Act.5-10 第一回異界のバトルロイヤルの開幕 scene.1 下
<三人称全知視点>
――マグノーリエが目を開けると黒い大地が目に飛び込んできた。
大地の割れ目からは宛ら傷口から血液が噴き出すように、灼熱の溶岩が流れている。
エルフであるマグノーリエにとっては非常に相性が悪い場所だ。
幸い、暑さを感じることはあっても汗を掻くことはないようで、またこれだけ暑い場所なのにも関わらず喉が渇くこともない。
『「L.ドメイン」へようこそ。この世界には五つのエリアが用意されています。各エリアにはボスが設定されており、討伐した場合は5pと特別なアイテムを獲得することができます。ただし、報酬が獲得できるのは最初に討伐した一人のみです。エリア間の移動にはボスの討伐が必須ですが、二回目以降の討伐の際にはアイテムやポイントを獲得することはできません。また、内部で武器が破損した場合は内部で死亡した時と同様に傷を負う前の状態に戻ります。全力で素晴らしい戦いを繰り広げてください』
目の前に出現していた青いウィンドウの内容を確認したマグノーリエは、ウィンドウを閉じるとすぐに行動を開始した。
目的は勿論、ボスを討伐するためである。
「……ローザさん達と敵対するよりも、ボスを討伐してポイントを貯めた方がいいですね。ボスを倒せば5p、負けても−1pで4p手に入ります。三日間生き残れるとは思えないですし、ローザさん達みたいな化け物と戦うよりはまだ勝算があります」
例え、死力を尽くしてローザを倒したとしても獲得できるのは1pだ。
だが、ボスを倒せば5pが手に入る。勿論、ボスとして用意されているということは相当な強さなのだろうが、それでもローザ達猛者に比べたらまだマシだろう。
このルールではどうやっても1pしかマイナスされない。つまり、序盤にどれだけのポイントを稼ぎ、それを固定するかということが重要になるのだ。
自分が弱いという自覚があるマグノーリエはすぐにボス討伐のために行動を開始した。
だが、世の中そう上手くいくことばかりではない。
マグノーリエは黒い大地をゆっくりと踏み締めてこちらに近づいてくる一人の男の姿を見て、思わず心の中で自分の不幸を呪った。
「よぉ、マグノーリエ。まさか、こんなに早く見つけられるとは思えなかったぜ」
マグノーリエを見てニヤリと笑った男はマグノーリエの中でローザに並ぶ「できれば遭遇したくない人」の一人に数えられていた。
【生命の巨大樹の大集落】と同盟関係にある人間の国家――ブライトネス王国。
その王国の破天荒な国王でローザの友人でもあるラインヴェルドが、『ノートゥンク』と『真なる王の剣』の鞘を触りながらニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべていた。
「……見逃してはくださいませんか?」
「残念だが、それはできないな。俺はこのバトルロイヤルに参加した奴は、皆頂点を目指していると思っている。それなら、いずれはぶつかる相手だろ? それが早いか遅いかの違いしかねえんじゃないか? ……安心しろ、俺はエルフだから、女だからとか、そんなつまらない理由で差別することはねぇよ。正々堂々とあらゆる手を尽くして戦って、その上で勝つ。相手を格下だと見縊るのも、弱いから見逃すってのも、それは相手に対する侮辱だろ? そんなクソつまんねえこと、俺にさせるんじゃねえよ。……俺も本気で行くんだから、お前だって本気を出せ――なぁ、次期エルフの族長」
ラインヴェルドは二刀を構えた。と同時に右の手の大きく掲げる。
「聖紋解放-グランド・クレスト-」
ラインヴェルドの手の甲にブライトネス王家の紋章と瓜二つの青い紋章が浮かび上がった。
物理法則を乱しあり得ない事象を起こす混沌が蔓延った時代にその混沌を浄化した際に得ることができ、群雄割拠の時代には支配者の力を象徴する重要なものとなった聖紋。
魔法使いの女性に導かれたラインヴェルドの遠い祖先が全ての聖紋を統一し、諸王を纏めてブライトネス王国を建国した後に、その紋章は王権の象徴として歴代の王に継承されてきた。
まさしく、ブライトネス王国の王権の象徴そのものである。
自分自身の力が落ちる代わりに従属諸王を達に分配することも可能であり、互いの精神的な結びつきが強ければ分配される前以上に強力な力を発揮することができる一方、君主からの信頼、従属君主からの忠誠、どちらが欠けても力は低下してしまう。
君主の側から一方的に破棄することも可能であるが、破棄と同時に主従関係の解消を意味するため反乱を招きかねない行為でもあった。
しかし、聖紋が統一され、ブライトネス王家の中で継承されるようになってからは、反乱の火種にもなりかねない聖紋を従属する貴族達に貸し出すことはなくなった。代わりに爵位と土地を与え、統治するというやり方に変わっていったのである。
歴代の王も聖紋の力に頼ったことはほとんどない。そもそもラインヴェルドのように動き回る王が珍しかったこと、そして、聖紋に頼らなくとも魔法や剣術といった力が存在するこの世界において、聖紋など必要とされなかったのである。
ラインヴェルドもこの聖紋は奥の手だと捉えていた。
本当はローザ相手に使いたかった……が、このバトルロイヤルに全力を賭すと決めたラインヴェルドは、この聖紋を使わざるを得ない。
「お前は俺と似たところがあるからな。外の世界に憧れて、狭い世界が嫌になって外に出て行こうとしたんだろ? 昔の俺もそんな感じで城を飛び出して冒険者の真似事をしていたからな。お前の気持ちはよく分かるんだよ。まあ、勝手に親近感が湧いているだけだ。別に大した話じゃねえよ」
聖紋が二刀に吸収され、更に光と焔を混ぜて固めたような猛烈なエネルギーを纏った。
更にそこに武装闘気と覇道の霸気を纏わせる。その二刀はまるで煌めく光が反転したような漆黒の光に覆われていた。
「これが今の全身全力だ。お前に俺の人生を受け止められるか?」
「私も強くなりたい……プリムヴェールさんの隣に立てるように、守られてばかりの私から卒業したい。……ラインヴェルド=ブライトネス国王陛下。胸を借りさせて頂きます」
恐怖で『聖天樹の大杖』を持つ手が震える。
人生でたった一度も向けられたことのない、ただマグノーリエ一人に向けられる濃厚な殺意の前にして恐怖を覚える。
逃げたい、戦いたくない……そんな恐怖を無理矢理押し込め、マグノーリエはぎこちなく笑った。
勝てるとは到底思えない。ラインヴェルドと戦えば確実に負けるだろう。
だが、絶対に負けるからと勝負を投げ出したいとマグノーリエは思わなかった。
勝てなくても学べることがある。猛者の壁に立ち向かうからこそ得られることがある。
それに、一国の国王と戦う機会などこれを逃せばいつ訪れるか分からない。或いは、もう二度とないかもしれない。
その瞬間、マグノーリエはバトルロイヤルでの勝利を放棄したのだ。しかし、それは消極的な理由などではない。
数多の可能性を持つ少女が将来、大きな花を咲かせるために――その糧とするために、マグノーリエは逃げるべき戦いに挑むことを選んだのだ。
そして、この選択は正しかったと言えるだろう。本来ならば命を大事にして撤退するべき強敵と邂逅したとしても、このバトルロイヤルでは現実とは異なり全てを投げ打って挑むことができる。
死が終わりにはならない世界で、勇気を出して挑む者は、きっと多くのものを手にすることとなるだろう。……勿論、この電脳世界での感覚に慣れ過ぎて、死を軽く考えるようになってしまうという弊害も起こり得る。その危険性も理解した上で賢く電脳世界と付き合っていくことが重要なのだが。
「瀬島新代魔法――重力操作」
先手必勝とばかりにマグノーリエが発動した魔法は、重力を操作する瀬島新代魔法だった。
その力でラインヴェルドの重量を上昇させる。重力操作系の中では「超重力圧」と呼ばれる基本中の基本の魔法ではあるが、初歩の魔法だからと侮れば全く動けないまま一方的に敗北する可能性も出てくる。
更に威力が上昇すれば、強化された重力で対象を押し潰すことも可能になる。
「重力操作」の究極系――「ブラックホール」ばかりがピックアップされがちだが、通常の重力操作系魔法も使い方によっては恐ろしいものばかりなのだ。
「なかなかやるな……だが、その程度か?」
ニヤリと笑ったラインヴェルドは呆気なく超重力の拘束を破り、アレンジを加えた王室剣技で斬り掛かってきた。
王道の剣技は実戦に向かないと言われている。綺麗過ぎる太刀筋は熟練者には読みやすいのだ。
だが、ラインヴェルドの王室剣技は王道を外れない位置にありながらも、お世辞にも綺麗過ぎるとは言えない、ラインヴェルドらしい荒々しさを持っていた。
その太刀筋は豪快と繊細を兼ね備えた職人技。初代国王テオノア=ブライトネスが幾多の戦いを経て完成させた王室剣技をラインヴェルドという色で染め、必ずしも型には囚われない。一方で型を完全に無視することもしない――そのようないい塩梅になっている。
「瀬島新代魔法――重力操作」
マグノーリエは咄嗟に「万有斥力」を発動し、ラインヴェルドを後方に吹き飛ばした。
「ウィンドカッター・セクステット! 火精-灼熱-!!」
続いて、六重術者としての全力――通常ならば複数のものを一つの呪文で生成できるものをあえて六つの術式でそれぞれ生成することで全体的な威力を底上げする、通称単体重奏を駆使して生成した六つの強力な風の刃に原初魔法で炎を纏わせ、更に武装闘気を纏わせて解き放った。
「おぉ、なかなかやるじゃねぇか!!」
しかし、マグノーリエが作った最大のチャンスに渾身の六撃を放ってもなお、ラインヴェルドは倒れなかった。
容易く王室剣技で武装闘気と炎を纏った風刃を両断すると、マグノーリエに向かって迫る。
「――ッ! Ich werde den Flammenspeer freigeben.」
しかし、まだマグノーリエは諦めていなかった。至近距離まで迫ったラインヴェルドに狙いを定め、炎の槍を放つマジックスキルに武装闘気を纏わせて放つ。
「……残念だったな。それじゃあ、まだ俺を倒せはしない」
聖紋を盾のように展開し、更に武装闘気と覇道の霸気を纏わせたラインヴェルドが武装闘気を纏わせた槍を受け止めた。
闘気を習得して日の浅いマグノーリエとラインヴェルドでは武装闘気の練度に大きな差が存在する。その上、ラインヴェルドは覇道の霸気を武装闘気に上乗せしていた。
マグノーリエの槍が受け止められたことは、至極当然のことである。
「……まず、一人目だな。それじゃあな」
マグノーリエの放った槍が砕け散った瞬間、ラインヴェルドの二刀がマグノーリエの身体を両断し、HPバーを一瞬にして削り切った。
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