Act.9-500 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜到着! 呪われし無人島〜Vol.1 scene.4
<三人称全知視点>
その夜、ミレーユは眠れない夜を過ごした。
その原因は、主にカレンが語ったクトゥルフ怪談噺のせいである。
あの邪神の物語が何故か『這い寄る混沌の蛇』の話とリンクしているように思えて……そう考えると、これから自分達があの話のような恐怖を体験することになるのではないかと不安と恐怖に苛まれていたのだ。
睡眠の環境も実に最悪であった。即席の幕屋の中までバタバタと布が煽られる音、ガサガサ、葉っぱが擦れる音――暴風に見舞われてある外の音が直に入ってくる。
その中でも時折、ひょおーーっという悲鳴のような音が鳴り響いた。その音は、エメラルダの語った怪談の島を彷徨い歩く亡霊の声に思わず錯覚してしまうような音で、ミレーユの恐怖をより一層煽るのだった。
ついつい怖い想像が脳裏を駆け巡り、ミレーユは寝袋に入ってから二時間近くも、ゴロゴロ寝返りを打っていた。
まあ、時空魔法の時空停止で体感時間はいつもよりも長かったとはいえ、船旅の疲れもあるということで普段の就寝時間よりも一時間以上も早く寝袋に入っていたため、睡眠時間は普段とほとんど変わっていないのだが……。
ということで、実際には普段とあまり大差ないのだが、ミレーユの感覚では眠れない一夜を過ごしたミレーユは、翌日、激しい風音で目を覚ました。
ガシャバシャと幕屋が軋む音に、ミレーユは思わず飛び起きる。
「なっ、なんなんですの!? 一体何が!?」
辺りをキョロキョロ見回すと既にエメラルダとフィレン、カレンの姿はなくライネが一人、ミレーユの目覚めを待っていた。
ちなみに、ミレーユが起きるよりも遥かに前から猛烈な音を立てて暴風が吹き荒れていた。
ということで、ミレーユ以外のメンバーは皆目を覚ましていたのだが……凄まじい風音の中でもスヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てているミレーユを起こさずにおいてくれたのだ。
ミレーユの周りは優しさに満ち溢れているのである。
「おはようございます。ミレーユ様。早々に大変申し訳ないのですが、何事か異変が起きたようです。すぐにお着替えを済ませてしまいましょう」
「ええ、分かりましたわ。ライネ、よろしくお願いしますわね」
どうやらミレーユが寝ている間に状況が大きく変化していたらしい。
その情報を仕入れるためにもまずは着替えをしなければならないということで、ライネに手伝ってもらって素早く着替えを済ませたミレーユは満を持して幕屋の外に出た。
――と、次の瞬間、一際強い風が吹いた。ぶわぁと風に煽られたミレーユはそのまま転びそうになるが、寸んでのところでライネに支えてもらって間一髪、転ぶことは避けられた。
なんとか体勢を整えたミレーユは目一杯地面を踏み締めて周囲を見渡す。
ミレーユ達の幕屋は島の高台に、周囲の大きく太い木々に括り付ける形で設置されていた。
大抵の風ではびくともしない筈のその大木が、ぎしりぎしりと軋んでいる。
ふと、空に視線を向けると灰色の雲が高速で流されていく。雨こそ降っていないものの、ふとした拍子に豪雨が降りそうな気配がした。遠くの空は時折白く輝いており、少し遅れてゴロゴロという音が響き、なんとも不穏な雰囲気を醸し出している。
「大変でございますわ! ミレーユさま!」
と、そこに血相を変えたエメラルダが飛んできた。
「まぁ、どうしましたの? そんなに慌てて……」
余裕をもってエメラルダを迎えたミレーユだったが、次の瞬間、ミレーユは彼女が発した予想外の言葉に呆然とすることになる。
「ありませんの……。エメラルドジーベック号が」
「……………………はぇ?」
◆
エメラルダの後について、浜辺へと向かったミレーユは、口をあんぐり開けて固まった。その姿はどこか間抜けである。
浜辺の様子は昨日とは一変していた。荒々しく白波が打ち付ける砂浜――その面積は昨日の三分の一にも満たなくなってしまっている。
そして、問題のエメラルドジーベック号が停泊している筈の沖合からは、その姿は忽然と消えていた。
「もしや、海賊にでも襲われたんじゃ……」
エメラルダは蒼白な顔で最悪の可能性を口にする……が。
「それは流石にないんじゃないかしら? 他にも海賊がいるかもしれないですけど、代表的なティ=ア=マット一族は海洋国マルタラッタに向かっている可能性が高そうですし……」
ここで意外にも名推理を披露したのはミレーユだった。
アネモネ――圓が海洋国マルタラッタに向かったことからティ=ア=マット一族の戦力が海洋国マルタラッタに集中していることを逆算し、残る戦力でエメラルドジーベック号が攻め落とされる可能性は低いと推理したのである。
「ミレーユ姫殿下の仰る通りだと思います。……この風を避けるためにどこかの島陰に避難したと考える方が妥当そうです」
カラックもミレーユの言葉に補足を加える形で同意した。
海岸に集まっているライネ、リオンナハト、アモン、エメラルダ、フィレンの中にも異論がある者はいないようで、その可能性が高いというのが共通認識となった。……まあ、後者の可能性を考えたくないというのも理由の一つなので、消極的同意を示す者も中には紛れていたのだが、まあ、それはそれである。大局の前では些細な違いに過ぎない。
ミレーユはこの場で唯一全て事情を知っているカレンに同意を求めたかった……が、何故かこの場にはいないようだ。
「昨日から少し心配していたのですが……嵐が来るようですね」
「とにかく、ここにいるのは少し危険だな。どこかに雨風を防げる場所を探してみよう」
リオンナハトの言葉に、カラックとアモンも首肯する。
「エメラルダ嬢。どこか、この島で安全な場所はあるか? 洞窟でもあればいいのだが」
「えっ……あ、いえ、その。私もこの浜辺しか知りませんので」
「なるほど。つまり、島の奥に何があるのかは、分からないか」
「でも、恐らくナニカがあるのは間違いないですわよね。……それが、わたくし達にとって良いものか悪いものから別として」
と言いつつ、この地に臨時班が派遣されている時点で良いものである可能性は既に皆無に等しいのだが。
「リオンナハト殿下、ミレーユ姫殿下かエメラルダ様の護衛をお借りして、斥候に出てもらうのはいかがでしょうか? あるいは、私がそれをしてもかまいませんが」
「いや、今はバラバラになるのは危険だろう。動くならば皆で一斉にだ」
ミレーユ達がこの島に来ていることは当然、圓も掴んでいる。諜報員達がミレーユ達に気づかれないように潜み、安全を確保してくれている可能性は十分に考えられるが、確証がある訳ではない。
それに、このような緊急事態に至っているにも拘らず、未だに姿を見せない時点で彼女達を頼るというのはあまり現実的な話ではない。本当にミレーユ達が完全に八方塞がりに陥って命の危機に晒されているのであれば出てくる可能性もあるが、今はまだミレーユ達に十分打つ手が残されているという判断なのだろう。
――まあ、ミレーユとしては「分かっているなら危険な目に遭う前に助けてもらいたいですわ!」というのが本音なのだが。
ふと、そこでリオンナハトが辺りを見回した。
「というか……それ以前に護衛の者の姿が見当たらないが。ミレーユ、君の専属近衛隊の者はどこに行かせているんだ?」
先程まではカレンがいないことにしか意識が向かなかったが、リオンナハトに言われて周囲を見渡し、ミレーユももようやく気付く。
いつもそばに侍り、ミレーユを守るべき皇女専属近衛部隊の随行員二人の姿が、どこにも見当たらなかった。
更に言えば、エメラルダの護衛の姿も見当たらない。
カレンを含め、この場から護衛をしていた者達が全員忽然と消えていたのである。
リオンナハト、カラック、アモン――剣が立つ者はまだ残っているが戦力の大幅ダウンは避けられない。
『這い寄る混沌の蛇』と関わりが深いであろう無人島に留まるこの時に戦力が減るのは大きな痛手だ。
だが、それ以上にミレーユの中で護衛達の身に危険があったのではないかという不安が勝った。
昨晩エメラルダが語った怪談がほんの少し重なり……身震いしたミレーユだったが、直後、微妙に気まずそうな顔をしているエメラルダを見て何かを察した。
「エメラルダさん、貴女……やりましたわね?」
「や、やった? はて? なんのことですの? なんのことだか、分かりかねますわね」
「思い当たることはありません」という顔をしてしらばっくれるエメラルダに、ミレーユはずずいっと詰め寄る。
「とぼけるものではございませんわ。エメラルダさん、貴女、護衛を夜のうちに船に帰しましたわね? しかも、わたくしの護衛も上手く言いくるめて……」
「そそそ、そんなことする筈がないではありませんの? この私が、そのような……。うっ、うううっ、だ、だって、ミレーユ様、もしかしたら、護衛には聞かせられないような睦言とか、交わされるかもしれませんでしょう? 他の者がいたら聞かせられないような話を、王子殿下達がされるかもしれないじゃないですの? 私の気遣いは常識的ですわ!!」
着替えや身の回りの世話をさせるためにフィレンとライネは残らせたが護衛連中は邪魔になるのではないかと思って船に戻らせた――これが、護衛達消失事件の真相だったらしい。
「まさか、その船にカレンさんも……」
「そんなことはありませんわ! あのメイドはわたくしが気づいた頃には既に姿を消していましたわよ!! どこに行ったかなんて知りませんわ」
「そういえば、昨晩言ってましたわね……海洋国マルタラッタでの任務が終わったと報告を受けたみたいなことを」
「確かに言っていた……ということは、一足先にどこかに向かったということか。カレン殿であれば、この島の全てを把握していてもおかしくはない」
「一体どういうことですの!? 何故、あのメイドがそんな情報を!?」
エメラルダが口を挟むが、アモンはそれに答えるつもりはないようでほんの僅かの時間、静かに施行していたが。
「……正直、気が進まないが、行くしかないようだね」
「元より覚悟はしていたさ。……島に来た時点で。ただ、本音を言えばもう少し戦力は欲しかったが」
「ああっ、やっぱりそれしかないんですわね……」
「雨も降ってきそうです。……確実に雨風を凌げる場所があると思いますから急いで探しましょう。そこを探索するかどうかはそれから考えるべきではないでしょうか?」
「カラックの言う通りだな。まずは避難することが先決だ。――カラック、先導を頼む」
そしてリオンナハトの指示のもと、一行は動き出した。
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