Act.5-56 獣王決定戦開戦直前〜悪役令嬢の忙しい二日間〜 scene.1 下
<一人称視点・ローザ=ラピスラズリ>
「あっ、ローザお姉ちゃんだ!」
「久しぶりだねぇ、元気だった?」
ロケットダッシュで突撃してきたアーロンをふわっとキャッチする。
しかし、子供ってのはなんでこんなに元気がいいんだろうねぇ。……実は元気が溢れ返っていて、何をしでかすか分からない子供は苦手なんだけど。
前にそうぶっちゃけたら「ローザさんも子供よねぇ? 少なくとも見た目は」とラルに半眼向けられたけど……だって、本当に苦手なんだよ? 幸い、ニルヴァスとソフィスは悟り過ぎるくらい悟った子達だったから話していて苦痛じゃなかったけど、本当に何をしでかすか分からない子供は苦手だからねぇ。アーロンはまだ気を引こうとヤンチャすることもしなくて、素直でいい子だからまだ会っていて苦痛じゃないけど。
まあ。そりゃ浮くよねぇ、ボクみたいなのは、子供の中では。
「ところで、アーロン君。そのお姉ちゃんってのは一体なんなのかな? 確か、同い年だと思うんだけど」
「そもそもお姉ちゃんなのかな? どっちかっていうとお姉兄ちゃ……「――チャールズさん、シバくよ?」
チャールズを笑顔で威圧しつつアーロンを下ろしてから「ええ子、ええ子」と頭を撫でる。アーロンは何故かこうやって撫でられることを気に入っているみたいなんだよねぇ、本当に甘えん坊な子だねぇ。
乙女ゲーム本編でのアーロンは、緑と青を足したターコイズブルーの奇抜な髪の毛と軽薄そうな笑顔が印象的な攻略対象としてデザインされた。首にはチョーカーをつけ、制服は着崩していて、どう取り繕っても真面目な生徒には見えない……うん、乙女ゲームではキャラの幅を広げるためにそう設定した訳だけど、それはそれ、これはこれ。
アーロンは暗殺者になる必要がないんだし、このまま上手く育て上げればきっといい子に育つ筈……ならなかったら、シナリオの強制力が悪い!
それから、アーロンと少し遊んでからボクは極夜の黒狼のアジトを後にした。
しかし、なんだろうねぇ。攻略対象が必ずしも聡い訳ではない……アーロンも年相応だし、やっぱり大人にならざるを得ない環境に置かれたからニルヴァスとソフィスは四歳と三歳にして、既に大人並み、或いはそれ以上に悟った子供になっているのかな? ……どっちが幸せなんだろうねぇ、ニルヴァス達か、アーロンか……結局、本人達が幸せならそれが一番か。
◆
<一人称視点・アネモネ>
「なるほど、素晴らしい立地だねぇ。ペチカさんの門出に相応しい場所だと思うよ」
「…………そんな、私には勿体無い場所です。……本当に、こんな一等地、いいのですか?」
「問題ないよ。緑霊の森でも助けてもらっちゃったし、そのお礼と、後はペチカさんの夢を応援していた一人の友達からの細やかなお礼だと思ってくれればいいよ……って、この土地はボクじゃなくてアンクワールさんからのプレゼントだけどね。君のお父さんは頑張ってボクの頼んだ通りの土地を見つけて、なんとか商談を進めてくれた。彼の頑張りがあったからこそ、この場所を手に入れることができたんだよ。……君はあのままアンクワールさんに夢を打ち明けて、何もかもを手配されてもきっと喜びはしなかったよねぇ。もしかしたらお前は働かなくていいと、夢を潰されちゃうかもしれない……そう思って怯えていた。……あの時からボクは決めていたんだ。二人の関係を修復したいって、その上でアンクワールさんにペチカさんが夢に向かって進むために背中を押せるような、そんな門出にしたいって。ボクはただ切っ掛けを作ってお金を出しただけ。あの日、ペチカさんが勇気を出してボクに父親を救って欲しいとお願いしてくれたから、アンクワールさんが娘を悲しませたくないと決意してくれたから、二人が勇気を出したからこの結果があることを覚えておいて欲しい」
「……ありがとうございます、ローザさん」
「本当に……私達のためにありがとうございます」
お金を出すことはできる。でも、それだけじゃダメなことはいっぱいあるんだよ。
ペチカのためにアンクワールが頑張った――その事実が重要なんだ。……まあ、結果的にペチカのためになっただけで、アンクワールが辞退する可能性を見越してペチカの店のための土地であることは伏せていたから、あくまで自己満足ではあるんだけど。
「この土地の権利はついさっきボクの手元に来た。そして、これは今からペチカさんのもの――ささ、アンクワールさん。貴方からペチカさんに渡してあげて」
「何から何まで、本当にありがとうございます。……ペチカ、本当に沢山沢山辛い思いをさせたね。ずっと苦しかったのに、私はそれに気づかなかった。スタートを見失って、大切な娘を傷つけて、あの時、私はお金に取り憑かれていた。……ローザさんのおかげで私はようやく前を向いて生きることができる。ペチカはもう私のことを心配しなくていい、今度は自分のために、夢を追いかけて欲しい。……本当は私が用意したかったんだけど、ローザさんにお膳立てされてしまったからね。これは、ローザさんと私からのエールだ。受け取って欲しい」
……ボクのことはいいんだけどねぇ。本当に優しい人だ。
「ありがとう……お父様、ローザさん」
「感動するのはまだ早いよ。さて、本来土地はアンクワールさんのプレゼントのつもりだった……ボクからは店をプレゼントしようと思っていたんだけどねぇ。……それじゃあ、ボクからのプレゼントを用意するとしよう。奇門遁甲、迷彩結界」
陰陽術の遁甲盤を使用して分岐点において特定の方角に意識を向けさせる、あるいは向けさせないという術と特定の霊符を複数枚使用して展開できる結界の一つで風景に同化して対象を隠す結界を展開し、購入した土地を覆う。
「かなり横着するけど許してねぇ。【万物創造】!!」
店の外装・内装・水回りの設置から、調理場の調理道具一式、ホールの机や椅子に至るまで脳に描いた設計図通り店を一から創造する。
魔力がそこそこ無くなったのを確認して、顕現した神水を一本飲み干して完成――うん、なかなかいい店になったんじゃないかな?
店名は「ナナシ」、ここからペチカ自身が店の名前を決め、一から始めていく。
営業は、足りないスタッフを募集して集まってからということになるけど、まあそんなに掛からないんじゃないかな?
「店舗の方は店名を看板に入れて完成だけど、何って入れるか決めていたりする?」
「……ずっと、店を持つことができたら、この店名にしたいって決めていたんです。『Rinnaroze』――亡きお母様の名前です。……お母様と、お父様、私、三人一緒ならどんなことも乗り越えていけると、そう思って」
「…………ペチカ」
「決まりだねぇ。それじゃあ、作るよ」
今度の【万物創造】は大した魔力を消費しなかった。でも、きっとペチカとアンクワールはこの店をもらった時よりも遥かに嬉しがってくれると確信していた。
「「本当に…………ありがとうございます、ローザさん」」
「それじゃあ、頑張ってねぇ、ペチカさん。これはまだ夢の第一歩に過ぎないんだから」
父と母と手を繋いだ小さな女の子のシルエット――有り得べからざる未来の光景を刻んだ看板に感動している二人を残し、ボクは術を解除すると大通りに出る。
――ペチカ、きっと君のお母さんも背中を押してくれるよ。君は一人じゃないし、二人だけじゃないんだから。
ペチカの隣にアンクワールと共にペチカの門出を祝うリンナローゼさんの姿が見えた……って、そんな訳はないか。きっと、ペチカとアンクワールのリンナローゼさんとの温かい記憶を覗き見た、その時の残像だよね。
◆
「おっ、アネモネさんじゃねえかァ! うちに来るなんて初めてじゃねえか?」
「お久しぶりですわ。モルヴォル様、バタフリア様。番頭のカルロスさんもお久しぶりです」
折角ここまで来たので、近くにあるジリル商会の本店に寄ることにした。
昔からあるログハウスのような建物で、中で生鮮食品やら、駄菓子やら、衣料品やら、とにかく色々なものを売っている。マルゲッタ商会がお洒落な建物で、それぞれのジャンルに分けて売っているのと比べればお洒落感には欠けているけど、ボクはこの昔懐かしい感じを気に入っている。
中には掃除をしている売り子のメイドさんと、奥の方で仲良く座っている会長のお爺さんとお婆さん、そして算盤擬きを弾いていた影の薄そうな番頭の四人の姿があるだけで客はまばら……これで金融業のスペシャリストとか、二大商会とか言われても普通は分からないよねぇ。
ところで、ジリル商会とラピスラズリ公爵家には浅からぬ関係がある。鍵を握るのはこの番頭――カルロス=ジリル、まあ名前を聞けば分かる通りジリル家に連なる存在で、モルヴォルとバタフリアの息子で、第一王女プリムラ=ブライトネスの母でラインヴェルドが最も愛した側室メリエーナとは姉弟の関係にあり、攻略対象の一人ジィード=ジリルの父親でもある。
そんな彼は実の両親も知らないことだけど、ラピスラズリ公爵家の協力者の一人であり、【ブライトネス王家の裏の剣】の目となり耳となる情報屋の一人として、また武器などを下ろす闇の武器商人としても尽力している。カノープスの話によると、彼との出会いは魔法学園時代まで遡るとか、ラピスラズリ公爵家の協力者の中ではまだまだ新参者らしいけど……。
人一倍姉のことが好きだったそうだ。陛下に見染められて側室に選ばれ、王城に入城することが決まった時は大泣きして両親や姉を困らせたらしい。そんな彼は、大好きだった姉がラインヴェルドの正室や側室達から虐められ、精神的苦痛を苛まれる中で体調を崩して亡くなったことを知った時、何を思ったのか。ボクの父カノープスですらその感情を見抜けないといういつも微笑を湛えた仮面の裏に一体どんな感情が渦巻いているのか、ボクの見気をもってしても未だに見抜けていない。
「おい、俺達ぁ客人と中に入るから店の方は頼むよォ」
「承知致しました。アネモネ様、ゆっくりなさってくださいね」
ボクはモルヴォルとバタフリアと共に店の奥に入っていく。迎えられた応接室はなかなか落ち着いていて、侘び寂びを感じられる場所だった。実に趣味がいいねぇ。
「それで、今日は商談に来たのかァ?」
「いえ、普通にお買い物がしたいと思いまして……プライベートで飴を購入しに参ったのですわ」
「飴……ですか?」
ちょっと意外そうにボクの方を見るモルヴォルとバタフリア……そんなに意外かい?
「ここの飴は本当に美味しいですわ」
「嬉しいことを仰るわね。実は新作の飴を用意してあるの、試食していかない?」
「本当ですか? ありがとうございます!」
モルヴォルが「アネモネさんって、ここに買いに来たこと会ったかァ? 流石にこんな美女が買いに来たンなら流石に気づくと思うンだが」と記憶を手繰り寄せている中、バタフリアが新作の飴を持ってきてくれた。
「お口に合うといいのだけど……。是非、率直な感想を聞かせてね」
「勿論です! わぁ、食べるのが勿体無いくらい美しいですが……いただきます!!」
薔薇の香りがする……なるほど、食用の薔薇を使った飴か。うん、程々の甘さで薔薇のいい香りが口の中いっぱいに広がって、美味しい!!
「…………もしかして、ローザ様なの?」
「…………はっ、バタフリア、何を言っているんだ? この方はビオラ商会の商会長のアネモネさんで……」
「ええ、知っているわ。前にご挨拶にいらっしゃった時は全然気づかなかったわ。でも、今飴を食べた時の蕩けたような表情を見て思ったの。カノープス様と一緒にいつもいらっしゃる公爵令嬢様に美味しいものを食べた時の表情がそっくりだって」
えっ……そんなことで気づくの? バタフリアって、どんな洞察力しているんだよ……まさか、そんなことで気づくとはねぇ。
「ふふふ、あはははは。本当に参ったねぇ……まさか気づかれるとは」
「えっ……まさか本当なのかァ? 本当に、ローザ様? でも、あの方はまだ三歳だろう?」
「正真正銘、ローザ=ラピスラズリですよ?」
一瞬、ローザの姿に戻し、再びアネモネの姿に変身する。バタフリアの方も流石にこれには驚いたみたいだ……やっぱり、実際に見ると驚くよねぇ。
「つまり、俺達はァ、三歳の子供に出し抜かれていたってことかァ?」
「まあ、実際は三歳児じゃないんだけどねぇ……詳しい事情は番頭さんに聞くといいよ。彼にもまあ守秘義務はあるんだけど、ボクのことは大体話してくれると思うからねぇ。……それに、一度も出し抜いた覚えはないよ? 確かにエルフの件では利用させてもらったけど……でも、モルヴォル様ならきっと賛同してくれると信じていたし、薄々ボクの本心にも気づいていたでしょう? 一人勝ちしたい訳じゃない、それぞれの得意分野を生かしつつ、協力し合ってより良い経済を目指したいんだよ、ボクは。例えば、ボクはバタフリア様が作る飴よりも美味しい飴を作れる気がしないし……やっぱり、得意分野と苦手分野があるんだよ」
「お世辞はいらないわよ。ビオラ商会のお菓子はどれも美味しいわ。……私に様づけなんて必要ないわ」
「俺も様なんて似合わないからなァ。……しかし、あの時の勘が本当に当たっていたとは思いもよらなかった。……しかし、はぐらかしても良かったンじゃねェのか?」
「別にはぐらかす必要はないからねぇ。ボクはお二人のことを信じていたし……今まで通り、アネモネの時はこれまで通りの接し方にしてくれないかな? まだまだ正体を大っぴらに明かすつもりはないし」
「何か事情があるンだろ? いいぜ、嬢ちゃんの頼みなら喜んで引き受けるぜェ」
まあ、結果的にバレちゃったけどこれはこれで良かったかもしれないねぇ。
その後、ボクは飴を七、八個買って屋敷で軽い昼食を済ませると、本日のメイン――王宮での仕事に向かった。……あっ、勿論メイド姿のアネモネでねぇ。
お読みくださり、ありがとうございます。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。




