Act.6-1 懐かしの騒がしきトラブルメーカー達の巣窟にて scene.1
<一人称視点・アネモネ>
王家の紋章が刻まれた黒塗り馬車――先に断っておくけど、これは決して偽物などではなく、紛れもないブライトネス王国にたった三台しか存在しない王族専用の馬車の一台だよ? 虚像の地球において大倭秋津洲帝国連邦と肩を並べる大国、米加合衆連邦共和国の大統領専用車両の異世界版と考えてもらえば分かりやすいかもねぇ……寧ろ分かりにくくなった?
国王の一族のみにその使用が認められるこの馬車は、主に国王や王族が公務で王宮外に出る際に使用される。三台用意されているのは一台が修理中の場合にも使用するため、或いは片方の馬車が何らかのアクシデントに見舞われて使用不能になった場合にも使用するためであって、もう一台が王族が乗っている馬車が万が一狙われた場合に備えてダミーを用意するため。
この三台が同時に破壊されて「国王の足」が無くなる可能性も危惧して、三台が王宮内の別々の場所で保管・整備されている。
その王族専用馬車になんでボクとアクア、そしてドネーリー=テネーブルという黒髪の青年が乗り、馭者役にはラピスラズリ公爵家の庭師……という王族どころか王宮関係者が一人も乗らずに(語弊がありそうな言い方だけど)シルフスの街を越えて隣国フォルトナ王国に入ったかというと……。
『そういや、フォルトナ王国の派遣なんだが国の代表って扱いで行くことになったからな。王宮の馬車……いや、折角だし王族専用馬車に乗っていけばいいんじゃねぇか? 流石にブライトネス王国の紋章が入った馬車を襲ったら国際問題に発展しかねないし、躊躇するんじゃねぇの? それに、そっちの方がクソ面白そうだし。あっ、馬車はただで貸すから代わりに魔改造しておいてくれよ!』
というクソ陛下のしょうもない提案……というか最早強制的だったけど……のせいなんだよねぇ。それで、馭者無しで王族専用馬車を貸し出されたって訳。
で、メインの立場にあるというボクが馭者をやる訳にもいかず、必然的に馭者をやる人が必要になって、使用人から誰か一人御者役を出して欲しいとジーノに相談したら、使用人の中で誰が行くかって話になって、その中で選ばれたのがこの庭師。
ヘクトアール=ヴァンジェント――鳶色の髪と碧眼を持つ中年に片足を突っ込んだ無性髭を生やした庭師で、体力が少ないと自称し、ゆっくり仕事をしていることから使用人達からはサボリ魔と思われている。このサボり魔な性格が祟って「どうせ暇なんだから行ってこい」ってことに満場一致でなったみたいだねぇ。
ちなみに、彼は各国を渡り歩いた一流の傭兵で、元々はラピスラズリ公爵家と敵対する組織に雇われていたんだけど、組織が全滅した際にその実力を買われ、「花を愛でて働ける職場を提供してくれるなら」という条件で雇われたんだよねぇ。
……まあ、なんとなく屋敷での立ち位置や性格で分かると思うけど、モデルは斎羽勇人だよ?
ちなみに、ドネーリー=テネーブルって誰って思っただろうけど、このメンバーでいない人を探せば見当はつくんじゃないかな? まあ、結論から言っちゃうとディランなんだけどねぇ。
ドネーリー……まあ、安直だけど名前はDylanのアナグラムでDnaly、苗字は闇を意味するフランス語ténèbresから。ちなみに、ドネーリーとアクアは兄妹の関係にあるという設定で、アクア――妹のアクア=テネーブルは貴族の屋敷にメイドとして奉仕していて、兄のドネーリーはビオラ商会で働いているということになっている。ブライトネス王国の国王陛下からの勅令でアネモネがフォルトナ王国に派遣されることになった際に、社員のドネーリーの伝てでメイドとして仕えている貴族の家に断りを入れ、身の回りのお世話をしてもらうためにメンバーに加えてもらったという設定ねぇ……少々無理がある気がしないでもないけど。
「……はぁ、なんで俺が馭者役なんてやっているんだろうなぁ。今頃、花を愛でて癒されている筈だったのに……」
「暇だって思われているからじゃないの?」
無性髭を剃り、一端の馭者の姿に化けたヘクトアールにアクアがジト目を向けた。
「俺って毎回きっちり仕事やっているんだぜ? そもそも、ゆっくり庭を整えるのが俺の仕事のスタイルだし? 大体体力がない俺にそんな沢山の仕事ができる訳ないだろ? 相対的にサボり魔に見えるだけだろ?」
「まあ、人には向き不向きがあるし、自分のペースでやるのが一番だと思うけどねぇ。そのために役割分担がなされているんだし」
「そう言ってくれるのはお嬢様と旦那様くらいだぜ……全く、なんでみんな俺に厳しいんだ? お嬢様と旦那様と坊ちゃん以外、大なり小なりサボり魔サボり魔って連呼して仕事しろって言ってくるし」
「そう言えば、ローザお嬢様ってヘクトアールに優しいよな? 俺はまだヘクトアールのサボりに寛容な方だと思うんだけど……お嬢様は少し甘やかし過ぎな気がする」
「それ、自分で言っちゃうか? ってか、俺とかその男口調とかフォルトナ王国では出さないように気を付けろよ?」
この二人、実はナイスパートナーだよねぇ? アクアの隣に座っているドネーリーがジェラシーしているみたいだよ?
「ボクの前世の家族にヘクトアールさんに本当に似ている人がいてさ。サボり魔って訳じゃなくて、本当に必要な時にはきっちり仕事をして、後は花を愛でて暮らしているっていう庭師統括なんだけど。働き過ぎなくらい働いている他の統括のみんなにもあれくらい休んで自分のために時間を使って欲しいと思っていてねぇ。……まあ、趣味がそのまま仕事だったり、スペックが高過ぎたりという理由で庭師統括――斎羽勇人さんだけ浮いているって思われるのも仕方ないことではあるんだけど。身内贔屓っていうか、ボクはボクの家族が大好きだからねぇ。あの暖かい空気感が好きだった……だからかな、その勇人さんに似ているヘクトアールさんに甘いって言われても仕方ないかもしれないねぇ」
「斎羽勇人って、前世の庭師統括兼狙撃手で、スコープの補正なく片手で、安定しない揺れるヘリコプターから三キロ先にいる揺れる船に他の乗客に混じっている標的を完璧に撃ち抜く凄腕の狙撃手っていうあの人だろ? 体力がないから時々サボろうとして、他の統括達からサボり魔って連呼されているっていう。……そう考えると、本当にそっくりだよな、斎羽とヘクトアールって」
「そりゃ、ヘクトアールさんのモデルが勇人さんだからねぇ。ちなみに、勇人さんの名誉のために言っておくけど、彼は本気にならない限りは仕事の初動は遅いけど、やるからには手を抜くことなく完璧に仕事をこなすプロだよ? まあ、他のメンバーが初動も早くて完璧にこなしてしまうから相対的に見ると劣っているように見えるんだけどねぇ」
ボクはかなり効率的な人だと思っている。堅実に準備を整えるし、最低限のエネルギーで最短距離で仕事を終わらせようとする。一方、月紫達は大なり小なり常に全力で事に当たるタイプ……そりゃ、相性が悪いだろうねぇ。
「そういえば、ヘクトアールさんってこの後メネラオス様にコンタクトを取りに行くんだよねぇ? ……お疲れ様」
カノープスの父で先代公爵のメネラオス。隠居した彼は現在消息を絶ち、この世界の何処からにいる。そして、世界各地に散らばらせた使用人達から情報を得て、ブライトネス王国にとって不利益をもたらす存在がいれば闇から抹殺する――それが、外で活躍する【ブライトネス王国の裏の剣】となった代々の先代公爵の仕事らしいんだけど。
その隠居した公爵に連絡を取るためには世界各地に散らばる先代の戦闘使用人達にまずコンタクトを取る必要がある。ヘクトアールはボク達をフォルトナ王国の王宮に届けた後、その先代の戦闘使用人に声を掛けにいく任務を仰せつかったみたいでねぇ。まあ、最悪の場合に備えてってことなんだろうけど。
「正直、そっちの方が気が重いぜ……アンタレス=スコルピヨンって先代の庭師で串刺しを得意とする十代の少年に見える年齢詐欺の人格破綻者なんだろ? 俺、先代の使用人とは接点ないし、正直そういう怖い奴とはお関わりになりたくないんだけど」
「……よく、それでラピスラズリ公爵家の使用人になれたわね?」
「今の公爵家は比較的良識のある使用人が集まっているからいいけどよぉ? 連続殺人鬼とか怖くねぇか?」
……ヘクトアール、フェイトーンの存在忘れてない? まあ、確かに抜身の刃で辺り構わずっていう人はいないけどさ。……ってか、そんなんじゃ戦闘使用人として雇っても不安が残るし、先代使用人も人格破綻者が多いとはいえ、一方的に襲ってきたりはしないと……思いたいなぁ。
◆
フォルトナ王国の王都フォルトナ。その中心に位置する宮殿に一台の馬車が向かっていく。
王都の関所に駐在している騎士達も、ブライトネス王国の紋章がついていることを確認すると簡単に馭者役のヘクトアールに事情を聞いただけですんなりと通してくれた。……これが同盟国の紋章入り馬車の力か。
王宮に到着早々、衛兵達と侍女一人に出迎えられた。……王都の関所から連絡があって急遽失礼がないようにと侍女を派遣したみたいだねぇ。
ただ、突然の訪問だったからきっちりと準備はできなかったみたい。まあ、オルパタータダ以外への事前連絡無しの実質電撃訪問――これに、対応しろという方が酷だよねぇ。
突然の同盟国から、王族専用馬車による事前連絡無しの来国――この時点で一国の国王がもてなす準備も整っていないのに一体どうするんですか!? っていう混乱状態に陥っているのは平生を装った衛兵達と侍女の内心の動転っぷりが垣間見える緊張感漂う表情から明らかなんだけど、馬車からボク達が姿を見せた瞬間、混乱の中に更なる混乱が投下されたかのように、衛兵達と侍女が完全にフリーズした。
「突然の訪問、大変申し訳ございません。隣国ブライトネス王国でビオラ商会という商会の会長を務めているアネモネと申しますわ。本日は、ブライトネス王国のラインヴェルド国王陛下の勅令を賜り、フォルトナ王国に参上した次第でございます。つきましては、こちらの書状をオルパタータダ陛下にお届けして頂けないでしょうか? ラインヴェルド陛下からお渡しするようにお願いされたものでございますので、よろしくお願い致します」
「はっ、はい!! しょ、しょ、承知致しました!」
……この侍女、気の動転っぷりが半端ないねぇ。
その後、侍女と入れ替わるようにフォルトナ王国の王宮内の全侍女を統括する統括侍女のミナーヴァ=スドォールトに担当した侍女の無礼を謝罪され、今度は滞りもなく来客用の部屋に案内され、改めて書状がオルパタータダに届けられることになった。
なんでも担当した侍女は子爵家出身の女性で行儀見習いとして宮仕えを始めたばかりの新人らしい……その子が王族専用馬車の出迎えをしないといけない事態になるなんて、随分と王宮が混乱していたみたいだねぇ。……まあ、状況も状況だし、仕方のないとは思うけど。
その後、ボク達三人は来客用の部屋で時間を潰し、「謁見の準備が整った」と教えに来てくれたミナーヴァと共に謁見の間に向かった。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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