Act.6-14 ラインヴェルドという男の唯一にして最大の罪 scene.1
<一人称視点・アネモネ>
『お久しぶりなのですよぉ〜』
『そっちはオルパタータダ達と楽しくやっているようだな? こっちはお前が騒ぎを起こさなくてクソつまらなくしているってのによ!?』
朝早くラピスラズリ公爵邸で身支度を済ませていたボクに連絡があった……と思ったら朝から暴走君主トップ・ツーからのタチの悪そうなモーニングコールだった。
珍しく王宮の地下にある会議室に同盟の主要メンバーが集まっているようで、ブライトネス王国からはラインヴェルド、バルトロメオ、ディラン、アーネスト、ヴェモンハルト、スザンナ、カノープス、世話役として統括侍女のノクトと王子宮筆頭侍女のレインが、緑霊の森からはエイミーンとミスルトウ、マグノーリエ、プリムヴェールの四人が、ユミル自由同盟からは獣王ヴェルディエと三文長のメアレイズ、オルフェア、サーレが、ド=ワンド大洞窟王国からは国王ディグラン、侍女長エリッサ、最高司令官パーン、宮廷騎士団長ロックス、宮廷魔法師長のヴィクトスが、海上都市エナリオスからは国王バダヴァロート、第一王子ソットマリーノ、第二王子ボルティセ、軍司長シャードン、天上の薔薇聖女神教団からは教皇アレッサンドロス、天上の薔薇騎士修道会騎士団長ヴェルナルドが、兎人姫ネメシア教からは三教主の一人カムノッツがそれぞれ参加している……ってか、なんで多種族同盟の全メンバーが集まってんの?
「朝早くから随分と騒がしい連絡だねぇ。今何時か知っている? 朝六時だよ? 近所迷惑って言葉知っているかい? ……それで、こんな朝早くからどんなご用事? 今日も、フォルトナ王国の方で家庭教師の仕事があるんだけど?」
『説明は我の方からしよう。ブライトネス王国とエルフ族長では話を長引かせてしまいそうなのでな。単刀直入に言おう。本日、我ら同盟軍は天上の薔薇聖女神教団の聖地となったフォトロズ大山脈地帯の最高峰で演習を行おうと思ってな。その連絡を一応ローザ嬢にもしておこうと思って連絡した次第だ』
……演習、ねぇ。ディグラン、それ単刀直入じゃないよねぇ?
「提案者はクソ陛下だねぇ。大方、フォルトナ王国に潜入させていたブライトネス王国の暗部が入手した情報から今回の演習を提案したんでしょう? フォルトナ王国で見慣れない魔物が発生し、進軍を続けているって」
『あっ、やっぱり知っていたか! だよな、知らねぇ筈がねぇよな!』
「残念だけど、バルトロメオ殿下が想像したようにオルパタータダ陛下から事前に情報を得ていた訳じゃないよ? 王宮で慌ただしく動いている武官から盗み聞いたからねぇ。オルパタータダにも報告は上がっているだろうし、ボクにもじきに声は掛かると思うけど……。ラインヴェルド陛下は演習の名目でフォトロズ大山脈地帯に転移した後に、ここからフォルトナ王国に《蒼穹の門》で転移するつもりなんでしょう? 出発前にボクに手渡しておいた陛下の白い羽の意匠が施されたナイフを使って」
『おっ、流石はローザ。俺の考えくらいお見通しって訳か。んじゃ、分かっているよな?』
「悪いけど、今日は用事が立て込んでいるからねぇ。状況によっては演習は数日間続けてもらうことになるよ? まあ、片付くなら今日中に片付くと思うけど」
『なんじゃ? 今日中に来客でもあるのかのぉ?』
「ヴェルディエさんの推測はある意味正解だねぇ。……今から一つ資料を提示させてもらおうと思うんだけど、いいかな? そっちは会議室でプロジェクターを使って確認しているんでしょう? そのプロジェクターに今から一本の動画を映すから。あっ、アーネスト様、録画機能は一旦切っておくから、勝手に触らないでねぇ」
一応、連絡を取り合う際には録画機能を使って後から見返せるようにレコードを取っておくんだけど、今回流すのは同盟国のスキャンダル――万が一のことがあってはいけないからねぇ。
映像は昨晩撮られたもの。隠し撮りだけど、この事態が想定されて法律が制定されていない以上、確固たる証拠の一つとして提示することはできる。
『アハハハハ、超ウケる!! なんなんだよ、どういうジョークだよ!? アネモネがオルパタータダの側妃になって子供を産むだって? ナイナイ、そんなこと天地がひっくり返ってもあり得ねぇぜ? なんたって第三王子との婚約すら頑なに結ぼうとしない百合好きの前世男の転生者だぜ? 男と結婚なんて死んでもしねぇだろ!?』
『確かに……これはあり得ないな。だが、アネモネ殿という人間をよく知らぬものならばこう考える可能性は大いにある。別段不思議なことでも無かろう』
「クソ陛下……はもういいや。バダヴァロート陛下、重要なのはそこじゃないからねぇ。敵が尻尾を出した、暗殺者の容姿と二つ名が判明した。もうこの時点でボクの推理はほぼ正しいものだと考えていいと思っているんだけど、このままじゃ机上の空論のままだからねぇ。そこで凶手を迎え撃ち、その上で言質を取る。ボクにとっては宰相や側妃がどうなろうと知ったことじゃないからねぇ。その辺りはフォルトナ王国の方で処理してもらうことにするよ。ボクの興味は最初から凶手の方にあるからねぇ。その凶手を捕まえた上で、ボクの推理が正しいかを確認しつつ、帝国への攻撃の大義名分を得るつもりだ」
『……つまり、その凶手がメリエーナを暗殺したってことか?』
「まあまあ、そう答えを急がなくてもいいじゃないかな? 現時点ではその結論は単なる机上の空論に過ぎないのだから。言質を取って初めて推理は正しいものと認められる。……まあ、仮にそうだったとして、陛下に何ができるのかな? フォルトナ王国で彼らがこれから行われる犯行を未然に防いだ……というのは大きな成果だよ? 運命を変えることができる訳だからねぇ。でも、陛下の場合は違うでしょう? 犯人を糾弾して、断罪したとして、果たしてメリエーナ様が帰ってくるの? 死んだ人間は帰ってこない……例えこの世界がゲームを基にしていたとしてもその事実だけは変えられないんだよ。……勿論、陛下に今回の結果を教えないということは、公平ではないから決してしない。事件の真相は詳らかにする――これは業の深い所業だ。犯人を裁いても死んだ人間は帰ってこない、懲役刑になったって死刑になったって、遺族の気持ちが晴れる訳じゃない。常にマイナスしか生まない……それが、真相を究明するということの本質なんだよ。それでも、その行為をするのは遺族の無念を、被害者の無念を晴らすため。ラインヴェルド=ブライトネス、彼女を愛していた貴方には確かに側妃メリエーナの死の真相を知る権利はある。でも、同じように彼女の死の真相を知る権利がある者が少なくとも二人いることを忘れてはいけない。ボクはその二人にも暴いた真実を告げるつもりでいる。その結果、どのようなことが起ころうともねぇ」
「……それはローザ――貴女自身の思想と矛盾するのではないか? 貴女は私達エルフに人間を憎むな、復讐の連鎖をこれ以上続けるなと、そうやって私達を同盟に誘ってくれたのではないのか?」
「プリムヴェールさんの言う通りだよ。確かに、一貫性がないかもしれないねぇ。……ボクが亜人族と呼ばれている君達と同盟を組もうと提案したのは利益的な打算があった。ただ、それと同じくらい不毛な争いを続けないで君達とボク達は手を取り合って共存していく未来を望んでいた……それも紛れもない事実、そこに嘘偽りはない。だけどねぇ、ボクは決して非暴力・不服従を掲げてきた訳じゃないんだ。百合薗グループは表立って国と争うことはしなかった、国と戦える戦力を持ちながらも……何故、ただひたすら搾取されることに耐え続けてきたのか、それは国を支配した後が大変なことを理解していたから。本来の形ならば、君主や首相という存在は民の奴隷であるべき……そうならないのは、政治を私物化しているから、或いは地位を濫用しているから。正直者が馬鹿を見るのは世の常だよ……それでも辛うじて真面目に頑張っている人がいるから国は空中分解せずに済んでいる……アーネスト様には本当に頭が下がるよ。母国の腐敗を自分が支配するのが億劫だからと見て見ぬ振りをしてきたボクにとって……いや、ボク達にとって真面目に国を動かしている人というのは尊敬に値する人間だからねぇ。……ボクは結局、身近な人が助かればそれでいい、自分の周りの大切な人達さえ守れればそれでいい、ボクが共感した人達が自分達の夢を叶えられればそれでいい、そういう人間なんだよ。世界を守ろうだとか、そんな正義感は持ち合わせていない……どころか、その正義にすら不信感を持っている。正義とは何なのか? 悪とはなんなのか? 全てとは一体誰なのか? 具体化されないその薄っぺらな言葉に嫌悪感すら抱く。一貫性なんてないさ……ボクがその都度、自分の中の正しいと思うものと、共感するものと比べ、判断しているのだから。ボクは復讐を否定している訳じゃない……泣き寝入りをすること是としている訳じゃない。ボクは聞いたよね? 鎖国か、開国かって、君達にはボクたちと敵対するという選択もあった。ただ、そうなればボクは徹底的に叩き潰すつもりでいたというだけでねぇ。未来は強制されるものじゃない、自分達の手で選んでいくものだとボクは思っている。君達はボクの操り人形じゃない、ゲームの登場人物じゃない、自分の意思を持っている――だから、ボクは必ず平等に選択肢を出すつもりだ。その中でどれを選ぶかは君達の自由――いや、選択肢から選ばないという手だってある。ただ、その選択できる自由には責任を伴うことを忘れてはならないからねぇ」
ここに集まった者達は、皆そのような選択の果てにここに集まった。それをボクは良い結果だったと思っているけど、万人にとってその選択が必ずしも良かったかどうかは分からない。
現に、エルフの中には多種族同盟の方針に従わない者もいる。奴隷制度廃止のために多くの血が流れた。
決して美談ばかりで語れる訳ではない。大きな選択の影には屍が堆く積まれていることは往々にしてある。
「ボクはラインヴェルド=ブライトネスという一人の人間に対して好感を持っている。散々振り回されてきたけど、それでも貴方や貴方の周りに集まる人間の空気感はとても心地の良いものだと思っている。……ただ一点だけ、ボクはどうしても貴方を好きになれそうにないところがある。分かり切っていながらも、メリエーナ様を側妃に召し上げたこと。確かに、それがシナリオの流れだった――そうなることは決まっていた、そう反論されても仕方ないし、その運命を決めたのは他でもないボクだ。いや、この世界の不幸のほとんどはボクがもたらしたものだねぇ、一人くらい『貴様のせいで!』って殺しに来てもいいものなのに、返り討ちにするけど。でも、百合薗圓としては、ローザ=ラピスラズリとしては貴方にその運命をぶち壊して欲しかった。この世界は既にシナリオから大きく外れている。全てが決まっているようであって、実はほとんどのものが決まっていないと、ボクはそう認識している。二人は出会い、ラインヴェルド陛下は見染め、メリエーナ様を側妃に召し上げた……そこに本当に陛下の気持ちは入っていなかったの? シナリオに強制されたから、メリエーナ様を選んだの? その中に少しでも陛下の意思が介在していたのなら、ボク以外――陛下にも責任はある。王妃や側妃の関係性に微妙な貴族の派閥の問題があることを承知していない訳じゃない。その渦中に分かっていながら最愛の人を放り込んだ責任を取ることになる……その可能性を努努忘れないでもらいたい。ただし、そうして復讐の道を選んだ人がいたとしたら、その人もただでは済まないと思うけどねぇ」
ラインヴェルドは例えその犯人を憎んでも手を下すことはできない。あれだけ自由に振る舞っている人にも不自由なことはある。
それでも、ラインヴェルドは最愛の人を手に入れようとしてしまった。その結果、招いてしまった悲劇――その下手人を裁くことは最早現実的では無い。過去に起こった事件を掘り返して犯人を糾弾したところで知らぬ存ぜぬを貫かれて終わりだろうし、逆に立場を悪くするのは寧ろ糾弾した側になりかねない。
ただ、正規の方法でなければ……ボクはそれを推奨してはいないけど、それでも私刑を下す……というのなら、それを止めるつもりもない。それもまた一つの選択だ。下手人もただでは済まないだろうし、何よりメリエーナ自身が望んでいないとしても。
推理と裁判はよく似ている。真実を明らかにしたいという気持ちも、犯人に罪を認めて刑に処してほしいという気持ちも、どちらも遺族の自己満足の域を出ない。
死体に口なし……死者がどんなことを考えていたのかなんて完全に明らかにすることはできないし、その気持ちなんて分からないんだから。その人が死んだ後の物語は遺されたものが紡いでいくしかない。
ただ、その物語から決して目を逸らすつもりはない、ということだけは表明しておかなければならない。ボクにもこの件の責任はあるんだからねぇ。
「それじゃあ、ボクは仕事に行くよ。演習の件は了解した。同盟軍の実戦には最良だろうし、準備が整ったらこっちから改めて連絡するからよろしくねぇ、それじゃあ」
静まり返った会議室との通信を切ると、ボクはフォルトナ王国に転移して先に到着していたアクアとドネーリーと合流を果たした。
さあ、紡ぐとしようか? 『管理者権限』奪還のための序章を。
お読みくださり、ありがとうございます。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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