Act.9-499 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜到着! 呪われし無人島〜Vol.1 scene.3
<三人称全知視点>
ミレーユの語ったものは、怪談と呼べるか微妙なものであった。
それを傍で聞いていたカラックは当初、その意図を図りかねて首を捻っていたのだが……しばらくしてその意図を察する。
何のことはない、ミレーユはいつも通りのことをやっているだけなのだ。
(……エメラルダ様の行動を諫めるために、怪談の形で譬え話を創って、語りかけているのか)
地球における仏教説話のように、譬え話を使うという方法はオルレアン神教会でも取られている。
特に理解力の乏しい相手に難しい諭しを行う際には有効な手段として用いられることが多い。
オルレアン神教会の神父やリズフィーナも神の教えを説く際には、よく譬えを用いているが、ミレーユもまたエメラルダを諭すために、それを用いることにしたのだろう。
全ての人間を見捨てずにその可能性を伸ばそうとするのが(カラック達が思い込んでいる)ミレーユの本質である。
そんな彼女が友人であるエメラルダの行動を見ていられなかったというのは十分にあり得る話だ。
(高慢なる姫君――あの話の愚かな姫のように民衆を顧みずにいると、いずれこうなると……そういうことが言いたいのか。なかなかに教訓めいた話ではあったが……しかし、ミレーユ姫もなかなか辛辣なところがあるのだな。いくらエメラルダ様とはいっても、『パンが手に入らないのにケーキを寄越せ』なんて言わないだろうに)
ミレーユの話が彼女の半生を基に作り上げた限りなくノンフィクションに近いフィクションであることを知らないカラックは、ミレーユの話を終始興味深そうに聞いていた。
そして、話が終わるとエメラルダの方へと視線を向ける。
ミレーユがどれほど素晴らしい話をしたところで、本人の心に届かなければ意味はない。
ミレーユの話を聞いたエメラルダがどんな反応を示すのか、カラックは期待を込めてエメラルダの方を見たのだが……。
エメラルダはミレーユの語った話に対して何かを悔いるような態度を示すことはなく、意気揚々と声を上げた。
「では次は、不肖この私が。そうですわね……島にまつわるこわーいお話を致しますわ」
胸に手を当ててエメラルダは、嬉しそうに話し出す。
ミレーユの思惑が外れたことを少々残念に思ったカラックは苦笑して肩を竦めるのだった。
◆
一方、ミレーユはというと別の意味で思惑を外され、頭を抱えたくなるのを懸命に堪えていた。
時間配分を間違ってしまったためにエメラルダが怪談を話すことを阻止できなかったのだ。……というか、ミレーユが話を始めた直後から全く時間が経っていないような気がしないでもないが、流石に気のせいだろうか?
ミレーユは痛恨の失敗を嘆くものの、嘆いたところで現実は変わらない。
もう、一度ターンが回ってきたエメラルダは止まらないのだ。――宛ら暴走列車である。
「題して、『彷徨い歩く邪教徒の幽霊』。……これは、海洋国マルタラッタに古くから伝わるお話なのですけれど。……昔々、それはもう、私達の帝国ができるよりも前のこと。海の向こうのとある国を追われた邪教の徒がおりましたの。国を憎み、人々を憎み――彼らは、今、私達がいるような無人島に隠れ住みましたの。そうして密かに、その島の地下に邪神の神殿を築きましたの。いつの日にか国に戻ることを、憎い者達に復讐をすることを心に誓って、日々を過ごしておりましたの……。けれど」
ここでエメラルダは言葉を切った。それから全員の顔をじろりと見つめながら再び口を開く。
「残念ながら彼らは戻ることはできなかった。深い恨みを残して死に絶えた彼らは、未だに島を彷徨い歩いているんですの……。その島、もしかしたら、今、私達のいるこの島かもしれませんわ」
瞬間、ひょおーっと悲しげな悲鳴のような声が聞こえた……気がした。
突如として吹いた風によって煽られた焚火が勢いを強く燃え上がる。
完璧な演出、完璧な間の取り方――エメラルダは決まったと確信したのだが……。
ミレーユを含め、誰一人としてエメラルダの予想していたような反応を見せなかった。
(……ふむぅ、邪教徒というのは恐らく『這い寄る混沌の蛇』ですわよね。そして、この海域に無数に存在する無人島の下にはスクライブギルドとして利用されてきた巨大な地下遺跡がある。エメラルダさんの話が正しいとすれば、無人島に隠れ住んだ『這い寄る混沌の蛇』が地下に巨大な地下遺跡と邪神を崇める神殿を作ったってことかしら?)
しかし、『ダイアモンドプリンセス〜這い寄る蛇の邪教〜』にスクライブギルドなるものは登場しないという。
元々この地にあったのはエメラルダが語った邪教の神殿で、『ダイアモンドプリンセス〜這い寄る蛇の邪教〜』の詳細を知る『ダイアモンドプリンセス〜這い寄る蛇の邪教〜』の『管理者権限』を有する何者かが関与して、巨大な地下遺跡が築かれることになったのかもしれない。
そして、長きに渡ってスクライブギルドとして、邪教徒達が潜む巨大な都市として運用されてきたこの地は役目を終えて放棄されることなった。
そこには大量の人間が必要となる手書きでの筆写よりも効率が良い、近代的な印刷技術の獲得という技術革新が大きな影響を及ぼしたのだろう。
幽霊云々の話は少し怖かったが、その部分は作り話だろうと割り切り、この呪われた海域に関する考察を深めることに思考を費やしていたので、ミレーユはそれほど恐怖を感じることは無かった。
「どうやら、風が大分強くなってきたようだね。……というか、さっきまで全く風が吹いていなかった気がするけど、こんな急に天候が変わるものなのかな?」
先程までは兆候すら無かった突然の天候の変化に疑問を口にするアモン。
一方、護衛の者達は心なしか不安げな顔をして、辺りを見回していた。その理由はアモンとは異なり、海が荒れることでエメラルドジーベック号に何かしらの不都合が起きてしまうことを恐れたからである。
「先程までは時間魔法で周囲の時間を停止しておりました。……予想より天候の変化が早かったような気がしますが、まあ、誤差ですわね」
「じ、時空魔法ですの!? 一体貴女は何を言って!」
「多種族同盟の時空騎士であるカレンさんならできても不思議ではありませんわね。……でも、何故そんなことを?」
「勿論、私も話したかったからですわ。――怪談を」
「そこまでしてなんで怖い話をしたいんですの!? この人」と心の中で叫ぶミレーユ。折角、エメラルダの怪談を乗り切ったのに、追い討ちをかけてくるのはドSという以外に表現のしようがない。
「勿論、お話中は周囲の時間を停止するので問題ありませんわ」
「……力の無駄遣いに思えてならないのだが。しかし、この分だと海の方も荒れるだろうが、君の船は大丈夫なのか?」
すっかり準備を整えてしまっているカレンの怪談を止めるのは不可能だろう。
怖い話が苦手ではないリオンナハトはわざわざ怪談を話す機会を作るために時空魔法を持ち出したカレンに呆れつつも、その話題は一旦切り上げて別の話題――即ち、悪天候が予想される状況下でもエメラルドジーベック号が大丈夫なのかどうかをエメラルダに尋ねた。
「御心配には及びませんわ、リオンナハト王子。あの船は、ちょっとやそっとでは沈みませんし、船長も熟練の者を乗せておりますのよ」
そう言って胸を張るエメラルダ。……だが、ミレーユはそんなエメラルダの姿に一抹の不安を覚えるのだった。
◆
「改めて申し上げる必要はないとは思いますが、怪談とは、怖さや怪しさを感じさせる物語の総称ですわ。具体的には、死に関する物語、幽霊、妖怪、怪物、あるいは怪奇現象に関する民話伝説、そういったものを指す言葉ですわね。例えば、互い一目惚れして逢瀬を重ねていた相手が実は幽霊だったという『怪談牡丹燈籠』、『仮名手本忠臣蔵』の世界を用いた外伝という体裁の『東海道四谷怪談』、お嬢様が教えてくださった怪談はどれも恐ろしく、同時に興味深くもありましたが……エメラルダ様は丁度正当な怪談をお話ししてくださいましたので、私は少し邪道な、怪談と呼べるのか微妙な、でも、恐ろしいのには違いがないお話をさせて頂こうと思います」
「ふふっ、メイド風情がわたくしよりも怖い怪談噺をできるとは思えませんわ。しかし、邪道な怪談噺なんて……きっと勝ち目がないからですわね」なんて、カレンのことを甘く見ていたエメラルダだったが……すぐにエメラルダ達は後悔することになる。カレンの怪談を全力で止めなかったことを。
物語は複数人の若者がミレーユ達から見れば異世界――カイロの空港に降り立ったところから始まる。
最近発見され、発掘が行われているという遺跡に観光目的でやってきた青年達は現地のガイドと共に遺跡へと向かう。
その遺跡では謎の不審死が発生しており……カレンが凄惨な死を生々しく語っていた時点でミレーユ達も嫌な予感を覚えたのだが、遺跡の探索中に青年達は背後から突然殴られて意識を失ってしまったとカレンが語った瞬間に、それが確信へと変わった。
ちなみに、遺跡の壁画には「にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな! にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな!」という謎の呪文が書かれていたという話をカレンはさりげなくしている。この時点で既に先の展開が予想できてしまうのは恐ろしいことである。
青年達が目を覚ましたのは、砂漠とは打って変わって無機質な白い部屋。
最新の研究施設のような場所に簡素な病衣のようなものだけを纏っているだけの状態になっていた青年達は意を決して謎の施設からの脱出を目指すこととなる。
謎の技術によって脳を取り出されて実験されていたという発狂ものの驚愕の事実などを突きつけられつつ(この時点でリオンナハトですら吐いていた)、必死に脱出を目指して奮闘する青年達。
そして、彼らは知ることとなる。彼らが雇ったガイドこそがこの施設の主であったことを。そして、彼がとある邪悪な神の化身の一つであり、奮闘する彼らの頑張りを嘲笑い、愉しむために――己が愉悦のために彼らを攫い、実験の被験体にしていたという事実を。
その神の名はNyarlathotep――蛇神Aponyathorlapetepにどこか似ている名前の混沌を象徴する存在であった。
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