【キャラクター短編 高遠淳SS】元三つ星レストラン副料理長は最高の料理の夢を見るか
<三人称全知視点>
新たに陽夏樹燈を仲間に加えた圓達だが、一つ大きな問題が残っていた。
それが、料理の問題だ。
百合薗邸の料理は全て圓が作っている。この大所帯の料理を全て用意するのは難しいので実際に手料理を振る舞うのはごく一部で、残りは各自で弁当を持ち寄ったり、出前を取ったりしている(その分の費用は圓が出している)が、圓はその現状に不満を感じていた。
「専任の料理人が居てくれたらありがたいよねぇ」
実際、圓は多くの料理人に出資している。
だが、いずれも自分で店を持ちたい者ばかりでその夢を壊してまで彼らを引き留めるのは本末が転倒していると圓は考えていた。
ならば、専任の料理人になってくれる人を探せばいいという話なのだが……それはそれで難しい。
問題は圓が神の舌――絶対味覚を持っていることである。
圓は物事の浮き沈みを色として視認する超共感覚を持つ。そして、超共感覚を持つ者は特殊能力を様々持っている傾向にあるらしい。
圓は瞬間記憶、絶対嗅覚、絶対音感、絶対味覚、共感覚、超能力……様々な特殊能力を生まれつき有している。
この絶対味覚というのは極めて厄介だ。圓はこれまで自分の料理を含めて一回も食事に満足した経験がない。
これまで出会った料理人達には「美味しいねぇ」と笑顔で言うが、実際料理人達から学び、料理の腕を上げて他ならぬその料理人が「圓さんの料理は美味しいです」と言っても「まだまだ……もっと美味しい料理を作れるようにならないとねぇ」と返してしまう辺り、圓の料理の評価が歪曲してしまっていることは明らかだろう。
圓は料理に取り憑かれている。その理由は、月紫に初めて料理を作ってあげた時に不味い料理を出してしまったことに対する後悔だ。
その後悔が今でも圓の心に残り、料理に対する貪欲な姿勢の原動力になっているのである。
「やっぱり、料理人の求人を出してみようかな?」
◆
高遠淳は料理人だ。それも、ただの料理人ではない。世界的なガイドブックで三つ星を受賞したこともある料理店の副料理長を務めているシェフである。
子供の頃、両親に連れられて特別な日に食べに行ったフランス料理が忘れられなかった高遠はそこから料理に興味を示した。
「男なのに料理を作るの?」という嘲笑を尻目に、ひたすら研鑽に研鑽を重ねた。
そんな高遠を唯一認めてくれた幼馴染の存在もあり、高遠は中学校を卒業した後、料理の専門学校への入学を決めることになる。
料理の専門学校を卒業後、仏蘭西に修行に行き、三年の授業を経て大倭秋津洲帝国連邦に戻り、専門学校時代の高遠の同期で親友だった犀川晋史に誘われる形でレストラン『Restaurant Assiette Blanche』に入り、その後副料理長にまでなった。
酒とタバコと賭博を愛するダメ人間だったが、料理には一切妥協せず繊細な技と豪快な調理法を使い分け、菓子から高級料理に至るまで調理するものなら何でも作れるという実力が評価された上での結果だ。
こうして、料理人として順風満帆な人生を送ることになるか……に見えた高遠だったが、犀川との関係に大きな亀裂が奔る出来事が起きる。
「…………何故ですか!? もっと素晴らしい料理を作れるように研究すべきです!」
「もう十分だろう。客達も満足している……世間にも認められた。後はこの味を守っていくべきだ。それなのに、何故挑戦する必要がある? ……私の方針に従えないというのなら悪いが辞めてもらうしかないな」
犀川にそう言われた高遠だったが、親友としての長年の付き合いや思い出、これまで切磋琢磨してきた記憶が蘇り、高遠は妥協してこの店を辞めずに残ろうかと考えるようになった。
――今でも十分に幸せじゃないか……俺は幸せなのに、それなのにこれ以上何を望むっていうのか?
そんな悩みを抱えていたある日、高遠は幼馴染の小倉花鈴と再会した。
「よっ、久しぶり! 元気にしてた?」
「本当に久しぶりだな、花鈴」
「ちょっと仕事が忙しくてね。今、私、保険会社で働いていてさ」
「そっか、保険会社に入ったんか」
小倉は高遠とは違い大学に進学した。幼馴染として一緒に料理をしたこともあった小倉は一緒に料理の専門学校に入学してくれるかもしれないという淡い期待もあった……が、結局、小倉は進学し、その後料理とは全く関わりのない仕事を選んだ。
小倉との関わりは中学校で途切れ、この日再会するまで一度も連絡を取ったこともなかった。そもそも、連絡先を知らなかったからだが……。
「まさか、星三つのレストランのシェフやっているなんてね! びっくりしたよ! ……夢、叶えたんだ」
「……ああ、そうだな」
「それにしては元気ないよね? どうした? お姉さんがお話聞いてあげよっか?」
「……お姉さんって同級生だろう?」
二人でカフェに入って二人席で対面で座った。
周りからカップルだと思われているかもしれないと思うと顔が赤くなった。よく見ると小倉の頬も僅かに赤くなっている。
「ご注文は何にします?」
「コーヒーと」
「アップルティーで」
「承知しました」
「好きだね、アップルティー。昔から」
「私の好み、覚えていてくれたんだ。嬉しいな」
「うっせ、たまたまだよ! ……実は色々あってな。店を辞めようかと悩んでいるんだ」
昔はなんでも相談したからだろうか? スラスラと高遠は悩みを小倉に打ち明けることができた。
「そっか、昔から高遠君は真面目だもんね。ずっと真っ直ぐに好きなもの追い求めてきた。沢山揶揄われたって、ずっと追いかけて、極めて……そんな高遠君のことが幼馴染だった私の誇りだった」
「私には真似できないもん。カッコ良かったもん、あの頃の高遠君」と頬を赤く染めながら小倉は語った。
「そんな風に思ってたんだな……気づかなかったよ」
「……でも、今はあの時の楽しそうな感じがないなって」
「まあ、そうだな……これまで一緒にやってきた親友と仲違いしちまって。アイツはこのままでいいって言うんだが、俺はもっと上を目指すべきだって思うんだ。常に新しい料理を、ってずっと研鑽を重ねてきたからな。だから、ここで妥協しちまう。沢山の人に気に入られたからもうここでいいんじゃないかと止まっちまうのはどうかと思うんだ」
「そっかそっか……。昔は、嫌がらせされていた時は歯牙にも掛けないで俺は俺の道を進むんだ! ってキラキラしていた高遠君が落ち込んでいたから何があったんだろうと思っていたんだけど……難しい話だね。……それで、高遠君はどうしたいの?」
「…………俺は、やっぱり諦め切れないなぁ。ここで止まっていちゃダメだと思うんだ」
「そっか……じゃあ、もう答えが出ているね」
「そうだな」
一人ではどうしようかと悩み続けていた高遠の悩みが不思議なほどあっさり解決してしまった。
「本当に凄いな、花鈴。あれだけ悩んでいたのに……気持ち、軽くなったよ」
「あっ、ようやく笑ってくれた! 昔から高遠君の笑っている顔が好きだったんだ」
「……ん? どうした?」
「な、なんでもないよ!」
「俺の笑っている顔が好きだとかなんとか……」
「……聞こえていたじゃない」
「そういえば、お前、火野の奴が好きだったんじゃねぇの? ほら、クラスの人気者でイケメンな。アイツ、お前に好意持っていたからな」
「えっ、そうだったの!? 修哉君が!? いや、ないない、ないって!」
「……お前も随分鈍感な奴だよな。ってか、そもそも気づいていなかったのか? 可哀想過ぎるじゃねぇか!」
「も、もう!! 高遠君だって鈍感だよ! 私が好きだってこと、全然気づいてくれなかったじゃない!!」
「…………えっ、そうだったの!」
「あっ、ああ、こ、これは……」
「そっか……悪かったな気づけなくて」
「うん……いいの。中学生の時、失恋しちゃったって分かっていたから。今更だよ、今更……時効だよ」
「別に時効とかねぇだろ? 犯罪じゃねえんだし……そ、それで、今でも好きなのか?」
「…………う、うん。今でも、高遠君のことが好き」
「そっ、そうか…………なら、試しに付き合ってみるか。お試しだよ、お試し。まあ、こんな不甲斐ない俺だけどもし気に入ってくれたなら」
「いいの!? 本当に!」
「ああ、もし付き合ってそれでも俺が好きって気持ちが変わらないなら結婚しよう」
「俺も実はお前のこと昔から好きだったんだよ」ととんでもない爆弾をかまし、聞き耳を立てて見守っていた他の客達や店員達が一斉に「きゃー!」と黄色い声を上げた。
◆
「……ちょっと飲み過ぎじゃない?」
「お前だけには言われたくないぞ?」
心配そうに見つめる花鈴に、高遠はジト目を返した。
酒とタバコと賭博を愛するダメ人間だと自他共に認める高遠だが、飲む酒の量じゃ絶対にこいつに勝てないなと素直に白旗を上げた。
花鈴は酒豪だったのだ。
「それで、再就職先は見つかった?」
「……どうにも今一つだよ」
未だに高遠は『Restaurant Assiette Blanche』に勤めていた。再就職先が見つかるまではあの店で妥協しようと思っていたが、その再就職先がなかなか見つからない。
「ふふふ、私は見つけちゃいました! これをどうぞ!」
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「……ああ、最高だな」
こんな夢見たいな条件、ある訳がないと思っていた高遠だが、もしかしたらという期待を抱いて指定された高遠は那古野駅のホテルの一室で圓達と出会い、彼の元で働く決意を固めることになる。
その後、高遠は『Restaurant Assiette Blanche』に辞表を提出し、その後圓の元で研鑽を重ねて一年も掛からず百合薗家の全料理人を統括する料理統括に指名されることになる。
ちなみに、『Restaurant Assiette Blanche』はその後人気が低迷して三年後には潰れてしまった。
その後、多くの『Restaurant Assiette Blanche』の料理人達は高遠に恩を感じている圓の手によって引き抜かれ、百合薗グループの料理人として再雇用されたらしい。
◆
<三人称全知視点>
その日、保険会社での仕事を終えた花鈴は那古野内にある自宅に戻ろうとしていた。
薬指には結婚指輪が輝いている。
百合薗グループで働いている高遠と過ごせる時間は限られていたが、昔のように料理を楽しんでいる高遠の姿を見ていると花鈴も楽しくなる。
たまの休みに帰ってきては料理を作ってくれて一緒の時間を過ごすこともある。
また、花鈴が百合薗邸に赴き、高遠達と過ごすことも一年に何回かある……そんな遠距離生活が続いているが、花鈴に不満はない。
高遠の雇い主である百合薗圓から「花鈴さんもうちに住めばいいんじゃないかな? 部屋いっぱいあるし」と誘われたこともあるが花鈴は「そんなこと申し訳なくてできません!」と断った。ここまで夫のために高待遇を用意してくれた圓に申し訳ないと思ったのだ。
余談だが、実は圓は花鈴専用の部屋を用意しており、すぐにでも生活を始められるように準備を整えていたりする。圓ちゃんはみんなが幸せになることが自分の幸せだと思っている優しい子なのだ!!
「あの、花鈴さん? 今いいかしら?」
「玉藻部長、どうかされましたか?」
玉藻久遠――この保険会社のライン部長で、美人部長として密かに人気を集めている。
しかし、性格の良さと仕事の辣腕っぷり、美貌などが高嶺の花の雰囲気を醸し出してしまっており、また仕事が終わると定時に帰ってしまい仕事終わりの付き合いなどに参加しないことから、より一層手を出しにくい相手となっていた。
当然、これまで仕事以外の内容で玉藻とまともに会話をした者はほとんどいない。
花鈴も当然、この高嶺の花と関わることはほとんどなかった。
何故、名指しで呼ばれているのか? そもそも、名前を覚えられていたのか……そのレベルの関係だったのだが。
その天変地異に同性であることも忘れて「マジか、あの花鈴が高嶺の花の玉藻前(玉藻部長の異名)と!?」と色めき立ったが、玉藻は周囲のことなど興味がないと花鈴を会社の外に来るよう促した。
「花鈴さん、百合薗グループって知っているわよね?」
「はい、私の夫が料理人として働いていますから」
「その百合薗グループの柳さんからお願いされてね。貴女を百合薗邸に連れて行くように頼まれているの。私はそこまでの護衛と、高遠さんを含めた非戦闘員の守護を任されているの」
「……玉藻部長、貴女は一体」
玉藻が自分の車の助手席の扉を開けて花鈴を乗せ、自分も運転席に座る。
普段は隠している九本の尻尾と耳を出した玉藻はハンドルを握りながら微笑んだ。
「私は玉藻久遠――大倭秋津洲の妖怪の頂点に君臨する三大妖怪、九尾狐、大天狗、八岐大蛇のうち、九尾狐の血を受け継ぐ一族の末裔にして、圓ちゃんの友達よ!」
「さあ、しっかり掴まっていて。ちょっと荒っぽい運転するから!」と一言言うと「えっ、玉藻部長が妖怪!?」、「妖怪って実在するの!?」、「圓さんの友人って!?」、「これから一体何が起きるっていうの!?」などいくつもの疑問が湧き上がる花鈴の思考が一瞬吹き飛ぶほどの勢いでアクセルを踏んだ。
お読みくださり、ありがとうございます。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。




