Act.6-13 傲慢側妃の下命と悪徳宰相が招いた少女凶手 scene.1
<三人称全知視点>
「あのアネモネという女……本当にムカつくわ! オルパタータダと忌々しい偽善者面したあの女に取り入って! サレムを誑かして、ルーネスを王位につけようとしているんだわ! いいえ、あの女の野心はそれだけに留まらない。自分の産んだ子供を王位につけて国を支配するつもりなんだわ!!」
後宮の一角にある側妃シヘラザードに割り当てられた部屋で、部屋の主人である野心の塊がそのまま人の形をしたような女はどんどん妄想を肥大化させて見当違いの結論に達して怒りを爆発させた。
「まあまあ落ち着いてくださいませ、シヘラザード様」
「落ち着ける訳がないでしょ、アルマン! あの女が来てから二年、貴方が『次こそは――』と言いながら放った凶手は数知れず、その全員が行方不明になっているのよ! なんであの女は今もピンピンしているのよ!!」
王の側妃であるシヘラザードが王以外の男を部屋に連れ込んでいるという時点で既に側妃地位を剥奪されそうなものだが、少なくとも二年前の時点で既にシヘラザードは共犯者である宰相アルマン=フロンサックを部屋に招き入れている。
シヘラザードと結託したアルマンは宰相として持つ人事権を悪用し、シヘラザードの周りの侍女や執事、小間使いに至るまで全てサレム派で揃えていた。そのため、裏切り者が密告する心配もなくシヘラザードは堂々と私室でアルマンと悪巧みを続けていた。
(……全く、人を罵倒していればなんでも上手くことが行くと思っている女は嫌になるな。だが、あと少しの辛抱だ)
バニシング公爵家とフロンサック公爵家は古くから親密な関係にあった。幼少の頃からアルマンはシヘラザードに振り回され、小間使いのように使われ、散々な目に遭っている。
昔から癇癪持ちで、自分が望めば何でも思い通りになると錯覚している女王様気取りの子供だった。表向き同格のフロンサック公爵家の子息であるアルマンがシヘラザードに振り回される日々を送らざるを得なかったかというと、シヘラザードがオルパタータダ王子の婚約者の一人に選ばれたことが二つの家の力関係の天秤を傾けていたからである。
バニシング公爵家もフロンサック公爵家も表向きは清廉潔白な由緒正しい公爵家として知られていたが、そのどちらも違法な薬物や奴隷商などを牛耳る大悪党の一族だった。
バニシング公爵家の当時の当主は娘のシヘラザードを大層可愛がる親バカだった。その娘シヘラザードが王妃となったことで得られる恩恵を欲したアルマンの父は自分の息子が小間使いにされる程度なら構わないと、喜んで息子を差し出したのである。アルマンにとっては最悪の幼少期であり、シヘラザードには振り返る価値もない当然の幼少期だった。
幼い頃のアルマンはフロンサック公爵家の人間には割と珍しい純粋無垢な少年だった。努力家だった彼はお姫様の我儘に全力で応え、応え、応え、どんどん心を擦り減らしていった。
彼が十歳の時、父からフロンサック公爵家の裏の顔やバニシング公爵家との本当の繋がりを知った際には軽い絶望を抱くほどだった。
父はアルマンを宰相にすることで更に家業の手を広めることを画策していたようだ。アルマンも国を支えられる宰相の仕事に昔から憧れを抱いていたこともあり、父の思惑から目を背けつつ宰相を目指すべく勉学に打ち込んでいく。
その間もシヘラザードはアルマンを扱き使い続けた。日々の勉強とシヘラザードからの酷い扱い――それらで疲労が蓄積し、何一つ楽しみのない生活が続いたある日。
(……これだけ頑張っているんだから、僕だって得をしてもいいよね?)
これがアルマンの真っ白な心に落ちた最初の黒インクだった。その黒い心は少しずつ白を蝕んでいった。
彼はフォルトナ王国の学院で優秀な成績を収め、その後役人から出世していき、遂には宰相の地位に就く。この宰相への昇進には一切卑怯な手を使っていない、完全に彼の努力の結果だった。
その一方でフロンサック公爵家の持つコネクションを少しずつ手中に収めていった。今やフロンサック公爵家と取引があった暗殺者や商人、裏家業で生きるアウトローな者達は全てアルマン側についている。今も表向きはフロンサック公爵家の当主であるアルマンの父に従っているが、アルマンが望めば家族の命を奪うことも容易に可能だ。フロンサック公爵家の持つ力は完全にアルマンに継承されたと言っても過言ではない。
アルマンはこうして表の宰相という地位と、裏の大悪党の首魁の地位を手に入れた訳である。
その彼の次なる目的はフォルトナ王国の完全支配だった。
宰相として真っ当な職務を続けながら、シヘラザードの要望に応え続けてきた。サレム派の貴族を統括し、采配を振るってきたのはシヘラザードではなく、シヘラザードの小間使いでありサレム派の筆頭貴族であるアルマンだった。
しかし、彼の目的はサレムを王位に就かせること、などでは決してない。シヘラザードの望み通り、サレムを王位に就かせるべく混乱を巻き起こし、その上でサレムが王位に就いた瞬間に彼とシヘラザードを殺して王位を簒奪する。
通常ならば、王家の血を引かないアルマンに王になることはできない。だが、動乱期の混乱に乗じてならばそれが可能だ。
国王オルパタータダと第一王子ルーネスの死はフォルトナ王国を混乱させる十分な手札となり得る。その上で邪魔な国王派の騎士団を一掃し、王位継承権を持つ第二王子と第三王子を殺せば王家の血は絶え、自分にもチャンスが巡ってくる。
アルマンはシヘラザードに扱き使われ続けた。その見返りとして要求したのが王座だったというだけだ。
アルマンは哀れな側妃に優しい声を掛けながら、心の中でシヘラザードの顔が絶望の色に染まり、フォルトナ王国の全てが傅く姿を想像して黒い笑み浮かべた。
「確かにシヘラザード様のご依頼通り暗殺者を派遣し続けました……が、彼らは尽く蒸発していまいました。血痕すら残さず、元々存在しなかったかのように消えてしまった様子です。元々、アネモネに割り当てられた部屋は宰相の力を持ってしても調査できない場所――暗殺者が実在しないことになっているのですから、お互い暗殺者のことは知らぬ存ぜぬの姿勢を貫かねばならないのです。彼らは所詮、裏家業の人間――いくらでも潰しは効きますが、このままではサレム殿下を王位につけるのはますます難しくなりそうですね」
「そうよ、あの忌まわしいあのアネモネという女! あの女さえいなければ全てが上手くいったのよ!! 早く始末しなさいよ!! それが貴方の仕事でしょ!! 私の力で貴方は宰相になれたのよ!!」
無論、アルマンが宰相の地位にいるのは彼自身が努力したからである。だが、シヘラザードは王妃である自分の力があったからこそアルマンが宰相になれたのだと信じて疑わないようだ。
「……このまま無策で暗殺者を放ってもあのアネモネという女をどうこうするのは難しいでしょう。これまでは手飼いの暗殺者を使ってきましたが、彼らには荷が重かったようです。裏の業界で【濡羽】と呼ばれている伝説の暗殺者がいるそうです。少し値は張りますが成功報酬制でその凶手が失敗したところで私達の懐は痛まない。暗殺に成功すれば儲け物――いかがでしょうか? シヘラザード様」
「なんでもいいわ! あの女を――アネモネをどうにかしなさい! 早く息の根を止めて!!」
「承知致しました」
◆
「暗殺の依頼ですわね。殺す相手は――アネモネという方ですか」
フォルトナ王国のスラム街にある小さな酒場で、スラム街にそぐはない見た目の男女がカウンターに座っていた。
一人はフォルトナ王国の宰相アルマン、そしてもう一人は黒ロリィタのドレスを身に纏った少女だった。
身なりは整っており、パッと見は貴族の令嬢のようだ。濡羽色の髪を持つ人形のような美貌を持つ少女で、フロンサック公爵家のルートを使えば高級娼婦として売ることができそうだ……とアルマンは半ば無意識に頭で算盤を弾いていることに気づき、慌てて思考を振り払った。
相手は暗殺者だ……暗殺者の筈だ。このような見た目ではあまりに目立ってしまい、暗殺などできなさそうだが、彼女が噂の【濡羽】という暗殺者らしい。
彼女との仲介をしてくれた裏世界では名の知れた闇の仲介人に嘘はないだろう。
酒場のガラの悪い屈強な男達に性的な視線を向けられてもまるで気にしたこともなくこの酒場に置いていある酒で最も度数の高いものを水でも飲むように一気に飲み干していた。特に酔っぱらった様子もない。
ちなみに、どちらかといえばガラの悪い男達と同じカテゴリーに分類されるマスターも少女が酒を注文した時には流石に躊躇ったが、今では彼女の飲みっぷりに感心しているようで、彼女の好みだという安酒を少女に次いであげている。
「私を非力でいつでも手折れる小娘と思っているようですが、個人的にはおススメ致しませんわ。女というのは恐ろしい生き物です。化粧をすればいくらでも化けられる。それに、いつまでも容姿が変わらない、老けることのない美魔女というものもごく稀にいますわ。もしかしたら、可憐な少女に見える女が実は八十を過ぎたババア……なんてことも無きにしも非ずですわよ? まあ、冗談ですが」
クスクスと笑いながら、【濡羽】は酒を煽った。冗談めかしているが、アルマン達にはそれが冗談には聞こえなかった。
「まあ、確かにこんな黒ロリィタドレスを着ていては目立って仕方ありませんわね? ですが、私が黒ロリィタドレスを脱いだとして何人が私を私だと認識できるでしょうか? インパクトのある見た目だと、相対的にその人本来の形質がぼやけて見えてしまう――そのようなインパクトのある髪型やメガネ、装飾品などを指す心理学用語にアーチファクトというものがあるようですわ。実際、メイクを取って黒ロリィタドレスを脱いでしまえば、私は全く別人に見えるかもしれませんね?」
「さて、この話はおしまい」と話を切り、少女はアルマンにニコリと笑った。
「女商人アネモネの暗殺の依頼ですが、快く引き受けさせて頂きますわ」
「本当か!?」
「えぇ、私にとっても素晴らしい申し出ですもの」
【濡羽】は内心でニヤリと黒い笑みを浮かべた。
これまでも進んで国崩しのためのお膳立てをしてくれる者はいた。残念ながら一度目の国崩しは失敗に終わったが……が、その国は【濡羽】の母国からも遠く、どちらにしろあまり建設的なものではなかった。そもそも国崩しは彼女の趣味の副産物に過ぎず、ついでに上手くいけば儲け物という程度だった。
だが、今回は違う。野心家のアルマンはサレムを王につけるため手始めに国王と第一王子、第三王子の暗殺を依頼し、サレムを王位につけるだろう。当然、国王派の騎士も暗殺も依頼し、そのお膳立てもしてくれる筈だ。そうして国の戦力が大きく落ちた瞬間に攻め入ればこの国は彼女の母国――ルヴェリオス帝国のものになる。いや、そんなものは既にどうでも良かった。
胸一杯に信仰心を抱き、恍惚な笑みをひた隠し、少女は依頼を受託した。
◆
「――ボクの推理通りだったみたいだねぇ。さぁ、前哨戦を始めようか? ルヴェリオス帝国」
その一部始終を「サーチアンドデストロイ・オートマトンプログラム」のカメラを通して見ていた悪役令嬢は額を伝う汗を拭うと、「E.DEVISE」を外して九日ぶりに床についた。
決戦は恐らく明日――そこで、フォルトナ王国の運命が決定する。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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