから」と声を掛けたが、その時には既に圓の姿は無かった。

 翌日、同じ応接室でピンクのロリィタ姿の圓は絵コンテと脚本を手渡した。


「……日常ものですか? しかし、果たして売れるのでしょうか?」


 圓が一日で用意したのは「中世ヨーロッパ風の世界で、同じ学園で知り合って紆余曲折を経て固い友情で結ばれた公爵家のお嬢様のマルセリーナ、商家の娘のセルスティス、平民出身のミラゼットの三人がお茶会をして過ごす」という日常ものだった。彼女達が通う学園では第一王子と令嬢の間で結ばれていた婚約が王子が一目惚れした平民の少女の存在が原因で破棄されるという事件があったり、派閥同士の激しい争いが繰り広げられているが、マルセリーナ達はそれらからは距離を置き、優雅な生活を続けていく。

 一見高慢ちきな貴族のお嬢様という見た目(ツイン縦ロール(ドリル)で、きつめの顔立ち)ながら、実際は優しい性格でちょっと常識がズレたマルセリーナ、腹黒で裏表のある性格であることが垣間見えるものの親友の二人のことを何よりも大切にしていることが窺えるセルスティス、健気な性格で人一倍努力家な苦労の絶えない人生を送っている不憫キャラのミラゼットと三人ともキャラが立っているが、十二話全てに大きな山場のない、この三人の少女の日常(・・・・・・・・)を描いた物語が売れるとは、男爵には思えなかった。


 特に、今は異世界もののアニメがアニメシェアの七十パーセント以上を占める時代。勿論、日常系のアニメというものもない訳ではないが、売れ行きはお世辞にもいいとは言えない。


「正直、異世界ものは焼き直しみたいなのが溢れているし、異世界冒険譚も乙女ゲームものも食傷気味だと思うんだよねぇ。勿論、全てがそうだとは言わないよ? 中には著者の信念みたいなものが感じられるものもあるし、目新しいものもある。でも、今回のは『映報アニメーション株式会社』の名刺になるアニメ製作でしょう? それなら、競争率が高くてよっぽどのものでなければ印象に残らず埋もれていく異世界系を避けて作品数が少ない日常系で攻めてみた方が勝算はあるんじゃないかと思ってねぇ」


 日常系アニメと言えば、代表的なのは芳英館が発行している四コマ萌え系の漫画を原作にしたアニメが不動の地位を築いているが、圓が持ち込んだ『ドリルお嬢様の優雅なお茶会』と競合するものは意外に少ない。


「数十年前に起こった大倭秋津洲帝国大東亜共栄連邦の統治下の国から広まった新型ウィルスの件で何が大切かということがよく分かったと思うんだけどねぇ。一番尊いものは一体なんなのか? 平穏な日常じゃないのかな? まあ、こういうのは失って初めて分かるものだと思うけど。きっと、そういった何気ない日常の物語を求めている人もいると思うし、楽しく笑っている、その笑顔に救われる人もいるかもしれない。結局、どうなるか分からないものだし、やってみたらいいんじゃないかな? 赤字抱えたら、その分の埋め合わせはするし」


 男爵は「これ以上、圓さんに迷惑をかける訳には」と埋め合わせの申し出を断ろうとしたが、圓は「そんな小さなことは気にしなくていいんじゃないかな?」と軽く受け流してしまった。アニメの制作費は1,300万円程、軽く流してしまえるものではないのだが……。

 その後、圓の描いた『ドリルお嬢様の優雅なお茶会』の脚本と絵コンテを元に、製作デスク兼プロデューサー兼アニメーターの男爵、アニメーターの本荘(ほんじょう)美玲(みれい)、3Dクリエイターの首藤(しゅとう)美沙(みさ)、アニメーター兼動画検査の棕梠森(しゅろもり)寿樹(かずき)、色指定・検査の岡部(おかべ)一清(かずきよ)、バイト兼雑用の百合姫(ゆりひめ)白愛(はくあ)(百合薗圓)の六人でアニメ製作を開始することとなった。



 圓が多額の出資している東都(ひんがしのみや)放送株式会社で深夜の放送枠を購入し、『ドリルお嬢様の優雅なお茶会』の放送がその年の冬に正式に決定した。

 零細企業が作るアニメということで、当初はそれほど注目されることはなかった。ブラック企業として有名は広告代理店が行ったあからさまな販売促進行為が、ネット民に嫌悪感を抱かせる要因になったという過去の事例を圓がよく理解しており、そのような下手を打たなかったのである。


 声優のオーディションが行う計画があったが、零細企業の映報アニメーション株式会社が募集を掛けてもほとんど集まらなかった。

 初作品では映報アニメーション株式会社の方から声優プロダクションに声を掛け、なんとか人数を揃えた……が、その時の失敗があるため心証は最悪であろう。


 ここで動いたのは圓だった。コネのある声優プロダクションなどを巡り、あっという間に必要な声優を集めたのだ。中にはこの時期に既に人気女優として活躍していた皐月凛花や、人気声優の姿もあった。

 彼女達人気女優や人気声優を惜しげもなくゲストキャラとして起用するなど、圓の攻めのやり方を貫いた。皐月凛花のマネージャーが「こんな零細企業の、しかもちょっとしか出ないゲストに皐月凛花を起用するですって! ふざけているの!!」とギャンギャン騒いでいたが、圓が氷の微笑を向けただけで一瞬にして閉口してしまった。その人脈、大物女優すら逆らえない絶対的な力――その時、今更ながら男爵達は自分達の出資者がとんでもない存在であることを理解した。


 しかし、問題はそこではなかった。

 物語の中核を成すマルセリーナ、セルスティス、ミラゼットの三人に無名の声優を圓が起用してしまったのである。

 セルスティス役の中森(なかもり)麻衣奈(まいな)、ミラゼット役の茅原(かやはら)(すず)の二人は小さな声優プロダクションの新人で、マルセリーナ役の日向(ひゅうが)(あずさ)に至ってはどこのプロダクションにも所属していない本当の意味での新人だった。圓がどこで梓と知り合い、彼女をマルセリーナ役に起用しようと思い至ったのかは圓が集団神隠しにあって大倭秋津洲から姿を消した現在でも、男爵は知らない。ただ、圓が関係各所が渋面を浮かべている状況でも梓を始めとする無名の声優達で固めた布陣を強行し、結果として無名だった三人が一気に有名声優の仲間入りをしたということだけは紛うことなき事実だ。


「……どういうことですか? 圓さん。何故、三人の主人公に無名の声優を……それこそ、皐月凛花さんのような有名な方を据えた方が」


「まあ、安全牌を考えるならそうなんだろうけどねぇ。でも、それじゃあ足りないんだよ……いや、君達映報アニメーション株式会社にとってはどちらにしろ大した差はないか。でもねぇ、それじゃあダメなんだよ。安心して、絶対に君達は零細アニメ製作会社を卒業するから」


 男爵の言葉に圓は微笑を浮かべて「何も案ずることはない」と自信満々に返した。まるで未来が見えているとでも言いたげに。

 結果として、映報アニメーション株式会社は有名アニメーション会社の仲間入りを果たし、三人の若き声優達は不動の地位を獲得することになる。


 その時のことを思い出し、男爵はふと考える。あの時、圓は本当は誰に投資して、誰のために頑張っていたのか。誰を一番に思って行動していたのだろうか。


 ――もしかしたら、映報アニメーション株式会社を救うのはついでだったのかもしれない。


 おかしな考えの筈だが、男爵にはそれが案外正鵠を射ているように感じた。



<三人称全知視点>


 萬葉六年(西暦2248年)六月、日向(ひゅうが)(あずさ)は、高校の教室で同じグループ(・・・・・・)の女子生徒達のくだらない(・・・・・)話に相槌を打ちながら、相槌を打つ自分自身を相対化して切り離し、現実から逃避していた。

 彼女達は好きな俳優や、昨日のドラマはどうだったとか、ファッション誌の人気の読者モデルの女の子が可愛いとか、そういった取り留めのない話を続けている。いや、彼女達にとっては大切な話なのだろうが、梓にとっては心底どうでもいい話だった。


 梓は、この世界は理不尽に溢れていると感じている。例えば、小学生の頃は将来の夢を語りなさいと、そう教えられた。だが、中学、高校と年齢を重ねるうちに子供の頃に夢見ていたものは否定され、現実的な面白味の欠片もない生き方を強要される。夢を見ていれば馬鹿にされ、大切なものを踏みにじられ、あるいは自ら大切な夢を捨てることを強制させられる。

 例えば、大好きだったアニメや漫画を子供っぽいからと馬鹿にされ、男子高校生ならば男子高校生らしさを、女子高校生なら女子高校生らしさを強要される。同調圧力を掛けられ、そこから外れた異端は激しい制裁に遭う。


 梓の親友だった少女は大好きだった魔法少女もののアニメを否定され、徹底的にいじめられて不登校になった。我が身に火の粉が降りかかることを恐れ、梓は結局彼女を庇うことなく無関係な傍観者に徹してしまった。親友である自分だけが彼女の味方になることができたというのに。

 それ以来、梓は自分の本当に大切なものを心の中に隠し、女子中学生らしい女子中学生を、女子高校生らしい女子高校生を演じてきた。孤立し、いじめの対象にならないようにグループに潜り込み、リーダー格の女子生徒の機嫌を取りながら常にグループの一員であることを演出した。

 この大倭秋津洲という国の「空気を読む」という悪しき風習を心の中で呪いながら、それでも表面上は女子高校生らしい女子高校生を演じ続けている。

 クラスの男子高校生達が校則を破って持ち込んだWi-Fiのルータを起動して、最近話題になっている「推理倶楽部 Bengal」という「警察が解決できなかった未解決事件を視聴者と共に解いていく遠隔参加イベント」を見ながらあーだこーだ言い合ったり、チャンバラごっこをしたりして遊んでいる男子達を見ながら、梓はその能天気さを羨んだ。


 梓の夢は声優になることだった。日曜の朝にやっていた魔法少女もののシリーズ、梓はその物語に没頭し、いつしか物語の世界に声を吹き込む声優という仕事に憧れを抱いた。その頃はまだ魔法少女ものが好きと公言しても問題ない時代だったから、魔法少女のコスプレをして友達とごっこ遊びも沢山した。その中には、梓の親友だったあの少女の姿もあった。


 梓はあの事件以来、自分の夢が声優だということを誰にも話していない。同調圧力で好きを捨てさせる友人も、安定した現実的な仕事に就き、結婚して、そういった世間一般の幸せな人生を送ることを求める家族も、自分の保身しか考えずいじめも隠蔽し続けた教師も、誰一人として信用できなかった。

 自分の夢を、誰かに話したい……その夢を認め、応援して欲しい。そう思ったことはこれまでにも何度もあった。しかし、その度にあのいじめの記憶が蘇る。好きなものを好きだと公言した、あの少女の払った代償は大きかった。それを誰よりも知っている梓は、決してそのような愚かな真似はしない。


「ねぇ、そういえば知っている? 「村雨神社」の願いを叶えてくれる掲示板の噂」


「ええ、何それ? 願いを叶えてくれる掲示板なんてある訳ないでしょう?」


「あたしも、そんなオカルトな話ある訳ないと思うんだけどね。深夜二時二十二分にのみアクセスできる「村雨神社」っていう実在の神社のサイトの「裏参道」の掲示板に書き込みをすると願いが叶うっていう噂、ネットで話題になっているんだよね」


「怖い話……苦手だよ」


「そんな噂、どうせ誰か暇な人が流した噂でしょう? でも、願いが叶うかぁ。私、願いが叶うなら駅前にできた行列のできるパフェ専門店のパフェが食べたいなぁ」


「あそこのパフェって美味しいって評判だよね」


 女子高校生達の話の話題はすぐ次の駅前のパフェに移っていた、が梓はその願いが叶う掲示板の話に興味を持った。


(……どうせ嘘でしょうけど。でも、もし叶うなら……まあ、お金が掛かる話じゃないし、チャレンジしてみるくらいならいいかな?)


 こうして、梓は半信半疑のまま夢の第一歩を踏み出すこととなった。



 「村雨神社」は実在する神社だ。そのホームページは「表参道」という名称をつけられている。

 そのサイトに、深夜二時二十二分にだけ「裏参道」というページが登場する……という噂がネット上にはあったが、実際に願いを叶えたという事例は報告されていないらしい。まとめサイトのコメント欄にも「どうせまた誰かが作った作り話なんでしょ」、「なんか呪われたページみたいなところに飛んだけど、コメント欄なんてなかったよ」といった否定的なコメントが寄せられていた。(何故か、アンチコメントのきっかけとなっている複数のコメントは全て同一IPアドレスから書き込まれていたが、梓は気づかなかった)。


 梓はそれでも物は試しと深夜二時二十二分にスマートフォンで「村雨神社」のホームページを開き、下にスクロールしていった。そこには「裏参道」という小さなバナーが貼られている。

 そのバナーをクリックすると「百鬼夜行ノ裏参道 ヘ ヨウコソ」という血文字で描かれたようなフォントのおどろおどろしいページに飛んだ。


 画面には「ヒキカエス」と「サキニススム」の二つのボタンがあり、梓は僅かに生まれた恐怖を理性で押し込めると、「サキニススム」をクリックした。

 画面の中では一人の女の子のアバターが夜の参道を進んでいく姿が映し出された。その下には「たたかう」、「アイテム」、「振り切る」、「にげる」のコマンドが表示されている。どうやら、オカルト系のバトルゲームが起動したようだ。


 アバターの女の子が進むと、デフォルメされた幽霊が姿を現した。


「とりあえず……アイテム?」


 アイテム欄には「火炎放射器」、「凍ったバナナ」、「清めの塩」、「聖水」、「お札」、「薬草」などのアイテムが存在し、それぞれに数の制限があった。どうやら、これらのアイテムやコマンドを駆使して先に進むゲームらしい。

 梓の指示に従い、デフォルメされた幽霊に聖水を投げつけて倒したアバターの女の子は更に先へと進む。そのまま順調に進んでいく……かに見えたが。


 巨大な骸骨「がしゃ髑髏」なる妖怪の一撃を浴び、アバターの女の子が血塗れの死体になった。画面には「You are died. また明日チャレンジしてね」と表示され、すぐに画面が「村雨神社」のホームページに戻っていた。


「なるほど、一日一回しかチャレンジできないってことね。ちょっと怖かったけど、要するに詰将棋みたいなものでしょう? いかにアイテムを駆使して先に進むか……いいわ! 次こそは先に進んでみせる! 明日また勝負よ!」


 それからというもの、梓は毎晩ゲームに没頭し、少しずつ先へと進んでいった。第一夜で苦戦した「がしゃ髑髏」を討伐した第三夜には、「酒呑童子」と「茨木童子」の二体に敗れ、「酒呑童子」と「茨木童子」の二体を倒した第六夜には「橋姫」に殺され、「橋姫」を攻略し第七夜には「ぬらりひょん」に殺され、しかし、確実に梓はゴールへと近づいていった。

 そして――。


「ここが、最後のエリアね」


 半分ほど目的を忘れ、ほとんどこのゲームの攻略をするためだけに執念を燃やし、同じグループの女子達から「あんた最近寝不足じゃない? 寝不足はお肌に悪いよ?」と余計なお世話な忠告を受けるようになった頃、梓はついに「裏本殿」というエリアに到達した。

 画面には「赤い髪の鬼娘」という聞いたこともない鬼の少女の絵が映し出されている。梓は「もっと知名度のあるボスを据えたほうがいいんじゃないかしら?」とお節介なことを思いながら最後の戦いに挑んだ……が。


『痺れてもらうよ』


『苦し抜きに倒してあげる』


 成す術なく死んだ。ゲームバランスを崩壊させるほどの圧倒的な速度で簡単に殺されてしまった。ゲーム内で敵を討伐した時に獲得できる経験値でレベルを上げていたのにも関わらず、梓は何もできなかった。

 画面には「You are died. また明日チャレンジしてね」というもはや目に焼き付いた文言が表示され、すぐに「村雨神社」のホームページに戻った。


「……ここまで来たのに諦める訳にはいかないわ! 絶対にクリアしてやる!」


 梓は気持ちを新たにし、策を練り始める。


 結果として、梓は「赤い髪の鬼娘」――赤鬼小豆蔲に勝利した。

 授業も手につかず、相槌を打つのも下手になり、クラスメイトにも本気で心配されるようになるという代償を払ったが、遂に梓は勝利した。


 画面が切り替わり「村雨神社 裏本殿」というページに移動した。そこは百合の花が描かれた白い絵馬ようなシンプルなページで、「名前(ハンドルネーム可)、メールアドレス、叶えたい願い事」を記入する欄があった。


「願い事、書いてみましょう」


 叶うとは思っていなかったが、梓はここまで来たのだからとハンドルネームを入力し、詐欺の可能性も考えて捨てメールを作って入力し、願い事を記入して、「確定」ボタンを押した。

 画面は「承りました」というメッセージを一瞬表示して、すぐに「村雨神社」のホームページに戻った。

 なんとも呆気ない終わり方だった。


「……やっぱり、こんなことで夢が叶う訳がないわよね……寝よう」


 その日、これまでの疲労が祟ったのか寝坊してクラス全員の笑い者となった。これまで周囲と同化することに専念してきた梓からすればあり得ない失態だった。



 梓は悪夢から覚めたように、夢の叶うという噂をすっかり忘れていた。何故、あれほど熱中していたのか分からないくらいに、梓の日常はいつも通りの日常だった。梓の夢は相変わらず叶っていない。


 梓は業後、スマートフォンを触っている時に、ふとあれほど熱中していたゲームのことを思い出した。あの時の捨てメールを開くと、一件の未読メールがあった。あの時以来、どこのサイトにもこのメールで登録したことはない……ということは、あの噂関連だろうと、メールを開いた。


-----------------------------------------------

送信者: Miss.Circle

日時: 2248年6月20日 22:15

宛先: ×××××××××@fmail.com

件名: ご依頼の件、承りました。


×××-××××

下総国××××市×××町××××× ×××-×

080-××××-××××

日向梓様


 この度は「村雨神社」の噂を通じてご依頼くださりありがとうございます。

 貴女様は願いを叶える権利を得ましたので、その旨をメールにてご連絡させていただきました。

 「喫茶店premium」で6月25日の午後6時にお待ちしております。店のマスターに「学び舎に 咲き乱るるは 白い百合」という合言葉を伝えれば面会可能です。なお、当日にお越しになれない場合は折り返しご連絡ください。反応がなかった場合は今回の権利は消滅します。

-----------------------------------------------


「どういうことなの……なんで、私の情報が」


 本名も住所も入力していない。使ったメールも適当に作った捨てメールだった。ハンドルネームを入力して本名も伏せた。にも拘らず、梓の名前が知られてしまっている。

 梓は今更ながら自分がやってしまったことを後悔し、恐怖を抱いた……が、このことを相談できる相手はいない。


「…………怪しいけど、これに縋るしかないわ」


 それでも梓は声優になりたいという気持ちを優先した。その日の夕方、周囲から浮かないためにと入った部活動も休み、梓は駅前の「喫茶店premium」に向かう。列に並び待つこと数十分、店の中に入った梓は空いていたカウンターのマスターの前の席に座った。何故か、その席には先程まで「予約」の札が置かれていたようで誰も座らなかったようである。「予約」の札が片付けられたのは丁度午後六時だった。

 近くのテーブルでは、制服姿の高校生達が集まり、「推理倶楽部 Bengal」の生放送動画を見ている。

 とある高貴な身分の「旦那様」と呼ばれる人物が主宰しており、石澤という執事がその代理として取り仕切っている。「薄い蜜柑の木を背景にベンガル猫が描かれた」紋章が使われているという程度の知識は梓も持っていたが、男子生徒達が楽しそうに話しているのを見て、どんなものなんだろうという好奇心を僅かに起こしてネット上で少し調べた程度の知識であり、具体的なことは何も知らない。


「ご注文はお決まりですか?」


「学び舎に 咲き乱るるは 白い百合」


 半信半疑で目の前のマスター風の男に合言葉を伝えると、マスターは店員に仕事を任せ、梓を店の奥へと案内した。

 扉の奥はVIP向けの個室がいくつも用意されているようで、店舗の三分の二ほどの占める宿泊も可能な部屋がある区画を進んでいったマスターは、その中の一つの扉を開けて中に入るように促した。


 部屋の革張りの椅子にはお嬢様学校のセーラー服のような制服を着た黒髪の美しい少女が可愛らしく座っていて、側にはメイド喫茶で接待するメイド服とは違う、ヴィクトリアンメイド服を身に纏った清楚な女性が控えている。


「初めまして、日向梓さん。ご足労ありがとうねぇ。早速だけど、本題に入ろうか? あんまり時間ないでしょう?」


「……本当に、貴女がMiss.Circleさんなのですか? ……どんな方かと不安に思っていましたが……まさか、こんなに可愛らしい方だとは」


「可愛らしいねぇ。確かにボクは未成年だけど……実際、君の住所を特定した相手だし、見た目だけで判断して警戒を解くのはあまりいい判断とは思わないからねぇ。……まあ、ボクは君の個人情報を悪用するつもりはないけど」


 小悪魔のような微笑みを浮かべながら、Miss.Circleはメイドの女性にも座るように促し、マスターに三人分の飲み物を注文した。


「今日はお会計はボク持ちだから気にしないでねぇ。チャポンチャポンにならない範囲で飲食していくといいよ。……さて、君の願いは読ませてもらった。声優になりたいんだって? 詳しく書かなくても良かったけど、どういう動機で声優に憧れたのか、好きなアニメとか、『魔法少女ブルーライト』シリーズファンなんだねぇ。あのシリーズは確かに面白いからねぇ……ボクは個人的に二十話のお菓子作りの話が好きかな?」


「あの話、私も好きですよ。大好きなハル君にプレゼントするために苦手なお菓子作りを頑張る話。バトルの話もいいですけど、私はやっぱりああいう等身大の頑張る女の子の日常回の方が好きですね」


 好きな話題で話せるのが嬉しかった梓はそこから止まらなかった。Miss.Circleは楽しそうに話す梓に微笑みを向けて聞き役に徹し、微笑ましそうに見つめていた。


「……すみません、ついつい」


「謝ることじゃないよ。君は本当に『魔法少女ブルーライト』シリーズが好きなんだね。君はアニメに囲まれて育って、アニメを水や養分に成長してきた。それが良く伝わってくるよ。そして、アニメを心の拠り所にして育ってきた君は、いつしかアニメに魂を吹き込む声優に憧れて……でも、その夢を馬鹿にされたくないからと心の中に隠してきたんだねぇ。……しかし、声優になりたいか。最短ルートだと声優養成所に入って、そこからプロダクションと契約、他には専門学校やスクールに通ってからプロダクションを目指すルート、一般公募はあまりお勧めしないねぇ。ただ、授業料は掛かるし、まずは家族の同意を得ないといけないしねぇ。というか、そういう正攻法使えるならボク必要ないし。……君は間違いなく夢を叶えられるし、ボクは君に投資したいと思っている。後は、どういう道で行くかだけなんだよねぇ。勿論、君がボクを信じていない可能性は一旦除外した上で、ちょっとだけスパルタになるけど、確実に声優として仕事を得られる方法がある。やるからには徹底的にやるし、家族の同意を得なきゃだけどねぇ。……その覚悟があるなら、ボクもボクの持っている手札を駆使して君をサポートしよう。……勿論、君はコネで仕事を勝ち取ったと言われないために、正規の方法で声優の職を勝ち取った同期や先輩を黙らせるほどの実力を得ないといけないけど。さぁ、どうする? 選ぶのは君だよ? 同調圧力に呑まれてつまらない、ありきたりな人生を送るか、それとも――」


「……やります!」


 圓の言葉を遮るタイミングで、梓は捻り出すように、しかし最後は力強く力強く言い切った。


「私は……夢を叶えたいです。そのためなら……例えば悪魔にだろうと魂を売ります」


「いい覚悟だけど、訂正させてもらうよ。悪魔は魂を取らないし、悪魔にだって健気で真面目な子はいる。……寧ろ、相対的に見たら人間のほうが穢れていると思うよ。まあ、それでも夢に向かって頑張っている、そういうボクみたいな汚れた人間には眩しく感じる人もいっぱいいるけどねぇ。ボクはそんな夢を叶えたい人を、世間の不条理に夢を阻まれている人を応援して、夢を叶えて欲しいんだ。改めて、ボクは百合薗圓。夢を生きるために頑張る人達に投資する投資家だよ」


 圓はその日の夜、メイドの陽夏木燈を伴って梓の家を訪れた。

 梓は既に部屋に戻って寝ていたため、その夜に圓と梓の両親との間で交わされた会話の内容は分からないが、その次の日の朝、梓の母は「梓は声優になりたかったのね。……一度やると決めたからには頑張りなさい」と背中を押してくれた。


 父と母の同意を得て、高校を卒業した年に尾張国に引っ越し、百合薗邸での特訓の日々が始まった。それ以前から声優になるための遠隔授業が行われていたが、引っ越し以降はその内容がより本格的なものになったが、梓は夢のために、背中を押してくれた両親や圓のためにその辛い練習を耐え抜いた。――そして。



 夢の一歩を踏み出してから二年後の四月、梓の姿は遠江国の国にある圓の行きつけの喫茶店「Eine kleine Nachtmusik」にあった。

 圓から投資を受けているというマスターの梅田(うめだ)成幸(なりゆき)が経営するこの喫茶店には、百合薗邸の食客である悪魔の少女ヴィーネットもバイトをしており、その真面目な性格と可愛らしい笑顔から彼女のファンを自称し、彼女目当てで店に来る客もいるらしい。


 商社勤め時代に伯剌西爾(ブラズィル)で出会ったとびっきり美味しいコーヒー豆がきっかけでコーヒー好きになり、それが高じて会社員を辞め店を開店した彼は「Abroad Merchandises」という知る人ぞ知る貿易会社で圓と出会い、経営の危機に圓から融資を受けたこともあるそうだ。ちなみにその先の融資に関しては全額返済してクリーンな状態にしている。


 当初は恩人の圓の頼みということでヴィーネットをバイトとして雇うことに決めたが、今では真面目に働くヴィーネットが「Eine kleine Nachtmusik」に居なくてはならない存在となっている。


「マスター、マスターの気紛れブレンド二つ、それから梓さんにはレアチーズタルト、ボクはチョコレートケーキもらっていいかな?」


 既に梓の好みを熟知していた圓は二人分の注文を梅田にし、梅田もいつもの注文だと予想していたため用意してあったレアチーズケーキとチョコレートケーキを二人の前に出した。

 二人の目の前でコーヒーを淹れ、店いっぱいに美味しいコーヒーの匂いが漂う。


「へぇ……今日はエメラルドマウンテンメインのブレンドかぁ。いいセンスしているよねぇ」


「やっぱり分かっちゃうか」


『流石は圓様です!』


「というか、今更だけど圓さんが淹れた方が美味しいんじゃないかな?」


「そんな訳ないでしょう? 素人に美味しいコーヒーを淹れられる訳がないじゃん。そもそも、マスターのコーヒーを飲むために来たんだからボクが淹れちゃダメでしょう?」


「いやぁ、絶対圓さんの方が美味しいんだけどなぁ。ヴィーネットさん、圓さんの味覚って実は歪曲しているんじゃないか?」


『確かに……圓様は少々自己評価が歪曲しているところがありますよね』


 「ちょっと二人とも酷くない? ボクがプロの梅田さんより上手くコーヒーを淹れられる訳がないじゃん!」とツッコミを入れる圓だが、圓の多芸多才っぷりを知っている梓と梅田はジト目を向け、ヴィーネットは申し訳なさそうに『すみません、圓様のお願いでもこれだけは否定できないです』と謝っていた。


「今日はコーヒーをご馳走するために呼んだんじゃありませんよね?」


「勿論そうだよ? あっ、でも今日はボクの奢りだからね。好きなだけ飲食してもいいよ?」


 「今日()、の間違いじゃないですか? 本当に申し訳ない気持ちで一杯なのですが」という言葉を飲み込み、梓は「ありがとうございます」と微笑んだ。下手に遠慮をすれば圓の厚意を無碍にすることになりかねない。


「梓さんにお願いしたい仕事があってねぇ。映報アニメーション株式会社っていうマイナーなアニメ製作会社なんだけど、そこで新しく放送するアニメの主人公の一人、マルセリーナ役をお願いしたいと思ってねぇ」


「しゅ、しゅしゅっ、主役ッ!?」


「いくらなんでもバグり過ぎじゃない? そんなに驚くことかなぁ?」


「だって主役ですよ! 私、まだ声優プロダクションに所属していない素人ですよ! それがガヤからスタートじゃなくて、最初から主人公!?」


『あれだけ梓さんが頑張っていたのですから、主役からでも問題ないと思いますよ?』


「む、むむ無理ですよ! 絶対無理です!」


「いやぁ、正直マルセリーナ役は梓さんじゃないといけないんだよ。そのアニメ、実は原作がないオリジナルのものなんだけどねぇ、形式的には先に内容ありきで声優さんはそのキャラに合った人を選んでいくんだけどねぇ……ボクの中にイメージがあって、梓さんがぴったりなんだよねぇ」


「あの……それだとまるで圓さんが脚本を書いたみたい……」


「えっ、言わなかったっけ? まあ、ボクの扱いは世間に出す時は一バイト、監督兼製作デスク兼プロデューサー兼アニメーターとしてクレジットされる男爵さんって方が脚本を書いたっていう認識になるとは思うけど」


「いやぁ、無理だと思うね。本当のファンなら圓さんの作風をよく知っているから気づく……って、圓さんってカメレオンタイプでしたっけ?」


「BL以外ならなんでもいけるよ? 得意ジャンルは甘々の百合だけど。……それと、梓さんはボクの個人プロダクションと専属契約を結んでいるっていう立場だからこの際覚えておいてねぇ。ほら、あの喫茶店で契約書書いてもらったよねぇ、実はあの契約書、カーボン紙になっていたんだよ? 気づかなかった?」


「知らなかったですよ!? って、それって軽い詐欺ですよね!?」


「まあまあ、落ち着いて。圓さんならよくあることだから。それに、圓さんは囲い込みを狙っている訳じゃないし、別のプロダクションに移りたいなら便宜を図ってくれると思うよ?」


「いいえ、そういうのはないのですが……ただただ驚きで」


「ということで、明後日に武蔵野アフレコスタジオ集合だから、そのつもりで気持ちだけは作っておいてねぇ。はい、これ台本」


『あっ、武蔵野アフレコスタジオって圓さんが出資しているアフレコスタジオですよね?』


「……圓さんって実はとんでもなく凄い人なの!?」


「『今更ですか?』」



 アフレコ当日、武蔵野アフレコスタジオにて――。


「圓さん、無理ですよ!! なんでこんなに有名な声優さんばっかり集まっていて、主役が私なんですか!!」


「どうしよう……私には荷が重いよ」


「私の声優人生……始まる前から終わっちゃうなんて」


 アフレコスタジオでの最初の最初の顔合わせはどんよりとした空気に包まれていた。

 この重い空気を作り出したのは梓、麻衣奈、鈴のメイン三人のキャスト達だ。


「これ、本当に大丈夫なのか……」


「ちょっと、圓さん? 零細アニメ製作会社の次は無名の新人三人を主役に起用ですって!? 凛花が脇役なんて許される訳がないでしょう! マルセリーナ役は凛花がやるべきよ! そこの新人よりも絶対に適任だわ!」


「木崎さん、頼みますからやめてください。私がアイドルになれたのは圓さんのおかげなのですよ」


「そんなこと関係ないわ! 凛花は大女優なのよ!!」


「……へぇ、木崎、ボクのキャスティングに不満があるんだねぇ。だったら、好きにやればいいんじゃないかな? ただし、失敗したら今回のアニメ製作に掛かった総額、君と事務所に全額出してもらうよ? まあ、君達なら払えるよねぇ? ねぇ、凛花さんのおまけで群がってきて恩恵に預かっている木崎さん?」


 その瞬間、アフレコスタジオの空気が文字通り凍りついた。

 へなへなと崩れ落ちた木崎を圓の合図と同時に部屋に入ってきた柳が控え室に押し込め、「えっと、どこまでいったっけ?」と強引に話を戻した。


「あの……このキャスティングはやはり先生がお考えに?」


 重い沈黙を破って口を開いたのは『ドリルお嬢様の優雅なお茶会』の音響監督でこのアフレコスタジオの所有者でもある波来(なみき)昭四郎(しょうしろう)だった。彼もまた圓の投資により個人事業主として音響監督の仕事をすることができるようになった関係者である。


「ですから、波来さん。ボクを先生って呼ばないでくださいって何度言ったらいいのかなぁ? ボクはただの一般人ですから」


 その一言が発せられた瞬間、「それはない!」とこの場にいた全員の心が一致した。


「なるほど、奇妙な配置だと思いましたが、これで合点がいきました! 音響監督の私の立場から申し上げますと、恐らくこの配置がベストなのだと思います! まだアフレコの様子を見ていないので分かりませんが、もしかしたら歴史に刻まれるほどの名キャスティングになるかもしれません!」


 波来の声は興奮で震えていた。歴史的な瞬間に立ち会うことができる――波来にはその確信があったのだろう。

 そして、波来の予想は現実になる。


 全てのキャスティングがハマり役、この声優以外にあり得ないという異例のアフレコ。

 あの木崎ですら何も言えなくなってしまったほど、そのキャスティングはまるで声優に合わせたようにキャラ一人をデザインしたかのように完璧にあっていた。


 しかし、その中でもマルセリーナ役の梓は自信を持てずにいた。新人の声優の自分が主役に相応しい訳がない――その言葉が呪いのように彼女の中を駆け巡っていた。



<三人称全知視点>


 輪島晋太郎は小規模な輸入商社に勤める会社員だ。

 そんな彼が人生で初めて「自殺」の二文字を真剣に考えたのは、西暦2250年の冬のことだった。


 当時のその会社はとにかくブラック企業だった。度重なる残業と新人教育、忙殺されていく日々――その中で、『Eternal Fairytale On-line』へのログインも減り、何のために生きるのか、と生きる理由を見失っていた。


 そんな彼を救ったのは、録画していた深夜枠のアニメの一つ、『ドリルお嬢様の優雅なお茶会』だった。

 『Eternal Fairytale On-line』の友人、リーリエに猛プッシュされたものだった。元々深夜枠のアニメを元々全て録画するほどのアニメ好きだった輪島はこのアニメも当然撮るつもりだったが、リーリエに猛プッシュされたこともありどのアニメよりも先に忙しい時間の合間を縫って一話を視聴した。


 そして、輪島は引き込まれた。中世ヨーロッパ風の世界の学園で繰り広げられる日常物語――そこには山場ない。ただ、周囲がどんなに動いても、中心の固い絆で結ばれた三人はお茶会を――変わらない日常を過ごしていく。

 貴族令嬢、商家の娘、平民の娘――大人達が作った身分など気にせず、三人は温かな時間を送っていく。一度しかない青春を、日常を大切にしてほしい――そんな製作者達のメッセージが伝わってくるアニメだった。


 輪島はその登場人物達の中で主人公マルセリーナの笑顔に惹きつけられた。高慢ちきな貴族のお嬢様という見た目ながら、実際は貴族令嬢の身分を振りかざすことない、ちょっと常識がズレていて、友達想いで、優しい性格で、笑顔が可愛いマルセリーナ――気がつくと輪島はマルセリーナの笑顔を追っていた。

 後一話、後一話、輪島はマルセリーナの物語を見るために死を遠回しにしていった。そして、十二話全てが終わる、その頃には。


「そうだよな……。もう少し頑張ってみるか」


 自分でも知らないうちにマルセリーナに力をもらっていた輪島は「生きなきゃいけねぇよな」と思い直した。

 余談だがその後、当時の社長だった人物は労働基準法違反で職を失い、後任にはマシな人物がついたため、忙しいもののブラック企業ではなくなっている。


 そして、第一回人気投票が行われることが決まった。

 輪島は郵便局で二千枚以上の葉書を購入し、投票葉書とマルセリーナやマルセリーナ役の日向梓宛のファンレターを送った。

 これが、後々まで語り継がれる上総国出身のS氏伝説の始まりである。


 輪島には知る由も無かったが、輪島が送ったファンレターは「新人の声優の自分が主役に相応しい訳がない」という呪いに苛まれていた梓の心の支えとなった。

 輪島にとって、マルセリーナと梓が「生きる希望を与えてくれた恩人」であるのと同時に、梓にとっては「自分のことを認めてくれた圓以外の最初の人物」が輪島だったのである。


 圓は後にこう二人のことを評する――「両片想いの二人」と。そして、こうも語ったそうだ――「お前ら、早くくっついたらどうかな?」。



<三人称全知視点>


「『ドリルお嬢様の優雅なお茶会』にはそのような素晴らしい秘話があったのですね!」


 フォルトナ王国から帰国した後、アクアマリン伯爵家の屋敷のお茶会に参加したローザは、ソフィスの「最近だと一番好きなのは『ドリルお嬢様の優雅なお茶会』ですね」という話から波及して、何故か『ドリルお嬢様の優雅なお茶会』の舞台裏を話すことになった。


「ところで結局、圓様は誰視点で投資していたのですか?」


「さあ? ニルヴァスさんは誰だと思う?」


「しかし、許せませんわ、シャマシュ教国! 上総国出身のS様もきっと楽しみにしていらっしゃいましたのに」


「……他にもファンは沢山いるから、上総国出身のS氏だけに迷惑が掛かっている訳じゃないんだけど。でも、彼はファンの中でも特別だからねぇ。あそこまでマルセリーナを心から愛している人は多分いないよ」


 ふと、ローザが思い出すのは『Eternal Fairytale On-line』の五大戦闘系ギルドのギルドマスターが集まった『オーバーハンドレッドレイド:銀ノ鍵と門』攻略会議での一幕。




◆モェビウス【ギルド:満天空賊団】

 うっせぇ、俺には『ドリルお嬢様の優雅なお茶会』のマルセリーナちゃんっていう嫁がいるんだよ!!




 圓はあの輪島(モェビウス)がやさぐれたように言ったあの言葉の裏には、本当は彼の心の底からのマルセリーナ愛があったことを知っている。あの場では訂正しなかったが、「二次元嫁乙」で切り捨てていいようなものではないことを誰よりも分かっていた……とはいえ、あの影澤(ウンブラ)も全て分かった上で、表面状は茶化した誤魔化したことを知った上であえてあのコメントを入力したのだろうが。


(……輪島さん、マルセリーナのことを嫁って呼ぶことをボクが容認しているのって、君だけなんだよ。って、面と向かっては絶対に言わないけどねぇ)


 圓は悪戯っ娘のような笑顔を浮かべながら、ティーカップを口に運んだ。

 お読みくださり、ありがとうございます。

 よろしければ少しスクロールして頂き、『ブックマーク』をポチッと押して、広告下側にある『ポイント評価』【☆☆☆☆☆】で自由に応援いただけると幸いです! それが執筆の大きな大きな支えとなります。【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくれたら嬉しいなぁ……(チラッ)


 もし何かお読みになる中でふと感じたことがありましたら遠慮なく感想欄で呟いてください。私はできる限り返信させて頂きます。また、感想欄は覗くだけでも新たな発見があるかもしれない場所ですので、創作の種を探している方も是非一度お立ち寄りくださいませ。……本当は感想投稿者同士の絡みがあると面白いのですが、難しいですよね。


 それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。


※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  日向梓……一ノ瀬さんを連想する名前だな? >  圓は後にこう二人のことを評する――「両片想いの二人」と。そして、こうも語ったそうだ――「お前ら、早くくっついたらどうかな?」。  内心百合…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ