Act.4-13 エルフの女剣士のフードの少女〜『王の資質』〜
<一人称視点・リーリエ>
「……な、何だこれは!! お、美味しい〜〜〜〜〜♡」
夕食は香辛料の価値を知ってもらうという意味を込めてカレーを始め、香辛料を利用した肉料理や魚料理など多種多様なものを用意した。
そして、これは同時にボクの手札にもなる。
二人の話によると、エルフには複雑な調理の方法がない。直火焼き、煮る、蒸す、茹でる、揚げるの五種類が基本で、長期保存や発酵の技術は充実しているものの、複雑な工程の料理は少なく、人間のような複雑な料理の方法はないとのこと。まあ、これはドワーフとか獣人族にも言えそうだよねぇ……分子ガストロノミーと最新の調理器具とか、そのレベルになってくるとこの世界の人間でも到達していないし、それ以外の料理分野でもまだまだ大倭秋津洲の方が秀でているところがあるんだけどねぇ。
しかし、随分と笑うと可愛いんだねぇ、プリムヴェールって。
「お嬢様の料理の腕は一流ですからね。……ただ、こんなに美味しいのに一回も満足したことはないんですよ」
「本当に凄いよなぁ、親友の向上心って。絶対に妥協しないもんな、一度やると決めたら」
「……完璧を目指す凝り性じゃなかったら、上達することはなかったと思うけどねぇ。……まあ、これでも全然到達点じゃないんだけど。ボクの料理の師匠も決して満足する人じゃなかったからねぇ……だからこそ、諍いが絶えなくて、遂には店を辞めさせられたんだけど」
師匠の淳は元は三つ星レストランの副料理長だった。親友と二人で町の小さなレストランから始め、いつしか有名なガイドで三つ星を飾るほどの人気店となった。
でも、そこでかつてないほどの諍いが起こった。現状維持を望む、「もうこれ以上上を目指さなくていいんじゃないか?」という親友と、それでも満足せずに料理の荒野を歩いていこうとする淳の間で激しい意見の衝突があり、結果として勤めていたレストランは店長を支持したことで淳は店を辞めることになったんだよねぇ……で、流れ着いたのがボクのところだったって訳。
ボクは別に淳の親友の気持ちが分からない訳ではない。実際に、彼の店は今もガイドで三つ星に選ばれ続けている名店だし、確かに美味しかったからねぇ。それに、絶望を恐れて、先の見えない荒野が怖くて、安全牌な場所でいいんじゃないかとそこで止まることを決めて……別にボクはそれを非難したいとは思わない。でも、ボクは挑戦を続ける淳の姿に情景を覚えたし、何よりボク自身が妥協を許したくない性格だった。
だから、ボクは「敦が好きに料理を極めることができる場所を提示する」、その見返りとしてボクの元で働かないかって誘ったんだよねぇ。
ボクには神の舌という指標がある。それに、ボクが料理に妥協したら、ボクの師匠――淳に顔向けができない。
自分の性格もあるだろうけど、ボクが料理に拘るのはこの二つが大きな理由になっているんじゃないかな? まあ、他の分野でも料理に負けず劣らず拘るんだけど。
「本当に個性的だよな、お前の仲間って……いや、家族だったか?」
「まあ、ねぇ。良くも悪くも普通の中学生や高校生なら経験できないことを沢山してきたからねぇ。国の組織とドンパチとか……裏側の世界にどっぷりと浸かって、表側でも有名企業や芸能人とかと提携結んだりして……正直、試しに高校生活をしてみたらヌル過ぎるって思うくらい激動だったよ。死線を一緒に潜り抜けたことだって一度や二度じゃない……個性的な人達だけど、でも彼ら彼女らといて退屈したことは一度も無かったし、とても暖かい、『ここがボクの居場所なんだ』って思うくらいしっくりきたんだよ」
勉強も運動も、ボクの基準でいけばつまらないレベルだった。まあ、そのレベルに合わせるためにクラスの平均値を割り出したりするのはそこそこ面白かったけど。
しかし、冴えない平々凡々なオタク少年を演じ切るって、実はボクって俳優の才能があったのかもしれないねぇ。……まあ、ちょくちょく本来の性格も出していたし、あれでボクが初恋の女の子だって気付かないところで、「高嶺の花で完璧な咲苗さんにも弱点があるんだねぇ」って意外な事実を知れたのは面白かったけど。
ああ、別にボクはあの高校に咲苗と巴がいたから選んだんじゃないよ? 本当に適当に選んだらたまたま二人が居た、ただそれだけ。他の学校であれば、別の百合を探していたし、それならそれで別の百合を愛でて過ごしていたと思う。
まあ、ボクが動く以上は、政府が何かしらの手を打ってくることは分かっていたし、担任が黒澤大学のオカルトサークル出身っていう時点で「やっぱり、ボクを餌にしたら大きな魚が掛かったねぇ」ってちょっと予想通り行き過ぎて拍子抜けすぎたけど。……まあ、それ意外に打つ手はないか。
最終的には政府お抱えで、影澤さん……というか、編集長の鶯谷美郷さんにクビ勧告された『urban légend』の記者の陣内ヒロトさんが追っていた「塔」を派遣してきたみたいだし、奈留美の方からも黒澤大学出身者を送り込んできた。同じく奈留美に食い物にされている神聖三百人委員会の動きはなし……まあ、大倭秋津洲が潰れたらピザの等分に来るんじゃないかな……外来種だし。
神聖三百人委員会に関しては時期に相手をしないといけないだろうけど、あちらから動かない以上はこちらも手を出すつもりはない。まあ、なんたって資本主義と社会主義に二分されたあの地球において、その両方を裏から操っていた陰謀論の中枢だからねぇ。米加合衆連邦共和国と蘇維埃社会主義共和国連邦の二大大国対立、選民救世教、三位聖霊教、最終予言教、その他宗教の水面下での対立、各地の紛争……それらは全て神聖三百人委員会……いや、奈留美が混ざる以前は三百人委員会だったっけ? まあ、連中の掌の上、出来レースみたいなものだったからねぇ。そうやって対立を深めさせ、金を動かす……それが連中の常套手段。まあ、ウコンによると世界の裏側なんて大体みんなこんなもんみたいだよ。ごく少数の小さいながらも多大な影響力を持つ悪意によって世界は支配されている。……まあ、ある意味それに立ち向かっているボクらや影澤さんだって聖人君主じゃないけどねぇ。彼らと同じくらい汚れた……醜い人間だって実感している。
まあ、これは人間だけの問題じゃないと思うけどねぇ。異世界人だって、亜人族だって、魔族だって、宇宙人だって……結局、知的生命体である限り、そういう薄汚れた部分は持ち合わせているものだよ。そういう醜さとどう向き合っていくかってことが重要なんだ。
さて、生々しい話は一旦置いておいて夕食に話を戻すと、プリムヴェールとマグノーリエは食後のデザートととして用意したアイスクリームまで堪能して常に驚愕の表情を浮かべていた。まあ、彼女達の中で何回か常識の崩壊が起こったんだろうねぇ……まあ、蕩けるような表情を浮かべていたから料理人冥利に尽きたんだけど。
その後は恒例通り各自風呂に入ってもらうことにして、ボクは洗い物をしに厨房代わりのテントに戻ったんだけど。
「……ん? もしかして、夕食が足りなかったかな?」
「いや、そうではないんだ。……一つ、頼みたいことがあってな」
意外や意外、何故かプリムヴェールがテントに来たんだよねぇ……多少打ち解けたとはいえ、まさか人間嫌いの彼女がボクに頼み事をしに来るなんてねぇ。
「……今回の件で私に力がないことはよく分かった。……このままではマグノーリエ様を守ることができない。……無礼な態度を取っていた私がこのようなことを頼むのは身勝手だとは思うが、どうしても力が欲しいのだ」
……力が欲しいねぇ。まあ、気持ちが分からない訳ではないけど。
「……お断りさせてもらうよ。……そもそも、ボクに全く利益がない話だからねぇ……大体、肝心なことを理解していない君に技を教えるというものもねぇ……そうだ、どうしてもというなら対価を払ってよ。人にものを頼むのなら、それ相応の対価を払うべきじゃないかな?」
「…………対価か、確かにこの話はローザさんにとっては旨味のない話だから、何かしらの対価を払うのは当然だな。それで、具体的に何を払えばいい。……我々エルフはお金を持っていないぞ」
「まさか、身体か!?」とお金の次に身を売ることを考えて警戒する時点でどんだけ淫乱なんだって思うんだけど……それって実はそういう類の願望を持っているんじゃないか、誘っているんじゃないかって思うよねぇ。……エルフじゃなくて、エロフ? 女騎士ってみんなそっち方面の願望を持っているの? …………偏見、だよね??
「違うよ。……対価は、そうだねぇ……。少しは、マグノーリエさんの気持ちを考えるってことかな? 最初君達とボクが相対した時、マグノーリエさんは君に傷ついて欲しくない、戦って欲しくないって思っていた。……見気を使わなくても分かったよ。それに、君はマグノーリエさんの制止を無視して突撃していたよねぇ? あれはたまたまボクだったから良かったけど、もし他のエルフに友好的な人間だったとして……あんなに話を聞かずに一方的に攻撃されたらどんな気持ちになるかい? 時には戦う必要のない戦いもある。わざわざ好戦的に接して敵を作る必要はないんだよ。……ということで、ボクが求めることは君のその猪突猛進な性格を少しは改善してもらうことだねぇ。……思想についてはどうもこうも言わない。君が人間を信用できないなら、ボクが憎いならそれはそれで構わない。……でも、必要以上に敵を作るな。無駄に火種を作るな……マグノーリエさんを守りたいなら、少しは相手への向き合い方を考えないと、その大切な人を自ら危機に晒すことになる……今回のようにねぇ。それと、前も言ったけど自らの命を軽いものなんて考えない。人間だって、エルフだって、ドワーフだって、獣人だって、魔族だって、海棲族だって……みんな一つの命だ。そこに違いなんてあっちゃいけない。魔物だって一つの命……まあ、それでも敵対するようなら容赦するつもりはないけどねぇ。ボクはそうやって生きてきたんだから。大切なものを守りたいから……そうやって君のように強さを求めた経験がボクにはあるから、君の気持ちも分からない訳ではないけど。……その対価を支払ってくれるなら、ボクはボクに教えられることを教えるつもりだよ。ボクだって顔見知りになったプリムヴェールさんやマグノーリエさんに死なれたら寝覚が悪いからねぇ」
「…………確かに、そうだな。私はそもそも心構えがなっていなかった。……マグノーリエ様を守らなければと前が見えなくなって……結果としてマグノーリエ様を危険に晒してしまった。……マグノーリエ様の護衛失格だ。……だが、もしもう一度チャンスがあるのなら、今度こそ私はマグノーリエ様に相応しい剣となりたい……頼む、ローザ。私に守るための力を……」
いい顔になったねぇ……そう、自分の命がどうなっても、だなんて絶対にその気持ちを向けられた人が喜ぶ訳がないんだよ。
本当は、大切な人に死んで欲しくない……これに尽きるんじゃないのか?
仇討ちが成功して、四十六人が切腹……確かに美談だよ。忠義を尽くしてねぇ……大倭秋津洲人が好みそうな話だ。でも、さ。果たして赤穂の殿様は喜ぶのかな? それで……結局、命あっての物種、死んでしまったら何も残らないんだから……まあ、残ったとしても名声なんていう形のないものだけ。歴史に名を残しても、来世には何も持っていけない。
「……さて、そろそろ出てきてもいいんじゃないかな?」
まあ、どうせ教えるなら一度がいいし、物陰に隠れて成り行きを見守っていた方にもご登場頂いた方がいいからねぇ。
「…………マグノーリエ、様」
「……ローザ様にはお見通しだと思いますが、私の口から言わせてください。……私に、親友を、プリムヴェールさんを守るための力をください。……もう、私のために彼女に傷ついて欲しくはないのです。……身勝手な話だとは思っています。プリムヴェールさんの気持ちも、理解しています。……私が嫌と言ったところで、プリムヴェールさんは私の護衛をやめないことも理解しています。……せめて、私はプリムヴェールさんの隣で戦えるようになりたい。もう、守られるお姫様でいるのは嫌なんです!!」
互いに互いに傷ついて欲しくないと思っていた。……でも、マグノーリエは自分の立場を理解していたから、ずっと黙っていた。自分の、プリムヴェールに対する想いをを、ずっと隠してきた。
でも、今回の件で決心したみたいだねぇ。
互いに傷ついて欲しくない、プリムヴェールが傷つくくらいなら私が傷つけばいい……それじゃあダメなんだよ。
二人が一緒に並び立って両方とも傷つかないようにすればいい……二人で一緒に強くなればいい。……ボクが求めていた対価を二人は用意できたみたいだねぇ。
「対価は確かに受け取ったよ。特に、マグノーリエさんは今よりももっと強くなれる……プリムヴェールさんがそれに並び立ちたいなら生半可な努力では足りなくなるねぇ。何故なら、マグノーリエさんはボク達と同じように『王の資質』を持っているんだから……ねぇ、マグノーリエ=メグメルさん」
ボクがマグノーリエの真名を暴いた瞬間、マグノーリエとプリムヴェールの顔が強張った。
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