Act.6-15 対帝国前哨戦〜フォルトナ王国擾乱〜 謎解き 前篇 scene.1
<一人称視点・アネモネ>
朝一番でオルパタータダにブライトネス王国を含む多種族同盟の意向を伝えた後、ボクはアクアとドネーリーと別れて家庭教師の仕事に向かった。
いつもと変わらない一日――フォルトナ王国の北東部に突如現れた見慣れぬ魔物への対応について武官の議論はかなり紛糾しているみたいだけど家庭教師として招かれたボクには関係ない話だねぇ――まさか、今日たった二人の人間が放った凶手によって国が大きく揺るがされるなどとは夢にも思っていないだろう。
ところで、ボクの一日の動きは誰でも把握できる。午前と午後の二回家庭教師の仕事をして、昼には一旦王宮の割り当てられた部屋に帰る。暗殺者が仕掛けてくるとなれば、昼か夜……だけど、暗殺者が夜に仕掛けてくるか、裏をかいて昼に仕掛けてくるかはトントンの確率。まあ、あの暗殺者は容姿を変えて潜入する達人だからねぇ……白昼堂々仕掛けてくる可能性は無きにしもあらずだけど。
クライアントも急いでいるし、暗殺のためのお膳立ては全てされている。いずれにしても、そう暗殺が実行されるまで時間は掛からない筈。
理想的なのはこの凶手の対処を終えた上でフォルトナ王国北東部の魔物に対処に向かうことだけど……そう上手くことが運んでくれるとは思えないからねぇ。今回の暗殺が皇帝陛下の勅令……の可能性は低そうだし、報告はしていそうだけど。
◆
家庭教師……って言っても相手は九歳、七歳、五歳。勉強って言っても本格的なものは学院に入ってからだからねぇ。
やることは行儀作法や貴族としての嗜み――ダンスや音楽や、後は簡単な地理や歴史などを教えるくらい……まあ、ボクじゃなくても、それこそ一定の教養がある貴族なら誰にでもできる仕事だし、オルパタータダが家庭教師役に指名したのもこの国に置くための身分を用意するためだと思うけど……まさか、本気でボクが家庭教師に適任だからって思って配置したってことはないよねぇ? ないと思いたいねぇ。
今日は朝からピアノとダンスのレッスンが入っていた。ピアノのレッスンといっても、格別難しい曲を弾くということもなくそれぞれのレベルにあった曲を練習し、その成果を確認して褒めたり問題点を述べたりしつつある程度の目標に到達したら次の曲へとシフトしていくというもの。ただひたすらステップを覚えて、実践あるのみのダンスよりはまだ面白味があるけど、やっぱり一番好きなのは座学だねぇ……ボクは、だけど。
ちなみに受講者のルーネス、サレム、アインスの三人は特に苦手だからやりたくないものがあるという訳でもなく、最近は授業中も笑顔を見せることが多くなってきている。サレムが暗い表情を見せることもほとんど無くなったし、アインスが駄々を捏ねることも無くなった。寧ろ、三人とも授業の時間を楽しんですらいる……勉強嫌いの子供には理解し得ぬ光景だろうねぇ。ボクもびっくりだよ。
そして、前にも言った気がするけど、何故か三人ともボクに懐いている。別に甘々に接したつもりはないんだけどねぇ……王子だからって美辞麗句を並べず褒めるべきものは褒め、ダメなものはダメというボクの教育方針がお気に召したのだろうか?
そういえば、なんでこの世界にピアノがあるんだって? 中世の世界観なら存在しないんじゃないかって? 本当に今更の質問をするねぇ。
クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテはトスカーナ大公子フェルディナンド・デ・メディチの楽器管理人であったバルトロメオ・クリストフォリが発明したとされている。時代は千七百年代……中世ヨーロッパというと前期は五世紀から、後期は十五世紀で終わるからピアノの登場は後二百世紀待たないといけない。
……でも、ここは中世ヨーロッパ風異世界だよ? 元になったゲームも史実虚偽混交のご都合主義に決まっているじゃん。そもそも、中世ヨーロッパに側妃の概念は無かった筈だし。
「アネモネ先生! もっと難しい曲って弾けないの?」
おっ、アインスから思わぬリクエストだ。普段なら課題曲を最初に弾いてみせるくらいなんだけどねぇ。
ルーネスとサレムが、「アインス、アネモネ先生を困らせちゃいけないでしょう?」と二人してアインスを窘めているけど……寧ろ、そういう提案を何故この二年間しなかったのか不思議だったんだよね? もしかして、遠慮していた?
「すみません、アネモネ先生」
「何を謝っているのですか? 寧ろ、それくらいのリクエストはしてもいいと思いますわ。まあ、私も大した曲は弾けませんが」
部屋の隅に控えていたサレム派の侍女が「貴族でもない商人の女がそもそもピアノを弾ける方がおかしいですわ。きっと、たまたま裕福で習いごとができる環境にあったに過ぎないわよ。満足な教師に教えられてもいない貴女みたいな人がサレム様にピアノを教えるという時点で間違いなのよ! ここで恥をかいてとっとと家庭教師から下ろされなさい!」と思っているのが見気で丸わかり。つくづく嫌われているねぇ、ボクって。まあ、ポッと出の女が国王や王子達の寵愛を受けている(?) 状態は許し難いものではあると思うけど……そもそも、寵愛じゃなくて無茶振りだよ? うちのクソ陛下と隣国のクソ陛下の。
「難しい曲……ですわね。さて、どうしましょうか? アインス様、具体的にどのような曲をお聞きになりたいのですか?」
「アネモネ先生が好きな曲!」
「私が好きな曲……ですか?」
「そう! 僕、アネモネ先生がどんなものが好きなのかこんなに一緒にいるのに知らないのに気づいたの! だからもっとアネモネ先生のことを知りたいなって思って!」
アクアなら卒倒してしまいそうな天使……って言っているそばから廊下を偶然通りかかったアクアがあまりの天使っぷりに撃沈してドネーリーに回収されていった。お疲れ様。
「先生、私からもお願いします。先生のこと、もっと知りたいです!」
「ぼ、僕からも!!」
「ルーネス様、サレム様、アインス様、どうか頭をお上げください。畏まりましたわ――私のお気に入りの一つで難曲と言われているものを一曲披露致します」
選んだ曲はニコロ・パガニーニのヴァイオリン協奏曲第二番第三楽章のロンド『ラ・カンパネラ』の主題を編曲して書かれたフランツ・リストのピアノ曲『ラ・カンパネラ』。多くのピアニストが難曲に挙げ、避ける超絶技巧曲の一つなんだけど、数ある超絶技巧曲の中でも特にお気に入りのものなんだよねぇ。
この曲を十八番としている女性ピアニストの『ラ・カンパネラ』を聞いた時に衝撃を受けた楽譜も読めない海苔漁師が七年もの歳月をかけて習得してその女性ピアニストの目の前で披露する機会に恵まれたという有名なエピソードもあるねぇ。
侍女が衝撃を受けて固まった姿と三人の王子達が目を輝かせる姿の対比を横目で楽しみながら一度もミスタッチも無しに弾き切った。
「アネモネ先生! 凄かったよ!!」
「いえいえ、私などまだまだですわ。世の中にはもっと巧く弾ける人はごまんといますから」
ふと、『謙遜もほどほどにせぇへんと単なる嫌味ですわ。圓さんほど弾ける人なんてなかなかいまへん』という影澤の空耳が聞こえた気がしたけど……大して練習もせずにラフマニノフ作曲の『ピアノ協奏曲第三番の大カデンツァ』を披露して見せたお前だけには言われたくない。
その後、しばらく三人のピアノの練習を監督し、三人のダンスの相手役を務める形でダンスレッスンを行った。ちなみに女性パートの他に男性パートも完全習得しているよ? 三人の王子の家庭教師としては使わないスキルだけど。
◆
午前の仕事を終え、ボクは王宮で割り当てられた部屋に戻り、「E.DEVISE」を起動した。
「失礼致します」
見慣れない侍女が部屋に入ってきた。珍しいねぇ……ボクの部屋は不可侵って暗黙の了解がある筈なのに。部屋の掃除に侍女も入れてないのにねぇ。
「陛下からアネモネ様にハーブティーの差し入れでございます。お疲れだろうから、これを飲んでゆっくり休んで欲しいとの言伝を賜っております」
「国王様が私のような下々のものにまで気を使ってくださるとは驚きですが……そのお気持ちを無碍にする訳には参りませんね」
侍女から受け取ったハーブティーを口に含み、そのまま優雅に飲み干す。侍女の口角が僅かに上がったのと、ボクの肩に黒い月の痣が現れたのを確認し、ボクは時空属性の指輪を【万物創造】で生み出した。
「それでは、私は仕事に戻らせて頂きま――」
「少々お待ちください。そういえば、貴女見掛けない侍女ですね。どこの所属の侍女――」
部屋からの脱出を試みようとドアの外まで全力疾走する侍女に向かって「時間停止魔法-クロック・ロック・ストップ-」を発動して侍女の時間を止めると、ボクは連絡用端末を手渡しておいたドネーリーに手短に状況を報告し、アクアを連れて指定した時間に部屋に来るように伝えつつ、その足でオルパタータダの部屋に転移――今回の謎解きを聞くべきメンバー全員をボクの部屋に呼び寄せてもらった。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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