Act.6-29 推理とは、げに罪深き所業なり scene.1 下
<一人称視点・ローザ=ラピスラズリ>
ブライトネス王国王宮の地下迷宮とボクの地下施設の間にある地下二階から地下九階まで続く王宮秘密区画――その地下二階層にある小会議室でボクは手紙で呼び寄せたある人物を待っていた。
「失礼致します。……お久しぶりですね、ローザ様」
「ご機嫌麗しゅう存じます、ルクシア殿下」
「お気遣いは無用です。貴女のキャラは存じていますから。……本当なのですか? メリエーナ様の死の真相が分かったというのは」
「……それじゃあ、遠慮なく素に戻させてもらうよ。今回のフォルトナ王国の一件でその真相を知る機会に恵まれた。その証拠もボクが全て握っている。この証拠を今後誰かに提供するつもりもないし、この真実を正式に発表する準備もしていない。これはブライトネス王家の汚点、隠すべき歴史の事実だからねぇ。……ルクシア殿下、貴方は何故その真実を求めているのですか? 求めても貴方は何も得をすることはない、知ることによって失うことの方が寧ろ沢山あると思います。貴方がその真相を求める理由は何ですか? 好奇心から? もし、そうであるならば真実を知るべきではないとボクは考えています。知ったところで貴方には何も変えられない、所詮は自己満足なのですから」
「自己満足ですか……確かにそうかもしれませんね。……私が何故毒薬学の道に入ったのか、ローザ様はご存知だと思いますが、正式に肯定させて頂きます。私はメリエーナ様の死の真相を知るために毒薬学や薬学の研究を続けてきました。……確かに医者の見立て通り出産のストレスが身体の弱かった彼女を死に追いやったと、そう納得するべきだったのかもしれません。しかし、私は彼女が赤子を抱えて嬉しそうに笑っているメリエーナ様のお姿を見ています。特に弱っている様子もありませんでした。まさか、それからほとんど時も経たずにお亡くなりになられるとは到底思いもしませんでした。あの方は私の母から陰口を叩かれ、窮屈な思いをなさっていました。そんな状況でも、私やお兄様には優しく接してくださいました。……憎い相手の子供にも拘らず、陽だまりのような優しさをむけてくださったメリエーナ様を私もお兄様も慕っていました。……私がその死の真相を知りたいと願っているのはメリエーナ様の無念を晴らしたいからです。そのために私は人生を捧げてきました」
「ルクシア殿下のお気持ちはよく分かりました。……しかし、真相を知ったところでメリエーナ様の無念を晴らすことはできませんし、死んだ人間が帰ってくる訳ではありません。公表すればブライトネス王国にヒビを入れかねないこの話を第二王子である貴方には何もできない。それにボクの話を聞き、この断罪の意味を貴方が知った時、貴方は無力感に苛まれることでしょう。知ってしまうことは苦痛です。知らなければいいことは世の中にはあります。この真相もそういうものです……それでも、ルクシア殿下は知りたいのですか? メリエーナ様の死の真相を」
「覚悟はできています。……何も変えられないとしても、それでも私だけは彼女の死の真相を知っておきたい。私はずっとその真相を知るために研究を続けてきました。例え、その真実が私にとって不都合なものだったとしても、その真相から目を背けてはならない……そう思うのです。…….お願いします、どうか真実を私に教えてください」
「分かりました、そこまで仰られるのならお教えしましょう。メリエーナ様の死の真相、今後も語られることはない真実を――」
ボクはルクシアにカルロス見せた映像証拠と同じものを見せた。
彼はその映像を終始唇を噛みしめながら見つめていた。
「…………メリエーナ様の暗殺を依頼したのはお母様。そうだったのですね」
「ええ、だからボクは申し上げたのです。貴方は知ったところで何もできないと。正妃が側妃を殺すために暗殺者を、それも帝国の凶手を招き入れたなど。この事実を公表すればブライトネス王国にヒビを入れることになりかねませんし、貴族内のパワーバランスも崩れます。もしこの事実が真実であると公に示されれば事はシャルロッテ様の首一つでは済まなくなります。まあ、シャルロッテ様もシラを切るでしょうし、シャルロッテ様のご実家のラウムサルト公爵家からも侮辱されたと国や情報提供をした人物を訴えるかもしれません。そうなれば国の分裂は避けられない……結局、どうしようもないのですよ。それに、ルクシア殿下も自分の実母に刃を向けることはできない……知ったところで何も変えられない。貴方はただ、貴方の愛する義妹の母を殺した女の息子であるという十字架を背負ってこれから生き続けることになる。結局、真実の追求はマイナスしか生み出さない……それでもボクは望まれた通り、真実を包み隠さず話しました。残酷なことをしたことは重々承知しています……が、これは殿下がお望みになられたことですので、決してお恨みにはならないでくださいねぇ」
「…….この場に呼ばれた時から、いえ、それ以前からそうなんじゃないかとは思っていました。ローザ様には嫌われ役をさせてしまいましたね、謹んで謝罪致します。……ローザ様は私達のことを思って情報を集めてくださいました。ローザ様のお気持ちがなければ真実が迷宮入りしていたでしょう。この真実は私の心の中だけに留めて墓場まで持っていくつもりです。……ただ、これ以上母の思い通りにはさせないと強く決意致しました。兄として必ずプリムラを守り通します。彼女はメリエーナ様の忘形見でもありますから、絶対に傷付けさせません」
「あんまりそういう気持ちで接されてもプリムラ様も嬉しくないと思うけどねぇ。……不要な気遣いだとは思うけど、あまり深く自分を追い詰めないようにしてくださいねぇ。メリエーナ様を殺すように仕向けたのはシャルロッテ様であって、貴方とは何も関係ない。親だからってその罪を背負う必要はありません。貴方はヴェモンハルト殿下に比べて遥かに真面目な性格ですからねぇ、あまり抱え込んでしまうのは良くありませんから。これからも、ルクシア殿下にはプリムラ様の良き兄でいてもらいたいです……ボクの勝手な願いではありますが」
「いえ……本当にありがとうございました。ローザ様のアドバイス、決して無駄にはしません」
最後まで真面目な人だったなぁ。ボクの真意も理解してくれた……これなら、変な罪悪感を抱いてプリムラから距離を取ることなくプリムラの側に居てくれるだろう。
罪滅ぼし……という考え自体そもそも間違っていると思うけど、メリエーナが本当に望んでいるとしたら、残されたプリムラが幸せな人生を送ることだからねぇ。
ヴェモンハルト、ルクシア、ヘンリー、ヴァン、プリムラ……この五人の未来の王族達には大人達の思惑に左右されない人生を送ってもらいた……って、約一名手遅れな人がいた。
まあ、あの人はノーカウントということで――。
◆
「あっ……やっぱりそうだったのか?」
「その様子だとなんとなく気づいていたんだねぇ、陛下」
ルクシアが去ってから約三十分後、ラインヴェルドが小会議室を訪れた。
カルロスやルクシアにしたものと全く同じ説明をした後、返ってきたのがこの反応……まあ、分かっていたとはいえ反応は薄いなぁ。
「他殺ってなりゃ、シャルロッテかカルナの二人まで絞り込める。どっちもメリエーナのことを邪魔だって思っていたからなぁ。あの二人はラウムサルト公爵家とクロスフェード公爵家の出身――どっちも初代の頃から仕えている名家中の名家だ。流石に国王でもその立場を無視する訳にはいかねぇんだよ。……本当にこういう世界は面倒だぜ、暴れれば全て解決する冒険者の世界の方が俺の性に合っている」
「まあ、それは見ていれば分かるよ。でも、ラインヴェルド陛下は王族として生まれた。民からの血税で生かされてきた以上、国王としての職務を投げ捨てることは許されない。国王……いや、君主とは本来国民の奴隷でなければならない。そういう立場であることを知っているからこそ、ボクは権力のある立場を嫌っているんだよ、好き勝手できないしねぇ。……真面目にやれば辛いけど、真面目にやらなければいくらでも私服を肥やせる。政治家や権力者がお金持ちなのは、楽な方に流れるから。親からの地盤をそのまま受け継ぎ、裏金を受け取り権力を使って便宜を図る。そういう喜ばしくないWIN-WIN関係というのは国を問わず存在する。……まあ、そういう連中に比べたらラインヴェルド陛下はまだマシだけどねぇ。そういう面では変に真面目だから……だからこそ、自分の力ではどうしようもできないもどかしさを感じる機会も多いんだろうけど」
「分かってくれるか、親友!?」
「だからってアーネスト様をいじめないでねぇ。彼は陛下以上に真面目な人だから……あんなに真面目に激務な政務に取り組んでくれる人、滅多にいないよ? 普通は私腹を肥やして、更なる権力を求めていくようになるから、際限のない欲望に身を任せ」
「……しかし、参ったなぁ。本当にどうしようもねぇじゃねぇか。こりゃどうすりゃいいんだ?」
「だから言ったでしょう? 陛下じゃどうしようもできないって。これはシャルロッテ様の逃げ切りだよ。陛下にはどうにもできない」
「……二人には話したのか?」
「守秘義務に従いたいところだけど、陛下に既に宣言しちゃっていたから今から隠蔽しても仕方がないよねぇ? ルクシア殿下には確かに伝えたよ。彼はこれからもプリムラ様の側に寄り添うと約束してくれた。変な罪悪感なんて抱かなくていい、プリムラ様を幸せにすることをメリエーナ様も望んでいると思うからねぇ。これは、ボクの個人的な推測になっちゃうんだけど。死人に口無しだからなぁ」
「……もう一人には話したのか?」
「話したよ。……一応、残される家族のことも考えて欲しいとは言ったんだけどねぇ。たった一人の最愛の姉を喪った彼が止まる訳が無かった。まあ、それも分かった上で真実を教えたボクにも責任の一端があるけどねぇ。でも、ボクは今回の件に関しては特に平等でありたいんだ。……勿論、彼も自分だけ無事に助かろうなんて思っちゃいない。彼は死ぬつもりだよ……命をかけても、それでも最愛の姉の無念を晴らしたいそうだ」
「……そうか。メリエーナはやっぱり愛されていたんだなぁ。いい弟を持ったと思うぜ……しかし、最悪の幕引きだなぁ、お前らしくない。お前はどんな理不尽もぶち壊していく、それこそご都合主義でもなんでも構わないって、そういう奴だと思っていたんだけどなぁ」
「買い被りだよ……まあ、この幕引きにボクも納得がいかないのは事実だ」
「あんまり本音っぽく聞こえないなぁ。なんかまだ何か隠してんじゃねぇか?」
「これから起きるとすれば正妃暗殺。しかし、単純にそれをやってしまえばメリエーナ様の愛したこの国が分裂してしまう。だから彼は恐らく邪魔なものを排除してから本命を潰す筈。しかし、それをしてしまったら彼はもう引き返せない。どう転んでも死体は二つ以上転がることになる。陛下の性格からしても、メリエーナ様の生家であるジリル商会に迷惑を掛けるような真似はしたくない。下手人一人殺して全てを有耶無耶にできるなら、そうした方が都合がいい、そうだよねぇ?」
「まぁ、そうだがよ……。俺にもルクシアにもあいつを憎む気持ちがある。でも、色々なことが相まって結局何もできず見なかったことして心の底に留めておくしかない。たった一人、カルロスだけがその復讐を成し遂げられる。……そのカルロスを殺して全て解決? 都合の良過ぎる話じゃねぇか。これじゃあまるでカルロスが生贄みたいじゃねぇか!?」
「結局、どう取り繕ってもそういうことだよ。必ず死体は転がるし、その中にカルロスは含まれる。でも、それはカルロスが望んだこと……それを否定する権利はラインヴェルド陛下にはない。……ボクが言ったことに嘘はない。嘘はないけど、もしかしたら解釈の仕方によっては違う受け取り方もできるかもしれないねぇ。……もうカルロスを救う方法はないんだよ……ただ一つ、陛下の力を除いて」
「まあ、確かに今の俺にカルロスを止める資格はねぇな。……大人しく静観するしかねぇか、ことの成り行きを。……だが、俺は信じているぜ、お前が苦しんできた奴を見捨てる奴じゃないってことは」
「だから買い被りだよ。ボクはあくまで自分が正しいと思ったものをただ貫き通したいだけだ……例えどんな手段を使っても、前世でも今世でもねぇ」
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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